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第4話:透き通る青とはっきりした黄色

『ピー〜〜……プシュ〜』


宙に浮くバスに乗ってやってきたクロックタウンの中央広場は、朝の光で活気に満ちていた。


結局、なんとなく言葉が繋がらず、並行して走っていたバスにそそくさと乗り込むことで場を持たせ、そのまま目的地にやってきた。


今日の目的地であるクロックタウン中央広場は上から見れば円形で、広さはフランスの凱旋門広場ぐらいだろうか。


石畳が敷き詰められており、自動車はその周囲までしか入って来れない、ヨーロッパの旧市街地のようになっており、その外側には店舗、広場内は露店が順序よく作られ、そのあちこちから食べ物の匂いがする。


今日はまだポカリ味のラッシーしか口にしていない。まだ昼には早いし、普段、朝は食べないが、こうしてみると食べ歩きもいいかもしれない。


「ポッー!」「きゃー!」「カー!」「ち!向こう行け!」


フライドポテトだろうか、女性が鳩にしては2倍ぐらい大きな鳩の垂直降下を喰らって半分ぐらいポテトを毟られてしまった。その直後、ポテト屋台の上にいたカラスのような艶やかで細い黒い鳥が鳩の脇腹を体当たりした。シルバーのような首飾りの光が煌めいている。


「カー!!」「クルル‥」


フライドポテト屋の店主さんの腕にカラスが止まった。どうやら飼い主らしい。女性に怪我はなかったようで、ポテトをもう一度買い直そうとして、交渉を始めた。店は無料で、女性は買い直しの主張。どうやら半額で交渉がまとまったようだ。


「ぽっぽ」

パクパクと落ちたポテトを食べて、平然と女性に残りを寄越せと鳩が近づいて行く。驚くほど肝が据わった鳩に、異世界を感じざるを得ない。


「橘さん?」

「あ、いえ。鳩が」

「鳩?このあたりは観光地でもあるので、鳥にサンドウィッチが攫われたなどの被害がありますね。確か、狙われないように休憩スペースで食べるようにお願いしています。何か食べますか?」

「いえ、もうパンケーキ食べるつもりなので」

「ええ、お任せください。私のお気に入りのお店です」


広場中央には病院から見えた巨大な時計塔がそびえ、その周囲には大小さまざまな歯車が規則的に動き、レンガの壁には透き通った緑色に包まれた銅色の配管が縦横無尽に張り巡らされている。


近づいて見上げれば、蒸気を吐き出すパイプや、青空を滑るように移動する機械仕掛けの鳥たち。どこを見ても、蒸気機関とエーテルが生み出す不思議な光景が広がっていた。


「橘さん、ここがクロックタウンの中央広場です。この街で最も賑やかな場所で、観光広場として整備されています。」


隣で一緒に見上げながらリリーは蒸気が吹き出る音に混ざってしまうような静かな声で私に告げる。


口を開けて、呆然と時計塔を見上げていた自分に気がつき、照れ臭くなり、視線を下げた。


街行く人は少し肌寒い春先だからか、チュニックが多い。職業柄、衣装の研究はしたが、比翼ボタンのスーツにベルベルスカートなどあまり統一感がなかった。


今日のリリーはダークブルーのジャケットにブラックのスリムパンツという出立ちだが、生地が違うのか、光沢がある。


アクセサリーは着けてない。しかし、太陽の光に反射している左手に装着された青いエーテルギアが、他の緑のエーテルギアと異なり、独特の輝きを放っていた。


街にはさまざまな機械が稼働しており、歯車と蒸気が行き交う人々の生活に深く根付いていると感じられる。その中でも全てが青く、また金属のような煌めきを見せるリリーのエーテルギアはどこか別格な存在感を感じさせた。


「お兄ちゃんどうけん、買いんちぇえ」

「いやいや、荷物になるんで。」


観光広場だという広場には、食べ物屋台以外にもいくつかの露店が立ち並び、少し冷やかせば、歯車をあしらったアクセサリーや小型のエーテルギアなどが並べられていた。


『カラカラカラカラ』

涼やかなガラスでできた円柱には水と薄切りレモンが入っており、蛇口付近にビー玉のようなカラフルな球体が設定されていて、流れに合わせて『カラカラ』と鳴っている。


5月頃、新緑の美しい季節に良さそうなレモネードが売られており、お土産用だろうか、可愛らしい棚にあったメリーゴーランドは、指を近づけるとくるくると回り出す。


面白くてつい立ち止まってエーテルギアを見つめていると、店員が私たちに気づき、だが、少し緊張した様子で会釈をした。


「いらっしゃいませ」


妙な緊張感に、一瞬、私が異世界人だからか?と身構えたが、私の格好はそこまで街ゆく人と変わらないだろう。他に何か特徴的な情報があるのだろうか。


少しだけ店員さんと見つめ合っていると、視界の端でリリーが少し苦笑して、やんわりと次へ促してきた。どうやら、原因は彼女のようだ。


「それ、とても綺麗ですね」


歩き出しながら、先程のやりとりで考えられる「異質」である、今のところ、リリーの左手しか見たことがない青いエーテルギアについて、思わず口にすると、リリーは少し戸惑ったような表情を見せたが、やがて微笑んだ。


「ありがとうございます。気を使わせてしまいましたね。そうですね、少しだけ説明すると、この青いエーテルギアは、少し厄介な存在でもあるんです」


「どういう意味ですか?」


リリーは静かに答える。


「このギアは、古代からの技術を使ったものなんです。私は義手ですが、本来は非常に強い力を持っています。力の使い方が繊細で不安定なため、少し警戒される存在です」


意識して彼女に視線を合わせているが、彼女は少し視線を石畳に落としている。どことなく説明不足を感じるが、私は昨日、この世界にきたばかりで何もわからない。


「この義手程度なら別に危険はないんですけどね」と笑う彼女の言葉に、先程の店員さんがぎこちなくなる理由が分かった。街中で抜き身の拳銃をちらつかせているようなものだろう。


なんとなく、視線が絡み合うのを避けて、今度は私が赤みがかった灰色のモザイクの石畳に目を落とす。


何かあったんだろうか?なぜその特別な「義手」を?だが、少し歯切れの悪い彼女もまた、異世界人の私とは違った意味で「異質」だとわかって、仄暗い仲間意識を自覚する。


どこか、違いに視線が交わるのを避けながら、私の半歩前を歩き、移動を促してくる彼女に着いていく。その彼女と歩くこの道の花壇には黄色の水仙が静かに咲き誇っている。


この街の、この時期の花壇の、おそらく常連である「夢を追う花」。


広場の機械と蒸気に囲まれても、道行く人を祝福するような、その明るい黄色はどこか安らぎを与えているように、私には思えた。


「綺麗ですね」


私の視線に促されたのか、リリーは花壇を見つめてそう言った。彼女の優しい声私の胸に静かに響く。


「そうですね」

「お腹空いてきました。リリー、朝食は?」

「軽く済ませていますが、橘さんがまだでしたら、先にカフェにしますか?」

「いえ、まだ大丈夫です。それよりも街が気になって仕方がない。本当に綺麗だ」

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