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第48話:ボレロ

「えっと、それだと、橘くんは迷子ってこと?」「いえ、あ、はい。おそらくは」「うん、ここは軽音部だから、演劇部はC棟だよ」「あ、小道具の改造をしたくて道具を借りに来たんです」「ああ、共通準備室か。いいよ、一緒においで。セシル、ちょっと席外すわ」「うん。あ、橘くん、この前の歌、聞いたよ。上手いね、今度時間ある時に軽音にもきてね」「いや、セシル先輩に言われるほどは」「そう?こいつはそういうお世辞を言わない人だから、素直に受け取っていいよ」「あ、はい。ありがとうございます」


開けた扉の向こうには、クラシックなスーツを着た二人組。瞬間、カミソリのようなシャウトと、それに寄り添うようなヤスリみたいなざらつくギターが耳に突き抜けた。


セシル先輩と一緒いたギターを持っていたのは知らない先輩だった。


「へー。じゃあ今回の演劇はひとりの女性が恋を通して成長していく物語なんだ?」「ええ。男側の背景は描かれないので、セリフと演技だけで男の人柄を表現するのがまた難しくて」「俺は前の声を無くした楽団員の役、声がないのに、言いたいことが伝わってくるの、好きだった。配信観てるよ」「ありがとうございます」


セシル先輩の相棒だと名乗った先輩は既に大学を卒業されて社会に出ている方だった。優しげな横顔にクロックタウンのインテリアデザイナーとして本や雑誌に特集されているのを思い出す。


「で、お前、今までなにしてたんだよ?」「いや、ついつい話し込んでしまいまして」「レイさん、来てたんだ?」「ご存知で?」「大スター様、だよ。デザインも音楽も既に全国区だし、もうすぐブレイクするのは確実だろ」「あなたが褒めるなら、本物ですかね」「おう。俺は本物がわかるからな」


太陽が沈むとある街の片隅。酔っ払っているのか、一人の女性が信号待ちで足を踏み鳴らしている。信号が変わっても、そのまま足を鳴らしており、やがて興が乗ってきたのか、振りが大きくなってくる。


最初はそっぽを向いていた通行人たちも、携帯電話を取り出し、インターネットに上げ始め、次第に注目を浴びたい若者たちが一緒に踊り始め、最後には交差点全体がダンス会場のように一緒に踊り出す。


舞台の始まりはカフェでコーヒーを飲む場面。エリートだという彼女の自己紹介から始まり、私がそれをうなづきながら聞いている。


私と彼女の元々の関係はわからない。彼女を家まで送ろうとすれば断られたが、それは彼女が「嘘」をついていたから。本当は普通の実家住みのOL。家族もいるし家もあるが、一般家庭だった。


見栄っ張りで、でも一生懸命な彼女。彼女が交差点で体当たりしてきた男性により足を挫いたのに出会わせた私は彼女を家まで送る。そこで見たのは冷めた家庭。引きこもりの弟が作るご飯を無言で食べる家族だった。


今回、祐二は弟役であり、彼氏役の私と意気投合し、引きこもりから脱していくことになる。役としては、姉となる彼女を愛しながら、だけど弟だということで苦しむ。血の繋がらない、だけど戸籍上は弟という立場で彼氏になる私を迎えて仲良くなっていくという複雑な役だったが、祐二はもう役作りを終えていた。


最終的に私も祐二も彼女からは離れてしまう。だが、そのときには彼女はもう美しい女性として独り立ちし、どこかの交差点で踊り出す。すれ違った人たちを巻き込んで、そして、立ち去る。


「キーは街角、アイテムは料理。瑞樹向けな舞台だな」「あなたの雰囲気だと少々危険な香りが強すぎるのかもしれませんね」


沈みゆく夕日に照らされた祐二がにやりと笑う。その片側が上がった唇は、思わずキスしたくなるほど官能的だった。


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