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第2話:青薔薇の問いかけ

『にゃー』『ワン!』「あ、ちょっと、ポチ!ダメ!お座り!」『キューン』『にゃ?』「もう!この子をからかわないでくれにゃいかな?」『にゃ〜』『ワン!』


病院らしいこの場所に似つかわしくない声が、ドアの外から聞こえてくる。さっきの黒猫だろうか。窓から見た景色から考えても、この部屋はかなり高い場所にあると思われる。


改めて彼女を見れば、落ち着いた小豆色の上下スーツで左手の肘より先、半ばから青く淡く光る機械になっている。身長は私と同じくらいか、少し高いかもしれない。靴は赤茶色の革靴を履いており、くすみがある金髪と相まって、非常に理知的で理性的な印象を受けている。


『チッチ!』


青い目がこちらを伺っている。下手な受け答えをして心象を下げるより、友好度を上げた方がいいだろう。深呼吸して意識的に力を抜く。


「ところで、あなたのお名前を伺ってもよろしいですか?」


彼女はこちらを観察しているのだ。会話ができるかを確かめながら話しかけてくる。柔らかな雰囲気を出そうとしているのだろう微笑んでいる彼女の眼差しに、少しの間を置いて私は答えた。


「……橘、瑞樹です」『パタパタ』


少し、声が震えてしまった。転生物では名前を告げたら奴隷にされるオープニングがお約束だ。だが、まずは信じてみるしかない。大丈夫、私は運がいい。そう心で言い切って、名前を告げた。


リリーは小さくうなずき、優しい声で続けた。


「橘瑞樹さんですね。『ヒューキュー』改めて、リリー・カスナーです。」


彼女の目をしっかりと見つめ返して、はっきりと腹から声を出す。さあ、腹から笑え!


「はじめまして。」


私が渾身の笑顔で返すと、彼女は落ち着き払って小さく頷く。


「私は国からあなたのサポートに派遣されました。これからひと月ほどですが、橘さんがこの世界で生きていくためのサポートをさせて頂きます。宜しくお願いします。」そう言って、目だけで礼をした。


ここまでのリリーの言葉には、どこか安心できる温かさがあった。このスーツに青い義手の女性は私のサポートをしてくれるらしい。少なくとも敵意は感じられない。


しかし、国からサポート?どういうことだろうか。

私は何か根本的なことを間違えてはいないか?少なくとも彼女は友好的だ。


『ピー!』


今もさっきから、どこから入りこんだのか、小さいがやたらと攻撃的な文鳥に頭をむしられていたが、静かに義手で捕まえて部屋の外に放り出したところだった。


少しボサボサにされてしまった髪を手櫛で整えているリリーの後ろ姿に向かって声を掛けた。


「あの、リリーさん。信じられないかもしれませんが、私は異世界から来たと思います。あー、異世界という概念はありますか?」

「はい。おそらく天空の城が近づいたことにより起こった魔法嵐の夜、昨日ですが、世界樹に現れた橘さんは、異世界からエルヴァニアにいらしたと、我々も認識しています。」


私に向かって噛んで含めるような言い方をしながら、穏やかにリリーは話を続ける。私が異世界にいることは間違いないらしい。


「こういう状況で混乱されるのも当然ですが、橘さんは比較的落ち着いていらっしゃる」。


目が覚めたら猫が上にいて、少し離れた場所から犬の鳴き声が聞こえ、話の最中には文鳥が飛んでいる。少なくとも奴隷だなんだと、慌てる場所ではないだろう。


曖昧に笑っていると、リリーはポシェットにしては大きい腰のバッグから本を一冊、私に差し出した。


「この本は異世界人や魔族の方に最初に渡している、いわば手引き書です。ここクロックタウンやヴィクトリア王国、エルヴァニアのこと、そしてこの世界のエネルギーであるエーテルについての基礎情報が書かれています」


台本より少し小さな青い薔薇が表紙に描かれている分厚い本はカラーであり新品のようだ。


「まずは少しずつこの世界を知っていただければと思います」


思ったより軽い本を受け取りながら、ふと疑問が湧いた。


「リリーさん、私はここにある文字が普通に読めるんですね…それに、言葉も通じている。すいません、混乱していて、話が少し噛み合っていませんでした」


リリーは軽く首を振った。


「いえ、問題ありません。わからなければなんでもまずは聞いてください。その橘さんの首についているチョーカーは、エーテルを使った翻訳技術が搭載されています。私たちが話す言葉や目に映る文字は、エーテルの流れで自動的に翻訳されるのです」


その説明に私は困惑と驚きを感じた。よくある物語では、これは「隷属」の首輪だったりすると、目覚めてから怯えていた。リリーは私の懸念がわかったのだろう、言葉を続ける。


「ご安心ください。チョーカーは翻訳のためのものです。外してみれば、私たちが話している言葉や文字が全く異なることがわかるはずです」


試しにチョーカーを外すと、リリーの声が全く意味をなさない音の羅列に変わり、本の文字も奇妙な記号のように変化した。


「本当に……凄いですね」


再びチョーカーをつけ、彼女の言葉が戻るのを感じながら、改めてこの技術に驚く。一体、どの段階で「翻訳」がかかっているのだろう。気になって、手で触ってしまう。


「リリーさん、ありがとうございます。まずは、少しずつこの世界を理解していこうと思います」


ああ、このチョーカーがあれば、もっと世界は「自由」だっただろうに。人はその「傲慢」を神に咎められ、その言葉を分けられてしまった。そして、人は「相手を理解するためのわかりやすいツール」をなくして、いがみ争うこと幾星霜。


私は一体なぜ、この世界にきたのだろうか?


「わからないことがあれば、遠慮なく聞いてくださいね。落ち着かれたら、街も案内します。まずは体調を優先しましょう」


「私は、なぜ、この世界にきたのですか?」

「この世界の有史、4000年ほどですが、異世界人がきたことによる変化について、統計的に意味はありませんでした。事実として、今いる異世界からの方々も普通に生活されています。しかし、我々にはない発想や技術、何より先人の実績により異世界人を排斥ではなく、歓迎しています」


知識層の移民。全く表情を変えずにリリーは言い切った。予想通りの質問だったのだろう、リリーの説明は大変明確だった。


こちらも意識して笑顔のままにする。なら、まずはこの世界に慣れて、それから動けばいい。


「ありがとうございます!」

「え、あ、はい」


思ったより、大きな声をだして彼女を驚かしてしまう。しかし、今は彼女の言葉に安心を、窓の外の景色とチョーカーにこれからの「冒険」への好奇心が抑えられなかった。

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