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召されたまま  作者: 詩音
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沈むカーテンコール

何も見えない真っ白な景色。こんな場所、見たことも聞いたこともない。

たしか―は、学校から帰るために最寄り駅のホームで、電車を待っていたはずなのに……。

なんだか記憶が曖昧で、はっきりと――のことを思い出せない。


警笛の音が響く。

 

 

目を覚ました場所は、ごく普通に見える電車の中だった。

電車は動いておらず、駅のホームの近くで停車している。

ドアも左右どちらとも閉まっており、完全に取り残されていた。

 

「あ、れ……―――、もしかして寝過ごした……?」

 

現在位置を調べようと慌ててポケットからスマホを取り出すと、

液晶が激しく割れており、画面をいくら触っても反応は無かった。


「うわ……まじで最悪。寝てる間に落としちゃったのかなぁ」


『ご乗車のお客様に繰り返しご案内いたします。――――におきまして、先ほど人身事故が発生しました。

 そのため、――――は一時停車させていただきます。お急ぎのところ――――』


 所々にノイズが混じっておりうまく聞こえなかったが、どうやら事故で電車が止まっているらしい。

 こうなってしまうと、帰るのもままならなくなってしまう。


「はぁ…………。とりあえず、運転室まで行って車掌さんにここがどこかを聞きに行くしか……」


 面倒だけど、行くしかない。早く連絡しないと、家に帰った時に叱られて酷い目に遭うし……。

 ため息をつきながらすっかり重くなった腰を上げ、座っていた座席と別れ、前の号車へ進むために貫通幌(かんつうほろ)へ向かう。


『血―――――――夏―日』


(あ、れ……これは……俺の記憶じゃない…………。一体誰の……)


思い出せ、俺。自分の生きた記憶を取り戻す覚悟は、できてるはずだ。

もっと深く。深い底まで沈むように……。



人の心を動かせる脚本を書いて、それを演じる。

そしてその物語で、皆の心に寄り添えるような気持ちを与えたかった。

それなのに……。


「おい!シズマぁ!こっちの資料も、今日中に!頼んだぞ」

「…………はい、わかりました」


業務時間内では絶対に終わらない作業を、毎日のようにこなす。

職場から出る時間はいつも終電ギリギリ。なんなら、かなり急がないと終電には間に合わない。

しかも、これだけ頑張っているのに薄給。生きるのにも必死だった。

いつもギリギリの口座残高を見て、歯軋りが止まらない日々。


生きるのに必死で、夢なんていつの間にか思い出せなくなっていた。

ずっと叶えてやろうとしていた夢すら忘れるほどの毎日。


*


「……」


日の出よりも早く起きて、働いて、あたりが少し明るくなった頃に家へ帰り、湯船に浸かり少し眠る。目が覚めて、勤労に感謝してまた眠る。

その繰り返し。変わらない辛い日常、つまらない毎日にもう飽き飽きしていた。

何度繰り返したかわからないある日のこと、その日はいつもより身体が重く、疲れ切っていた。

少しでも疲れを落とすために湯を張り、ほんの少しだけ湯船に浸かることにした。


……疲労、だるさ、頭痛、将来への不安、息苦しさ。

温かい湯船に浸かるこの瞬間だけは、これらの悩みから解放される。

この苦しみを全部……全部忘れられたら、楽になれるんだろうか。


「……いきたくないな。…………もう、疲れたな」

シャワーヘッドから水が溢れる音が、少しずつ遠くなっていく。


「少しだけ……ほんの少しだけ……」


鉛のように重い瞼を閉じると、ふわっと身体が軽くなったような気がした。


ポタポタ、ポタポタと液体が落ちる音。

何が落ちているのか、ここがどこなのかもわからない。

自分が何をしていたのか、何者だったのかもわからなくなる。


けれども、うっすらと全身に温かさを感じ、眠りに誘われていく。

聞こえていた音も次第に遠くなっていき、もう何も聞こえなくなった。

開いているかわからない目を閉じて深い、深い眠りに落ちていく。



「……さん!お兄さん!」

「んん……ぁあ……ここは……?」


「機材に不備が発生して、キミはなぜが眠っていたってボクが言ったら……信じる?」

「え……まぁ、他のみんなと相違がなければ信じるけど……」

「大丈夫。ソウマを信じていいよ、シズマ君」


名前……ということは、さっきまで見ていた夢は皆も見てたのか。


「…………俺、ちゃんと思い出したよ。死ぬ前の記憶」


叶えたい夢を叶えられずに、俺は死んだ。

そしてその未練が、ここに劇場を作った。

記憶は戻った。あとは、覚悟だけ……。


「過労状態で入浴し、ヒートショックで溺死……か。僕も浴槽で死んだからお揃いだね」

「いや……。そんなところでお揃いになっても、困る……」

ヒナタなりのジョークなのだろうか。だとすれば、かなりブラックジョークだ。


「だからキミと初めて出会った時、バスローブを来てたわけだ」

「ふ、服装の話はもういいだろ…………そんなことより……」



電車の中で壊れたスマホを持っていた、あの不思議な夢。

あれもここにいる、誰かの記憶なのか?


「……俺の記憶を見る前に、変な映像を見なかった?」


「変な映像?スクリーンからは、ずっと君の映像しか流れてなかったけど……」

「自分も、ヒナタさんと同じです!」

「夢とかなんじゃない?どーせ、適当な記憶をつなげた変な夢でしょ?」


「たしかに、変だったがあれは……!……いや、そうかもしれないな……」


空気が、どんどん重たくなる。その時だった。

ぐぎゅううと大きな音が、シアター全体に鳴り響く。


「あ!す、すみません!ずっと鳴らないように、抑えてたんですけど……!」


恥ずかしそうにお腹をおさえている落合君が、重たい空気をぶち破った。

ここに時計はないが、映像2本分。大体3、4時間は経っただろうか。

言われてみれば、俺も小腹が空いている。


「一度、飯を食べに戻ろう。少し……目も疲れたし」

「うん。僕もお腹すいたし、一緒に行こうかな」

「賛成〜!オチ君、ボクの気分は中華な気分だよ〜」

「なら、炒飯にしましょう!パラパラさには、自信あるんですよ!!」



落合君は服の袖を捲り、これ以上ないやる気を見せている。

記憶も取り戻したし、一度落ち着いて自分のことも考えたかったので、ちょうどいい。

落合君にはほんと、感謝しないと。重い空気が続くのは、誰も得しないし……。


「……お兄さん?ぼーっとしてたら迷子になっちゃいますよ!」

「え?ごめんごめん。すぐ行く!」


座席から立ち上がり、急いで皆の元へ向かう。

一難去ってまた一難。ここにいれば、色んな経験を見ることができる。

苦しみや生きづらさ、後悔……。

今度こそ、苦しみに寄り添えるように。

もう、忘れたりするもんか。


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