じじい陛下、クーデターす。
アリロスト歴 1771年 5月末日 午前
明日からバカンスと浮かれていた彼等に、その日は唐突にやって来た。
大法官モレーがポリスと共にパルス高等法院に入って来て次々と司法官が拘束されていった。
悲鳴や怒号が飛び交う中、圧倒的な武力の前では成すすべなく、次第に騒ぎはゆっくりと収束していった。
そして———————司法官たちは国王の怒りを初めて知った。
有産階級や貴族たちは騒いでいるが、今まで高額な金を払わないと訴状を受け付けては貰えず、裁判でも貴族にしか有利な判決しか出さない事が平民の間で常識に為っていたので、司法官たちを擁護する平民は殆どいなかった。
また、擁護している人々はブルジョワや法服貴族だったので益々、民衆には冷たい目で見られた。
≪同日同刻≫
大広間に使用人たちが呼び出された。そこには宮内卿、侍従長、女官長もいた。
そこにエル4世国王陛下と国務卿ロヴァンス伯が現れ、朗々としたロヴァンス伯の声が響いた。
—————国王の権利は 神が授けた神聖なもの であり、誰にも奪えない神聖不可侵なもの。
此れはエル2世から始まり、現在も変わらぬ国是である。—————
宮内卿、侍従長、女官長、そしてパルス高等法院へ訴状を出した者たち。
その者たちは反逆罪である。
余はそれを許しはしない。
余は沈黙を止めた。
止めねば貴様ら風情が余から王権までをも奪おうとするからである。
ロヴァンス伯が、そう読み終えるとエル4世国王陛下は静かに退席した。
そこから盗み、賄賂、横領、偽造などの罪状と共に名を読み上げられ、名を呼ばれた者たちは貴族籍の剥奪、罷免、退職金取り消し、年金取り消しを告げられた。
こうして5月末日、パルス高等法院で大法官モレーとポリスで司法改革、エトワル宮殿では、じじい陛下と国務卿ロヴァンス伯が協力し宮廷官僚改革が始まった。
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アリロスト歴 1771年 7月中旬
騒動が少し落ち着くとランバリー夫人は微笑み、そして俺たちに礼をして侍女2人(ルネから護衛係として)を連れて小離宮モンシュシュへ去って行った。
其れを見送るとじじい陛下が「話がしたい」と言うので2階に或る談話室へ行き、隣り合って座った。
ラシエットに滞在するようになったじじい陛下は20歳は若返った。
本当に若返ってるとしか思えない。
怖い事だが、40代にしか見えない。
緩やかに波打つ艶のある暗褐色な髪に、張りが戻り瑞々しい肌、そして深緑の瞳は禍々しい—————いや、溢れ出す生命力が漲っていた。
栄養バランスがとれた食事に、煩わしい儀式を省いて心労を無くすと半年で此処まで変貌するのか。
エトワル宮殿は矢張り恐ろしい所だったのだなと俺は実感した。
「アルフよ。言うのが遅くなったが女官ラウラが新たな余の妻に為った。夫はアルセーヌじゃ。」
「———(俺は石像に為った)———。」
「此処で過ごしていると余に体力が戻ってなランバリー夫人が1ケ月身体を休ませて欲しいと言っての。仕方なく案内してくれた別室で眠ることに為り、其処でラウラに慰めて貰ったのじゃ。ラウラは素晴らしい、今までは余の尽きぬ体力に女たちは疲弊して伏すか、早死にさせてしまっていたが毎晩求めても、余に活力を益々与えるのじゃよ。ランバリー夫人も今の余では、週に1回が限界と言うんで新たにラウラを妻にした。報告が遅れて済まないの。」
石像化からの呪いが解けた俺は、アルセーヌやルネが居るのに気が付いた。
話を聞くに身内だと俺に紹介されたルネにじじい陛下が告げたそうだ。
「ラウラを公妾にしたい」
ルネは自分たちが孤児で王族とは婚姻出来ないと答えたそうだ。
だが、其処で諦めるじじい陛下では無かった。
其処で貴族のアルセーヌと婚姻させ、ルネは8年前に割譲させたオーシェ地方を与えた。
ルネにオーシェ伯位を授け、ルネたちの身内へもオーシェの名乗りを許した。
オーシェって耕作放棄地で人いないし、誰も要らないからと王家直轄地だったハズ。
まあルネたちは領地要りそうに見えないしな。
てか、こんな事で強権発動するなよ。じじい!
いやいやいやいや違う違う。
ルネたちは此処に居た27人だけじゃないんだぞ。
今、隠れている場所からパルスに借りた屋敷に集合中だ。俺が雇うと言ったからな。
オーシェはルネ一代限りと言う縛りを付けたとしても、何という自由過ぎるじじい陛下。
ルネ・オーシェ伯爵家が誕生。
アルセーヌ・ヴィランにも婚姻に付いて尋ねたが、レコ地方に新たなヴィラン家を立ててくれたし、現在は婚姻する気が全く無いので良いと言う。
本来のヴィラン家は男爵家から伯爵家へ。
そしてアルセーヌは、アルセーヌ・レコ=ヴィラン公爵へ。
ラウラはレコ・ヴィラン夫人。
フロラルス王国に公爵家が多いのは、じじい陛下が原因か。
公妾になる夫を公爵にするのかよ。
全く俺が気付いていない間に、じじい陛下の下半身関連で俺の友人と臣下が巻き込まれてしまった。
こう言う感じで今まで貴族を増やしていたのじゃ無かろうか。
知らんけど。つか知りたくない。
くそじじい陛下からは、漲る精力が沸々とし溢れる生命力に満ちた身体をしていた。
これが他人から視ると凄まじい覇気を発しているように見えるらしい。
その目が羨ましいぞ。
俺には飢えた獣にしか見えん。
ランバリー夫人、ラウラ健闘を祈る。
清楚で儚げで天草色(黄色)の髪をした小柄な美少女は16歳~18歳に見えた。
ルネに年齢を聞くと妖しく笑ったので聞かない事にした。
はあぁぁ、脱力した。じじい陛下が元気に為ったのは、結局は女の力だったのだ。
俺が用意した暖か火鉢とか、栄養満点のジャガイモ料理も関係なかったよ。
くそじじい!
※※※※※※≪レティシア誕生≫※※※※※※
アリロスト歴 1771年 7月下旬
アンジェリークに良く似た金髪で碧色した瞳の娘が産まれた。
将来美人に間違いないね。
初産だったが母子ともに健康で良かった。
俺は名付けた名をアンジェに報告した。
「名はレティシアにしたよ。俺の祖母の名だ。」
「はい。素敵な名前ですわ。」
出産直後にアンジェは女の子と聞いて少し憂いた帯びた瞳をしていた。
「元気な姫を有難う。よく頑張ったね。」
そう言ってアンジェの小さな頭を撫でた。
すると涙ぐんで彼女もお礼を言った。
男児圧力が凄いもんな。
暫くするとアンジェは安心して眠りに落ちて行った。
この1ケ月で俺たちは互いに「アルフ」、「アンジェ」と呼び合うようになった。
予知夢では無かったが愛称呼びの方が気楽で近しい気がしてアンジェに提案したのだ。
俺との距離が近付いたと微笑むアンジェの笑顔が眩しい。
眠ったアンジェをもう一度確認して乳母のスージー・トレンヌ夫人とタヴァドール夫人にアンジュと娘レティシアを任せて俺は部屋を出た。
タヴァドール夫人から紹介された乳母スージー・トレンヌ夫人(16歳)は、アンジェより4か月先に出産を終えていたので何かと世話を焼いてくれたらしい。
タヴァドール夫人とスージーたちには王太子宮(ラ・シエット宮)でも部屋を与えられ、娘ソフィーと共に彼女の侍女たちと過ごしている。
物静かな乳母スージーと、好奇心旺盛なアンジェたちは気が合うらしくタヴァドール夫人に見守られながら良く話をしているようだ。
この穏やかな日々をゆっくりとアンジェは娘レティと過ごして欲しい。
(俺は娘と孫娘を見てる気分だ。)
レティには遣りたい事を見付けられる娘に為って欲しい。
王族として生まれて唯一の特典は学びたいと思えば幾らでも呼べることだろう。
教えて欲しいと招けばパルス大学の学者たちでも来てもらえる。
本当は傍で育てたいが俺の感覚に染まるとレティが生き難くなるだろう。
親としてこれ以上は君に枷を増やしたくはないよ。
順風満帆な人生などありはしないと分っていてもレティには誰よりも幸せに為って欲しい。
俺は生きてる限り君の幸せを願い続けるだろう。
愛しているよ、レティ。