忠誠の行方
アリロスト歴1819年 2月
じじいが風邪を引いたので俺は心配で傍から離れられない。
「アルフよ、その大きい躰が鬱陶しいから少し離れて座っておれ。」
「邪魔になる位置には私は居ませんよ。気のせいです。」
場所は何時もの老人クラブだけど、他の爺共にうつしたく無いのでゆったりとしたリソファーベットに横たわるじじいと隣のソファーに座る俺。
そしてレコとルネ、ジャックのみで静かにハニーミルクやハニージンジャーを好みで喉に落とす。
大きな暖炉には赤々と火がともり、薪ストーブの上には特大ケトルがシュシュっと蒸気を上げている。
「はー、頑張ったがやはり子供を1000人産ませれなかったのぉ。」
「何を言ってやがりますか。じじいの子供に国家破産させる気ですか。」
「アルフが居たらそんな事には成らんじゃろ。」
「1000人まで残り何人かは知りませんが風邪が治ったらチャレンジして下さい。」
「そうじゃの。頑張るか、ルネもう一杯生姜湯をくれ。」
「はい。」
俺と同じような暗緑色の瞳が少し熱で潤んでいた。
少しズレた掛け毛布を俺は掴みじじいの肩へと掛け直した。
するとじじいは左手を毛布から出して皴の多い熱い手を俺の左頬へと当ててゆっくりと摩った。
「こうして見るとアルフも少し年を取った気がするの。」
「当り前です。私はもう65歳ですよ。じじいやルネみたいなモンスターと、同じにしないで下さい。」
「全く泣き出しそうな顔をしおって。アルフの男前が台無しじゃ。大丈夫じゃよ、余はまだアッチへは行かぬ故、だからそんなに悲しい顔をするでない。」
「じじい------」
俺の頬から皴皴の左手を外し、ルネから渡された生姜湯を、じじいは旨そうに飲み始めた。
じじい、まだ嫌だ。
俺はこの世界に連れて来た神か悪魔に願った。
俺はもっとじじいをこの世で楽しませたい。
もっとじじいと笑って怒って、馬鹿な話をして------ 。
ただ、そうただ傍に居て欲しいのだ。
俺の寿命も遣るよ。
だからじじいが十分に楽しんで生きたと思える迄は、俺の傍に居させてくれ。
じじいは微笑んでレコと俺の馴れ初め話を聞く。
ルネは73年からのじじいの子供の数を諳んじて見せる。
約千人つう話。
結婚したり商人に成ったり、役人に成ってたり、多くはエトワル宮で「じじいの側付き」として働いていると言う。
勿論、俺やジョルジュの館でも仕えているらしい。
じじいが馬鹿みたいに子供を作った理由を聞いて余りの阿保らしさに俺は虚脱した。
そして俺はじじいの毛布に凭れて微睡む。
暖かいじじいの皴皴の手が俺の頭を撫でているのを感じながら俺は眠りに誘われた。
アリロスト歴1819年 3月
あれから、じじいの身近で5日間を俺は過ごした。
「朝はお早うから夜はお休みまで」を傍で俺がヤイヤイ言いながら介抱するのに、流石のじじいも嫌気が差したのか、ルネに日々じじいは自分の調子を聞く始末。
そして5日目にルネから完全回復のお墨付きを貰う成り、じじいは俺を老人クラブから追い払った。
おい、じじい。
トゥリー城は俺の居城だったよな。
マジで心配したのにあんまりだ。
「いやー体調が悪い時に、背が2m以上ある孫の爺から傍で必至に世話をされると以外に疲れるゾ。」
「ひでぇよー、レコ。」
「想像してみろよ。アルが熱で怠い時に、もう1人のアルが甲斐甲斐しく世話をしてくる図。」
「------うっ、嫌かも知れない。」
「だろ?そう言う事だアル。」
まあ今回は普段が精力パワー全開のじじいが熱を出したと言う事で俺が動揺し過ぎた。
それは認めるんだが、見舞いに来た爺達が生暖かい目で俺を見るのを止めて欲しい。
「お祖父さん大好きですね、エル公爵は。」
そうニヨニヨ笑うトーマ、てめぇー!
はあ、実はボルドもあの後に風邪を引いて未だに老人クラブに復帰出来ていない。
ルネ経由で医師を行かせたら熱は在るけど大丈夫との事。
完全回復するまで老人クラブへの休暇届けをルネが預かっていた。
1818年は夏が無いだけでは無く、身近な人々が鬼籍に入った。
ロヴァンス公やシャトレ元外務卿、大法官モレー、そして陽ノ本からはラゼ大佐の訃報が7カ月遅れでフロラルスに届いた。
俺への手紙と嫡子への手紙と遺髪。
宮廷の式典官僚へとラゼー家に最高の礼を持って届けて貰った。
俺との日々を過ごせたことへの感謝と、老いた身に新たな地で挑戦出来た事の喜びが綴られていた。
「我が主、此れよりは共に何処までもお守り致します。」
うるせーよ!
帰って来いと命じても俺の傍には戻らなかった癖に。
くそ馬鹿爺騎士めっ!
近衛ってのは俺の側にいるもんだぞ。
本当にお前らはカメリア独立戦争の時も勝手に行こうとするしさ。
俺はラゼ大佐達には、悲しんだり寂しがったりして遣らないと決めてんだ!
あの世で好きなだけヒャッハー!してろよ1
アリロスト歴1819年 5月
~~~~アリー、俺を想い作ってくれた桃色の薔薇ジャム。透明な硝子の瓶からアリーの想いが溢れて見えた~~(後略)
ハイ?
俺が作るわけ無いだろう。
それはエル公爵領地で薔薇農園主が薔薇ジャム工場で作った特産品だ。
レオン、てめぇーが悪阻の酷いレティが食べれるモノを知りたいと、駄文と共に尋ねて来たから「オーリア帝国に!」へと送ったんだ。
1瓶足りともレオンに送ったりするもんかっ!
全く高齢出産は危険なのにまた懐妊させやがって。
もう47歳なの。
前世でも出産が厳しい年齢なんだぞ。
万が一にも寿命以外でレティが死んでみろ、俺は速攻ルネを差し向けるからな!
つう、新たな決意と共に俺は立ち上がった。
いや、椅子からだけどな。
俺は悪態を付きながら何時もの駄文を読み飛ばしていると、ルネからレティからの手紙だと言って銀盆に乗せた封書を渡してくれた。
本当に久し振りのレティの手紙に俺は歓び、イソイソと封蝋を切った。
「パパへ。
ランツ叔父様からモスニアは未だ危険だから子供の為にも此処エレ・エリーン宮で過ごせと強く勧められて私はオーリアで生活しています。
レオンに会えるのは半月に一度程度なのに又、懐妊してしまいました。
此れも神の思し召しと静かに過ごしています。
あのね、パパ。
いい怪訝にして欲しいのですけど。
初めはレコ、次はレオンと如何してパパは私が好きになった人を篭絡するのかしら。
レコはパパが大切で大好きだから私は諦めた。
レオンは何か悪い病気かしら?
そう思える程にパパが大好き。
オーリアにレオンが滞在している時、私に隠れて彼は誰かに必死に手紙を書いていた。
私と離れて暮らしているからモスニアに恋人が居るのねと私は諦めました。
だってレオンはまだ若いですもの。
側近の人達にレオンの相手はどのような女性かと私が尋ねても「居りません」と言う返答ばかり。
そんなある日、掃除を担当している従者から「拾って来ました」と、丸められた跡の付いた手紙を渡された。
もうあの時の驚きとパパへの怒りを想い出すと今でも身が振えます。
何なのですか。
あのパパへのラブレターは!
私は怒ってレオンに問い質しました。
「あれは忠誠を誓ったアリーへの朝の挨拶だ。俺たちはレティが勘繰るような関係に成るハズが無い。この高い精神性の繋がりがレティには理解出来ないのかい?」
「あのね、レオン。色々言いたい事は在るけど1つだけ言わせて。レオン、貴方が忠誠を誓うべきはモスニアでしょう?パパに忠誠を誓う暇なんて特に今はないでしょ!」
「?」
「えっ?」
「何故に俺がモスニアに忠誠を誓わねば成らないんだ?可笑しなことを言うね、レティは。」
「------」
もう私にはレオンが何を考えているのか理解出来ません。
パパが責任を取って何とかしてください。
アンドレがレオンみたいにならない為に。
レティより」
アレ?
レティの手紙から青い怒りの炎が見える。
本当にレオンは(頭が)悪い病気だと俺も思うよ。
アレを何とか?
何とか出来るならしたいよね、俺も、ウン。
俺はレティからの手紙をレコとルネに渡して机に突っ伏した。
「んー、レティが怒ってるね、アル?」
「レコ、ルネ、私は愛する娘に何故、変態英雄如きの事で怒られているのだろうか。」
「そうだね、その変態英雄がレティの夫だから、だと思うよ、アル。」
「よしレオンを消去しよう。そうしよう。」
「公爵、それはお止めに成った方が良いと思います。レティ様の事を考えられるのでしたら尚更。」
「大丈夫、ルネ。アルも其処ら辺は分ってるよ。」
「でってさー、俺だって意味が分らないんだよ、レオンの事は。」
「でも凄いよね。公共教育法を作り通行側を決めた道路整備を作り、鉄道網と鉄道法の策定。何と言ってもレオンハルト法典の素晴らしい事。また軍隊の再編を行ったりフロラルスと同じ様に士官学校を作り直したりと息つく暇もないよね。モスニア中央銀行を設立して通貨の安定図るし。農奴も廃止。」
「本当にね。天才とか、いい加減にして欲しいよね。私が50年間も掛けて此処まで来たのに、僅か9年だよ。もうさ私って何なのだろうな。」
「まあまあ、アルは出来うる限り血を流さないで枠組みを変えて来ただろう。」
「でも徴税人に関しては流れる血、已む無しと割り切っていた。あそこで排除せねばフロラルスが腐って死んで行っていたからね。殺させた事に関しては、私に命じられた彼等の為に後悔はしないがね。別に私は流血を避けた訳でもない。殺されると予測したのに強くは止めてない。」
「だけどアルのお陰で飢える人は減ったのだけは確かだよ。あの長い寒冷期や去年今年の寒さ。それまでのフロラルスならばパルスで幾度も暴動が起きただろう。」
「ええ、公爵のお陰で通りで屯する孤児や浮浪者も激減しました。」
「全く、ルネもレコも私に甘過ぎる。」
「アルが自分を甘やかさいからな。」
「そうですね。さて気分転換に久しぶりにブランデーでもお持ちしましょう。」
「ありがとうルネ。」
「じゃあ、俺は葉巻を用意しよう。」
ルネとレコが執務机から立ち上がり其々の目的物を得る為にキャビネットやカリン材で作られたグラスケースへと歩いて行った。
俺も立ち上げり休憩用のソファッセットへと向かい腰を掛けた。
天才で変態な英雄レオン。
やはり彼はモスニアを愛している訳ではないのだ。
任務を熟し降り掛かる火の粉を払って居たらトップへと登り詰めた。
其処でレオンは問題を解決しようと考えると必然的に最適解を得てしまえる。
問題への最適解が出たならレオンはそれに見合った動きをする。
とてもシステマティックに。
きっとレティの事もそうなのだろう。
王家の人間と縁を結びたいがレオンの出自や身分では難しい。
ピカト6世教皇との会談でオーリアに行きレティの存在を知り妻にすることが最適解と判断。
フロラルスの王族でもあり、オーリア皇女の娘でもあるレティ。
レオンが年齢を気にするとも思えない。
レティの手紙を読む限りでは、レティはレオンを好きになってるみたいだし。
本当に碌なもんじゃねぇーな、レオン。
唯一システマティックな言動で無いのは俺への忠誠?
天才で英雄の変態行為を止める術を凡人の父が持つ筈がない。
レティ、済まない。
俺はルネから琥珀色の液体が入ったブランデーグラスを受け取り、口を付けた。




