夏が消える。
アリロスト歴1818年 8月
プロセン王国でフリード2世の名を関したフリード・ヴェルム大学が出来た。
言語学者のリッター伯が「学問の自由」の下研究者と学生が自主的に研究に基づき、真理と知識の獲得を目的とした。(法学・神学・医学・哲学・言語学)
義兄ランツ3世がリッター伯に招かれ祝辞を述べ崇拝する生前のフリード2世を語り、そして共に話したゲルン系言語圏への夢を語り出席者から熱い拍手を貰ったそうだ。
老人クラブは俺が鬱陶しく思ったので執務室に或るソファーベッドに座り義兄ランツ3世からヴェルム大学での話を聞いていた。
やや俺には刺激の強い義兄ランツ3世とジルとの光景を見せられながら。
義兄ランツ3世の左にはルネによく似た麗しい少年をピタリと自分へと密着させていた。
ジルと呼ばれるその麗しい少年はルネから義兄ランツ3世への献上品-----基コホンっ、側仕えとして紹介したオーシェ一族である。
うん、間違いなくルネの息子だ、微笑がルネそっくり。
義兄ランツ3世が幸せそうで何よりだ。
まあ昨夜は同じ部屋で寝たらしく非常に気が合ったそうだ。
深くは聞くまい。
もうランツ3世とジルがラブラブで見てるだけで俺は胸焼けを起こしそうだ。
オーリア=神聖帝国一体化の話はピカト6世教皇からの了承も貰えたらしい。
但し2ヶ国ある辺境伯がクソ面倒な事を言い始めたので、内密でレオンに責めて貰う事にしたそうだ。
内密なら俺に言う必要が無いのでは無いのでしょうか?
如何やらフロラルスの国境沿いに或るその辺境伯領へレオン軍が侵攻して行くのを見ない振りをフロラルス国にして欲しいと言うのだ。
まあ、森林地帯だし気付かない振りは出来るけど、「義兄ランツ3世へHELPを出されたら助けない訳には行かないのでは?」と俺は素直に疑問を口にした。
2国一体化の会議をした時に口論に成り、その2国には今後援軍は出さい無いと宣言したそうだ。
絶対、ランツ3世は口論に為ると分って会議したよな?
全くヤダヤダ。
此れだからヨーアン諸国って奴等は。
楽しそうに2人で戯れてる所に申し訳ないが一応、懸念事項を。
「2ヶ国とも戦闘が強いと聞いてますが、オーリア帝国が弱体化しないのですか?」
「今や古い戦い方の彼等こそが弱点なのだ。」
「領主を尊敬している領民は如何されるのですか?」
「レオンが自治領にすると言って居たから辺境伯に任せるよ。選帝侯の肩書と特権が邪魔なのだ。」
「はあ、まあ余りあくどい事をして義兄上とレオンが恨まれない様にして下さい。2人に何か在ればレティが悲しみます。」
「ああ承知している。」
「それにしても寒いな。8月の気温とは思えない。ここ数年少しマシかと感じていたが。」
「何でもネシア中南部の火山が大噴火を起こしたようですよ。北の方は大丈夫ですか?」
「ああ、ライ麦と大麦をメインに作付けさせているからな。フレッドも抜かりなさそうだな。」
「ええ、83年15年間で少し寒冷化に強い作物を交配出来るようになりました。フロラルスとオーリアでは気温が違うでしょうが種子を持ち帰られてみますか?」
「頼もう。スロン王国に穀物を送れるか?」
「はい、丁度グレタリアンへ送る分の穀物は浮いていますのでソレを送りましょう。ピカト6世教皇を飢えさせる訳には行きませんからね。」
「うん、フレッド、助かるよ。」
「いいえ。義兄上の助けになれて良かったです。」
そして執務室の壁に掛けられているフリーランナ・ウェイなエロい緑藍の絵を楽しむ義兄上に、ポテト酒のお湯割りを渡し、俺も口に含んで8月の冷え込みを緩めた。
数杯お湯割りを飲み、少し酔った義兄上がジルの絵も描いて欲しい、と強請るのでジャックに頼んで館内に在る芸術サロンへと案内させた。
元はゴドールが運営していたのだが、今はジャックが引き継いでいる。
サロンへの会費は年10万リブール。(約5億円)
なんつー値段だとゴドールの死後に値段を聞かされてビビる俺が居た。
俺の居城トゥリー城に入るだけでその価値が在る、とかだそうだ。
マジかー。
強いて芸術が判る訳でも無いので、そっちの領分はゴドールからジャックへお任せだ。
今年はオーリア帝国の首都エリーンで、フロラルス王国、モスニア共和国、エーデン王国、スロン王国、東ポーラン王国、グレタリアン帝国、プロセン王国、議長国オーリア=神聖帝国とがモスニア共和国が簒奪した国に付いて会議が執り行われる。
参加していないヨーアン諸国もあるが、取り敢えずはこの8ヶ国で結論を出す事と成った。
グレタリアン帝国は関係ないじゃん。
そう俺が老人クラブで呟くと、レオンと一番戦った国がグレタリアン帝国だとじじいに笑われた。
あっ、そうだった。
我が国からは俺が詐欺師と呼んでいるレ=タレン新外務卿が交渉に臨む。
38歳なのだが、レ=タレンと話すと何時の間にか「イエス」そう答えさせられる怖い男だ。
俺が作った市民大学で政治学を教えていた。
元は専門は哲学、地政学(地理学)だった。
ヒャッハー野郎(伯爵)の5男に生れて、14歳でパルス大学で学びながら冒険小説にのめり込み、資金を貯める為に「若きゲルテの悩み」つう思春期特有の痛い物語を出版した。
その痛さがパルス民に受けて資金が溜まり、17歳で南北カメリア市民の話を地図と共に収集散策、次いでハリキ、リーシャン、珠湾、陽ノ本、オシリス王朝を探検し、俺からすればソレって国宝じゃね?つうアイテムを詳細な地図を描きつつ、フロラルス王国へと持ち帰って来た。
なんか呪われそうなアイテムばかりだったので、「レ=タレン博物館」を国費でパルス外れの古城に創り、俺が珍しく封印式を行った。
そんな経験を経て、タレンは冒険小説野郎としての実績でジョルジュ陛下が爵位と勲章を授与。
その時々の話を「タレンの優雅な日常」て言う冒険小説(シリーズ化)に纏め、後に「ヨーアン諸国と異民族の地学的関係の考察」と言う論文を記した。
「タレンの優雅な日常」は他国からすると優雅でも何でもない強盗団物語だったので、俺は博物館同様に市民大学へ寄贈し封印処理を行った。
でも「地学的考察」は此の時代ではまだない発想だったので、この考え方を広めれば有能な官僚を増やせるかもと思い、俺はタレンに市民大学での教鞭を依頼した。
本来そう言う交渉はレコが行うのだがモスニア問題で皆が多忙時だった所為で俺が交渉した。
一応ね、身分が在る人間は知識を売るような職業を下に見てたので、教授とかしてくれるかな?と期待半分、不安半分だった俺。
まー、この頃は世間の空気も変わっていたので、昔程は忌避感をタレンは持っていなかった。
揉めなかった理由は、俺が交渉している間にタレンの要求を全て「イエス」と受諾した所為なのだが。
オシリス王朝への遺跡調査許可、新たな植民地が出来たら随行させること、年に1度のカリキュラム策定や、年に2回ある授業報告書は俺が直接タレンから受ける、タレンが出す書籍に俺が推薦文を書く等々、結構面倒な案件について、俺は全て「ゴー・サイン」していた。
それ以来、会う度にタレンの要求を「イエス・マム!」つう感じで呑んで帰城後、正気に戻った俺は後悔で七転八倒していた。
「分かってて会うんだからアルはタレンの言う事は初めから受ける心算だったのだろ?」
俺が自己嫌悪に陥っているとそう皮肉るレコだった。
まあ、そうなんだけどね。
タレンは人の感情の機微を読み取るのが最高に上手い。
でもって動いた感情から不自然に成らない言葉をチョイスして、自己の望みを相手に決断させる詐欺師的才能が極まってる。
コイツは放置したら危険だなつう打算と、タレンにコントロールされるは「実に楽しい」と言う俺の欲求で市民大学でタレンを飼っていた。
でもってシャトレ外務卿の後任が中々にしっくり来る奴が居ない。
「おっ、詐欺師タレンがいた。」
つう訳で、リゾートに最適なフロラルス南西に或るレ島を餌に、分家を立てる許可を与えて、新たな外務卿に据えたのだ。
イエスマンなのは俺だけだ?
んな事で俺が彼を評価する筈ないだろ?
生理的に嫌悪感を持たれない限り、誰にでも有効な詐欺師の才能。
レ=タレンには、オーリア帝国で催される「エリーン会議」で遺憾なく才を発揮して欲しい。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
アリロスト歴1818年 11月
パルス、エリーン間は乗り継ぎ3回をして、約8日間の旅だ。
もっと時短が出来るとフェリクスは話していたが、安全性の為に此の位で良いと俺は止めていた。
つうか馬車移動していた「18年前を想い出せ」と俺はフェリクスに良く話している。
オーリア帝国で蒸気機関の講演+レティ一家に会う為に、3ヶ月に1度の間隔で訪問していた。
フェリクス、お前は其の情を正式な妻子にも向けてやれよ、と思わないでもない。
まあ、口に出すと藪蛇に成りそうなので、イイ爺の俺は口を閉じている。
義兄上が帰国した8月、ヨーアン8ヶ国会議は「エリーン議定書」が帰結された。
ヨーアン大陸では、ポガール共和国(王国)、ランダ共和国(王国)、南グロリア共和国がモスニアの領土とされ、北グロリアはオーリア帝国の保護国になった。
また植民地は革命前の状態に戻された。
プリメラ大陸での植民地はモスニア革命時に、グレタリアン帝国も他国に多く植民地を奪われていたので、この案はグレタリアン主導で行われ8カ国で了承された。
係争地のマター島は、モスニアとフロラルスがプリメラ大陸へ向かう補給地として中立地帯とし、商船活動を促進する為にマター島周囲の海域での戦闘を禁じる案を各国へ提案した。
グレタリアン帝国は大いに不服だったが、現在にマター島を占拠しているのは、モスニアなので仕方なく頷く他なかった。
またオーリアに属していた2ヶ国は自治領とするとモスニアから報告された。
其処で義兄ランツ3世がオーリア帝国=神聖帝国を1つにすると宣言した。
まー、元々ずっと同君君主だったので諸国に否はなかった。
ハンリー国とリコリア国は同君連合から離脱し王国に成った事も報告した。
そこからヨーアン諸国の面々が話合いモスニアが折れる形で各国と領土を交換して、新たな国境線が決まり皆が妥協出来るヨーアン大陸地図が出来上がった。
こうしてモスニア王国は「モスニア共和国」とヨーアン諸国に正式に認められた。
エリーン会議で凡その要望は認められることを見越して、モスニア共和国は南カメリア西岸地域を北カメリア連合政府へと売却する話を持ち掛けていた。
「勿体ねーな、レオンってば。」
この夏が消えたヨーアン大陸の気候を想い俺は呟いた。
そして今朝届いたフェルナンの手紙を想い返して余計に身体の寒さを俺は感じた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
モスニアで内乱が起き始めた頃からフェルナンからの手紙は途絶え、俺係を自称していたカメリアの外交官も帰国した。
「変だな?」
そう感じたが、パルスに駐在している正式な北カメリア大使に聞く訳にも行かずだが、俺的に気にしてはいた。
まあ何か在ればエーデンのサディが言ってくるしね。
そう思って居たのだがサディめ、俺にも秘密にしてやがった。
実は3年前にアンジェが亡くなっていた。
1815年頃か。
4年前くらいから体調を崩していたそうなのだが3年前の冬に主の御許へ旅立った。
アンジェからは「自分が死んでも俺には知らせないで」と言われてたそうだ。
「自分はフロラルスでは死人だから」と。
その約束をフェルナンとサディは守っていたそうなのだが、最近フェルナンも体調を崩したと言う。
例えアンジェに天原で叱られても、俺に「此の32年間もの幸福を授けて貰った感謝をどうしても伝えたかった」、と震えた文字で綴られていた。
日頃全く思い出しもしなかった筈なのに、アンジェの死を知らせた手紙を読んでいて、俺は無意識に涙を流していた。
俺の心にはアンジェへの惜別もなく、ただ肉体が涙を勝手に流して反応するのだ。
「久し振りだな、アルフレッド。」
俺では無くアルフレッドが泣いていた。
アルフレッドに取っては死しても、心事もう一度守りたかったアンジェリーク。
時代が落ち着いたらアルフレッドをアンジェリークの墓まで連れて行ってやるよ。
それまで待ってくれ。
泣き虫アルフレッド------
そう俺は内心で呟き、流れた涙を指先で拭った。




