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男が髪を切る理由


  アリロスト歴1816年    11月



  俺はレオンとレティとの悲報を聞いて、------ 気絶した。


 翌日に意識を取り戻し、俺はさめざめと泣いた。

 馬鹿だなーレティ。

 英雄レオンハルトと何か婚姻して。

 自ら動乱の渦中へと飛び込むようなモノなのに。

 前世で知る英雄たちが辿った悲劇の末路を想い出して俺の胃は重くなる一方だった。

 レティの事だ、自分が嫌だと思えば婚姻を拒絶しただろう。

 そしてランツ義兄も可愛がる姪に今更政略的な婚姻など薦めないだろう。

 それにしてもレティは老人の次は変態小僧とか婚姻相手の趣味が悪過ぎる。

 レコを好きだった頃のレティは「男選ぶ才能があるぜ」と俺は喜んでたのに。


 既に俺の知る前世とこの世界は可成り違うと理解し、クロエの話した物語からも乖離している今、俺はレティを悲劇から救う羅針盤を持ち合わせていない。

 生命の危機が在ったら何をしてでもレティを救出すると、俺は覚悟を決めたのだ。




  

  新たな聖域へ移動はカリント教旧教徒に激震を与えた。

 

 カリント教を国教にしている旧教徒の王家や小国・大きな公主には予め、ランツ義兄と教皇ピカト6世が交渉を済ませていたので大きな混乱は無いのだが、市民や農民たちには俺が感じるよりも大きな変革だったらしい。


 聖都にいた教皇ピカト6世や枢機卿、司祭、司教たちは、ロマン教皇領地に於ける「ロマン法典」を受け入れ、大聖堂に襲い掛かって来た領民を見て「教会は変わればならない」と言う結論を出し、聖都の移転を打診して来たランツ義兄との協議の結果スロン王国に決定した。

 此れから教区に或る教会で信者たちを教化していく事に成った。



  一通りの用事を済ませたレオンはモスニアに帰国。

 妊婦のレティはオーリア帝国で出産する為にオーリアに居残り。

 うん。其の侭レティはレオンと別れれば良いと俺は思うな。


  「離婚は出来ないけどな。」


 レコの性格の悪い突っ込みに俺は不機嫌になった。

 スッと気を効かせてルネは俺に麦茶を出してくれた。

 香ばしい麦茶の香りが俺のハートを癒してくれた。



  クロエが作っていてくれた麦茶は、彼女が陽ノ本へ旅立つ前にチョコレートを販売している「青い鳥」で取り扱うようになった。

 流石に陽ノ本からは麦茶を送れないので商品にしましたと爽やかにクロエは笑った。

 竹筒と木筒に入った麦茶は安価なので庶民層にも飲まれるようになった。

 元は小麦や大麦、ライ麦だから安定して元俺の領地ベロー地方で作り、麦茶にして卸している。

 3種類の麦にしているのは出来不出来によりブレンド比率を変え値段を安定させる為。

 ブレンド毎に味見していた頃は麦茶で胃がタプンタプンとしていた。

 そんな俺の身体の犠牲を支払い「青い鳥」印の麦茶は販売されている。

 完成した後にクロエに郵送したら「微妙ー」つう返事だった。


 まっ、パルスで結構に売れているので良しとしよう。








     ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



アリロスト歴1817年    4月






  シャトレ元外務の外・曾孫ジャン・シャトレ補佐官が新聞と報告書を持って来た。

 まだ若いジャンはパルス大学でグレタリアン文学や哲学を学びつ、グレタリアン気質を説いて俺のグレタリアン外交補佐をしてくれている。


 こう言う制度はジョルジュが国王陛下の頃に、ジョルジュの深謀遠慮により作られた。

 どの様な国王、若しくは為政者が国のトップに変わっても、フロラルスの頭脳に当たる枢密院が機能出来る為の人材育成を目指している、らしい。

 モスニア革命政府が混乱させた各行政の停滞や国家機能の弱体化を目の当たりにして愕然とした。

 今までの制度みたいに王の力量だけで各閣僚を決定するのは危いと、危機感を持ったジョルジュは各閣僚の補佐となるべき人材育成システムの構築をじじいとジョセフと3人で話し合って決めた。


 俺が何故に参加していないか。

 まあ単純に消極的なだけである。

 制度は疲労していくと考えているのでこう言う力を持つ組織のバランスを考えるのが非常に面倒。

 勿論、今は必要だと思うけれど、其処まで考えるのは俺の守備範囲じゃねーし。

 流石にそれは口に出来ないので俺はパワーバランスに付いて理解出来無いからと席を辞している。

 うーん。

 俺って逃げてばっかだなー。


 そんなことを想い出してグレタリアン報告書を読むと吃驚した。


「国内の穀物生産を保護の為、輸入穀物へ高関税を掛ける法案が議会通過だってよ、レコ。」

「ええー、あのグレタリアンが保護貿易を?」

「ないよなー、つうかグレタリアンの穀物って、生産量低いし不味いし高いって、ロンド市民に不人気じゃん。依頼されてたから穀物輸出していたけど、どうなるかな。」

「アルが偶にいう食べ物の恨みは怖い?これは国民にも不満が溜まりそうだな。」

「輸出していた各国って主にフロラルスと北カメリアだけどさ、それに植民地でも不満が溜まるな。」

「北もそうだが南カメリアへ打撃は大きいだろうな。」


  俺はジャンに此の法案が可決されるまでの情報を聞いて呆れてしまった。

 水力や蒸気機関を使った工場が出来、産業構造が変化すると労働力の集約化で人手不足に成った。

 普通なら其処で労働者賃金が上がり労働者の暮らしが豊かに為るのだが、工場主たちは賃金の上昇を嫌い、反対に賃金を低下させる方法が無いかと考えた。

 其処で考え出されたのがパンの値段を人為的に上げる。

 高値のパンを購入しようとすれば、賃金が安くても労働環境が悪くても工場を辞められない。


  「結局は都市型農奴政策を始めただけじゃねーか。」


 俺たちは胸を悪くしながら、グレタリアンに罵詈雑言を吐いて重い気分を誤魔化すしか無かった。










  ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



アリロスト歴1817年    6月





  俺は目の前に現れたレオンに思わず殴り掛かった。

 だが難なくそれを交わして俺を抱き止め「どうどう」と背中をレオンに叩かれた。


 「いや-、ホントにレティの言う通り、アリーが俺に殴り掛かって来た。」

 「五月蠅い、何で頻繁に命狙われてる男にレティを取られなくちゃ成らない、クソっ。」

 「まあレティより先に死なないから勘弁してよ、アリー。それともパパって呼ぼうか?」

 「止めろ、それはレティだけに与えた私の呼称だ。先ず約束だ、必ずレティよりレオンは長生きしろ。母も祖母も乳母も前夫もレティは見送った。もう悲しい想いはレティにさせたく無い。」

 「それを言ったらアリーも長生きしないとな。」

 「ばーか、子は親を見送るように成ってるのだよ。反対の立場など真っ平だ。」

 「ふふっ、アリーらしい。そうだ、俺とレティの息子が生れたから報告に来たんだ。アンドレと言う名だ。俺はアルフレッドにしたかったのだが、レティがその名だけは嫌だと怒るからな。」

 「ウン、レティが正解だよ。2人に呼ばれると思うとゾッとしない。」


  そしてレオンが情感たっぷりにレティとの出会いをを語り掛けたので、俺は慌ててソファーから立ち上がりレオンの口を塞いでやった。

 誰が愛する娘と変態英雄とのロマンスを聞きたがる父親が存在すると思ってるんだ。

 一言だって聞いてやるものか!


 昂っている俺の気を静める為にルネが冷えた麦茶をグラスに入れて出してくれた。


  でもってレオンはカリント教と融和した後、前政権が禁止していた日曜礼拝を再開し、ピカト6世教皇がモスニア新法典に誓約した聖職者を破戒者として追放していたが、シュッタルト講和時にレオンは其の認定を解かせていた。

 また収入が無くなり生活が困窮していた聖職者を「政教分離」の下でモスニア全土の教会を小学校にし、聖職者を公務員として教師に雇った。

 レオンは教区を基本単位で考えたそうだ。


  また町に中学校を設置し、各小学校で優秀な生徒を入学させ寮生活を送らせる。

 更に優秀な生徒を地方領都の街で高校生として専門教科を学ばせるらしい。

 小学生が10歳から12歳で義務教育、中学生が13歳から15歳、高校は16歳から18歳。

 どの学校も飛び級制度があるらしい。

 まあ、今のモスニアは表向きは身分制度が無いので、教育制度改革は楽そうだ。

 余り聖職者は使いたく無かったそうなのだが、革命政府が地方に居た知識層を殺したり追放したりしていたので人が足りず「仕方なし」と話して、レオンは肩を竦めた。



  「黒人奴隷解放法案を否決したんだって?レオン。」

 「ああ、あのモザイク模様の植民地を見たら無理だと俺は理解した。今いるモスニア人たちには黒人は黒人に任せモスニアに輸出する物を確実に納入するように命令している。早くプリメラ大陸にある商館は黒人に全て任せられると良いが守備兵を如何するかを思案している。」

 「確かにモスニアはプリメラ大陸に多くの商館と、天然資源が在る広大な土地を占有してるもんな。フロラルスみたいにハリキとベラ諸島しかない国とは感覚が違うのだろうな。」

 「うん?南東部沿岸にも3カ国程なかったかあ?」

 「あー、アレはフロラルス王国では無いからな。プリメラ商会つう商人だ。」

 「そんな事を言うとモスニア国内が落ち着いたら頂戴しに行くぞ。」

 「どーぞどーぞ。殲滅してくれても構わない。私が生存してたらフロラルスは彼等を助ける為の軍は出さないのをレオンに約束するよ。」


 その話を聞いたレオンが、真実か偽かを探る様に、俺の瞳を強い光を放つ栗色の瞳で射抜いた。

 暫く、その姿勢を続けたいたレオンが息詰る気を解き、素早く立ち上がって俺の足元へ跪く。

 そして俺の右手を取り、手の甲へレオンは唇をゆっくりと落とした。

 うーん。

 やっぱりレオンの行動原理が理解出来ん。

 レオン、お前さあ------。

 忠誠を誓うのは俺じゃ無くモスニアにだろうが、レオン。

 俺はこの出来が良過ぎるけど、変態的な義理の息子を溜息を吐いて眺めた。




  レオンが来た日の夜にエトワル宮殿で歓迎パーティーが催された。

 公式訪問では無いのでルフルティー宮殿(政務宮)での迎賓会じゃないのさ。

 当然だが、ルナンド9世夫妻(モスニア国王)や王国復興・反革命派的な意見を話している人達は参加が出来ません。

 レオン総統と既知を得たいモスニア貴族や知識人は参加が許可され、ジョルジュやフロラルスの貴族たちとレオンを含め歓談したそうだ。

 俺は執務室で雑に書いたレオンの似顔絵をクッションに貼り付け、気分転換にクッションをボカスカ殴って中々に良い汗を掻いた。

 うん、このストレッチは高齢者でも安全に試せるな。


  翌朝、俺の談話室に集ってる画家チームの1人エリコーを、強制スカウトしてモスニアに連れて帰りました。

 エドガーは騙し絵描く暇がない程に外務次官としてレオンに扱き使われているそうだ。

 良きかな、良きかな。

 モスニア壊した責任取って、確り更生しろよ、エドガー。

 




 


  ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



  アリロスト歴1817年    12月






  オーリアの大使が帰国の挨拶に来た。

 序でに連絡事項を告げた。

 どうも東ポーランを含めオーリア、プロセン、エーデン、デーマン王国、エルノー王国でゲルン系言語圏同盟を作ろうと話しているそうだ。

 小さい諸侯もあるので骨が折れるとランツ3世義兄も苦労していると話した。

 ランダやポガールが国として動けない今が邪魔が入らなくて良いと言う。

 シュッタルト講和の時にレオンと幾度も会談をして互いの政策も話し合ったそうだ。


 そして神聖帝国をオーリア帝国へと合わせようとしていると大使は話した。

 神聖帝国の皇帝に成るのは各選帝侯が認めないとならない。

 また帝国としての施策を行うにも選帝侯たちの理解を求めたり、新たな特権を約束せねば成らず、自分が死んだ後に、神聖帝国の継承問題で新たな紛争が起きる事も想定出来るそうだ。

 俺はランツ義兄から聞いた義母ビストールのオーリア帝国継承戦争を想い返した。

 確かにあの争いを再び起こしては欲しくないと俺も思った。



 来年に相談したい事が在るらしくランツ義兄がフロラルスへランス王太子を連れ訪れるそうだ。

 引退した義兄ランツ3世がアグレッシブに動いているのは、ピカト6世教皇の事で各国を巡っていると思ったのだが、実は神聖帝国やゲルン系言語圏の事も併せて動いていたのかと俺は感心した。

 帰って行く大使を目で見送りながら、義兄ランツ3世の大きさを知る。

 俺には真似出来ねーなー。

 1つの国で汲々としている俺とは見えてるものや見てるものが違うのだろう。

 雀は鷲にはなれないのだ。

 義母ビストール、偉大な王フリード2世、義兄ランツ3世、天上で煌めく星々のようだ。

 その光の一端でも俺に降り注いでほしいものだ。








  トゥリー城にある老人クラブ(談話室)には、今やじじいの側近、ジョルジュの側近+親衛隊、俺を描くチーム画家、ボルドやトーマから預けられてる人々、ジョルジュに押し付けられた政策チーム、レコやルネの側近がわらわらと自由に置いてあるソファベッドやリクライニングチェアで雑談しながら寛いでいた。


 幾ら隣の部屋も同じ造りにして続き部屋にした広い談話室でも50人近くも居れば、ガチャガチャするし華やかな衣装の彼等は目に留まる。

 可笑しいなー。

 俺は人が苦手てレコとネルに囲まれてひっそりと暮らしてた筈なのにな。

 どーして、こーなった?

 今日は面倒で結ってない髪が、背中で広がり俺の腰を覆う。

 純毛100%の暖房だぜ。

 つうか、やっぱり邪魔だよ、此のスーパーロン毛。

 85年を過ぎた頃にゴドールが短く切った俺の髪を見て言ったのだ。

 「カツラを被らないならせめて髪を伸ばすべきです。」

 そう言って、神話の話から初代エル家の逸話迄語り、ゴドールに納得させられた俺は、髪を伸ばし始めたのだ。

 当然に長く為ると手入れや洗髪が難しくなった。

 するとゴドールが器用に洗髪やら髪の手入れをするようになった。

 気が付けばゴドールの弟子達も俺の髪の毛手入れ+洗髪隊になった。

 そう俺のスーパーロン毛は、天才画家ゴドールや弟子のジャック、独り立ちした弟子たちの黄金の手で作られているのだ。

 何という無駄遣い。

 ゴドールが亡くなった時に「もう俺も髪を切るわ」つったらジャックを始めとして阿鼻叫喚。

 でもさー、俺此のメンツに洗髪や髪の手入れさせていて大丈夫なのだろうか。


 

 ジャック(新ロマン派)、タルル(バロック派)、クルーベ(印象派)でもってレオンが連れて行ったのはロココ調、それぞれが自分の画風を見付けた天才画家たちなのだ。

 俺の髪なんて洗ってないで、絵を描けよ。

 なんて事を俺は何時も考えている。

 

 はあーーーー。

  「髪を切りたい!」


 本当にゴドールはゴドールだよ。

 厄介な弟子を俺に押し付けやがってさ。


 ルネが入れてくれた熱い珈琲を俺はゆっくりと味わって飲む。

 ジャックとクルーベが器用に髪を編み込み後ろで纏めている。

 何時の間にか冬場の洗髪は一週間に1度にしたよ。

 俺が面倒なので。


 決めた!

 俺、70歳に成ったら髪を切るぞ。

 ゴドール、てめーの遺言なぞ知るか。


 俺が気合を入れて告げた63歳のの決意は、ジャックの微笑と共にじじい達の談笑へと消えて行った。

 くそおおー。

 ゴドールめ。

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