熱き血
アリロスト歴1805年 9月
人間、余裕が出来て来ると芸術に目覚める。
俺は目覚めないがな。
そう言う訳でサロン・ド・パルスの正会員たちでフロラルス王立絵画彫刻アカデミー学校を作った。
所謂、芸術大学だね。
第三身分階層に大きく芸術家への門戸を目に見える形で開いた。
土木・建設学会と同じで芸術も基本は子弟制度だった。
特に絵画は音楽と同じで、王族と直に接する事が多い為、自由に「新人画家ですよろしくー」って具合には成らないのだよ。
誰もが13歳でエトワル宮殿で官展を催した天才ゴドールには成れないのだ。
だけど元々裕福なブルジョワジーや法服貴族(下級)からも、英才教育を受けてる才能豊かな人材が生れて来たのだ。
既に科学アカデミーやパルス大学では第一身分(聖職者)や第二身分(貴族)、第三身分(市民)などという垣根は取り払われ日々新たな発見や研究、論文などで人類に貢献して闊達な議論の場が作られている。
そんな空気を肌感じ取り芸術家達が自ら創り上げた。
これはマジで俺的に嬉しかった。
いやー、学校何て国が作るものだと思ってから、69年から36年間歩き続けて良かったよ。
開校式典に俺が参加?
しねーよ。
理由は何時もゴドール!俺のモデル絵がホールに飾られてるからだよ。
試験は期日までに作品を見せる事。
正会員たちが合否を決める。
前世に或る大学講義みたいな教え方ではない。
念の為。
あっ、そう言えば主役なファエット大佐は北カメリアに移住した。
て、言っても国籍を移した訳でなくカメリア名誉国民的な立ち位置だね。
新モスニア法典を目にしたファエット大佐は、フロラルスでも新法典を、てな活動を始めたのだけど、特権持ってる貴族はスルー、「地方市民たちとも平等に」ってのでパルス市民からもスルーされ、傷心抱えて北カメリアのジャン2世の元へ行った。
流石にじじいお気に入りのファエット大佐でもさ、国王法改正は王の専権事項だから、じじいは無言で見送った、アデュー。
新フロラルス法典は悪くないと思ったよ、俺はね。
最低でも100年経たないと難しい。
でも素晴らしい記述だったので王宮図書館へと保存した。
後の世の人が、ヒーロー・ファエット大佐が著した新憲法を誇って欲しいと願って。
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天然ゴムとコイルバネの発達によって、スムーズな乗り心地の馬車が完成したので、じじいとフェリクスが試乗して来た。
まあ、じじいは何時ものじじいなのだった。(レコ談)
フェリクスは蒸気機関の改良への手掛かりとして参加したのだろう。
俺としては手工業+熟練工の仕事なので大量生産は出来ないがネジとバネは産業の基幹部分なので大切に育てて行って欲しい。
気が付いたら農奴が消えていた。
と、そんな事は或る筈がなく農作物耕作に向かない領地へ鉄鋼業や鉱石加工、製薬会社等々人口集積型産業を作ってる内に領主たちが農奴解放令に批准して工員にした。
いずれ問題になる健康被害や自然破壊が判っているだけに胃や両肩がずっしりと重くなる。
発見したり発明、研究が進んだものは利用するしか道がない。
目まぐるしい速さで新たな化合物が出来る度に俺は胃が悪くなっていく。
前世の俺は何で薬品開発なんつー仕事を遣ってたんだろうか。
ザックリ毒性が解るから夜に思い出して恐怖と罪悪感に、のたうち回る日々を過ごしている。
そして穀倉地帯では農機具の発展で人手が余って来た。
王国がその余剰人員を引き受けるバーターとして農奴解放を提案した。
まあ領主としても管理している農家から余剰人員を何とかしてくれと相談されていた。
手が余ったからと言って食事を与えない訳には行かないからね。
で、農家に非課税のままで居たいなら小作人として給与を払ってくれよと願ってみた。
農奴全員が農業を捨てられると困るので農家と折半する形で給与を出すことに為るだろう。
その引き受けた農奴たちが移民として陽ノ本、ナユカ、リーシャン、珠湾、ベラ諸島へと行く。
俺も移民と為って陽ノ本へ行き、米でも作っていたいな。
何時もの火曜日、予定通りにジョルジュに会いにエトワル宮殿へ俺は向かった。
昔じじいが使って居た私的な談話室にはジョルジュが悠然と座り俺を待っていた。
「少し遅かったですね、兄上。」
「そうか?それにしても何?その書類の束。じじいは仕事とかしてなかったぞ。ジョルジュはもう少しのんびりした方が良いぞ。」
「お祖父さまは兄上が色々画策されていたじゃ無いですか。ロヴァンス卿が話されてましたよ。殆どが兄上が考えて施策を行っていたと。」
「はー、どうせロヴァンス卿の事だ大袈裟に言ったのだろう。ジョルジュに頼みたい。ポール・ブリュ少尉にラゼ大佐回収任務を命じてくれ。真龍国に居るニコラ中佐とクルレール中佐にはガロ少尉を回収任務に当たらせて欲しい。」
「どうかされたのですか?」
「あの3人の馬鹿じじいたちは其々陽ノ本と真龍国で暮らすので除隊処分にしてくれと知らせて来た。向こうで暮らすなら手続きをして貰わないとコッチも困るだろう。皆貴族なんだし。」
「また、何でそんな大それたことを。」
「なー!馬鹿だろ。陽ノ本と真龍国が楽しいそうだ。」
「クルレール中佐は兎も角として真面目なラゼ大佐やニコラ中佐まで。」
「本当に色に狂ったくそじじいは手に負えない。あっ、これ内緒な、家族居るし。」
「兄上、僕は疲れました。」
「俺もだよ。で、私に手伝えることは?」
「そー、でした。今、3本目と4本目の線路を同時に敷く工事を始めたでしょう?線路が敷かれる予定地を全て教えて欲しいと鉄道局に要望書が数多く持ち込まれるらしいのです。」
「ええー、前回駅停止問題で決闘騒ぎまで起きたから事前通告しないと決定したのに。大体工事が入る領には事前に領主から承認を貰ってるから問題ない筈だ。」
「どうも駅が出来る領地を投資先にしたい不動産屋や金融業者が貴族に依頼したみたいで。」
「放って於きなよ。本当に知りたいと思えば工事やモノの動きを観察してれば分かるんだから。私企業の利にジョルジュが動いて遣る事はないよ。要望書の数の多さに惑ったら駄目だよ。」
「はい、兄上。どうも僕は自信が持てなくて。」
「ジョルジュは遣るべきことを遣っているよ。それに俺だって全然自信などないさ。良いんじゃ無いか?俺は正しいと自信過剰な為政者より間違えても修正が効かせやすい。」
「はい。有難うございます、兄上。」
俺とジョルジュは温くなった珈琲で口を湿らせ、庶民たちが通う小学校について話し合った。
そしてヴリーに建設予定の地方大学についても。
行政も学校もパルスに集まり過ぎている歪さを俺はジョルジュに語った。
有力貴族も知識層も各領地から集まり過ぎて、此の侭だとパルス以外の地域は人的資源が枯渇して各領主の領地運営が上手く如何なる不安だ。
産業構造が変革して来ている今ならまだ有能な人間をバラけさせる事が可能な気がする。
1つの産業が永続的に稼働出来る可能性は無いのだから。
「僕が言うのは何ですが、兄上は辛く無いですか?」
「うん?何が?」
「何かを始められても、兄上は何時も終わりを考えている。」
「あっ、はは、そうだな。私の性分と言うか癖だな。辛くないと言えば嘘になるが、ジョルジュが責任ある立場で懸命に頑張ってる事を想うと辛さなど忘れるよ。感謝してるよ、ジョルジュ。」
「いえ、僕も感謝しています。こうして王として立っていられるのは兄上のお陰です。」
「ふふ、さて、お互いに気持ちが軽くなった所で次の議題へ移るか。」
「はい、兄上。実は———(略)。」
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アリロスト歴1805年 10月
グレタリアンが軍艦5隻を組み陽ノ本へ向かったと俺に秘書官ゲランから報告があった。
戦をしないと死ぬ病を発症中のグレタリアン帝国。
今はイラドに或る王国や王朝をシャカー河を内陸へ進めて行く序でに次々と制圧して行ってる。
鮭の遡上は住民を豊かにするが、グレタリアン帝国の遡上は何を齎すのかね。
マリド王国があるシャガド海域はフロラルスが抑えているが、他のイラド沿岸部にはグレタリアン帝国の旗が挙げられている。
あっ、ランダ王国とモスニア王国も湾岸域を1つづつ領有してた。
陽ノ本へ向かう途中にある各諸島もモスニア王国の隣国ポガール王国、モスニア、ランダ国が競って植民地化したのでグレタリアンは入れない。
しかし陽ノ本と言うか真龍国を目指すなら補給の問題で、グレタリアンがイラド沿岸部は必要だなと理解は出来るが、それにしてもヤリ過ぎだと思ってしまうのは俺の前世に因る価値観。
そして此れからはヨーアン諸国はプリメラ大陸へと駒を進めていくだろう。
恐らくはカメリアも。
先日ジョルジュから受けた相談がコレ。
「同盟国になった陽ノ本へ援軍を出しましょうか?」
「NOー!」
遠過ぎる。
が、一番な理由。
次はフロラルス海軍を出してグレタリアンに勝ったら、植民地拡大を叫ぶ帯剣貴族達が調子に乗って、陽ノ本植民地計画に乗り出してしまう。
彼等が欲しい理由の1位は真龍国へ行ける土地。
2位は金銀、3位は今ブームに為っている陽ノ本工芸品の数々。
折角俺が時間をかけてデリケートに付き合って来た陽ノ本との外交関係が崩れる可能性がー。
関係が拗れて、俺の米が手に入らなくなったら如何する心算だ!
最後は、グレタリアン帝国が侵攻する前にオシリス王朝と外交交渉をしているのだ。
オシリス地域付近に駐留しているグレタリア軍やモスニア軍と揉めると開戦に為ってしまう恐れがあるので、今はベラ諸島、ハリキ共和国に海軍と陸軍を派遣していた。
故に海軍つうか軍艦が少ないのだ。
それに5隻の艦隊位は陽ノ本が自力で蹴散らして貰わないとね。
海に囲まれた豊かな島国陽ノ本は、これからルドアを交えたヨーアン諸国の海賊外交が次々と船団組んでドアを蹴破り訪ねるようになるだろうからな。
気掛かりだが俺にはクロエの無事を祈る事しか出来なかった。
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アリロスト歴1806年 3月
私とクルレール中佐そして2小隊は今、陽ノ本を目指すフロラルス帆船に居る。
光明皇帝陛下から「ニコラ中佐、クルレール中佐。陽ノ本でグレタリアンを叩き潰して来い」そう言われて真龍帝国から陽ノ本へと送り出された。
華奢な体躯をしているのに気を緩めると圧殺されそうな覇気と、何処かエル公爵に似ている空気を持った皇帝に私のみ成らずクルレール中佐も心酔してしまった。
老いた私の身体で今更何が出来る訳でも無いが、僅かでも皇帝の力に為れればと思い、真龍国で骨を埋める覚悟をし内乱を鎮めてきた。
私もクルレール中佐も家の事情で近衛兵に為ったが、この年に為り矢張り戦場を味わうと血が滾り胸が高鳴るのを抑えられなかった。
燻っていた私達を取り立ててくれた大恩あるエル公爵には申し訳が立たないが、老いた者の我儘と許して貰うしかない。
そして今回の敵は、あの憎きグレタリアンである。
お元気で在られるならラゼ大佐も参戦なさるだろう。
クルレール中佐と笑顔で「カメリア独立戦争を思い出させるな!」と語り合う。
共に居る部下たちも年老いたが真龍帝国に来てからは皆の目が輝き出したのだ。
私たちは騎士なのだ。
戦ってこその貴族なのだ。
遠い西の祖国に居る我が主エル公爵に詫びて、私たちは戦いの準備をするのだった。




