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糞尿メモリアル

 


 アリロスト歴1769年(少し過去)



 知っているかい。

 何を遣らかしても首に為らない職掌を。それは宮廷官僚。

 用を命じても自分の職域では無いとシラーと立ち尽くす職種を。それは宮廷官僚。


 意識が覚醒して2ケ月経ち、臭気と伝染病を防ぐべく俺は立ち上がった。

 宮廷官僚たちは不動なので、下働きたちに頼み込みラシエット宮地区に縦長の穴を掘って貰い、底穴を開けた樽に目張り(脂や膠)で隙間を塞ぎ、取っ手を付けた蓋を作らせ穴の上に置いた。

 そして汚物捨てを仕事にしている者たちに汚物は此の樽へ捨てるよう申し付けた。



 同時にラシエット宮に或る空き部屋に檜板で幾つもの衝立を作らせ、簡易便所を作った。

 便所自体は穴あき椅子と穴の下に排泄物を受ける陶器で出来た器を置けば設置完了なので、

 衝立で3ヶ所を囲み個室にして行った。


 ついでラシエット宮とラシエット地区に和式公衆便所を作らせた。

 ラシエット宮の家令や侍従長、女官長に1日1度は汚物を所定位置以外での投棄禁止と便所以外での

 排泄禁止の呼び掛けを厳命した。

 不服そうな顔をする3人に「王太子命令だ」と脅し、しつこく注意させた。


 100数名の下働きはまだ良い。貴族で無い分ぎこちないが俺の命令通りに動く。

 問題は残り約600名以上の宮廷官僚だ。

 約7百以上の使用人、千はいる近衛兵たち。エトワル宮殿に比べたら可愛い数だけどな。

 所構わず排泄するし、オマルの中身を何処からでも投棄しやがるし、俺は何の為に手間暇金を掛けたのか百万回問い正したい。



 そんな時に救いの女神(男神)に出逢いカメリア撤退戦の話を聞いて親しくなった。

 ずっと仲良くしたいラゼ中佐(28歳)とニコラ・アウエル少佐(23歳)、クルレール少佐(22歳)です。


管理能力が高く兵站の必要性も知る有能なラゼ中佐そして釦や品の良いリボンを付けてるシャレ者。

表情が少なく衣服に拘りが無さそうなニコラが俺にはポイント高い。

貴族のオサレは分らん。

ラゼ中佐一押しの軍人だそうだ。態々ニコラを付けるのはアウエル家って子沢山の所為らしい。


出たな俺の敵めって、違うよ。ネアカなイケメンに俺が拗ねてるだけだよ。

クルレール少佐は、チャラ男に見えて騎馬戦が得意で馬上なら負け無しだそうだ。


 何故に有能な3人が出世しないのか。

 若い頃の上官がシャスール公らの政争に負け、じじい陛下に罷免された煽りなのだよ。

 何をやってる?じじい陛下め。くそっ、全く全くだよ!


 俺は3人に指令を出した。

 俺がラシエット宮に戻るまでラゼ中佐が責任者となり近衛兵団千人に完璧な排泄処理を、徹底させて欲しい。

 そして宮廷官僚へも注意してくれ。これは命令だ。



 余り使いたくない王太子の命令カードを使っちゃたよ。はあ溜息しか出ない。



   ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


   アリロスト歴1770年      3月


 そして3月—————

 改築も終わり個室便所や公衆便所も過不足なくゴシック調宮殿に相応しく美しく為っていた。

 黄褐色に見えていた悪臭も黄土色に見える位には、改善されていた、と思うじゃん?

 窓から地面を見るとね、転がってたり、へばって地面と一体化、何じゃこりゃああ!



 俺はラゼ中佐を呼び事情を聞くと、近衛兵たちは違反者がいなくなった。だが———

 宮廷官僚たちは近衛兵に言われるのは筋違いだと無視をされたそうだ。

 手際の良い事にラゼ中佐は違反者氏名、回数を記した報告書を持参していた。その数371人。

 多過ぎだっ、君ら何、排泄戦争でもしてるの?綺麗にすると死ぬ病気なのかな。



 3週間、王太子である俺も(王族とは?)参加して規則違反を警告し続けた。

 俺は女官長と家令を含めた悪質な120人へ解雇通知を突き付けた。

 (まあこれが初めてでも無いしな。シェフ一同纏めてエトワル宮殿に突き返した事がある。)



 宮廷官僚たちはまさか自分たちに解雇を言う人間が存在するとは思わなかったらしいが、俺も忍耐の限界を突破していたのでアルセーヌやラゼ中佐に命じて使用人室の荷物を排泄物が散乱する庭へ捨てさせた。

 後悔?そんな事が出来る精神のゆとりなぞ微塵もない。


 暫くして宮内卿を連れ高級官僚たちが現れた。

 宮内卿は誰それが誰の、とか陛下から頼まれてとか、前代未聞ですぞとか五月蠅かった。


「何時から宮廷は人間以外を飼うように為った。私に必要なのは人間だ。ケダモノではない。それに犬や猫なら躾が出来る期間だった筈だ。最低限言葉が通じる相手しか不要。」



 解雇と言ってもアイツらはエトワル宮殿に戻っただけだしな。

 残ったのは下働きを入れて157名。いや良く残ったよ。アルセーヌと近衛兵だけ良いと思ってた。



 非道極悪王太子。自分以外は獣だと罵る。

 魂が穢れてるから天罰に罹患した。

 疾風迅雷怒涛の悪評がエトワル宮殿に渦巻き俺の教育係2人が任を辞した。

 アレ?案外やばい?


 こんな状況を半笑いで憂いた友人アルセーヌはパルス・ジャーナルに記事を寄稿した。

 ≪珍事!王太子と宮廷官僚とのラ・シエット宮糞尿戦争≫

タイトルは酷いが、俺が起した行動、近衛兵の働き、宮廷官僚の言動を淡々と時系列で纏められていた。

 抑制の効いたその静かな文章は、裁判でのアルセーヌを思い出せて、懐かしくなった。


 糞尿問題の提起と「人と獣はどこが違うのか」とウィットに富んだ文章で〆られて居た。

 多くの官僚が消えたラシエット宮は非常に心地良く、思い出した道具の設計が捗った。

 此れでアンジェリークが嫁いで来ても少しは居心地が良いだろう。

 (婚姻前珍事)



 さてと、もう少し炭を焼いて木酢液を作って貰おう。

 木酢液を作らせて薄めてシラミ退治に使ってる。退治というか忌避させてる。

 俺のいい加減な薄め方で人間に害が有ったら嫌なのでパルス大学で研究実験して貰っている。

 うろ覚えの大雑把な作り方なので其方も任せた。商品化できると良いな。


 使える男アルセーヌに「植物学者か生物学者に研究して貰ってよ。」そう言って丸投げした。

 真龍帝国から竹を輸入できないか輸入商にでも聞いてみよう。

 竹酢液の匂いが好きだったのだ。

 竹は色々使えて便利だしな。植え方にさえ気を付ければ。







    ※※※※※※≪アンジェリークの想い≫※※※※※※


アリロスト歴1770年       9月



 アルフレッド殿下は、此のエトワル宮殿には珍しく白い鬘を被っていませんでした。

 理由を聞いて私も鬘を止めました。

 だってシラミの巣に為るのは私も勘弁して欲しいです。

 其れに私の金髪を綺麗だと褒めて下さいました。

 エル4世国王陛下に良く似た豊かで艶のある暗褐色な髪を後ろで纏め、理知的な青緑をした瞳で私を見詰めて、そして微笑むのです。

 オーリア帝国での私の暮らしや母ビストール、兄弟姉妹との話を好んで聞かれます。


 フロラルス王国に入って驚いたのが、何処でも此処でもアルフレッド殿下悪口で溢れていると言うことでした。聞くに堪えない物も多くありました。

 婚姻式が終わるまで私は何て悪逆非道な方へと嫁がされるのかと、お母様とメルシー伯を酷く恨みました。

 義祖父エル4世陛下は枢機卿たちから苦言を呈される程に好色であり、そして事も在ろうか私の夫に為る人は次々と宮廷官僚を首にし天罰を受けた方————

 フロラルス王国で聞くアルフレッド殿下の話は恐ろしいモノばかりでした。


 挨拶に訪れたメルシー伯へ思わず文句を言うと静かにメルシー伯は話されました。


「私はお優しい方だと思いますよ。アンジェリーク妃殿下お1人では心細いだろうから、心を許せる側仕えを一緒に来させて欲しい。そう私に頼んだのです。私もビストール女王も若いアンジェリーク妃殿下が心配だった故、この申し出には感謝しか在りません。エトワル宮殿での仕来りは我がオーリア帝国とは全く別物です。くれぐれも噂に振り回されぬようご注意ください。」


 メルシー伯がそう案じた通りにエトワル宮殿での常識は、私を戸惑わせるモノばかりで、婚姻披露会では幾つもの失敗を重ねたようです。

 アルフレッド様は「暫くは学びの期間にしよう」と言って下さり、タヴァドール夫人(38歳)、ルイーズ・リーニヤ公妃(17歳)を付けて下さり、王太子宮でゆっくりとアリー伯母様と共にフロラルス王国での社交術を学んでいます。


 婚姻して1ケ月は寝室を共にしましたが、多忙に為ったアルフレッド殿下は、ご自分の寝室で眠られるように為りました。

 少し寂しくなってタヴァドール夫人に殿下にも愛妾が居るのかと遠回しに聞くと、珍しく声を上げて笑われました。


「幼い頃から側に附いて居りましたが殿下にその様な方は1人もおりません。

 此の国の男性には珍しく御相手は妃殿下だけで御座います。

 この屋敷でも官僚たちが日々騒がしいでしょう。

 その対応に追われているのでございましょう。

 さあ、ルイーズ公妃やアリー大公妃様も呼び、お茶を致しましょう。」


 ラシエット宮の2階はまるでアルフレッド殿下から守られている様に静かです。

 エトワル宮殿から通われているルイーズ妃は、ラシエット宮は別世界だと良く話されます。

 酷い悪臭の中でランバリー夫人を貶める為にアザイーダ義伯母上様たちやシャスール公夫妻、

多くの宮廷官僚たちが騒ぎ立て姦しいそうです。

 私はランバリー夫人に味方はしませんが独りの方を大勢で攻撃する遣り方は好きに為れません。



 そのことを話すとアルフレッド殿下は優しい笑みを零して話しました。


「アンジェリークが優しい子で私は嬉しいよ。」


 私は照れてしまって両頬が熱くなるのを感じました。

 アルフレッド殿下は私を何かと褒めて下さるのです。

 王女でしたので美辞麗句は言われ馴れているのですがアルフレッド殿下の言葉は、私の胸に響いてきます。


 まだ、嫁いで数か月ですが私はアルフレッド様こそ、お優しく頼もしい方だと思います。


 アルフレッド様のご友人アルセーヌ・ヴィラン様から見せて頂いた新聞を読むと、

解雇したアルフレッド様の正しさが判りました。

 我が国でしたらお母様が決めた法を守らない官僚など牢へ追いやられるでしょう。

 しかも汚物を宮殿の庭園に捨てるなど有り得ません。

 エトワル宮殿の悪臭は是が原因だったのですね。


 私はアルフレッド殿下の本意を知り、誇らしく思うのでした。

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