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インスタントコーヒー



  アリロスト歴 1801年   10月



  1つの時代が終わった。

 そんな気持ちに為るのはオーリア帝国の女帝ビストールが崩御した報せが届いたからだ。

 じじいよりも約20歳近く年下だった。


  義母ビストールとは書簡での交流のみだったが知見の広さに何時も感心させられた。

 この時代では珍しく神聖帝国皇帝だった夫ランツ1世との恋愛結婚を成した。

 6歳の義母ビストールと15歳だったランツ1世との恋物語はまた別の機会に。


 娘2人しか生存出来なかったオーリア帝国=神聖カンリト帝国同君君主ガエル7世は寵愛した娘ビストール夫婦の為に国内また各国へ≪プラグマティッシェ(国事詔書)≫を出してオーリア、ミア、ヴィア、ハンリーなどハブス家世襲領の相続を認めさせた。

 まあ、義母ビストールの父親ガエル7世はビストールが出産した男児を後継者にするべ。

 とか、想っていた様だが義母ビストールは女児3人を立て続けに産み、でも諦めずに4人目を懐妊中に父ガエル7世は急死する。

 唐突に降って湧いた後継者問題。


 オーリアは兎も角、神聖帝国は女性が皇帝為る事を許してはいない。

 然も今まで皇女として育てられていた義母ビストールには政治力皆無。

 容易く手に入りそうなヨーアン大陸に出来た広い空白領土。

 故ガエル7世の国事詔書を破り、力の或る選帝侯や諸侯たちが夫ランツ1世を後継者と認めず「オラオラー!」と襲い掛かり、先頃引退したプロセンのフリード2世も「父を亡くした皇女を助ける」てな名目でハプス家領地シュレーに侵攻して来た。


 フロラルスもモスニアそしてプロセンと友好関係にあったグレタリアンもこの継承戦争に参戦。

 この性格の悪さがヨーアン大陸だよね。

 そんな中で第一子、男児を義母ビストールが出産。 

 待望の嫡男誕生にオーリア帝国内が湧いた。

 でも多勢に無勢で四面楚歌だった義母ビストールは家族でハンリーへ向かった。

 ハンリー王国は一応はオーリア帝国に含まれていたが元は敵対して別民族だった。

 其処で義母ビストールはハンリー国内の諸侯と交渉し、そして毅然として優雅に振舞い各諸侯のハートを鷲掴みにし、彼らから「我々は我が血と生命を女王に捧げる」つって言わしめた。

 でもってハンリー女王に即位した。


 それから紆余曲折在りながらも奪われたハプス家領土を取り戻して行き、7年に及ぶ継承戦争が終結させ夫ランツ1世を無事に(オーリア帝国=神聖カンリト帝国)の皇位へ即ける事が出来た。

 その7年の間に嫡子が夭折。

 だが義母ビストールはメゲずに懐妊出産を繰返して49年に義兄ランツ3世を出産した。

 でも最初にプロセンに奪われたシュレーだけは取り戻すことが出来なかった。


 夫ランツは、えーと。

 元々はフロラルス王国に含まれる大公領主の息子で、じじい陛下に義母ビストールとの婚姻許可を得る為に、フロラルスにロート公国を割譲したのかな。

 代わりに北グロリアにあるスカナ公国を貰えたのだけどさ。

 じじい、あくどいゾ。

 まあロート公国を巡ってずっとオーリアとフロラルスは係争してたからなー。

 そんな訳で14歳くらいまではエトワル宮殿で育ったからランツ1世は恋多き男なのだ。

 でも嫁、ビストール一筋だったらしい。


 うん。やっぱり分からん。

 心はビストールのモノだよ的な感じなのかね。

 こう言うエトワル流恋愛模様は俺の守備範囲外だからなー。

 多忙過ぎる義母ビストールは遊び人な夫ランツ1世を見て見ぬ振りをした。

 まあ執拗なプロセンのフリード2世が放って置かなかったつうか、失恋への八つ当たり?

 若かりし頃、義母ビストールに求婚したフリード2世はアッサリと振られ、それ以降、年頃の女性には少し痛い子に為ってしまった。(じじい談)


 で、プロセン対オーリアで延々戦うモノだから両国の軍が強くなっていった。

 身分問わずに兵を徴募して近代的な軍へと進化。

 プロセンはオーリアより軍に於ける貴族の立場は強いが、住む場所を規定されていた農民たちは移動が出来、現金を得る事が出来る徴募へと集まって行った。

 そう言う事を考えるとプロセン、オーリアは工場の近代化が出来る下地が在ったのだなと思う。


 彼女自身は国内では改革派と見られていたが啓蒙思想には一歩引いた考えをしていた。

 (人間の理性は其処まで強固ではないし知は万能ではない。)

 そう義母ビストールの手紙に綴られていたのを読み、俺も深く頷いた。

 彼女の場合は啓蒙主義を纏った官僚との戦いでもあった事が思い出される。


 イエズス会を禁止したが、それにより職が無くなった下位聖職者たちを中心に教育者として採用し全土に均一の小学校を新設、義務教育を確立した。

 全国で同内容の教科書が配布され、各地域それぞれの言語で教育した。

 これだけでも俺にとっては崇拝してしまう施策だと思う。

 俺も教育について考えたのだが、取り敢えずは農奴が自由意思で動けるように為らないと無理だ。

 そう結論を出し諦めた。

 俺のベロー地方領地で、公共事業や農作物の実験農園、工業化を行い農家や各職種経営者にも読み書き計算が出来る労働力の必要性を説き、商人や農家の知識層へ教師を依頼して、やっと小学校とは言えない寺子屋擬きを作れたのだ。


 じじいの勅命ではなく、俺がチマチマと動いた理由は教会に関わらせたく無かったのもある。

 現在は義兄ランツ3世のお陰で聖職者の力が余り感じられなくなったが、俺が苦闘していた80年代には権威の残滓がまだまだ残っていてヘタな関与は防ぎたかった。


 熱心な旧教徒であった義母ビストールだったが、ウイン大学での医療改革には旧来の信仰が近代化への大きな障壁に為ると実感し、俺に相談の書簡が良く送られて来ていた。

 俺たちは下品に為らない手度に口煩い枢機卿を揶揄う文章を書いてから、聖職者の対応についてのマニュアルを作成した。

 義母ビストールが行った改革は数々在るが、教育、軍隊、医学どれもオーリア帝国の骨格と土台を作った素晴らしいものだ。

 俺も、時折行き詰った時には義母ビストールの行った施策報告書を読み、考えを纏めていた。


 本当に年頃が合って居たら俺もプロセンのフリード2世と同じようにビストールへ求婚しただろう。

 そしてフリード2世と同様にフラレてしまうけどな。

 何せ義母ビストールは6歳の頃から夫ランツ1世に夢中で他の異性など石ころと同じだった。

 80年に夫ランツ1世が没してからは派手な宝飾品やドレスなどを女官たちへ譲り、夫ランツの喪に服する為に逝去するまで喪服姿だったと聞いた。


   偉大なる女帝ビストール、きっと貴女の民は幸せに為るだろう。

  俺は彼女の死に黙禱した後、執務室の窓からオーリア帝国への空に向かい冥福を祈るのだ。

  愛しいランツ1世と、何に気兼ねすることなく再開し、ビストールが愛する夫に甘えていることを俺は願った。






    ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ 


  アリロスト歴 1801年   12月 




   久しぶりにレコと2人で談話室で芋酒の水割りを飲んでる。


 「気球飛行おめでとうレコ。じじいが一足早く見に行ってたとは知らなかったけど」

 「俺もだよアル、エトワル宮殿での浮上実験だから緊張したとトレス家の皆が話してた。ローニアの森から90mの高さで約8,8kmを25分間も飛行したんだ。歓声が凄かったよ。」


 「だろうなー。」

 「フフ、そういやフィエ教授の気球は水素を詰めたガス気球だと言っていたな。教授の方は何時、飛行させるんだい?」

 「ジョルジュは5日後と言っていたな。」

 「アル、何だかワクワクするな。人間が滔々、空を制する時代が来たんだぜ。」

 「あはは、レコが久しぶりに熱くなってる。ではレコに空を旅する2番目の栄誉を授けよう。」

 「えっ?気球に乗るの?俺が。」

 「まー危険は在るからね。嫌なら無理にとは言わないよ。」

 「乗る!乗ります!アルありがとう!感謝するよ。」

 「はいはい、ギブギブ。レコ力入り過ぎだよ。」


 興奮したレコに思い切り抱きしめられ俺の背中が悲鳴をあげる。

 一番は当然、じじいだ。

 国王を辞めてから自由に為ったじじいは、蒸気機関研究所に行ったり、機関車に乗ってヴリーへ行き温泉に入って来たり、パルス大学で科学の検証実験を見学したり、天文台で天体観測したりと俺や護衛、ロヴァンス卿の胃を弄ぶ日々を送っている。

 ジョルジュは最近、じじいに関して悟りを開いた。


 落ち着いたレコを確認して、俺は葉巻に火を点した。

 


モスニアとグレタリアンとの決着は痛み分け。

互いに砲撃し合い、着弾したのでグレタリアンはマター島へ、モスニアは緊急避難で同盟国フロラルス

のコルカ島へ。

 争いに為った理由。

 潮流が急で航路が狭い場所に互いの船が対面に見えた。

 だが対面へ来た互いの船が舵を左右に切らず、お互いが避けようとせずに意地を張った。

 そして何とか潮流を抜けた海域で互いにドンパチ始めた。

 2隻とも潮流に飲まれれば良かったのに、と俺は思った。


 そんな事よりモスニア国王ルナンド8世が急死した。

 スエカ宰相が付いてルナンド9世が即位した。20歳の若き国王誕生だ。

 今の所は詳細不明。

 王太子時代のルナンド9世がどのような人物か聞いたことがないしスエカ宰相も判らない。

 困ったときの教えてゴドール。


 何でも母親の愛人がスエカ宰相らしい。

 何?そのドロドロ。

 ルナンド9世って、かーちゃんの恋人を宰相にしてんの?

 南グロリアに領地が或る公爵らしい。(昔モスニアの支配圏だったグロリア半島)

 正式な戴冠式が終わる頃にはルナンド9世と宰相の人となりが伝わって来るでしょうとの事。

 絶対に屈折してそうだよなー、ルナンド9世。

 もうさ、信仰とかどうなってるんだろ。

 熱心な旧教徒だったよな、確か8世って。

 他人の家庭の事情ちゃっそうだけどさ、王家だから思うんだよ。

 変にドロドロした状況に為ると他所(他国)まで問題が飛び火するんだよな。

 いやウチも(フロラルス)じじいが自由だけど、モスニア程ではなかったよ。

 ウン、じじいに王族としての良識が在って良かった。一瞬トチ狂ったけど。


 そういや、そんなじじいを訪ねてフリード2世がフロラルスへ来ると言うメッセージ。

 フェリクスに嫁いだ娘に会いにではなく何故かじじいに。


  「今更プロセンのじじいに会ってものう。」


 と、フロラルスのじじいが宣うが、そんな事は知った事じゃないとばかりにシャトレ外務卿はフリード2世を出迎える為の準備にバタバタ。

 当然、エトワル宮内卿もバタバタ。


 マジで才能豊かな賢王なんだけど、偶に極端なのだ。

 あの顔でサクランボ大好きで(目が爛々として甲冑の姿絵しか知らん俺)、雀に実ったサクランボ喰われた事に腹を立てて、雀撲滅命令を出した。

 当然フリード2世が居る近隣には雀が消えてしまった。

 その結果にフリード2世は大変満足したけど、翌年に天敵が消えた虫たちはサクランボや農作物を美味しくゲッチューしたそうな。

 そのことにフリード2世は反省して鳥類保護の施策を行ったそうだ。

 めでたしめでたし。


  そんな感じでチョッと遣り過ぎ気質も在るけれど、先王が国家は武力マッチョが全てだ的な人。

 その所為で廃止されたも同然だった科学アカデミーを再興したり、拷問の廃止、貧民への種籾貸与、宗教寛容令、オペラ劇場の建設、検閲の廃止などが啓蒙主義的な政策を次々と施行していったのだ。

 でもって父王から受け継いだ8万の常備軍を更に増大させたりもした。


 父王がねー、周辺各国や諸侯に暗殺されると信じ込んでフリード2世の親友の処刑をフリード2世自身に見る様に命じたり、幽閉して廃嫡しようとしようしたりとヤバイ人だった。

 いや、そう思いたくなるようなヨーアン諸国だけれどもさ。

 そんな幼少期から青年期に為る前までの生活を送っていて、チョッと遣り過ぎ以外は賢王だったと言うのは奇跡だと俺は思う。

 彼の著した「反君主論」は名著だと読後に感じた。


 権謀術中に溺れる事無く、君主こそ道徳においても国民の模範たるべし。


 もうさ、この時代で目覚めてこんな道徳的な著作を一国の王が書いたことに俺は感動したんだ。

 あー、俺の知ってる道徳教科書だーっ!

 て、マジ嬉しかったッス。

 ではあのオーリア継承戦争は何だ?と言う話だが、偶にあるよね?

 言ってる事と遣ってる事が違うってことが。

 俺もよくある。


 そんなフリード2世に心酔してる人間が多い。

 義母ビストールを長年苦しめていたフリード2世を、実子である義兄ランツ3世は心酔している。

 エーデン国王サディも憧れているし、ルドア帝国の皇帝ニコラスも崇拝していてプロセンに同盟を申し込むくらいだ。


 なのでフリード2世を毛嫌いしていた女帝ビストールが逝去したから、義兄ランツ3世やサディ陛下もプロセンと同盟を結ぶかもと俺は予測している。

 皆、啓蒙君主として施策を打ち出しているからなー。

 ジャガイモやトウモロコシ薩摩芋を元々広めたのはフリード2世だったしね。

 人々が食べないジャガイモ畑を態と歩兵に警備させてみて、盗んで行った者を咎めないようにさせて見たりして忌避感を薄める努力もしたりした。


 そうなるとプロセン=オーリア=神聖国=フロラルス=エーデン=ルドアとヨーアン大陸で、大連合が組まれることになる訳で、少なくともフリード2世が呆けてしまうまでは平穏に為るかな?

 とか、夢想する俺は甘いか。

 70歳だもんな、フリード2世。



 水割りを止めてルネに珈琲を入れて貰う。

 確か庶民は代用珈琲をプロセンでは飲まれていたのを思い出す。

 タンポポの根や大麦で作っているらしい。

 庶民が代用コーヒを飲む理由は簡単でフリード2世が非常に高額な税金を掛けているからですね。

 フロラルス文化を取り入れたプロセンではビールと珈琲が非常に好まれ定着したが、貿易赤字が拡大の一歩を辿り、高い関税を掛けたのだ。

 で、ビールは自国産で作ることを奨励し、代用珈琲は庶民の知恵だよね。


 俺は代用珈琲と言う話を聞いてインスタントコーヒーぽいモノを作れないかと考えた。

 そうは言ってもフリーズドライとか、日本製法のインスタントではないよ、勿論。

 だって作り方を俺は知らないから仕方ない。

 ドリップ式で入れた珈琲の残り滓を綺麗に乾かして、もう一度湯を注ぐつうのをやってみた。

 コーヒーっぽい茶色いお湯で水や白湯を飲むよりは旨い。

 ルネを始め皆に嫌な顔をされたけど、此処からもう1捻りすればブルジョワよりもう1ランク下の階層でも飲める珈琲が作れるのでは無いか?って考えちまったんだ。


 で、冬場にカラカラに乾燥させて粉挽きで小麦状にして貰いカップに入れお湯を注ぐ。

 試行錯誤の結果、まあ香りは諦めて貰うとしてクロエの造った麦茶より味は落ちるけど、コーヒーと言われればコーヒーなの?ってトコまで進化させた。


  「でもさアル、一度入れた珈琲滓をどーやって集めて大量に売るんだ?」

  「えっ?」

  「だってアルは珈琲滓取るにも乾かすにも再度集めるにも凄く神経使っているよな?衛生に。トゥリー城の厨房でくらいなら出来るかも知れないけど、絶対に大量には無理だと思うけどな。」

  「くっ、レコ。何故もっと早く言ってくれないんだよー。」

  「だって完成したモノを知らないし、アルは非常に楽しそうだったし———な。」

  「私の苦労は。」

  「まあまあ、此れも何かの役に立つさ、アル。」



 インスタントコーヒー。

 実はあらゆる技術が詰め込まれた至高の飲み物だったのかも知れない。

 俺は素直にインスタントコーヒーから代用コーヒーに意識を切り替えた。


  「カフェイン中毒を増やさない方が世の為に違いない。」


 そう悔し紛れにレコに呟いたのを思い出し、俺は苦笑しながらルネの入れた珈琲に口を付けた。

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