ゴールド
アリロスト歴 1801年 2月
19世紀に為っちまった。
じじいが1月に記念式典を催したのは言うまでもない。
そして真龍帝国とも無事友好同盟を締結した。
此れからは互いに人的交流が盛んに為るだろう。
皇宮を囲む堅牢な石壁外の近くにフロラルス王国租界地が造られ、租界地では帝国民の商人が店を構えてリーブル通貨で租界地内だけだが商品やサービスを購入出来る。
面白い仕組みだなと俺は興味を持った。
2週間に一度程、帝国商人は会計帖と売り上げリーブル通貨を租界地入り口の清算所に提出すれば同額の真龍帝国通貨円と交換されるのだ。
フロラルス人は商品やサービスを受け取っているので無問題だ。
同盟締結後に送った蒸気機関車や線路敷設の職人や学者たち、そしてニコラ中佐、クルレール中佐たち60人いる二個小隊他結構な人数で真龍帝国へと向かった。
租界地には娼館があるそうなので揉めそうな性欲問題もクリア出来ている。
で、パルスに在る個人商会も今回は一緒に向かっている。
面倒を起こさねば良いのだがと一抹の不安。
一応、真龍帝国の法を犯せば死罪に為ると言う事を、外交官や通訳達から商人に幾度も念押しして俺は伝えさせた。
帝国法を犯した者をフロラルス王国は助けないと、同盟締結時に約束したからな。
租界地内はフロラルス王国法で、外は当然真龍帝国法に為っているので気を付けて欲しい。
3隻の船団を組み2隻は真龍帝国へ、クロエたちを乗せたもう1隻は陽ノ本に向かった。
出発前にクロエが連れて来たのは従兄ラザール14歳だった。
兄の息子でパルス大学で神学と自然哲学を学んでいたが、クロエに「少し旅にいこう」と誘われ陽ノ本へ向かうと言う。
「船上で自然を観察する方が為に為る。」
そうクロエに言われたらしい。
困った笑顔を浮かべてクロエによく似た淡い青の瞳をラザールは伏せた。
絶対にコレはクロエが無理矢理連れて来ただろうと出国の挨拶に来た2人を見て俺は思った。
クロエの乗った船は真龍帝国にある珠湾島に寄り、真龍国特使と共に陽ノ本へと行く。
珠湾島に到着しているラゼ大佐をフロラルス王国大使として、外務からは特使サイエ伯爵が国家間文書の交渉、調印を行う手筈になっている。
公式通訳のクロエと、ラゼ大佐に付いている通訳が陽ノ本での滞在のアシストを行う予定だ。
特使が交易したいのは金銀、陶器、漆器、樟脳みたいだが、俺の欲しいのは米、醤油、味噌、昆布、和紙、鰹節(未確認)、酒とほゞ食い物一択に近い。
今回の取引ではクロエがいるので手違いや勘違いなしに俺の希望する物がフロラルスへ届くよな。
うん、俺の胸が高鳴る。
今回の陽ノ本=フロラルス王国通商条約は、真龍帝国主導で行われた。
歴史的に見ても地政学的にも真龍帝国とは密接な関係があるので我が国に否はない。
外交文書に目を通してもフロラルス王国が不利益なる条項や規定が無いので「宜しく!」と真龍帝国側にお願いした。
ランダ王国からのクレーム回避の為ですね。
今まで白崎にある出島(幕府が作った特区)ではランダ国、真龍国しか出入出来なかったのだが、此れからは幕府が或る江浪湾に入港出来るようになった。
コレでカゴ藩やカナト藩の港を入れると3ヵ所に寄港出来るようになる。
俺の食欲が一国の政治を変えてしまうかも知れないが現在、飢饉後の後遺症で陽ノ本国内が揺らいでいるらしいので下手に放置するよりもと自己弁護し乍ら交易を行った。
大麦は有ったそうなのでライ麦やジャガイモ、薩摩芋、トウモロコシ等をリーシャンから輸送し幕府へと育成方法を教えて良き異人としての交流を始めた。
下心満載だけどね。
結構な時間が掛かったのはランダ王国との兼ね合い。
結局はランダ国工業化への技術移転と、フロラルス国が銀の取引量を最小にすることで、話を纏めて今回の通商条約締結へと踏み切れたのだ。
全くさ、ランダ王国はカメリア大陸にもプリメラ大陸、オリシス地域、珠湾島にイラド諸島にも植民地を持っている癖に、良いジャン、少しくらいフロラルスが陽ノ本と絡んでも。
じじいやジョルジュが嫌な顔をして、ランダ国との交渉法をシャトレ外務卿に提案するのを聞いていた時の俺の肩身の狭さよ。
もー、分ってんだよ。
交易の利益が少ない事位さ。
しかし其処での助け船は真龍帝国だった。
「陽ノ本と交易するなら取引量を増やしてもいいぞ!」
つう、お手紙を皇帝から預かって来た官吏。
じじいとジョルジュが瞳を金塊色にして俺にゴーサインを出した。
やっぱな、王族にとってゴールドは大事。
どれくらいの金塊があるかで国家の信用も決まってしまうからな。
(富とは金(や銀)であり、国力の増大とはそれらの蓄積である)
つう共通認識で現状のヨーアン諸国は成り立っている。
この幻想はブチ壊せません。ハイ。
豊かな真龍国からの後押しもあり、陽ノ本とも無事に通商交渉が出来ました。
昨年8月、その真龍帝国ですが、やっぱり強かった。
真龍帝国から外し同盟公国にした国を軍備強化し侵攻して来たルドア帝国軍を蹴散らしたそうだ。
ポーラン王国からの報告によると約1万6千人いたルドア帝国兵を3割ほど砲弾で潰したらしい。
うわっー、大砲も進化させてんじゃねーか。
問答無用でよーしゃない。
うん、俺は真龍国には逆らいません。
現状のフロラルスがどれ程強いかは知らなけいけれど火薬飛び交う戦はヤダなー。
ベルイル軍務卿は良い顔で「非常に強く為りました」って語ってた。
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アリロスト歴 1801年 3月
オーリア帝国の外交官が俺にルドア帝国侵攻情報を齎した。
そしてそれから一週間後に来た情報。
強くなったらしいがフロラルスは戦争する気は全くない俺なのだ。
しかし、モスニア王国がヤバイ。
南プリメラ大陸に行く迄のタリア海域で、グレタリアンとの戦闘に為り、モスニアとグレタリアンが開戦した。
いやまあ、お互いに南カメリアの事が在るし分らんでもないのだが、フロラルス近辺の島や岬での戦闘は止めてくれないかな。
近くにはコルカ島やらグレタリアンとの微妙な係争問題を抱えたマター島もあるのに。
コルカ島にある海軍学校の新兵が吃驚するでしょうが。
まあモスニア国とグレタリアン国、ランダ国は支配植民地地域が被っているので今回の事故みたいな戦闘は稀に或る。
其処で話し合いを———何てする訳はない。
腕力(武力)で勝負して勝った方が相手の植民地を奪うのだ。
分り易いけども、世紀も変わった事だし、そろそろ交渉して解決しようぜ。
グレタリアンは物品税とか言う購買者を罰する様な税と、イラド貿易で経済は持ち直しつつ在るけれど、モスニアは南カメリア戦に負けてから不況に為ってるらしいじゃん。
てか、あんなに広範囲に植民地を領有しているのに如何して不況になるの?
フロラルスはグレタリアンに負け続けてからは。殆どの植民地はグレタリアンに盗られたけど、何とか元気に生きて行けてるぞ。
モスニアは、どっか構造的な欠陥があるんでねーか?
「レコ、また戦争だよ。ヤダヤダ。」
「何処と戦うんだ?アル。」
「ウチとじゃないよ。モスニアとグレタリアン。タリア海域だってさ。」
「海戦なら長期に為らないだろう。コルカ島にも軍港出来たし、近くにロヴァンス領があるからフロラルスは大丈夫そうだな。」
「はあー、どっちが勝っても嬉しくないな、私は。」
「友好国と同盟国か。モスニアは今、ブルジョワ層が増税に反対し財産権を求めた自由人権運動が巻き起こってるそうだ。ベースはカメリア国憲法だが読むとブルジョワによるブルジョアの為に作ったブルジョワ憲法だが、これをテキストに活動している。」
レコが出して来た簡素な冊子を見ると≪モスニア新法典≫と言う表題が見えた。
パラパラと見ると都市部に生活拠点を置くブルジョワにだけ有利な法が書かれていた。
「こんな法を施行して居たらモスニア王国は直ぐに詰むな。言葉だけ読むと有産階級には夢の様な法典だな。貴族は勿論だが農民や漁民、労働者から暴動を起こされグレタリアンやランダ、隣国ポーランに攻め入られて国が疲弊し切るだけだ。」
「俺もそう思う。直ぐに発禁処分に為ったらしいが第2版が刷られた。」
「≪モスニア新法典≫を他国の王侯貴族が目にしたら案外ヤバイな。現状制度を変革するのを目的にしているから王制を敷いている国々はこの思想が自国に波及させない為に貿易封鎖をする可能性がある。輸出入業者や金融業の人間は理解しているのだろうかね。」
「してても其処まで大きな問題として考えて無いのかもな。俺は新聞社でこの本を貰って来たのだが、結構読者はいたよ。新聞社の連中は冷めていたが若しかしたらブルジョワジーのサロンで盛り上がっているかも知れないな。」
「そうか。まあパルスを騒がさないなら良いよ。今の所フロラルス王国より商売がし易い場所は無いだろうからね。全くモスニア王家もすんなり南カメリアを諦めて於けば植民地と賠償金で大きな利益を出していたのに。さて、明後日には腕木通信でモスニア対グレタリアンの報告が在るだろうからエトワルに行かなければ。」
俺は電話やファックスの存在を恋しく想いながらルネに紅茶を頼む。
グレタリアンの紅茶愛はとても強いらしく、グレタリアン貴族が私財を投じてイラドで育てたらしい新しい香りの紅茶が届いた。
ルネに紅茶を注いで貰い俺は口を付けた。
「ウン、紅茶だ。」
噴き出すルネとレコ、ボルドを俺は無視をした。
だって紅茶としか言いようがない。
珈琲だったら香りや甘み、酸味、苦味と違いが分り易いけど、紅茶は紅茶だもんな。
やっぱり煎茶とかの方がサッパリしてて俺は好きだ。
ボルドは本業(高級宝飾店)を完全に息子へ任せて仕事が無い時は俺の談話室住人に為った。
旨そうに新たな紅茶を嗜むゴドールと談笑している。
今2人は俺の王冠作りで、話に花を咲かせている。
どうやら俺は彼等にとっての王様なのでボルドとゴドールで俺に冠を被せたいらしい。
「付けてないぞ!」
そう俺が宣言したら、作るのが楽しいから造れるだけで良いのだと、2人は言った。
全く物好きめっ。
ちらりと見えるゴドールのデザインはサークレットぽい。
そしてボルドのデザインはティアラじゃねーか。
「そんなの造るくらいならイヤリングにしてくれ。」
俺は近くに或る紙にシンプルなイヤリングのデザインを描いて2人に渡した。
「おー!」とか「なるほど!」ってな具合に感嘆詞だらけの会話をして、またボルドとゴドールは自分たちのスケッチ帖にサラサラと描き始めた。
こうして2人を見ているとボルドは知り合った時から爺だし、ゴドールも確か66歳に成ってたハズ、何だか変態じじいクラブへ迷い込んだ気分に為った。
俺の近くに居る妖怪は、じじいとルネだよな。やっぱ。
出逢った頃から風貌の変わらないルネと、漲る性欲を駄々洩れさせてるじじい。
御年91歳ですよ、未だに子宝に恵まれている。目出度い(棒)。
そして、どっちも人を食ったような性格。
「アル何をニヤニヤしてるんだ?」
「いやいやレコ、お互い年を取ったなあーって。」
「まあな。でもアルは変わらないな。」
「あははっ、目尻にすっかり年齢を刻まれてるのを毎朝俺は確認してんだよ。」
「だけど俺は普段、年の事を忘れてるな。」
「それは俺もだよレコ。何と無く集まってる皆を見て、そう思っただけ。そういやアレどうなった?トレス家族たちが作ってた気球。」
「うん、すこし浮き上がった。密閉性をもう少し何とかしないと駄目だな。」
「それならフィエ教授に聞いて見てくれ。物理学と数学をパルス大学で教えている。」
「了解、聞いてみるよ。進捗が有ればトレス一家も喜ぶだろ。」
「そうだな。」
俺はレコに相槌を打ちながら残りの紅茶と共に溜息を飲み込む。
気球は俺的に余り発明させたくは無かったんだよね。
絶対に軍事利用される未来しか見えない。
フィエ教授が気球を完成させそうだと言う話は耳に入ってたけど敢えてスルーしてた。
だけど全然別口でレコ迄が気球を開発している一家と知り合った。
もうコレは時代の必然だよな。
ヤダけど仕方ない。
日本人時代に2回ほど乗ったけど確かにアレは気持ち良かった。
人は出来ない事を出来るようにして成長し進歩して行くのだ。
出来る事ならば地図作りや気象観測などの何かを創造する一助になるアイテムで居て欲しい。
相変わらず我儘な俺はそんな都合の良い事を願うのだ。
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≪真龍帝国雑記≫
「おー、孔鵬、見ろよ結構高くまで上がったぞ。600m位かな。」
「ええ、凄いですね。人が空を飛んでいるなんて。此れは戦が変わりますね。」
「まあ少しな。それにアレは飛ぶとは言わない。浮かんでいるだけさ。」
俺は高く上がった気球を見ながら晴れた空に兄を想う。
人気のない谷の狭間で気球の浮上実験を終えて俺は馬に乗りなだらかな谷を駈け上がる。
真龍帝国の都から三日離れた場所に作った科学実験研究所へ俺は戻って行く。
後ろから孔鵬そして孔家と乱家の護衛が21人も馬で駈けて来る。
昨年フロラルス王国と同盟締結後にフロラルス特使と一緒に帰国した留学生の1人が「気球」を教授と共に作ったという報告が入った。
俺は留学生から話を聞き直ぐに研究所へ行かせて気球作りを任せた。
比較的用心深いフロラルスの王太子、いや今はエル公爵か、にしては珍しいと思った。
権利が発生する物は大抵、国有化して発見者や発明者を守っていたのに。
アルフレッドリポートを読むと王都に戻り以前よりエトワル宮で過ごすことが増えたと在った。




