キャラメル
アリロスト歴1800年 2月
邂逅したエル公爵はスラリと高い背丈で、展覧会場に飾られ絵がその侭抜け出して来たようだった。
気品あるその風貌に私は緊張し王太子宮へ来た自分を罵倒しながらカテーシ―をした。
(ギャー!王子じゃないですか。気安く呼び捨てにしていて、ごめん。)
そんな焦りや緊張は話して5分もしない内に解けて行った。
艶々の黒豹毛皮コートが映える白肌に整った顔付、でも静かに話すテノールの声音は、私の緊張を落ち着かせる不思議な揺らぎを耳に届けた。
≪悲劇の王妃アンジェリーク≫を知らなかったエル公爵は、私の話を真剣に聴いてる。
深緑色の瞳を揺らして。
微笑んだり、眉を寄せて考え込んだりフロラルス王国の悲劇的な終わりへ話が進むと、顔を伏せられ両手をきつく組み、その両腕をテーブルに乗せた。
フェリクス王子の悲惨な虐待死は「幽閉中に亡くなった」とだけ告げた。
それでも他の王党派たちの断罪の様子を話してしまったからエル公爵に気付かれたかな?
私だってラザールがそんな目に遇ったら耐えられない。
やはり子供たちの話は分からないと答えるべきだったかも。
色々悩んで考え込んでるとエル公爵がとても綺麗な風貌の侍従に珈琲のお替りを頼んでくれた。
息子ラザールやクラリー達の事を話すべきかしら。
いえ、クラリーの事は兎も角、ラザールは伯爵家の3男として今はパルス大学へ通っている。
あの子が大人になるまではコノ秘密は私だけのモノではないわ。
ラザールの足枷に為る事を私がしては駄目じゃない。
厭なモノだわ、生きるって秘密が1つ1つ嫌でも増えて行くものだったのね。
心地良いエル伯爵の声に、つい告げたくなる秘密を私は胸の奥に仕舞った。
「(陽ノ本)へ行ってみるかい?」
思いもよらぬ言葉に私は一瞬息を飲み、次に私は全力で答えた。
「是非是非行かせて欲しいです。」
ずっと行きたくて行きたくて何とか行けないかと考えていた国。
勿論、私が帰りたいと切望している日本では無いのは理解している。
でも私はあの湿度がある空気に包まれたいのだ。
肌寒いここの空気は乾燥し過ぎていて、偶に身体中から水分が抜けて行ってしまう気がした。
お肌の曲がり角を大幅に過ぎた年の所為?
違うわよ、意識が覚醒した10代の頃からそうなの。
うん、45歳。私はまだまだコレからなのだ!
とんとん拍子に話が進み、9月にノンディ港から出港が決まった。
なんと王国政府で陽ノ本国担当外商通訳という役職で契約年棒が貰えるそうですよ。
「そんなに多く払えないけれど、次回合う時にデュイス財務卿と決めておくね。」
そう言って申し訳なさそうに頭を掻くエル公爵。
いえいえ、私が支払わなくてはと思っていたのに頂けるだけで御の字です。
うん、本当に楽だわ。
エル公爵と話していると余計な気を使わなくても良い。
相手の空気を読まずに話せるってこんなにも呼吸がし易いモノなのね。
私の話を楽し気に聞いて頷くエル公爵はまるで前世の父のよう。
いえ、勿論ですが日本の父はこんなに男前じゃありません、当然。
何というのだろうか。
そう空気感?慈しんで見守られてるみたいな?ああ、お父さんだなーって思った。
同じ年なのに失礼ですね、私。御免なさい。
でも余りに楽しくて、あっと言う間に帰る時間になってしまった。
エル公爵のお土産に、焦がし砂糖とミルクとバターで作った手造り油紙で包んだキャラメルと、キャラメルを入れた繊細な細工を施した青銅のコンパクトを手渡した。
「ありがとう。」
そう言って私から受取、慎重に上蓋を開けて、キャラメルを見た途端に、エル公爵は破顔した。
そのエル公爵の屈託のない笑顔を見て私は心の中でガッツポーズをした。
(してやったり。)
アリロスト歴 1800年 7月
俺と同じ5月にジョルジュの息子ジョセフ殿下がランツ3世義兄の娘と婚姻式。
オーリア皇族特有の碧いろの瞳と金色の髪(白いカツラ被ってるけど)した可愛らしい花嫁。
ジョルジュによく似たキラキラした良い男ジョセフと共に枢機卿に福音を貰った。
まあ、でもウチのレティィの方が美人だなー。
と、誰にも言えない優越感でパパは得意になった。
その後、式が終わった夕暮れ時から、次々にフルーヌ川で花火が上がる。
約40分の光と音と硝煙で暗くなっていく夜空を満たした。
エトワル宮殿2階から見るその景色はとても幻想的で俺は声も出せずにそれに魅入られた。
トゥリー城の談話室でルネに入れて貰った珈琲を口に含み過ぎ去った祭典を想う。
しかしまあ後2年、計2回はフルーヌ川での花火大会が催されるのだ。
俺としては戦争で火薬を消費するよりも、祭典で花火を上げて浪費して貰える方が嬉しい。
パルスに戻されてからは鬼軍曹と化したジョルジュにビシバシ働かされている。
「明日午後はランダ王国大使との会談。2日後にグレタリアン帝国大使との会談。忘れずに。」
「ねーねージョルジュ陛下。私は働き過ぎではないかな?」
「いえ兄上、全く。それに次々とややこしい提案をして、各閣僚に不眠不休を強いているのは兄上ですよ。お祖父さま迄も社交に駆り出して仕事をさせてる兄上が何を今更。」
「じじいは体力有り余ってるから良いの。大体社交って言ってもモーシェ音楽会やグロリア王立バレエ、ゴドールの作品展じゃん。スポンサーがじじいだから主催者みたいなモノだろ?」
「本来は僕の代りに兄上が出席する予定でしょう。」
「でも私がこんなに外務の仕事したらシャトレ外務卿の立場、悪く為らないかな?私は何の役職も無いただの公爵だしさ。」
「そのシャトレ外務卿を忙しくしたのは誰ですか。急遽、陽ノ本国にフロラルス王国公式な通訳としてクロエ嬢を任じて欲しいって無茶振りするから審査や種類整備とシャトレ卿の補佐官が走り回っている状態。お陰でモスニア王国との会談は副官とシャトレ卿が準備している始末。それと兄上は僕の枢密院議長ですから問題はありません。」
「なんでー!」
「こうでもしないと兄上はエトワル宮殿に来ないでしょ?」
「いやー、ジョルジュが今日みたいに来たら良いじゃないか。」
「兄上は王に足を運ばせるのが御所望ですか?」
「ごめん。でもそんな大層な役職付けなくてもきちんとエトワルに私は行くから。それでジョルジュは何か相談が在ったのだろう?」
「ええ、実は景気の良い今だからこそ貴族に課税出来ないかと考えたのですが、兄上はどう思いますか?」
「景気が良くても悪くても貴族は課税を許さないよ。だからね、商売を始めて利益が出れば利益に課税する。今王立で開発した物を導入した領主には工場で作ったモノで利益を出したら純利益から3割を導入料として貰っているだろ?是が今の所フロラルスが取っている貴族税に為っている。」
「でもそれでは兄上が話していた税の公平性が無くなるのでは?」
「うーん。そうだけどね。でも領主たちは王家から何かをして貰っていると思うかい?」
「公共事業で鉄道・道路整備や治水をしております。」
「それを考えられるのは、ジョルジュが学んでいるからだよ。多くの帯剣貴族は自分たちが戦って国を守って来たのだから現状は権利だと自然に思っている。そんな貴族たちに第三身分と同じように税を払えなんて言ったら武力で愚かな決定をした者を排除しようとするだろう。」
「無理なのでしょうか。」
「うん。今はね。」
「?」
「恐らくこれからの戦は貴族とか庶民とかは関係なく集団戦がメイント為るだろう。王国を守る者は貴族だけじゃなくなる。戦に名誉が不要となるんだ。」
「それでは我ら王侯貴族は?」
「簡単に言えば不要になる。でもね、要らないからと我ら王族が居なくなる訳にはいかない。なぜならまだ庶民に内政も外務も軍務も全体を見て統治する力が育ってないからね。国を守ると言う観点が無いのだよ。でも2度3度闘い終われば人々の意識が変わって来るだろう。戦って居るのは庶民の俺たちだとね。そして私は市民学校や市民大学、庶民対象の軍学校も造っただろう?」
「ええ、次々に第三身分用学校を作られるので何をしているのかと。」
「ふふ、庶民が政治に参加出来るように成る種を撒いていたんだ。そして緩やかに立憲君主制を目指しているんだよ。それこそ法の下の平等をね。そうなると必然的に貴族だけ無税とは行かなくなるよ。とても時間が掛かりそうだけどカメリア国憲法の冊子なども出回ってるから案外早いかな。」
「それを目指してたから王位を退かれたのですか?」
「違う違う。本当にエトワルに居るのが限界だったんだ。ジョルジュ1人に押し付ける気はサラサラ無いから其処は信用して欲しい。」
「兄上を信用はしています。でも社会秩序が崩れるのと同義ですから酷く混乱した社会に成りそうですね。僕には全く想像出来ないので怖ろしいです。」
「私もだよ。でも混乱を緩和したり流れを少し変える事は出来ると思う。また、それを行うのが統治者の役目でもある。私も全力でジョルジュを支えるよ。それに私たちが現状を維持出来たとしても他国が変わって行きフロラルスへも伝播するだろう。既に工業化への道は他国も今よりも急激に進むだろうから変わらずを得ないだろう。フロラルスは私が多くを国有化しているから貧富の差を軽減出来るが私企業にしている国は其れが大きくなり問題が多発するかもね。」
「貴族への課税を相談に来たのに兄上がもっと大きな問題を提示する。」
「あはは、だけどジョルジュ税を課すと言う事は、社会構造の1つの変革と同じだから細心の注意を払って行わなければ為らない事柄だから気を付けるんだよ。」
「はい。」
疲れた顔のジョルジュを労るように俺は冷蔵ポットに入れていた麦茶を手渡した。
冷ました麦茶を銅製の筒に入れて簡易冷蔵ポットで冷やしグラスに注いだ物だ。
慣れた様子で美味しそうにジョルジュが飲むのを見て俺も麦茶で口を湿らせた。
「ですが兄上はそう言う問題が起きると分った上で、ヨーアン諸国に水力や蒸気機関の機械を売ったのですか?何となく兄上らしくないと言うか。」
「ジョルジュは私を買い被り過ぎだ。それにパルスで学んだ学生たちも巣立った頃だろう。私がフロラルスが販売しなくても似た様な物を作るだろう。どうせ工場を作るなら健康被害と環境への影響を幾らかでも低減出来ているフロラルス式を使って欲しかったんだ。」
「それ程酷いモノなのですか?」
「ああ、特に石炭を燃やす機会は煤煙が最悪なんだ。一応フィルターと煙突の高さを考慮して見たのだけど如何せん現段階の技術では本当に微量な軽減にしかならない。私には何も出来ないから科学者たちに頑張って貰わないとな。」
そして俺とジョルジュはパルスでの現状や問題について話し合った。
「余り真剣に考え過ぎるなジョルジュ。」
「しかし、兄上。兄上があそこ迄立派に再開発をしたパルスをもっと良いモノにしたいのです。」
「私がした訳ではないぞ。建設マニアチームが好き勝手にやってるだけだ。それに私たちは神ではない。出来る事しか出来ないのだ。私たちはただ大雑把に大枠を決めるだけで良いのだ。」
「確かに神ではないですが。」
「此処の事は住民たちに任せるさ。成るように為る。」
「そういうものですか。」
「そういうものだ。」
俺は生真面目なジョルジュの肩を叩いて、残り2個に為ったクロエのキャラメルの1つをジョルジュに手渡した。
油紙を開いてキャラメルを口に放り込めば香ばしい苦味とミルクの味が口内に広がる。
「甘い。」
「うん、甘いな。」
キャラメルを口の中で溶かしながら兄弟2人で頭の疲れを取る。




