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1800年

  アリロスト歴  1800年    12月




  カウントダウン的な大聖堂の鐘が鳴り響き、世紀末が終わっていく。


 日本ならば其処からお祭り騒ぎだろうが、そう言うのはありません。

 だって真っ暗ですからね。

 エトワル宮殿での催物は明日で、庶民たちに酒や食べ物を振舞う祭りも明日です。



  俺はトゥリー城で静かに水割りを飲んでいる。

 さっきまでルネ、レコ、ゴドール、トーマ、ボルドと噂話を肴にワインや水割りを飲んでいた。

 もう少し、小さな館が良かったのだが、フェリクス発案の俺仕様にした館内は苦労しながら廊下風にしただろう通路と機密性を考えて作られた執務室、そして大きな暖炉がある談話室に、鍵付き寝室と照れながら案内してくれたフェリクスを思い出し、俺は胸が一杯になった。


  昨年の年末がもう直ぐ終わる頃、駆け込みで俺はトゥリー城へ引っ越しして来た。

 もうさ、オーリア、エーデン、カメリアの外交官たちは何なのだ。


 「急にそんな。」

 「私たちは?」

 「本国へ知らせないと。」


  知らねーよ。

 俺だって急遽決まったジョルジュ陛下勅命なんだ。

 つか、君たちエトワルに大使館あるよね?

 そっち行けば良いじゃん。


  「「「私はエル公爵係なので!」」」


 何、その係。

 俺って飼育でもされてんの?

 3人同音でキリっとして言ってるんじゃねーよ。

 と、彼らとゴタゴタするし、何かヴリーに住む貴族の皆様がいっぱい挨拶に来るしさ。

 えっ?俺の動向って実は監視されてるの?

 つうような怖い体験を終え、やっとパルス1区のトゥリー城に着いたのでした。



 俺はベージュとかブラウン系が好きなので、それを知ってるフェリクスが執務室、談話室、寝室など3部屋の壁まで手を入れてくれていた。

 マジでいい子過ぎる。

 婿に遣りたくなかった。

 いや、プロセン王女が嫁に来たんだけどさ。


 まあ、レティやフェリクスは最高の子供だって、俺は改めて思った。






  ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


≪俺は年初めに会ったクロエとの邂逅を想い返す。≫


 アリロスト歴1800年  1月  21日 




  俺は酷く緊張してラ・シエット宮、談話室でクロエを迎え入れた。

 茶色いビーバーの毛皮コートにを着、淡い茶色の髪に理知的な薄い青の瞳をした現代的(前世風に言えば)な女性が室内で俺を見詰めた後に礼をした。

 俺はレコやネルに外すように告げ、人払いも頼んだ。

 そして彼女に席を勧め、気軽に話して欲しいと告げた。


 「初めまして、クロエ・ロヴァンスです。いつもご飯をありがとう。あっ、お米でした。」

 「ふふ、初めまして、こちらこそクロエ嬢のメッセージに救われています。それにしても懐かしいですね、ポニーテールですか?」

 「ええ、この部屋に案内されるまで帽子を被って誤魔化していました。私って普段は男の恰好をしているからあの髪やカツラは苦手で、無作法でごめんなさい。」

 「いや、全然。やはり自然な髪がいいですね。」

 「有難うございます。でも此の宮殿には廊下が或るんですね。ビックリしました。パルスに在るウチの屋敷もエトワル宮殿内に在る兄の屋敷にも無かった物ですから。」


 「王太子権力で造らせました。今は違いますが、昔は此処に住んでいたのですよ。その時にプライバシーの無さに溜まらず改築して貰えないなら王太子を辞めるとエル4世陛下を脅してね。ですが結局は辞めてしまったので申し訳ないと少しだけ思います。ホントに少しだけ。」

 「少しなんですね。うふふっ、私も似たような感じですね。婚姻させるなら船に乗って1人で旅に出ると父や兄を脅しました。でも結局は商会の面子と船旅していますからね。」


 暫くは2人で此方の世界での戸惑いと慣れるまでの苦労話に花を咲かせた。


 「それでエル公爵は何時頃この世界が≪悲劇の王妃アンジェリーク≫の物語だと気付かれました?」

 「えっ?物語?この世界が?」

 「えっ、ええ、お気付きでは無かったのですね。」

 「ええ、それに私はその≪悲劇の王妃アンジェリーク≫と言う物語を知りません。良かったら話して下さいませんか?」

 「そうだったのですか。良いですよ。物語は1795年に終わっていますから。」


 それから私は彼女が語るアンジェとフェルナンとの悲恋やデゥーゴス公、ジョルジュたちの策謀、私やアンジェが死んだ後に、革命政府の暴走とヨーアン諸国が攻め入って来る悲劇を、フェリクスやレティの死と共に話し終えた。

 俺はその物語を聞き終えて、心底、革命を回避出来て良かったと安堵した。

 クロエは言葉を選んで語ってくれたがフェリクスの不幸な死は物語とはいえ許せなかった。


 ≪悲劇の王妃アンジェリーク≫物語は長い話で気付けば日が傾き掛けていた。

 俺はルネを呼び珈琲のお替りを頼んだ。


 「ありがとうクロエ嬢、長く話させてしまったね。喉は大丈夫かい?」

 「いえ、大丈夫ですよ。エル公爵が作って下さったヒップのキャンディを持参してるので。」

 「愛用してくれて嬉しいよ。実はそのキャンディはクロエが船旅をするとロヴァンス卿から聞いて壊血病予防にと思って作ったんだ。」

 「壊血病?」

 「えーと航海病かな?船旅だとビタミン不足に為るだろう。それが元で身体が怠く為ったり末期には出血して死ぬ者も出る。此れはビタミンが豊富な野バラの実で作ってみたんだ。コッソリね。」

 「えー、航海病予防なら多くに人が助かるし目玉商品になるのでは?」

 「まーそうなんだが、あんまりヨーアン諸国の人間がアーシアに気楽に行って欲しくなかったんだ。まあ何時かはキャベツの酢漬け誰かが作るのだろうけどね。陽ノ本が今、開国する準備に入ってるからグレタリアンとかに荒らされたくないんだよ。」

 「陽ノ本が開国するんですか?凄い!でもキャンディを売るのに其処まで考えるのね。」

 「凄くは無いよ。私が発案した物でもないし。そう考えたのは米を作る国は大事にしたいと言う私的な理由だしね。それに開国の話を付けてくれたのは真龍帝国の光明皇帝だ。」


 俺はクロエに「光明皇帝が転生者かも知れない」と言う話を伝えるかどうか迷ったが、結局は伝えないことにした。

 まだハッキリはしていない情報を伝え、クロエを混乱させるのも申し訳ない。

  (建前①)

 それに大切な貿易国の皇帝の話を許可も無く話すことのリスクも考えた。

  (建前②)

 うん、血塗れ皇帝が怖かったのだ。

  (本音)


 弱虫でゴメン。


  「行ってみたいですね、陽ノ本に。」

  「行ってみるかい?」

  「えっ?良いんですか?是非是非行かせて欲しいです。」

  「恐らく陽ノ本語は大丈夫だと思うんだ。私も言語は何処の国とでも会話出来るから。」

  「えー、もしかして外国語が得意なのってクロエが賢いからじゃ無かったんですか?一度習えば判るからクロエって賢いって感動していたのに。私は勉強した国しか行ってないしランダ国から輸入した本が読めるのは前世が日本人だったからと思ってました。」


  「アハハ、でもそのお陰で各国で商談が出来るのだろう?1つくらい特典が無いと、こんな生き辛い場所に生れ変わった者としては堪らないよ。」

  「そうかも知れませんが、うーん釈然としない。」

  「うんうん、その感覚は分る。コホン、で、来年水力紡績の技術指導者を陽ノ本へ送ることに為っているんだ。一応1人、通訳がいるんだが少し心もとないと思っていたのだ。もしよかったらクロエに行って貰えると助かる。遠い船旅だからロヴァンス卿には申し訳ないのだけど。」

  「ふふ、父は諦めてますよ。私でお役に立つのなら。」

  「役立つに決まっている。日本滞在は2年くらいだ。大丈夫かな?長期になるけど。」

  「ええ、商会の方は任せられる人が育ちました。それに元々は父の商会なので最終チェックは兄がするでしょう。」

 

  「そうか。そうだ、行く途中良かったら技術者や他の同行者にも日本語を教えてくれると助かるな。恐らく半年以上は船の上だから丁度良い時間潰しに為ると思うぞ。後は身の回りの世話をするものは此方で付ける。共に連れて行きたい者が居れば事前に話してくれれば大丈夫だ。」


  「身の回りと言っても。そうだ、あのー、やっぱり王国の仕事と為ればドレスを着用しないと駄目ですよね。私はずっと男装だったので始終ドレスとなると動けないかも。」

  「いやいやクロエ嬢の好きな格好で構わないよ。クロエ嬢に今日1人侍女を付けるから、君の動きを教えてやってくれないか。クロエ嬢が動く妨げにならない補助を考えるだろう。」

  「え?でも私は人に付かれると気を遣うので。」

  「邪魔な時は言ってくれ、それに日頃はクロエ嬢へ侍女の気配を邪魔に思わせるようなヘタな動きはしない筈さ。まあ1日付けて見て邪魔なら言ってくれ。」

  「はい、分りました。」


 

 「案外エル公爵は強引ですね。」

 そう言ってクロエは目を細めて笑った。

 一応クロエに付けるのは護衛も兼ねているので断られると俺が困る。

 ラシエット地区は平穏だがパルスの街は危険が潜んでいるのだ。


  それに船上や見知らぬ陽ノ本の土地で何が起きるか判らない。

 護衛たちの気配にクロエも馴れて欲しかった。

 そんな危険な旅に何故、俺は行かせるのか。

 「陽ノ本へ行きたい。」

 そう告げたクロエの透き通った淡く青い瞳がキラキラと輝き、好奇心を抑えきれない表情が俺に何かを望むレティと重なったからだ。

 ロヴァンス卿には後で謝罪をしないと為らないなと思い乍らクロエが話す新たな衣装コンセプトを俺は心から楽しみ3杯目の珈琲に口を付けた。



 クロエとの邂逅はあっと言う間に終わった。

 午後1時から気付けが午後6時前、1時間少し前にルネがオイルランプに火を点した事を認識したが、会話が楽しくてクロエが乗って来た馬車の従者が帰る時間を知らせる迄、話は続いた。

 出発は9月になっているのでその打ち合わせにトゥリー城で2,3度会う事と為った。

 相手の価値観を探らずに話せたのは実に31年ぶりで、初めて会った事や育った環境の違い、物理的な距離を会話をし始めると一足飛びに消え、対等に話せる歓びで俺は満たされた。

 クロエはどう感じただろうか。


 だが本音を言うと俺は其処まで心配していなかった。

 率直で感情豊かな彼女の事だ。

 俺と相性が合わないと思ったら俺の申し出を最初に断っただろう。


 さて、これからが忙しくなる。

 先ずはクロエが乗る船に女性仕様の部屋を造り、シャトレ外務卿に彼女の部署を作らせないとな。

 縁故採用が酷い?

 上(閣僚等)に位置するは100%が縁故採用なの。

 有能だからと良く知りもしない人間をトップには置きません。


 それにクロエは此れから重要になる陽ノ本語が堪能なのだ。

 中々難しい言語らしく現在フロラルス王国では、今ラゼ大佐と共に居る1人と、クロエが来るまで技術者たちと行かせる1人、計2人の陽ノ本語通訳が居ない。

 微妙な表現とかで困る事を考えるとクロエの存在は大きくて大切だ。

 俺的にもフロラルス王国的にも。


 俺は久しぶりにヤル気が満ちて、慌ただしく脳が回転し出した。


  俺は素晴らしいこの邂逅をこの世界に誘った神か悪魔に初めて感謝した。

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