青い鳥
アリロスト歴 1795年 7月
昨年、私が作ったチョコレート掛けナッツ類やドライフルーツのチョコレート掛けがパルス博覧会で大好評を治めロヴァンス商会が王家御用達の名誉を博した。
チョコレート掛けにしたのは、単純にチョコレートを割り増しする為なのよね。
マリド港を出発した船上で潮風に吹かれながら、慌しかった昨年の事やアルフレッドの事を私はのんびりと思い出していた。
お米とアルフレッドからのメッセージは私を励ましこの世界で自由に呼吸させてくれた。
そんな彼と交流し始めたのは1778年からでもう17年にもなる。
交流と言っても挨拶文末尾に料理メニューを日本語で交換しているだけ。
でもそれは、この世界で同じ価値観を有する人間がいる証明なのだ。
そして「私は1人きりではない」と背中を支え続けているメッセージ。
だから私も彼にメッセージを返す。「貴方も1人では無い」そう念じて。
爪切りやペン先、ガラスペン、ループ織したタオル、ピーラー、etcエトセトラ。
父や兄がエトワルやパルスで手に入る物を向こうに行ってからは送ってくれている。
アルフレッドが作った物を私が海外で売ろう、そう私は思い付く、所謂、商社ね。
私は領地に帰って来ていた兄にグロリアで商品を売ることを伝えた。
「売りたいなら自分で作りなさい。殿下の工房はエトワルやパルスで販売する品を作っていて人手不足らしい。一応作成したいものは事前に私に聞くのだよ。私も父に頼まれた農具を発注しなくては。」
そう言って兄は家令と共に慌しく去っていった。
私は綺麗なガラスペンを見て、此れを売ろうと決めた。
侍女にガラス職人を呼んでもらい、ガラスペンを見せ同じような物を造って欲しいと頼んだ。
ロヴァンス商会の中でロワゾブルー(青い鳥)商会を立ち上げ忙しく私は動いた。
いよいよ商品を売る段に為って私は考えてしまった。
屋敷の中だけで指示出すのが私の人生?違うは私は外の世界へ出て来たいのだ。
初めは反対されたが男装して少年の振りをして領都ロヴァンスの港街へも行き、街の様子や領民たちを伺い実際の生活レベルを確認したりしていた。
職人や庶民の住む場所へ行くのは護衛たちに止められて無理だったが、各国の商館が立ち並ぶ通りは綺麗で物語の挿絵に入って行くような錯覚を覚えた。
兄の補佐官は立ち並ぶ建物や国、駐在している商人の名前を丁寧に説明し、訪問予定だったグロリア王国出身の商人がいる一軒の館へと誘ってくれた。
そこで私はオーギュスト・クラリーと出逢った。23歳のことだった。
フロラルス王国風の白い鬘を被り、見詰める瞳は懐かしい黒に似た焦げ茶色、整った鼻陵、爽やかな笑みを浮かべてクラリーは私たちを招いた。
挨拶を終え私たちは商談に移る。
「これは良いですね。羽根ペンと違い長く使えそうだ。そして持ち易い。」
「嬉しいですわ。女性、男性で手の大きさや力も変わりますから、男女別になっていますの。」
「ふふっ、矢張り女性だったのですね。そのような格好をするのは何か理由でも?」
「実は此処にある通りを歩きたかったのです。ドレスでは悪目立ちしますもの。まだ慣れていないから直ぐに女性とバレますが訓練して見せますわ。そして何時かはグロリアにも行きたいのです。」
「それはまた、御主人も心配なさるでしょう。」
「あら私は独身でしてよ。結婚させるなら1人で船に乗って旅立つと親を脅しました。」
クラリーは大きく笑って「素晴らしい!」と私を讃えてくれた。
契約を済ませた後でクラリーは、自分の事を語ってくれた。
彼が住んでいた南グロリア地方ではカリント教旧信徒や新信徒ガロア教徒との抗争が激しく、結局は旧信徒が勝利を治めたが土地は荒れ領民の多くは逃げるか死ぬかしてしまった。
そこで彼の祖父たちは土地に縛られているだけでは駄目だと一念発起し、先ずは軍人に為りコルカ島へ赴任を命じられた時に、彼の父親を始め一家で移り住み生活を安定させた。
しかしフロラルス王国とグレタリアンが近隣のマター島領有権を巡り戦争を始めた。
父親はフロラルスに味方し闘いそれが認められフロラルスの準貴族に為り、判事の補佐官に為った。
その内に南グロリアはコルカ島をフロラルスへ売った。
そして兄弟が14人もいた彼はボルドという商人へ預けられ商売を学んだと言う。
幼い彼を連れボルドは各地を旅しクラリーは色々な事を学んだ。
そんなある日、パルスの店に戻ったボルドは15歳だったクラリーに選択をしろと告げた。
「1つはコルカに戻り自分の店を持つ、もう1つはパルスでこの店を手伝う、3つ目はグロリアに或る儂の店を継ぐ。大きくするのも潰すのもオーギュスト次第だな。」
クラリーは3つ目を選びボルドから説明を受けグロリアに旅立った。
どういう裏技を使ったのかは判らないが北グロリアで輸入代行業みたいな店を任され南グロリアのクラリー男爵と言う家名も用意されていた。
北グロリア王国はオーリア帝国の余波で南グロリア程の混乱が無く、安定していた。
南グロリアは各領主を名乗る者たちが作る共和国に為っているが、国際的に見れば北グロリアに或る広めの領地と言う扱いで発言力は無い。
多くの職人が北グロリアやオーリア帝国へも逃れていた。
そこで金糸銀糸を中心にオーリア、プロセン、ランダ、フロリア、モスニアと商団を組み、主にブルジョワジー相手に酒や香も商品に加えて資産を増やして行った。
何時の間にか、「情報」が一番に利潤を生んだが。(是はクロエには秘密だな)
プロセンの商談が終わり北グロリアの店に戻ると13歳くらいの少年と10歳以下の子供が4人待っていた。留守を任せてた者に聞くとボルドの所迄送り届けろと言う。
ボルドからの伝言には逆らえないので奴隷商に為りパルスへ行き、ボルドの話を聞いた。
「ありがとよ。此の事に付いては他言無用。そういやオーギュストは船が欲しいと言っていたな。今回の礼だ、それとロヴァンスにこの間空けた商館が在るから、船を使う時は其処を利用しろ。元東イラド会社で船乗りをしていたポールと儂の弟子ユリスだ。宜しく使ってやってくれ。」
私はクラリーの濃い家系と半生に、(クロエに話して不味い箇所は割愛されている)驚きながら船を保持していることを聞き、ランダやハリキとの交易が可能かと尋ねると大丈夫だと言ってくれた。
それからは兄が居ない時はクラリーが私のビジネスパートナーに為ってくれた。
チョコレート作りに格闘する私を見ては笑っていた。
おっかなびっくり船に乗った私の手を引いて出逢った時の爽やかな笑顔を見せたクラリー。
私の動き始めた人生はクラリーとの笑い顔と何時もセットだった。
北グロリアにある店は、どう見ても砦でロヴァンスにあるような瀟洒な館ではなかった。
金属の門扉が周囲を囲む石造りの厳めしい建物だった。
「戦争に為っても襲われない為さ。」
とても恐ろしい事なのに、其処でもクラリーは笑っていた。
「本当に誰かを好きに何て為る物じゃないわ。それにカリント教なんて大嫌い!」
30歳に成った時に私はクラリーに抱かれた。
クラリーに「子供が出来たら結婚しよう」と口説き文句とも言えない求婚をされた。
彼はガロア教徒だと打ち明けられていた。
私は「信じたいものは個人の自由でいいじゃない」、と思って居たが打ち明けたクラリーの真剣な顔が怖くて何も言えずに話を聞いて居た。
誰とも一緒にはいられないと思って居たのにクラリーの笑顔は私を幸せにしてくれていた。
そして懐妊した事が分ると私を抱き締め喜んでくれた。
北グロリアの店を手放して来るから、一緒に私の家族に会って欲しいと零れる笑顔で囁いた。
私は嬉して、家族に反対されてもクラリーと共に生きる。
無いとは思うけど、もしフロラルスを離れることに為ったら兄にでも最後のメッセージをアルフレッドへ渡して貰おう。
「この広い空の下、君の幸せを願い続けてる」と書いて。
1785年クラリーは南グロリアで飢えた民衆暴動に巻き込まれて死んでしまった。
最近ではオーリア経由で行ってると言っていたのにな。
本当にクラリーは馬鹿だわ。
貴方の所為でラザールは兄の息子にさせられたじゃない。
叔母さんなんて呼ばせないわよ、絶対。クロエって呼ばせてるわ。
船上の風は強くて日除けに被った帽子が飛びそうになる。
相変わらず男装しているけど今は下半身がスラックスみたいなパンツを穿くのも普通になったから私は過ごし易く為った。
船で砕かれる波を見詰めながら私はクラリーに語り掛けた。
ねえ、クラリー。
貴方にも打ち明けたかった。
私の事。
アルフレッドのこと。
「クロエは面白い。」
「クロエは奇跡だ。」
「クロエに出逢えて(神に)感謝しか無いよ。」
そうやってクラリーに褒められる度に私は騙しているような罪悪感に駆られていた。
私の考え方は私が生きていた時代には当たり前のことだった。
この時代の慣習が信仰と共にあるのが当たり前のように。
いつか年を取りアルフレッドへ迷惑に為らない時に、私は貴方へ打ち明けようと思っていたのよ。
メニューの1つ1つどんな味か形か匂いか説明して食べたがるクラリーを羨ましがらせたかった。
私の欲しい物は、塩ご飯とクラリーの笑顔だけ。
それと私の存在証明であるアルフレッドのメッセージ。
アルフレッドも苦しかっただろうな。
妻であるアンジェリークが亡くなった時。
折角ワクチンを作ったのに助けれなかったなんて。
切なかっただろうな。
まさかクラリーと同じ年に亡くなるなんてね。
でもね、クラリー私、後悔をしないって決めたわ。
「あの時行かせなければ」ってずっと考えていたけれど、ラザールの泣き声と顔を見て「生まれてきてくれてありがとう」って思ったの。
ラザールを想うとクラリーの事は何一つ後悔することは無いってね。
きっとこんな私の事をクラリーは愛してくれた筈だもの。
私は西にあるだろうフロラルス王国に向かう船の上で哀しみを折り畳み胸の奥底へ仕舞った。
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「エル4世が退位されてジョルジュ王弟殿下がエル5世陛下に為られたよ。」
「そうアルフは矢張り王に成らなかったのね。」
「殿下は、違うね、公爵には公爵の考えが在ってのことだろう。」
「でもフェリクスが——— 、あの子は王太子になる為に。」
「マリア、それは言ってはならないよ。彼は彼の人生を生きている。マリアが私との人生を歩んでくれているようにね。私たちはロンとキャシーがこのカメリアで幸せに暮らしていける努力をしないと駄目だろう?それにフェリクスはパルス大学で蒸気機関の研究で忙しいようだよ。帰国した大使が話していた。」
「そうね。あの子も、もう22歳ですものね。」
「それとレティシアがオーリア帝国に行くそうだよ。」
「えっ?婚姻ですの?」
「どうやら違うらしい。フロラルス王国から技術提供を受けているからそれの視察かな。」
「でもレティはもう24歳、アルフの伯母様たちのように為ってしまわないか心配だわ。」
「大丈夫だよ、マリアの娘だからね。それに彼が許さないだろう?」
「ふふ、そうね。お母様に会うのね。お元気だと良いのだけれど。」
「じゃあ、2人で祈って於こう。君の家族の健康と幸せを。」
「貴方の家族の健康と幸せを。」
アンジェリークは悩みながらも北カメリア、ヨーク市での生活を懸命に生きていた。
傍には生きている間は決して触れ合えないと諦めていたフェルナンと共に。
ロン8歳、やっと1歳に成った2人の子供も一緒に。




