ヴリーへ帰ろう
アリロスト歴1790年 2月
何か混乱が在るかなと心臓をバクバクさせていたが、昨年アッサリと言うか盛大に歓迎されジョルジュの王太子継承が為された。
何よりも祝福したのが教会だったりする。
ははっ、俺は嫌われてたからな。
倒れる前に慌てて人体解剖図巻を印刷して原版を秘匿しました。
俺が王族では無くなった事で利聡い人達が工場や工房の民営化を求めた訴求状を裁判所へ提出。
何で俺が王族じゃなく為ったら民営化なのか理屈が分らん。
倒れる前から俺やボルド、レコを交えて国営企業の組織図を考え各工房や工場には支店という位置付で、ジャガイモ酒製造所長、爪切り製造所長等々と各責任者を据え働いて貰っている。
つまりは皆が国家公務員なので俺がいようが、いまいがソレは変わらん。
今では相談役としてだけの報酬貰って純利益は国庫へ行ってるよ。
王国の大事な財源なのに信用為らない相手に好き勝手させる訳がない。
労働者の賃金水準を守る為に俺が死ぬまで国営は維持されるよう、じじい陛下とジョルジュには言っている。
てか国内では特許切れる前にコピー品で商売しても俺はあんまり五月蠅く言わなかっただろうに。
いつか民間の方が待遇が良いから民間へ行くとなってくれるのが理想だな。
俺が生きている間は無理そうだ。
トーマが作ったフロラルス王立銀行も政府系金融機関として始動し始めた。
これが巧く回ったのを見て紙幣を流通させることが決まった。
そしてトーマやボルドは殿下銀行と呼ぶ。
創設資金出しただけで増やしたのはトーマだからトーマ銀行だと俺が言うと苦笑された。何故?
今はワインを造っている領主たちへの貸付業務が忙しい。
トーマが新たな保険の種を見付けたらしく最近は、また忙しそうだ。
全く、ボルドもトーマも仕事中毒かよ。
アリロスト歴1790年 4月
父上が王太子から公爵に為ったけど別に全く変化なし。
大抵がこの屋敷の執務室で過ごすか偶にニコラと剣の稽古をするくらい。
公務が無くなった分は楽し気に為ったけど。
僕は念願のパルス大学へ通い尊敬する教授や友人と蒸気機関を小さくする研究をしている。
今、パルス大学はヨーアン大陸以外に住む研究者や留学生も居て、色々な発音をするパルス語が聞けて楽しい。苦手な人も多いみたいだけど。
そのお陰で今まで食べたことも無い料理も気軽にパルスで食べられるようになった。
そんな中で、この寒さで穀物が育たず餓死している民を出してる国も多いと聞いた。
「パルスの民が飢えずに居られるのは亡くなられたアンジェリーク妃殿下のお陰です。」
そう言われる度に寂しさを僕は感じてしまう。
それは母上が亡くなったからではなく僕が姉上ほど悲しくは無かったからだ。
僕が王太子に為れなくなった事を知って、あの人は天国で嘆いているだろうか。
誰よりも厳しく王太子らしくあるようにと母上は僕を躾けていたから。僕は冷淡なのかな。
だけど僕が母という言葉で思い出すのはタヴァドール夫人なのだ。
さて今日はヴリーへ帰る日だ。
少し憂鬱なのはきっと姉上が落ち込んでいるからだ。
姉上の婚約話が出てから屋敷の空気が重い。主に姉上と父上。
父上といつも一緒に居るレコを姉上は幼い頃から大好きだった。今も好きみたいだけど。
僕も小さい頃はレコが兄上だったらいいなと思って居たくらいだ。
だけどレコは婚姻してるし、妻は曽祖父さまの公妾だし絶対にどうにも成らない相手だ。
いっそうのこと話に出ているグロリア王国の王子と婚姻した方が姉上も不毛な想いを忘れられるのではないかと僕は考えてしまう。
父上の落ち込みは放って於いても大丈夫。
姉上を嫁にやりたく無いってだけだものね。
気合を入れてヴリーへ帰ろう。
僕は護衛と共に馬車に乗った。
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「よし、此れで良し。」
俺は、文机に向かいじじい陛下とジョルジュに手紙を書いていた。
「レティは他国へ嫁には出さん!」
拒絶の意志を書き終えた手紙に封をして俺はルネへ手渡した。
レティに他国でアンジェと同じような苦労をさせる訳には行かない。
とかくこの世はままならぬ。
レティの想いも含めて。
俺は届いていた報告書に目を通して始めた。
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アリロスト歴1790年 6月
エーデンのサディ陛下から「殿下を辞めたなら遊びに来い。」とフザケタ伝言が入った手紙を読む。
結局ルドア帝国の反乱は抑えられたが女帝カテリーナの威信は下がり、ルドア帝国宮廷は愛人のポナションに権力が集まり彼の子が次期皇帝に為る工作が進んでいるそうだ。
反対する貴族たちが投獄されたり追放されたりしているらしい。
どこも権力闘争が起こるのだなと先日聞いた報告を思い出す。
あの敗戦後、賠償金支払いの為に課税しようとしたグレタリアン皇帝が下院とロンド街の住民暴動の所為で退位後に伏してしまった。
それから皇子が皇帝に為ったのは自然な成り行きだがグレタリアン教皇が皇帝の妃は正妃とは認められないと婚姻無効を告げた。
エー、人の嫁さんの事は放って於いて遣れよ。なんて俺は思った。
何でも分派した新教徒の家系でグレタリアン正教会では認められていない異端だと言う。
家柄も元はブルジョワジーであり教会が認めた正式な婚姻が為されていなかった。
俺、こういうの本当に駄目だわ。
君らも分派じゃねーか、と思って拒否反応が出る。
そこで担ぎ上げられたのは前皇帝の娘オルテシア20歳。
アレ、もう1人娘いなかったけ?とゴドールに聞くと、病死されたそうだ。
以前ジョルジュに薦めようとした皇女は逝去されていた。
そうして現皇帝17歳は正妃以外の息子なのだ。
結局は正妃が亡くなるまで息子が産まれなかった為に嫡子(仮)にしたのだ。
側妃もしっかりとした身分の方です。今はオーリア帝国に併呑された国の王女様。
正妃はプロセン王国だったハズ、確か。
ヨーアン各王家は家系を辿れば婚姻により皆が親戚関係になってしまうのだ。怖ろしい。
なんか宗教戦争前にグレタリアンからフロラルスへ嫁いで行ったから血筋的にグレタリアン王家がフロラルス王国での王位継承権があると難癖付けて来てからの長い戦争も在ったな。
で、正統な皇女であるオルテシアこそ皇帝に為るべきだ。
との話で議会が紛糾してる状態。
「しばらくお待ちください。」
そんな状況でロンド市民が待てる筈もなく破産した人々や徴募されていた市民兵たちが飢えと怒りでバレン宮殿へと押し寄せた。
「オルテシア皇帝が徳政令を出されました。また、明日からは陸軍前でパンやスープを配られます。押し合い怪我をされる事に心を痛めております。明朝10時オルテシア陛下がグレタリアン帝国民へ挨拶が在ります。帰宅後、それを家族、友人、隣人へと伝える様に。」
それを幾度も伝令兵が民衆へと宣言した。
その時の挨拶が届けられた新聞に掲載されてたが、「我が愛すべき祖国グレタリアンの民よ― (略)」国民への親愛の情を謳い、やがてこの国難は誇り高きグレタリアンに生きる民が居れば必ず打ち破れると国威発揚をしてロンド市民のプライドを持たせて〆てあった。
幾ら有能なシナリオライターが書いていたにせよ、今まで何の経験もなかったお姫様が群衆の前で堂々と演説してしまえる度胸と才覚にヤベェのが出て来たな。
と、俺は感心するより背筋が寒くなったのだった。
そして此処からが、今日届いた報告だ。
そんな訳で現在グレタリアン帝国には、2人の皇帝がいる。
息子皇帝は拘束を恐れて北に位置する場所に或るクロワー宮殿に居るそうな。
オルテシア皇帝は帝国緊急事態として首相や外相、財務、軍務、内務と自ら?決めた人間を揃え組閣し国内で徳政令を発布、海軍へ植民地からの食物輸送等を命じた。
これは他国への牽制意図が大きいのだろう。
金融関係からの反発が大きかったが其れに対してグレタリアン皇帝は宣った。
「では貴方方は自己利益の為に此のグレタリアン帝国が滅び民が飢えた儘死ねと言うのですか。そのような者たちは出て行って貰って結構です。ただ覚えておきなさい、出て行く貴方たちは私と我が愛するグレタリアン帝国民は生涯忘れないでしょう。覚えて於きなさい。我がグレタリアン帝国は必ずや復活するでしょう。私は、わが帝国民を慈悲も無く見捨てる者をゆるさない。」
いやー銀行屋や株屋がこんなものでビビるかな。
とも思ったが、新聞を読んだロンド市民たちが熱狂しちゃったみたいで、それに恐れて国外へ逃げ出す人もいたとか。
どうだろう。
こんな人に義弟皇帝は勝てるのか。
恐らく今は目の前のことを次々に片付けるのが忙しくて、義弟皇帝に構ってる暇など無いと思うが、落ち着いたら何らかの措置を講ずるだろうな。
怖い怖いくわばらくわばら。
アリロスト歴1790年 8月
今夜も寝る前にレコと晩酌。
ヴリーの此の屋敷に越してきてから俺のストレスが大幅に軽減された。
屋敷全体に廊下が在るし、使用人はオーシェ関係者ばかりなんだよね。
来賓?来ないよ。俺って病気中だし。
来るのはロヴァンス卿とロヴァンス卿の補佐官、そしてじじい陛下とジョルジュからの伝言やら手紙を持って来る人たち。
そして何故かヴリーで駐在しているオーリア外交官、エーデン外交官、カメリア外交官たち。
オーリアでは主に義兄ランツ、エーデンではサディ陛下、カメリアではフェルナンたちと強制的に文通させられてる気がする。
「なあレコ、何でフェルナンは俺に手紙を送って来るのかね。」
「何か言ったんじゃない?カメリアの報告を頼むみたいな事。アルなら言いそう。」
「覚えがない。こう言う濃いカメリアレポートはロヴァンス卿かシャトレ外務卿に送って欲しい。」
「まあアルが読めば必要な事は伝えられると考えたのかもな。一応は恩返しなのかもよ。」
「何も恩など感じなくても。俺は俺の望む事をしただけさ。返事書くならグレタリアンのことか。」
「んー、もしかしたレティやフェリクスの事を知りたいんじゃないか?」
「ええー向こうだって子供いるし今2人目妊娠中らしいぞ、アンジェ。」
「知りたがってるのは妃殿下だろう。母親って俺が幾つに為っても心配性だったしアルが殿下辞めてからは2人の話題ってカメリアまでは届かないだろ?態々駐在している外交官に聞くのも変だろ?」
「はあ、アンジェはフェリクスが王太子に為るって疑って居なかっただろうから何かね、書きたくなかった。それにあんまりレティとは深い話とかは俺ってしてないだろう?」
「そうだね。アルは大体タヴァドール夫人に任せてたな。」
「うん。物作りはどれ程凄いことか、楽しいことかを、実はフェリクスが幼い頃から教えていたんだよね。後は自然が如何に偉大な現象か、なんてね。フェリクスは忘れてるけどさ。」
「アルまさか幼い頃からフェリクスが王位を目指さないようにしてたのか。」
「いやレコ、そこまで確信して出来ないよ。俺がそう望んだとしても、フェリクスが王を目指すかも知れないだろ。ただラシエット宮には結構科学者が集まっていたからフェリクスの好奇心が刺激されて王位より楽しそうだと思ってくれたのはホッとした。で、俺とアンジェは真逆の教育してたからな。」
「罪の意識?」
「そうだね。ホントにアンジェには申し訳ないよ(初めからゴメン)。」
「じゃあ今フェリクスが愉しんでることを書けば?後はレティの事を書けば。」
「------ 書けるか馬鹿。全く、レコは気付いてる癖にさ。」
「済まない。だけど如何にもならないだろ。俺はレティには幸せに為って欲しいんだよ。」
「知ってるよ。取り敢えずは婚約話は断らせた。レコは良い男だもんな、そりゃ惚れるよ。」
「ではアル、俺はどうしたらよい?少し姿を消そうか。」
「ばーかばーか。レティが必死で探しに出る。それに俺が嫌だ。俺さ、案外と寂しがりなの。」
「ふふっ、うん、知ってる。」
「じゃさあレティの事を愛せるか、レコ。義務じゃ無くて。」
「いや義務で愛するなんて意味がわからないよ。愛せよと言われても難しいね。幼い頃からレティは愛しているしね。アルの娘だよ?愛さずに居られる訳がないよ。」
「そうだなー。レコと俺、父親2人か。」
「そうだな。それにレティは若い。きっと道が出来るよ。」
「ん。」
その夜は、レコと出逢った頃の話で盛り上がり遅くまで飲んで俺は潰れた。
男を見る目は間違ってないと朧に考え、レコに背負われユラユラ揺られて俺は寝室に運ばれた。




