王家の陰謀
アリロスト歴1785年 9月
今年も小麦は少なそうだがライ麦が美味しいパンに為っているので庶民は飢えずに済んでる。
そして83年以前からエーデン王国から仕入れた小麦を寒冷期仕様に出来ないかと植物学者としていた研究はこうして実を結んだ。
日照不足に対応できればもっと安心なのだが。
収穫された小麦を束ねて重ね干して行く。
此処の地域は春小麦で寒さ対策で試作した。
もう一つは冬小麦で隣の地域で種まきの準備中だ。発芽すれば寒さに適応出来た確認に為る。
初めてベロー地方に訪れて広大な小麦畑を見る。
馬で行こうとして強引に馬車に押し込めれた。
ラゼ大佐とニコラ・アウエル中佐、クルレール中佐たち俺は君たちの上司だよね。
いい歳なんだから力加減を覚えてよ。
そうそう、彼らは俺の黒銃騎士、またの名を黒竜騎兵と呼ぶ。
うわぁっ、呼ぶのヤダ。
そう思ったのは俺だけで3人とも照れながら嬉しそうなのだ。
でもゴメン、やっぱり呼ぶの無理だわ。親衛隊でも引くのに。
領主館は領兵のたまり場になってた。
近衛兵を帰した後に領兵を募集し雇ってたわ。
近衛と一緒で領主館に居付いて良いとか言った気がする。
まあ、それなりに気を使って綺麗に使っていて安心した。
離れた建物(納屋)で作らせて置いたジャガイモ酒のひと樽を領主館に運ばせた。
食堂まで運び樽を開け、ラゼ大佐たちと試飲する。
スッキリとした旨味に満足、ちょっと強いかも。
で、年の話になりラゼ大佐は44歳、不惑じゃん。ニコラ中佐39歳、クルレール中佐38歳。
えっ?俺、31歳だよ。文句ある?
何でもニコラ中佐はカメリア戦前にラゼ大佐の妹と婚約、帰国後に結婚したんだそうだ。
それって駄目な奴じゃん。
「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ。」
うん、まあ良かったよ無事で。
クルレール中佐は能天気に「婚姻何て早い」とか笑って逃げた。
それからカメリアでのチェイサー湾からの上陸やヨーク包囲網戦の話になって一緒に来ていた近衛たちも興奮して景気づく。ヤンヤヤンヤ。
君たちは近衛兵なの。分る?
君らが活躍する戦闘とかあったら、俺が超危険な状況だってことだよ。分ってる?
開けた樽の酒は飲み切るものと言わんばかりに飲みしこたま酔いつぶれたのだった。
パルスや王家直轄領では寒さの中でも何とか食物の供給が追い付いている。
乾燥ジャガイモや蕎麦粉も安価で販売させていた。販売分+手数料を払っている。
しかし全てがそうとは限らないのが世の常。
まだ不作になって2年という甘さがあるのか自分たちがパンの無い生活などしない所為か対応が暢気なんだよな。おまけに小麦が高値で売れるから自由化しろと言ってくる始末。
寒くなる事は分っていたのでライ麦や蕎麦、ジャガイモを耕作しようよって話を農務からも広報した。
地方領主は特にエトワルやパルスにいないので国からのお願い通達。
今ならロハで種樅、種イモ分けるよ。
其処までが俺に出来る精一杯。後は領主の判断に委ねる。しかないんだよ!
そうやってヤキモキしてるとレコが外出先から戻って来た。新聞片手に。
パサリと新聞を開いてレコは俺に見せた。
≪アンジェリーク妃は麗しの彼に夢中!≫
あーあ、とうとう出たか。
最近はエトワル宮殿でも会ってるから心配していたんだが、此れは俺も決断すべきかな。
「アルは平気そうだな。」
「まあね。しかしデートならラシエット宮にすれば良かったのにな。」
「知ってたのか。」
「うん、家族だからね。しかしコレをレティやフェリクスに読ませたくないな。」
「これはパルス新聞だからまだましな表現さ。」
「デゥーゴス公の新聞は止めて欲しいな。さて、レコとルネそしてゴドール手伝ってくれ」
アリロスト歴1785年 10月
アリロスト歴9月21日 アンジェリーク妃殿下、天然痘発症で意識不明のまま急死。
尚、伝染病である為周囲への配慮を鑑み、馬車での葬列は見送られた。
アンジェリーク妃殿下は教会が認めぬ治療は受けないと予防薬の接種を拒絶していた。
パルス・ジャーナル
「もうドンヌ地方に入ったかな?」
「余は生きた心地がしなかったぞ。別人を司祭に見せるのだからな。」
「ルネの特殊な才能が開花したね。まさか羊の肉や血を付けて倦んで腐敗してるように見せるのだから。私も陛下もアンジェの寝室に入れなかったから少しヒヤヒヤした。でも悪い事したな。」
「やはりアルフもアンジェがいないと寂しいか。」
「いえ、そうではなく。ブランジュの記事が出る前日にアンジェを天然痘で危篤にしたから、記事を読んだ人々が神の罰だと言いそうだろ。」
「ただの病死でも良かったのではないか。」
「駄目です、聖職者に死の判断をして貰わないと。それに変な死に方だとオーリア帝国に毒殺の疑念を持たれかねません。誰も触れたく為らない死が必要だったのです。」
「ルネには天然痘に見える偽装とアンジャに似た背格好の女性探しと苦労を掛けさせてしまった。」
「カメリアには如何頼んだのじゃ。」
「有能な外交官を融通する条件で妻の国籍と身の安全の保障をしてもらいました。面倒だったのはサディ陛下ですよ。フェルナンはお気に入りだったとか何とか。そういう訳でカメリアには優良な穀物・綿の輸出先を、エーデンには輸入先をね。エーデンも小麦はあった方が良いですからね。」
「フロラルスも良い輸出先は欲しいがな。」
「祖父さま。小麦が欲しいのはウチもですよ。それに私は言ってますよね。国内が飢えない時期が続いて初めて輸出があるって。なので印刷技術を上げて通貨を紙幣にすれば銀不足も解消しますよ。」
「全くのぉ、枢機卿や司祭を騙して妃を他の男へ渡す等、余でも絶対にせぬわ。」
「そうですね。私もコリゴリです。」
俺は彼女、アンジェがいるだろうドンヌがある西の空を見詰めた。
社交界や街でフェルナンとアンジェが噂になるだろう事は分っていた。
予知夢のアンジェがそうであったように戦争から帰って来たフェルナンに向ける素直な感情は見る人が見れば理解出来てしまうモノだった。
危機感を持ったルイーズ公妃がアンジェに自制を求める注意を始めると、それが煩わしくなり彼女を遠ざけ、悪質な夫人がアンジェに取り入り謂れのない犯罪に巻き込まれて行く。
あの犯罪は王家にも多大な被害を与えるからな。
それを懸念してタヴァドール夫人にはアンジェを見守っていて欲しいとだけ伝えた。
噂になる前にと手を打った。
身元の判らない亡命先にカメリアを選んだ。
指令総監ジャンに通貨は紙幣にすること。(各国は銀の枯渇で経済が危険なこと)
南部はジャンの代では手出ししない事。(グレタリアンと南部は蜜月状態であること)
先ずはそんなことを手紙に認め、カメリア外交官へ直接手渡しすることを伝えた。
ははっ!
王太子の権力は案外強かった。恐縮仕切りで旅立ったようだ。
そして3度目の手紙で書いた。
------其方では国務能力を鍛えている人材が不足しているね。1人心当たりがあるきっと顔を見れば判るだろう。エーデン狂戦士一団に居たからね。サディ陛下にも話を通してある。その男が来たら先ずはエーデンとの外交交渉をしてくれ。そして妻は連れて行くと思うが何も聞かない方が安寧だと思うよ。
フロラルスからの外相も一緒だから宜しく頼む。アルフレッド------
サディ陛下、いやサディはてめーも一緒に行こうとするなよ。
新婚旅行なんだよ。まあ結婚は向こうに着いてからだけどな。
本当はサディにも内緒にしたかったがアイツの臣下だし、事情説明したら文面がキラッキラした返信くるし会って話そうぜ!なんて書いている。
罵詈雑言を掛布の中で言った俺は悪くない。
欲しい物は?って俺が聞いたら小麦って大文字であったのでカメリアとフェルナンを交渉させろと書いて、お手紙送信(人馬力)。
恐らくはノンディ港でエーデンの人が待ってるんじゃないかな。
親書と契約書諸々持って。
ただ1つ心配なのはフェルナン貸出料金と書いて傭兵扱いしないかだ。エーデンだし。
ジョルジュには淡々と話した。
「神の為に私は不幸に為りたくないし、アンジェも不幸にさせたくない。このままフロラルスに居れば酷い噂で彼女も、レティやフェリクスも生き難くなる可能性がある。私を助けると思って事を成したらカメリアへ旅立って欲しい。そしてノンディ港で待ってくれ。」
拒否られたらゴドールに頼もうと思ったけどな。
「いえ、そこまで大事を起こすとまでは思いませんでしたけれど、何らかの形で別れるとは考えていました。だって僕は義姉アンジェリーク妃が恋に落ちた瞬間を目にしてしまいましたから。ですが兄上がこれ程の時間を掛けて決断した事です。僕で良ければ協力させて下さい。」
そう言ってジョルジュはあっさり了承してくれた。
うん、ありがとう。
嬉しいよ、嬉しいけど一抹の不安が過った。
屈折した時代が嘘みたいに優しくて素直な子に育った。
でもさ、俺はジョルジュに王に成って欲しいのだよ。
こんないい子で大丈夫かな。
いや、まだ時間は或る。
俺の戦いは、此れからだ。




