黒豹羽織りの殿下
アリロスト歴1783年 9月
夏でも冷える日が過ぎ去り、俺の執務室や寝室、談話室では平穏な時間を取り戻した。
ルネがやたらと毒消しハーブ茶を飲ませようとする悪癖が消えればもっと寛げる。
だって渋いは苦いは舌に後味残るわ、最悪だ。
絶対に俺じゃないと飲まないから。
そして「今日は何人」と死亡数を俺に伝える案件はじじい陛下が王命でストップした。
偽善だと俺も思うわ、でも罪の重さは知っておきたかった。
何も出来ないがね。
俺は何も出来ない者であるということを自覚して於きたかった。
それだけ。
しかしそんな中でも儀式はある。
俺は参加していないよ。
じじい陛下とジョルジュ外務卿、枢機卿たちにグレタリアン外務卿とカメリア外交担当官。
カメリアはまだ軍しか無いので政府が出来れば外務相も決まるでしょう。
珍しいよな、じじい陛下が参加するなんて。
これが絵画に為って「この時歴史は動いた」ってなるのかな。
だが、じじい陛下の容貌は詐欺師並みに若いので年齢の注釈付けるべきだよね。(73歳)
ルフルティー宮殿でパルス条約が締結されて、これでやっと独立戦争が終結した。
ジョルジュに後で聞いたのだが、フロラルスは武装中立同盟に参加していない事やもし見せしめにランダ国を攻撃すれば婚姻同盟を結んでいるから報復に出ねばならないこと、そして他の同盟国が一斉にグレタリアン本土に侵攻する可能性を伝え理性的であるようにと望まれたそうだ。
すげー、じじい陛下って丸で国王みたいじゃん。
国王でしたね。
予知夢で見てて独立戦争には参加しないぞと決意していたのだが、結局は予知夢通りに83年9月6日にパルス条約が結ばれて終戦になる。
まあ、予防し捲くってたから戦費は予算内、人的被害は少ないと言うが命じさせたので王家からの感謝と遺族年金を支払う事に決めた。貴族では無いと言われたが国王が命じて逝ったのだ。許せよ。
9月だとは思えぬ冷え込みに火鉢+七輪まで点けている。
暖炉も燃えてるよ。
この部屋は暖かいそうだが、それは水蒸気のお陰だね。
そして今日も怪しいゴドール候が艶々の黒い毛皮を俺にくれた。
「え?マジ?黒豹?」
「ええ、ルドア帝国から届いたセーブルで作らせました。殿下にお似合いだと思いまして。」
「おっおう、ありがとうゴドール。早速に使わせて貰うよ。」
「はい、また描かせてください。」
「おっ、おう。」
いけない。
ゴドールが腐ったオヤジと暴露されて以来、返事を深読みして詰る癖がついた。
渡された黒豹の毛皮は俺の高い背丈にも会う素晴らしさで暖かかった。
ヤバイな。もうこのコート脱げる気がしない。
しかし貴族は自由だな。
王家同士が微妙でも確りと交流がとれている。
ふむ、エーデン王国に頼んでみるか。あそこも毛皮で外貨を稼いでいた筈だ。
子供達の分をサディ陛下に、アンジェの分をそれとなくフェルナンからプレゼントさそう。
妻に贈りたくない?いえいえ矢張り欲しい人からが一番だと思うんだよね、俺は。
公式でなくとも常時軍服にしたオシャンティーな俺。
嘘です。もうブリチーズやキュロットで脹脛を強調する絹の靴下姿に成りたくない。
トラウザー?パンツ?ズボン?
はい、脹脛が隠れるトラウザー最高です。
王族なのに兵士っぽい?兵士がこんな全身シルクで身を固められるか。俺だって綿が良い。
断固としたラシエット宮改革をしたが衣装タブーに挑戦は此処まで。
89年にパンタロンが流行るからそれ迄の辛抱。
そんなオシャンティーな俺が珍しく注目を浴びている。
もしかして毛皮のコートは駄目だった?でも舞踏会ではないしな。
俺は面倒に為って大股でじじい陛下の元へ向かった。
一緒に来ていたレコに聞くとゴドールから貰った毛皮の所為だった。
手に入れ難くて垂涎の的だそうな。
もうさ、黒豹を毛皮用に飼育して、ルドア帝国。
絶対に戦争するより儲かるヨ。うん、これから寒冷期だしね。
エトワル宮殿内では新たな流行が生まれ始めていた。
それは通年より厳しい冷え込みの所為でもあるのだがキュロットにある裾飾りやコートの袖飾りよりも艶やかで豪華な毛皮のコートは流行に敏感な貴人たちを魅了した。
ミンクやチンチラを中心とした毛皮のコートを羽織った男性が増えて来た。
元々は帯剣貴族(軍属)でもある彼らはアルフレッド殿下のように軍服を着、毛皮コートを着た。
踊る時は別だがエトワル宮で各自催すサロンには今や軍服に毛皮を羽織る貴人がポツポツといた。
またそれは富の象徴でもあった為に貴人たちのプライドも満たされた。
そんな中を通り過ぎるアルフレッドは内心で呟いた。
「うへぇー、帝国軍人サロンみてーだ。その内に皇帝なんかも現れたりして。」
僕は兄上に呼ばれて談話室(個人的な)に入った。兄上は自分の場所を個人的な、と言う。
「忙しいのに済まない。少し気になった事が在ったから。」
「いえ、何でしょう。」
「うん、グレタリアンとの通商条約なのだが生産しているのが同じ物は互いに輸出入は不要だよね。綿、小麦とかね。特に綿は現在機械化されているから大量に作られている。それは向こうも同じだろう。でも一番違う事が在る。グレタリアン帝国は低賃金や奴隷労働なんだよ。そしてフロラルスは皆が我らの領民で王国内での良識的な賃金を支払っている。これで何が起きるか判るだろう?」
「安価な輸入品が入り国内産業が危機に陥る。しかし、」
「自由化が通商の条件て言うのだろう。だけど我らは王国を守る自由を持っている。そしてジョルジュも寒冷期を今、体験しているだろう?この寒さは穀物からの実りを削ぐ。来年はもっと小麦の生産量が減るだろう。そんな時に不況に為ったら?私はこの輸出品目を見た時にグレタリアンは銃弾無き戦争を仕掛けて来たのだと思うよ。この2品は断るべきだね。それが嫌だと言うならただの友好国で良いと言ってやりなさい。我が王国民を食い物にはさせては駄目だよ。王族としてね。」
「はい、有難うございます。」
僕は兄上に一礼して談話室を去った。
兄上は昔から自由主義者を警戒している。
有能なデュイス財務卿の発言を用心深く聞いた後、告げた。
「公平で自由な価格競争ですか。では公平さは誰が決めるのですか?国王も国も競争の重しになっているのですよねデュイス卿。その公平さとは結局は資本力が或る者が決めることに為りませんか。確かにデュイス卿のように理性的であるならば最適解が得られるでしょう。でも人間はそこまで強くは居られないと私は思います。自由を扱うのは信仰と同じ様に不断の努力と理性が必要だと思います。」
そう言って兄上は3度目になるデュイス卿の穀物自由化法案をバッサリと切り捨てた。
兄上は少し寂しそうに笑って言った。
「約9割りの買い手は買う物を選べない。安価ソレだけ。自由化の次は独占に為るのにな。」
僕には何故、独占に為るのかは今は未だ判らない。
それでも兄上が言うならそうなるのだろうと思う。
時折、話しながら兄上は遠くを見つめる。
王太子宮を出て僕の居城リュノワ城へと戻る。
此処はあの静かなラシエット宮とは違い官僚たちの話声がザワザワと聞こえる。
それは昔からある昔通りの光景。
恐らく兄上の影響で変わられた陛下が変化を齎したエトワル宮殿。
あの頃の僕は兄上よりも上だと信じ可笑しくなった陛下を諫めて次期国王を目指そうとしていた。
よくも知らない侭でそんなことを想えたなと恥ずかしくなる。
結局あの騒動は陛下の寝台へ自ら夫人を差し出し利を誘導する者を排除する為のものだった。
そして罪を犯した者を罰するモノだった。
結局変わったのは寝室と晩餐以外の食事室だけで他は同じだった。
ただ変わったモノが1つ。
それは官僚たちの動きが良くなった。そう此処の官僚みたいに緩慢としていない。
最近は妻も諦め文句を言わなくなったが「此処の使用人は多過ぎて気が休まらない」と零していた。
そしてラシエット宮に行き帰って来ては実感する。「官僚が多過ぎる。」
僕も決断するときなのだろう。
シェブール宮殿へ移り、必要な人数だけで暮らそう。
長男が生まれてから妙にちょっかいを掛けられ妻のストレスも限界なのを思い出した。
矢張り時期と人数は兄上に相談しよう。
兄上がちょっと困った顔をして僕を見る表情を思い浮かべた。




