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君の名は、アルセーヌ

 アリロスト歴   1769年      9月



  予定が無い日には、ほぼ狩りに行っている。

 この日も狩りから帰って居室に戻ると少し違和感の或る10代後半そこそこの若い男が礼をしていた。

 普段の俺なら無視して居間か浴室、寝室へとスタスタ歩いて行くのだが、見覚えがある。


 あの緑掛った瞳。


 ※アルセーヌ・ヴィラン。


 国民公会議裁判でアンジェリークが購入した宝飾品とする彼女が記したサインの領収書を証拠品として提出した男だ。

 証拠とは呼べない噂話ばかりで創られた訴状が多い中、フロラルス王国が抱える負債の一助としてアンジェリーク妃が購入した宝飾品代金を裁判官や聴衆人たちに静かに報告していた。

 予知夢の彼は、確か鋭い視線を持った、もっと老いた男だった。


 しかし、そんな彼が何故ここに。


「アルセーヌ。」


 頭を下げた儘の彼に動揺した俺は思わず名を呼んでしまった。

 驚愕して顔を上げたが、時が止まったかのように彼は固まった。

 驚かしてしまって申し訳ないが、呼んでしまった物は仕方がない。


「アルセーヌと少し話がしたい。皆、暫くこの部屋を出て行ってくれ。」


 傍に着いていた宮廷官僚たちが不満顔でザワザワめき、扉から出て行く。

 護衛たちには各扉の外を守って貰った。

 アルセーヌを椅子に座らせると、下腹部が歪に膨らんでいた。

 そうか宝飾品を盗みに入ったのか。此処には大したものは無かっただろうに。

 俺は彼にも椅子に座るように云った。


「ああ、好きに話してくれると私も助かる。」

「あの、どうして俺の名を。」

「そうだね。——————— 君と未来で出会ったからだよ。」

「また、御冗談を。」

「そういう反応になるよな、やはり。それはそうと盗んだものは隠している物が全部かい?」

「------------。」

「まあ良いよ。アルセーヌが理由もなく盗みはしないだろう。事情を話してくれたら今回の件は不問にしよう。約束しよう。だから話してくれ。」

「  ———はい、実は------。」



 彼の話では、父ヴィラン男爵があの加熱した景気の中で、輸出事業を隣領で交流の遇ったアントン伯爵の協力で起業。だが、その直後に金融経済が破綻した。

 フロラルス王国初の紙幣を造幣してしまう熱狂だった。

 莫大な借金を民間銀行へ返済し続けていた父親が病に伏した為、アントン伯爵へ相談するとデゥーゴス公の所へ行くようにと言われたそうだ。


 破落戸(ごろつき)や良くない噂の者が多く屯するロワージル宮殿(デゥーゴス公居城)で、色々話を聞いてると盗賊団たちがそれぞれの稼ぎを自慢し合っていた。

 ——————貧すれば鈍する。

 その言葉にあるように彼は、救いを求め盗賊団の仲間に入って行った。

 盗品売買を行う商人とも馴染みになり、父親の借金返済に勤しんでいる最中らしい。


 ふむ、裁判であの証拠を提出が出来たのは、アルセーヌにこういう過去あった故か。


「約7万リーブルか。さっき聞いた金利では可成りのモノを盗まないと一生掛かっても返済出来ないだろう。此れをアルセーヌに下げ渡そう。下賜された物だと言って売ると言い。可成り高額になるはずだ。足りなければ夜にでも来、隣室に或る調度品を持って帰るが良い。それに裏稼業をして居れば、気付いたとは思うが父君はアントン伯爵に嵌められたのではないか?」


「なぜ盗みに入った俺に———————。」

「アルセーヌとまた話がしたい。私には気楽に話せる人間がいない。まあ、君さえ良ければだがね。」


 そうあの予知夢の中で、欲を含まず淡々と調べた事を告げたアルセーヌにアルフレッドは感謝していた。アルフレッドが最期まで誇り高くいられたのは彼の姿勢を知ったからだ。


 俺は立ち上がりアルセーヌに帰宅を促し、侍女へ風呂に湯を入れるよう命じた。

 そう言えば、じじい陛下は週に2回、入浴し始めたとか。その所為で匂いを敏感に感じるようだ。

 ランバリー夫人も入浴するようになり美しさが増したとか。知らんがな。



 じじい陛下が珍しくヤル気を出して財政再建の為、全ての身分に課税する法案を再提出しようとしパルス高等法院は其れに大反発。当然貴族や教会も。

 幾らじじい陛下が言っても彼らは勅法登記権と建言権をもって強気の態度を改めない。

 君等、法服貴族も宮廷貴族も好き放題に国庫から財産簒奪してるし、もう少しで清算に入る東イラド会社からも理由付けて暴利貪ってたよな。


 予知夢でもアルフレッドが少しでもフロラルス王国の為と取り纏めた法案をデゥーゴス公と組んで片端からパルス高等法院が突っ撥ねた。彼らに記して貰わないと法案に為らず対策が打てない。

 王権を弱めたら自分たちが強く成れると思って居るのだろうか。


 過去を紐解けば、太陽王エル3世を幼少時代に、民衆や貴族を煽ってパルスから追い出した挙句に、自分たちが治められなく為るとエル3世へパルスに戻って欲しいと望んだ。俺なら戻らん。

 貴族たちは、フロラルス王家が消えれば自分たちが貴族では無くなり、身分を保証されなくなるのが判らないのだろうか。

 俺には彼等の心情が全く理解出来ないよ。


 ふむ。どうせならパルス大学で若い人達に俺が講義して税務職員を育ててみるか。

 その為にも、じじい陛下には長生きして貰わねば。


 そして予知夢では、後4年でじじい陛下は天然痘を発症する。

 それまでに牛痘ワクチンを作らなければ—————しかし教会が天罰と広めているから患者は隔離されて隠され研究が出来ていない。

 (確かオルマワ帝国で天然痘の膿を態と摂取させている民間伝承があった筈だ。調べよう。)

 隠してしまうから知らずに接して上位貴族階級たちの多くが発症する。

 可笑しいなあ、聖職者って知識階級のはずなのに何故こうなるのだろう。




 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 ボルド高級宝飾品店の裏口から、アルセーヌは静かに入店した。

 暫くして薄暗い室内で店主ボルドが護衛の2人組と共にアルセーヌがいる売り棚の前へやって来た。

 オイルランプを点してボルドはニンマリと笑った。


「坊ちゃん、今日は早かったな。良い部屋に当たったかい。」

「まあな。此のカフスと釦を見てくれ。」


「どれどれ、————おい、此れは。エル4世が造らせた最高級品じゃねえか。見事なものだが、売るには手間賃が大変だぞ。」

「大丈夫らしい。是は俺に下賜されたものだ。売って良いと言ってた。ほら、王太子殿下からの下賜証明書と売買許可証だ。」

「————まあ、儂には王太子のサインが本物かどうかは判らんが、この紙と刻印は、間違いなく王家の物だな。」


「間違いないぜ。殿下の居室に忍び込んで、直接話して自分の服から外し俺に渡してくれたからな。それで幾らで売れる?」

「うううーむ。このダイヤに、ルビー、そして極上の真珠。宝石だけでも10万リーブルは堅い。それにこの証明書。儂に売れよ。」


「まあ、その為に持って来たからな。しかし、金は大丈夫か。今までと額が違うぜ。」

「ふん。儂を舐めるなよ。何時もの様にヴィラン家の口座へ支払おう。」

「支払う日には一緒に行くよ。アンタの護衛と一緒に銀行の奴らへ全額、叩き返してやる。何年父上が苦しんだと思ってる。」


「ああ、儲けたのは銀行屋と高等法院と弁護士、元々大資本で資金動かしてたブルジョワたちだけだ。9年前の熱狂は憶えとるが儂は怖くて手を出そうとは思わんかった。紙の金なぞも出来たが、今は跡形もないわ。」


「俺は7歳だからな。ある日気が付いたら屋敷内の物が次々と運び出されるは、姉はブルジョワ階級の男に嫁ぐし、碌な事が無かったよ。それでも、2年前に母上が亡くなった後、父上がアントン伯爵が勧める女と再婚を断り続けてくれて良かったよ。俺は支払ったら一度、領地に帰る。」

「ああ王太子との話はパルスに来たら教えてくれ。」

「おう、話せればな。」


 アルセーヌは久しぶりに朗らかな気持ちで通りに出て、底冷えのする街並みを早足で歩いて行った。


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