ファースト・コンタクト
1779年 4月
昨年末にアルフレッドから丁寧なレシピの礼状と待ちに待ったお米が届いた。
自分でもかなりの冒険だと迷いに迷ったがお米の誘惑に勝てずメッセージを送った。
少しでもお米を貰える可能性を上げる為に。
それに知らない人が見ても何かの悪戯かデザインに見える様に漫画文字で書いた。
アルフレッドも転生者だと半場決めつけて私は活動を開始した。
どうしてもチョコレートが食べたかったので兄に頼んでハリキに伝手の或る輸入元を紹介して貰いさっそくカカオを兄から仕入れるように依頼した。
そしてランダ王国とも取引があった商人は世間話の一環で「変わった殿下が変わった種(米)を輸入したことを聞いて私の脳はカカオも忘れ炊き立ての白いご飯しか思い浮かばなくなっていた。
だって10年ですよ。
白ご飯を食べなく為って。
今なら断言できます。白ご飯と醤油があれば私は生きている。
だけど私は考えた。
私がそうであるように彼も転生者であることを隠して生きているだろう。
そんな所へ見ず知らずの人間から「お米をくれ」って言われたら警戒するだろうと。
そしてアルフレッドには権力が或る。何せ王太子だもの。
幾ら父が国務大臣だと言っても邪魔だと思ったら私をどうとでも出来る。
唸って唸って悩み抜いていた。
「心配事なら聞くよ。クロエ、話してごらん。」
兄の言葉はまさに天の助け。
私は兄に書物にあったコメと言う穀物が美味しいと書かれていたので殿下に分けてもらいたい。
でもとても珍しいモノなので如何頼んでいいのか判らないと話した。
「無理かも知れないけれどクロエが手紙を書いて見れば。父なら良い時に渡してくれるよ。」
そして私はアルフレッドに挨拶とお米が欲しいこと、そしてレシピとメッセージを書いた。
その手紙を兄が見分してバカンスが終わった後、エトワル宮殿に戻り父へと渡った。
お米が届いてから大変でした。
厚い鉄鍋を作って貰い、調理人に鬼気迫る勢いで火力指導。
あのお米が炊き上がる時の何とも言えない香りにどれ程大量の唾を飲み込んだか。
蒸らし終わるまでの30分は永遠とも思えました。
ランダ国からの輸入品で漆の椀に注ぎ入れ、自領の塩を持って自室へ戻った。
匂いとか旨味とかいろいろ不満は残るけど諦めていたご飯の食感に自然と涙が溢れて来た。
この世界に来て初めて私は泣いた。
帰りたくて帰りたくて帰りたくて、帰りたい。
年度初めの入力データを打ち込み続けて、咳き込み熱っぽいなとフラ付いて帰宅。
6畳1kの部屋に戻り、倒れ込む様にシングルベットで眠った。そこから途切れた意識。
真中葵 31歳
暫くすると私は此の世界で目覚めた。クロエ・ロヴァンスとして。
胸の奥から喉元へと繰り返し熱いモノが込上げて、私は嗚咽と涙を流しながらスプーンでご飯をかき込み続けた。クロエ24歳、春だった。
「梅干し醤油、即席みそ汁!」
それがアルフレッドから私への初めてのメッセージだった。
俺は昨年、雷に打たれたような衝撃を受けた。受けた事はない。
余りの懐かしさに日本語の丸い文字が滲んだ。
寝室で1人で読んで良かった。
昨年の7月にご飯を食べる時も独りきりで食した。
きっと俺は感情が昂り平静でいられない事が分っていたからだ。
案の定ボロボロ涙やら鼻水やらが溢れ出し俺は酷い顔をしていただろう。
彼女も俺と同じように為ったのだろうか。
昨年11-12月に届いているだろうコメを想う。
俺は直ぐにロヴァンス卿の末娘クロエに会いたいと思った。
だが------
用心深く書いていたメッセージを想いクロエに会う事を断念した。
この先はどうなるかも全く未知数、俺に関わる事で悲惨な人生に為ったら如何するのだ。
あの生真面目なロヴァンス卿に会いたいと頼むのか。
そんなことを妻帯者の俺が出来る訳は無いだろう。変な誤解を生むだけだ。
俺はきっぱりとクロエの事を忘れようと足掻いた。考える事は山ほどあるからな。
そう思えば思う程クロエの書いた丸い日本語を思い出した。
そして俺は覚悟を決めてクロエに米を送ったついでに感謝の手紙とメッセージも付けた。
「梅干し醤油、即席みそ汁!」
次のバカンスシーズンが終わるとクロエから丁寧な米への感謝状と末尾に丸い日本文字を記した封書がロヴァンス卿から届けられた。
「ラッキョウ付きカレー」
其の一言は俺の胃袋と脳へカレーライスの衝撃を与えた。




