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ロヴァンス夜想曲

アリロスト歴1775年     ロヴァンス回想





  アルフレッド殿下たちとカメリアへの対応、そして各地から集結しつつある徴税請負組合の連中への対応を話し合い結論を導いて行った。

 険悪だと考えていたジョルジュ王弟殿下とアルフレッド殿下との関係も、陛下がジョルジュ王弟殿下を外務卿に任じられてから、丸で憑き物が落ちたかのようにジョルジュ王弟殿下はスッキリとした表情になりアルフレッド殿下と穏やかな関係構築が出来ているようだ。



 私が21歳の頃、イラド大陸でグレタリアン帝国と植民地係争で諍いから戦争へと発展した。

その頃海軍で元帥を任されていた私は現地へ着任し直ぐに悟った。

この戦は負けてしまうだろうと。

 まず気候が全く違う。

 フロラルス王国から連れて来た陸軍の兵たちは暑さや病に多くが倒れ戦意を消失していた。

 そして植民地から徴兵していた者も戦う意義を見出せていなかった。


 最も私が一番にこの戦争に異議を見い出だせていなかった。

 それはグレタリアン東イラド会社とフロラルス東イラド会社との植民地に於ける権益係争が元で仕掛けられたモノだったからだ。

 確かに両会社とも王家が出資して出来た会社だがフロラルス王国ではその富は限られた貴族や有産階級の者たちへと流れ王家には収益が入らないままに国庫は惨憺たる状況だったからだ。


 これはフロラルス王国の為になる戦ではない。

 特にグレタリアン帝国から仕掛けられたものなら勝算は我らには無いだろう。

 これが本国での領土を守る為の戦いなら死力を尽くし私も戦おう。

 だがこれは違う。


  エル4世陛下に具申せねば為らない。

 仕掛けられた戦争を負けない戦にするべく。

 そう決断を下しグレタリアン帝国艦隊と争いながら何とかフロラルス王国へと帰還した。

 傷付いた将兵たちと共に。


 謁見を申し出た私は発言を許されると直ぐに戦争の中止とグレタリアン帝国との交渉を願い出た。

 だが陛下はイラドでの戦争継続を申され、私に退室を命じられた。

 私は政務宮(ルフルティー宮)へ戻る途中に他の元帥に話し掛けられた。


「今のエル4世国王陛下は公妾パドゥール夫人と一緒に為って打倒グレタリアン帝国を宣言しているから途中で逃げ出す事は為さらないだろう。おまけに陸軍兼外務卿シャスール公がパドゥール夫人の助っ人に付き陛下を上手く誘導している。ロヴァンス伯も気を付けた方が良いぞ。現在はシャスール公が決めた事に反するような意見を陛下に具申すると足元を掬われる。忠告した者たちは概ね罷免されるか宮廷で生きて行き辛くなっている。業腹だが彼らには誰も逆らえない状況だ。」


 私は彼の忠告を聞き、自ら職を辞し領地へ戻ることを決めた。


 陛下に何かされるのならまだしも、得体の知れぬ公妾や私が耳にしたことも無い、生まれの知れぬ公爵などに、ロヴァンス家を好きにされるのは我慢ならなかったからだ。

 陛下へ体調不良を理由にし職を辞し私は妻と共に領地のロヴァンスへと帰った。


 空気も人間関係も清浄な我が領地で私は貿易やロヴァンス石鹸工場の経営に勤しみ朗らかな妻とゆったりとした日常を過ごし、そして妻が4女の末娘のクロエを出産し、家族7人と共に主に感謝を捧げ満ち足りた暮らしを送っていた。



 そう、クロエが13歳で天然痘に罹患し、快癒するまでは。


 クロエが九死に一生を得たことをどれ程に私は神に感謝しただろうか。

 だがそんなクロエは変わってしまった。


 クロエは元気に為ってから余り話をしなく為り、闊達で皆を笑わせていた天使の様な娘が、館内や人々を静かに観察して何時も何かを思案しているように見えた。

 私を含めた家族は彼是(アレコレ)とクロエを気に掛け話をするのだが、「大丈夫」そう言い大人びた表情を浮かべて沈黙をしてクロエの日常に戻って行くのだ。


 しかし別に我儘を言う訳でも無く家庭教師からは利発で素晴らしいと褒められていた。

 唯一気に為るのは領主館近郊に或る教会で行う日曜礼拝だ。

 司祭たちが話を始めると冷ややかな瞳で彼らを見詰め、時折に感情を押込めるように手を握り締めて何かに耐える様に説法を聞くのだ。

 クロエに「何故そのような態度でありがたい教えを聞くのだ」と私は不安に駆られ理由を尋ねた。


  「はい、お父様。ありがたい話に私は感動を抑えているのです。もう淑女ですから。」


 明かな偽りの言葉に私は憮然として叱ったが謝罪ばかりをクロエは繰り返すのだった。

それでも私たち家族の穏やかな日は変わらず強いて言えば、「王太子とオーリア帝国皇女との婚姻式に招待されなかった」事に不満を覚えた事位だった。

 家族の集う談話室で、妻が由緒正しいロヴァンス家を招待しないことの非常識さを咎めていたが、あのシャスール公が取り纏めたと言われている式典に呼ばれる筈がない事を私は家族に話した。


  「やはりエル殿下はアンジェリーク妃と婚姻するのね。不幸にしかならないのに。」


 小さくポツリと呟いたクロエの言葉は私の耳にしか届かなかったようで、妻たちは我が領地の貿易とオーリア帝国との付き合いについて談笑を始めた。

 クロエの呟きは私の背中を寒くさせた。

 娘には何が見え聞こえているのだろう。


 アルフレッド殿下と同じ年で美しい少女に育った15歳のクロエを私は畏れながら見詰めた。



 だが暫くすると王宮から遣いが来て、エル4世陛下国王からのお召と告げられ、実に15年ぶりにエトワル宮殿に参内することになった。

 私は妻や嫡男と次男そして婚姻が決まっていない次女そしてクロエを連れて行こうとしたのだが、クロエは頑なにパルスへ向かう事を拒絶したので結局は妻と嫡男、次男、次女家族5人で向かった。



 そして私はエトワル宮殿に向かった。

-----------宮廷から伝言を頼まれた者の話を聞き、私は茫然とその場に立ち尽くした。


 それからは怒涛の日々であった。

陛下がラシエット宮に逃げ出し、私は国務卿に任じられ、陛下とアルフレッド殿下との話を聞きながら宮廷改革を始め杜撰に溜まっていた公務を嫡男と次男と共に片付け、そしてそれは今も続いている。


 エトワル宮殿にも昔与えられていた住居があったが妻が嫌いパルスでの生活を送っている。

 私が失職していた所為で縁遠かった嫡男や次男にもエル4世陛下国王の側近として国務卿に為ってからは、次々に婚姻話が持ち上がり妻の側には居れなかったが、妻は嬉々として活躍していると聞いた。


 嫡男も次男も次女も無事に婚姻が決まり嫡男はバカンス期(6-9月)に領地ロヴァンスへ戻り、家宰や私の父に領地経営を学んでいる。

 そして一番心配なクロエだが婚約の話を嫡男にされると「結婚させられるなら船に乗り旅立つ」そう言って部屋から出て来なくなったと手紙が届いたので私は好きにさせる事にした。


 クロエならきっと旅に出てしまうだろうと言う確信が私にはあったからだ。


 私はアルフレッド殿下にお会いして話し過ごすうちにクロエと同じモノを感じた。

 それは風貌では無く身に纏う空気の様なモノだ。


 物事を静かに見つめている癖、

 何時も何かを思案している癖、

 時々見せる何かを懸命に耐えてる癖、どれもクロエにそっくりだった。




 私が国務卿になり暫くして、陛下から内密に話したい事があると言われ、陛下の使われている寝所へと招かれた。

 これからする話は口外無用と念を押し語られた。



 「ロヴァンスよ、先ず詫びねばならぬのだが王である余は詫びられぬ。それを汲んでくれ。」

 「はい、承知しております。こちらに参ってからは驚くばかりで他の感情は忘却しました。」


 「うむ。そこでそちに話して於きたいのはアルフレッドのことじゃ。まあ余はアルフと呼んでおるが。あれが変わったのは14歳で天然痘を患い回復してからじゃ。それまでは大人し過ぎての。」

 「今は堂々とした良き王太子ですな。」


 「ああだが異端なのだ。アルフの才は素晴らしくアレが作り出した多くの物はフロラルス王国に多くの富や発展を齎すだろう。だがアルフは、恐らくだが神をカリント教を信じてはおらぬ。表面上は敬虔な信徒のふりはしておるがの。」

 「そのようなこと。もし誰かに聞かれでもしたら。」


 「だから極秘なのだ。お主にこれを前もって話したのはアレフはこれからも色々な事を思い付き、余やお主に提案して来るであろう。それはアレフにとって危険な行為に為るであろう。余で理解出来ることなら其の侭に余が話せば良いのだが、あやつの話すことが判らぬ事もあるのだ。」


「情けない話であるがロヴァンスの力を借りたい。アレフが褒めておったよ。余にイラドでの撤退を勧めた事を、そして目が良く才が或る方だとな。お主を是非に国務卿へと薦めて来た。初めての事で余も驚いたのだがの。あのアレフが見込んだ男だけのことは在ったわ。」


 「今後とも余やアレフとの話に参加し、余やロヴァンスの言葉として皆に伝えて貰いたい。そして何としても聖癪者の連中からアレフを守って欲しいのだ。フロラルス王国の為にアレフを潰させる訳には行かぬのだ。了承して貰えるだろうか、ロヴァンスよ。」


 「断れる訳などありますまい。何処迄できるか分りませんが精一杯勤めさせて頂きます。」



  陛下から思わぬことを聞かされ懇願された私は動揺しながらも陛下へと了と頷いていた。

 それからラシエット宮で過ごすことが増えると陛下が懸念された物事が多かったが、殿下も行動される前は私や陛下に相談されるので問題は多く起こったが慌てふためくと言うようなことは無かった。


  そして素晴らしい天然痘予防薬を提案され開発されたのだ。


 だが陛下が予防注射を打ってから状況が一変した。

 枢機卿らに審問され殿下に対して王位継承を陛下へ断念させようという動きが起ってきたのだ。

 騒ぎ立てる貴族たちを一喝してその場は収まったがアルフレッド殿下を排除しようとする気配は一向に衰えては来ない。


  殿下はその動きに対して「仕方ないですよ」と何でもない事のように微笑まれた。

 そして淡々と日々を過ごされるだけだった。


 やはりクロエと同じだ。

 もしクロエが殿下と出逢えたらどのような反応をするのかを考えた。

 そしてまた殿下もクロエと出逢ったなら———


 そんな思いに囚われるが、もし2人が何かを感じてしまったら、———


 其処から先は不敬でもあるし、信仰に反する事でもある。

私は被りを振って執務を続けるしか無かった。

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