踊る変人殿下※3人のアンソロジー
アリロスト歴1771年
≪愛すべき我が友≫
※アルセーヌ・レコ=ヴィラン公爵※
変り者殿下は盗みに入った俺を気に入り、ヴィラン家の借金を丸ごと返しても釣りが来る宝飾品を渡してくれた。謂わば大恩人だ。
将来は王に為るヒトで盗みやってた俺とは立場なども全然違う。
礼だけ言いに2度目に忍んで行けば嬉しそうに俺に右手を差し出した。
「来てくれて嬉しいよ」
「これで私たちは友達同士だね。」
釣られるように俺も右手を差し出せば、満面の笑みでギュッと握り締めて来た。
当然もう俺には、警戒心など消え失せて「敵わないな」と思ってしまった。
(摑まる覚悟もし、父上にはヴィラン家の継承を外して貰い別れを告げて来た。)
今はレコと君に呼ばれるように為ってしまった。
少し寂しいけれど。
「アルセーヌは長いから(アル)、そして私はアルフレッドで(アル)。そう呼び合おう。」
それからは互いに「アル」と「アル」そう呼び合っていた。
この1つ下の友人は事あるごとに、「色男めっ」と不機嫌に呟く。
君は知らないだけさ。彼女たちは君を見ていたのに。
自分の身分を忘れているアル。
君は不躾に直接見ては為らなぬ立場に存在しているのに。
そう言えば、俺がアル付になった頃は無遠慮で不敬な使用人たちに囲まれていたな。
陛下似(言うと怒る)な端整な顔から表情を消し不快感を全身から漂わせていた。
俺は或る意味では宮廷官僚たちに感心もしていた。
無表情なアルから発される氷点下の不快オーラを無視できる図太さは並ではない。
この状況になったアルに対してラゼ中佐部隊の近衛兵たちは姿勢を正し、貝になる。
それが正しい判断だ。
そして不快オーラを纏った無表情なアルしか宮廷では知られてないから悪評が勝つ。
陛下や俺たちしかいない場所では年相応の屈託ない笑顔を零される。
だけど陛下似だよ、やっぱりアルは。
「私の悪評が余りに酷いから教育係が2人とも辞任したよ。」
そう言って楽しそうにアルは笑った。アル
変人殿下と呼ばれていたアルは確かに変わっていた。
アレをしたい、アレを作りたいと思い付く度に俺へ説明しながら自分の考えを纏める。
そして俺やボルドに頼むのだ。
最近ではルネも其処に加わった。
物作りでは、俺など気にもしていなかった農家や農奴たちが楽に耕地や耕作、収穫する為の「農具」や釦や紐で留めるより楽にできる「ホック」、其れを作ると「浸けペン」を考えペン先を造らせた。
今や羽ペンより浸けペンが人気で注文待ちだ。
「しかし何百年も羽根ペンを使い続けた辛抱強さに脱帽だ。恐るべき宗教+ギルドだね。」
違うと思うぜアル。
アルの不思議な発想や考え方は俺たちには理解が出来ないんだよ。
そして今は稼いだ金を惜しげもなく注ぎ込み、遠い国でやっている民間伝承を元にリムソン医師たちに天然痘の予防薬を研究させている。
ランダ国で開発されていた高額な顕微鏡を買って。
俺の名前を知っていた理由を、「未来で会ったから」という答えだった。
現在は強ち本当なのでは?と最近、俺は思って居る。
未来でも俺たちは友人だった。
きっと其処でも俺は苦笑してアルを見守っていた。
そう考えると愉しい気分でアルやルネ、3人で旨い酒が呑めるのだ。
そしてレティシアが産まれてからアルはまた俺に謝るように為った。
俺がエル4世陛下に愛妾と婚姻させられたからだ。否とは言えない。
実体のない婚姻だし俺には別家を立ててくれ、領地と公爵位まで貰えたので何の不満も無い。それなのに酔うとメソメソとアルは俺に謝る。
「王太子が頭を下げるなオイ。俺の首を飛ばす気か、アル。」
「私はレコの息子と私の娘を婚姻させたかった。」
そう嘆き、俺の実子は庶子になることが申し訳ないと言う。
それは確かに素敵な夢だが、そう思える女に出逢う予定は全く無い。
何せこの変わり者の友人は、何かを思いつく度に「レコ!」と俺を探して呼ぶのだ。
タヴァドール夫人に渡される招待状と大学の講義受けるだけで恋人など作る時間もない。
だが気難しい顔をして「レコ」と呼ぶ友人の元へ歩いて行くのは、胸躍る楽しい時間だ。
あの日差し出した俺の右手を握った友|。
その瞬間に、俺は友と歩く人生を決めたのだ。
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エル・クリストフ・フロラルス エル4世≪エル4世の想い≫
余の1日は愛妾以外は何一つ自由に為らなかったし、不満を表する事もしては為らない禁忌。
エトワル宮殿に在る風景は曇った冬空だった。
だが孫に莫大な負債を押し付け、余が逝くことをせぬように動いていた。
そんな折にアルフレッドが天然痘になった。
余は覚悟しアルフレッドの弟ジョルジュを呼び、万が一の時に王位を継ぐ覚悟を申し付けた。
ジョルジュの口元が綻ぶ様子は不快だったが致し方なし、そう余は諦めた。
だがアルフレッドは余の元へ戻って来たのだ。
聖職者たちには頼まず、胸中で主へ祈りを捧げた。
アルフレッドを返して欲しい、フロラルス王国の為に。
そして戻ったアルフレッドは怯えと吃音が消え、堂々と話せるように為っていた。
アルフレッドとの話しは余の好奇心が刺激され、死に掛けていた魂が救われた。
アルフではないが、聖職者の前で話す愚は余も冒さんよ。
そしてアルフの天才、否、奇才は大きな軋轢を生む。いや生んで行ったかの。
アルフの考え方は異端過ぎて、此の侭知れ渡れば聖職者たちに幽閉もしく死罪にされる。
余が元気な内は良いが、倒れてしまえば守って遣れぬ。
高位貴族たちとも組み折角戻ったアルフを失ってしまうだろう。
そうじゃ余がエトワル宮殿で大きく動き余に耳目を集めさせ、余の背でアルフを守ろう。
強敵になるだろうシャスール公も排除し病巣のパルス高等法院もアルフの発案で力を削いだ。
しかしまさか宮廷官僚があのような暴挙に出るとは思わなんだが。
だが返って良かった。
ラシエット宮ではアルフと共に過ごせ、そしてアルフへ二心なく仕える者たちと話せた。
アルセーヌやルネそれぞれに余の胸中を告げた。
「アルフを死するまで守って欲しい」そう願い、その礼に2人の望みを聞く。
「俺はありません。共に生きる覚悟で此処にいます。」
「僕も。と言いたいのですが殿下を守る人間が少な過ぎます。それと僕は孤児なので貴族たちが集まる場所での護衛が出来ません。僕の仲間、いえ身内も皆同種なので入れない場所が多く不安です。」
「うむ。…………おう、そう言えば少女がいたの。身内を公妾にしようぞ。アルセーヌその少女と書類上だけの夫婦になれ、そしてルネには身内と言う事でオーシェ領と伯爵位を、アルセーヌにはレコ領と公爵位を下賜しよう。恐らくアルフは反対はすまい。だが一代限りにすると言うじゃろうが。」
「ええ。アルは貴族籍を減らしたがっていますから。」
「分かっております。端からそのつもりです。では、身内を連れて参ります。」
ルネが連れて来たラウラは柔かな髪を結上げ、孤児には見えぬ上品さを備えていた。
天草色をした髪はラウラの愛らしさを引き立てていた。
医術の心得も或るから余の体調を診てくれると言う。
余を満足させた後に行うラウラの施術は心地良く、そして余の心身に活力が漲るようになった。
高揚していた余はルネに管理するならば身内を全てオーフェンの者にして構わないと告げた。
ラシエット宮では驚くほど官僚が少なく、2階では僅か30人で余たちの身の回り支度から就寝まで、何一つ不足なく動いてくれた。
そしてアルフの真似をして自ら行える事は余が行うようにすると快眠が訪れるように為った。
成程、これはアルフがラシエット宮で暮らし続けたいと願うはずだ。
60過ぎて面倒な奴らと戦うのは骨が折れると思ったがアルフと共にあると考えると力が湧く。
さて上手く演じなくてはの。
ふふ、大丈夫じゃ、官僚たちに伊達に踊らされ続けてはおらん。
この件が一段落すれば、アルフに報告せねばの。さぞかし吃驚させてしまうじゃろうな。
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ルネ・オーシェ伯爵≪ルネの想い≫
僕の主ことアルフレッド様は時々何かを飲み込んで微笑む。
それは、ほんの僅かな喉の動きで、この館では恐らく僕かレコしか気付かないだろう。
僕たちしかいない執務室では「くそじじい!」と良く舌打ちしている。
でもそれを愛らしく僕は思う。
僕たちは枢機卿たちから神から許されない子供たちと言われて厳しく(多くの仲間は途中で死んでいった)育てられ、神に許しを得る為にその代行人たる枢機卿たちに命じられた事を命じられる儘に為して来た。神に生きる許しを得る為に。
20年経た頃に、枢機卿からボルドを紹介され金品取引を行い始めボルドと話すようになった。
ただ天気の話を。
ボルドは批判的な事は何も言わず、ただ商売の話を楽しそうにした。
結構な歳月が流れ、ボルドは変わった王子の話をするようになった。
天罰だった病から癒えた事。
毎日のように入浴する事。
王子なのに糞尿を集めさせる事。後で知ったが堆肥にするらしい。
そして、盗人を友人にしたこと。
僕はドキドキしながら変わった王子の話をボルドから聞いて居た。
そんなある日、枢機卿たちから命じられたのだ猊下を殺せと。
彼は(主)を蔑ろにしていると言った。
だが僕は知っていた。
猊下はあらゆる人々に主の慈愛が行き渡るように祈っていることを。
ボルドが今後も猊下の様な方が続いて欲しいと願って居る事も。
そして枢機卿たちが僕たちに教え、させてきたことこそが悪徳である——と。
僕は皆に声を掛け、2人の枢機卿と下に付いている司祭たちを排除した。
教わったモノよりも数段に効率良く。
そして宿なしに為った僕はボルドに会いに行った。
「枢機卿たちを殺して来たのだけど、変わった王子は僕たちを拾ってくれるかな。」
「ああ勿論だ。儂に任せろ。だがやって来た事は口にするな。言えば王子に迷惑が掛かる。何も言わずとも察するさ。殿下ならな。」
ボルドの怪しい紹介を物ともせずに殿下は僕を、僕たちを雇ってくれた。
ラウラのお陰だが僕たちに家名と帰る事の出来る領地もエル4世陛下がくれた。
神が許さなくとも、国王が許して僕たちはコノ国で生きいても良いとされたのだ。
それが僕たちに、どれ程の救いに為ったのかを、殿下もエル4世陛下も知らない。
数多いる僕たちは密かに言われている穢れし子供たち。
禁欲している聖職者が決して犯しては為らない色欲の果てに生まれた罪の子供たち。
元が王侯貴族な彼らが禁欲など出来る筈もなく被害者だけを増やして僕らが生れたのだ。
彼らの教区にある修道院にどうぞ救いあれ。
そして枢機卿や司祭たちと各国を回ったがどこの国でも僕たちがいた。
僕はボルドに頼んで各国の仲間にオーシェ地方に来るように伝えて貰っている。
各国約3~10名ずつ位が8ヶ国。
僕たちを鍛えてた奴は行方知れずらしい。
顔バレが在るから始末して於きたかった。見付けたら絶対に殺る。
現在僕は、子猫用ベットを真剣に造っている殿下を見守っている。
変わった王子は本当に変だけど、とても面白くてきっと誰よりも優しい。
ボルドの話より殿下と毎日一緒に過ごす方が何万倍もドキドキして明日が楽しみに為る。
或る日余り宗教儀式に頓着しない殿下に「主への信仰心は無いのでしょうか」と尋ねた。
「私にも信仰心あるけど、ソレは日の恵みだったり森羅万象この世のあらゆる自然かな。」
そして一つ一つの自然の神秘性について語られ、「この国の神も自然の中の1つでしかないよ。」
そう言って微笑まれる殿下は眩くて僕は殿下の中に(主)を見るのだった。




