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「シュシュリア・リベルタス。お前との婚約を破棄する!」
……妙ね。何もしていないのに、婚約破棄されてしまったわ。
それにしても、今日もだるい。私の腕の中にいる飼い猫のミケも、同じく大きなあくびをした。猛烈に眠い……。
「ふぁ……。わたくし、この通り何もしておりません。何もしていないことは、この飼い猫のミケが証明してくれるかと」
「にゃあ」
ミケは腕の中で、安心しきって暢気な声をあげた。
「していない、と言う事が罪なのだ!」
わたくしの婚約者、王太子ラドリアーノはだん、と足を踏み鳴らした。
「私ラドリアーノはお前との婚約を破棄し、男爵令嬢ステラと婚約する。彼女は類い希なる癒しの力を持ち、領民からの信頼も篤い。それに対してお前はどうだ。年がら年中猫を小脇に抱えて、ろくに魔法の修行もせず、いつも疲れた疲れたとぐうたらしてばかりで、そのくせ一年中俺に粘着し、後ろから嫌味を言う時だけ元気。そんな身分だけの堕落した女が、国母にふさわしいはずもない」
……結局こうなると思ったから私は婚約に反対したのに、お父様と国王陛下がどうしても、って頼み込むから仕方なく、よ。それなのにこの仕打ち。
「ミケは王宮で、けがをしていた所をわたくしが拾いました。それ以来、ずっとそばを離れないのですわ」
本当はケガではなくて、バラバラ死体としてステラの部屋の前に捨てられていたのだけれど。昔、こういうのをわたくしのせいにされたことがあったのよねえ。してないのに。
せっかくだから、蘇生魔法を使ったら成功しちゃって。けれどまだ修行が足りないのか、術が不完全なため私がいつもそばに居てあげなければいけない。蘇生と言うよりはわたくしの魔力によって形を保っていると言った方が正しい。そして、その持続には私の魔力が川の様にどんどんと流れていくのだ。そのせいで眠い。
「その猫がステラに嚙みついたことを知らないとは言わせないぞ!」
「存じ上げてはおりますけど。ミケはとてもいい子なのです。自分の身を守るとき以外は使用人にだって爪を立てたり、ましてや噛んだりなどいたしません。……よっぽど、ステラさまがお嫌いなのかと」
「……なぁ~お」
ミケは私の微笑みに合わせて、低いうなり声をあげた。彼女には誰が自分を死に追いやったのか、その記憶がはっきりあるのだから当然だ。
「それにわたくしが怠惰なのは『女の分際で』俺より優れた魔導士など生意気だと殿下がおっしゃったのです。ですからわたくし、日々頑張っておりますわ。目立たずに、影の様にしております」
「……その下卑た笑みをやめろ! ……婚約破棄の理由はそれだけではない」
ラドリアーノに寄りかかっていた聖女ステラが、すっとローブの袖から一通の手紙を取り出し、高々と掲げた。
「お前は聖騎士ヴォルフラムと不義密通をしているな!」
すっかり健康体となったヴォルフラムは、何を思ったのか剣の修行まで始めてしまって、その才能を大陸中にとどろかせ、魔王軍を震え上がらせているともっぱらの噂だ。
「はあ……彼はわたくしの従兄弟ですよ。魔王討伐のために若いみそらで極東に赴いたのです。身内の──ひいては国民の心配をしないで、何を憂うというのです?」
確かにわたくしはヴォルフラムと手紙のやりとりをしている。しかし、それはリベルタス公爵家のためであり、私が時渡り前の経験で得た知見をアドバイスしたり、適切な物資を適切な場所へ送っているだけ。兵站がカスだなんて、我が国の恥ですから中央部に突撃して無能は解任し、わたくしの慧眼と言う名のズルで見抜いた有能な人々を新しく着任させておいた。
状況は以前よりもずっとずっといいはずなのに、討伐隊は一向に戻ってこない。やはりわたくしが出ないとダメのかしら……。
「不貞などとんでもない。わたくしはラドリアーノ王子をお支えするという重要な役割がございます。そんな暇はございません。今だってこんなにくたくたで……ふぁ……」
ヴォルフラム本人には何年も会っていない。だって、わたくしはリベルタス公爵令嬢として課せられた使命を日々こなさなければいけないから。そもそもヴォルフラムが恋文なんて送ってくるはずがない。
「……シュシュリアさま、罪をお認めになってください。ラドリアーノさまはこう仰いますが、本心ではシュシュリアさまのお立場に哀れみを感じていらっしゃいます。女の身で愛されぬことはつらいこと。ラドリアーノさまは不器用な方ですが、シュシュリアさまと向き合おうとされているのですわ」
「わたくしには何の罪もありませんわ」
「よいのですか? この手紙には、動かぬ証拠があるのですよ」
「どうぞお読みになってください。わたくしは誓って、不貞などしている暇がありませんから」
手紙を読み上げろと言われて、聖女ステラの顔がとんでもなく下卑た、いやらしいものに変わった。ラドリアーノ王子も今振り向いてくれれば、百年の恋も醒めると思うのだけれど。
「拝啓、愛しのシュシュリアへ……」
ステラがゆっくりと手紙を読み始めた。