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『シュシュリア。聞いてください。僕たちは……間違えたんです』

『わかった、わかったわよ! 間違えたなら、次の作戦を考えればいいじゃない。だから……嫌、置いて行かないで! わたくし、今度はもっとちゃんとやってみせるから!』


 どんなに頑張っても、戦いに終わりは見えなかった。魔王に深手を与えたはずなのに、すぐに何事もなかったかのように復活する。じりじりと追い詰められているうちに、王都からの物資が滞り始める。ヴォルフラムの病は日に日に悪化し、わたくしたちは消耗していった。


『そう……やり直すんです。シュシュリア……あなたなら、きっと』


 力なく伸ばされたヴォルフラムの手が、わたくしの頬に触れた。血でぬるついた感触は、今でもはっきりと思い出せる。


『──頼みますよ……僕の……最後の……奥の、手……』


『──ヴォルフラムっ!!!!!!!!』



 わたくしは、真実に辿り着いた。


「完成していたと言うの……」


 ──これがヴォルフラムの「奥の手」なのだ。


 ヴォルフラムは密かに時渡りの術を完成させ、わたくしを過去へと送ったのだ。けれど『間違えた』と言うのなら本人が戻ればいい。わたくしを戻した事に何か意味があるはずだ。けれど今のヴォルフラムはその作戦を知らない。


「シュシュリア? 持ってきましたよ?」


 本を持って戻って来たヴォルフラムが、怪訝そうにわたくしに声をかけた。


「……ええ、ありがとう」


 素直に礼を言われて、ヴォルフラムは益々不審に思ったのか、少しだけ唇を尖らせて、眼鏡を押さえてわたくしの顔を覗き込もうとした。


 今はまだかろうじてヴォルフラムの視力は「ものすごく目の悪い子供」の範疇に収まっているけれども、彼の病は悪化する。


 時折視力を失ってしまう事があって、それが最強の魔導士と呼ばれたヴォルフラムの──致命的な隙につながる。


 彼は令嬢であるわたくしの代わりに、国を守るための剣として育てられることを宿命付けられている。彼がリベルタス家の人間である限り、その運命から逃れることはできない。


 けれど、今のうちにヴォルフラムを強化しておけば未来は変えられずとも状況は好転するし、うまくいけば魔王討伐の栄誉が我が家に転がりこんでくる。


 ──彼の本当の目的はなんだったのか、わたくしには考えが及ばない。けれど『あなたにしてはまあまあです』程度の及第点はもらえるだろう。


「どうして急に回復魔法を覚えようなんて突飛な事を考えたんですか」

「自分のためよ」


 仮にわたくしが戦場に送られたとしてもしぶとく生き抜いてみせるし、ヴォルフラムも死なせない。


 ──わたくしが頑張っているのに、ヴォルフラムだけ引退なんてさせないわ!


 気合いを入れて本をめくる。術式は難解だが、生き延びるために思考と実践を繰り返してきたわたくしが手こずるようなものではない。


「なんだ、意外と簡単じゃない」

「……は?」


 ヴォルフラムが『信用ならねェ』とばかりに怪訝な声をあげた。


「シュシュリア、確かにあなたが男子だったら僕が拾われることはなかったでしょうけれど。それは少しばかり、無理がありすぎません?」


「言ったわね。ヴォルフラム、眼鏡を外してこちらを向きなさい。わたくしの才能に直に触れる権利をあげるわ」

「はい」


 意外なことに、ヴォルフラムは素直にわたくしの命令に従った。椅子に腰掛け、眼鏡を机の上に置き、じっとわたくしを見ている。何をされるか分かっていないはずはないのに。それは好奇心なのか、あるいは──信頼?


 なんて、そんなはずはない。


「目をつむりなさいよ」

「何が起きるのか見ておきたいじゃないですか」

「いいから」


 ヴォルフラムはしぶしぶ、と言った様子で目を閉じた。


 魔力を集中させる。手ごたえはあり、成功したとわたくしは判断している。しかし肝心のヴォルフラムはじっと目をつむったままだ。


「ちょっと、どうなのよ」


 何が楽しくて、ヴォルフラムのまつげの本数や長さについて思いを馳せなくてはいけないのか。焦れた様に声をあげると、ヴォルフラムはやっと口を開いた。


「……待ってください。眩しいので。僕にも心の準備というものがありますから」


 続けて、ヴォルフラムはゆっくりとまぶたを開けた。ヴォルフラムは珍しく、呆けた顔でわたくしを見ていた。わたくしも術の経過を確認するためにじっとヴォルフラムを見つめている。


「……ねぇ、あなた、見えてるの?」


 確信はあったはずなのに、ヴォルフラムがあまりにも無言なので、だんだんと不安になってきた。


「シュシュリア。……あなたの、顔が……よく見えます」

「こんなに接近しているのだから、当たり前でしょう」


「すごい……」


 ヴォルフラムは両頬に手を当て、頬を紅潮させている。さすがの偏屈屁理屈ヴォルフラムも喜びを隠しきれないようね。


「まあ、ざっとこんなものよ」


 額に滲んだ汗を優雅な仕草で拭い、わたくしは鷹揚に頷いた。正直に言ってとてつもなく疲れたけれど、高度な術を使うにはそれに見合った量の魔力が必要だ。


「シュシュリア、ありがとうございます。この恩は一生忘れません。あなたって、僕が思っているよりずっと天才なんですね」


「当たり前でしょ、わたくしは──」


 天才だし努力家なのよ──と口にしようとした瞬間、目の前が真っ暗になった。

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