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『シュシュリア。この首飾りを……肌身離さず、付けていてもらえますか』


 ──……どうして、死に際になって、ヴォルフラムのことを思い出すのだろう。


『どうして?』

『この戦いに自分たちは勝てません。だから──お守りです』

『勝てないのに、お守りって……とうとう、目だけじゃなくて頭も悪くなったのね。治療班の所に行った方がいいわ』

『いいから。受け取って。僕の代わりにこの首飾りがあなたを守ってくれると思って』


『わたくしはあなたに守られるほど弱くはないわ』

『わかっていますよ、だからこそだ』


 ──わたくしを置いて、先に戦死した従兄弟の事なんて、今考えている暇がないのに。まだ生き残っている仲間がいるはずだ。もう頼れるヴォルフラムはいない。わたくしが、皆を……。


『奥の手は、最後まで取っておくものですからね』


 ──最後……ああ、そうだ。私は、もう、死ぬんだった……。戦場で一人、だからこんな、走馬灯を……。


 瞼を閉じた瞬間、けたたましい鶏の鳴き声で目が覚めた。


「……わっ!……何よ、夢ね。『戦場の氷華』と呼ばれたわたくしがそう簡単にやられるわけが……ん……夢?」


 ──わたくしの名前はシュシュリア・リベルタス。十七の時に王太子ラドリアーノから婚約破棄され、聖女ステラへの嫌がらせへの懲罰として魔王討伐軍へと送られ、無駄に才能豊かだったためにそこそこ奮闘し……そして志半ばで戦死した気の毒な公爵令嬢。


「のはずだけれど」


 この奇怪な状況には首をひねらざるを得ない。今横たわっているのは血がしみ込んだ地面ではなく、ふかふかの清潔なベッドで、戦場の殺風景なテントではない。視界に映る銀の巻き毛は艶やか、硬い筋肉に覆われていたはずの体は華奢で、肌はきめ細かく、爪も割れていない。


 何より、この体は子供のものだ。


「……」


 今までの事が夢だったのか、それとも今が夢なのか。ひとまず、魔王討伐軍方式闘魂注入ビンタを自分にかましてみるとするわ。


「いっっっったいわ!!!!」


 子供の力とは言え、容赦なく自分の頬を叩いてしまった。思わず出た叫びに、メイドが血相を変えて飛び込んできたので追い払う。どうやらこれもまた、現実のようだ。


「……魔法は使えるわね」


 指先に魔力を込めると、りん、と空気が凍って、指先に六角形の氷の結晶が生まれた。星。ハート。指先に集めた魔力を自在に操る事が出来る。──この年頃のわたくしには到底こなせなかった芸当だ。


 戦いの日々は事実として、わたくしの脳裏に刻まれている。つまりわたくしは記憶を持ったまま、過去に戻っている……?


「……時渡り」


 伝承にあるその術は、世の理を乱すとして禁忌とされて封じられた。魔導卿こと我がリベルタス公爵家がその封印を守っており、その秘伝書には何人たりとも近づくことはできない。


 そう、公爵家の人間以外には。


「一体、誰が……」


 わたくしを過去に送ったのだろう。わざとではないけれど、禁忌を破ったことを知られるわけにはいかない。そんな事をすればお父様の逆鱗に触れ、せっかく生き返った事が無駄になってしまう。わたくしがすべきことはこの幸運に感謝して、今度は間違えないことだろう。


「……と、なると。することは」


 1、わたくしをハメた聖女ステラをぶっ殺して存在を抹消する。

 2、王子にラドリアーノに媚びて嫌われないようにする。


 3、身を守るために回復魔法を覚える。これで戦場に送られても安心。


「3かしらね」


 今さらわたくしを追放して、戦場送りにした奴らと積極的に人間関係を構築したくはない。媚びてゴマすり係になるなんてもってのほか、強くて誇り高いわたくしのすることではない。


 けれど、あの憎たらしい聖女ステラは使い手が希少な、高度な回復魔法を習得していた。その力で大けがをした王太子に取り入ってそのまま寵愛を得た。そこからわたくしの人生が狂い始めたのだ。


 今思えば、あの時はどうもおかしかった。ささいな事までわたくしのせいにされて苛つき、黒い感情に取り憑かれていたとは言え、魔力が暴走して王太子に怪我をさせてしまうなんて。


 ……どうも、あの女は怪しかったと思ったのは、しばらく経ってからのことだ。


「けれど、今はあの頃よりも熟練しているわ」


 一通り魔法が使えることを確認してから、それほど習熟していない子供の偽装をする。


 わたくしを陥れた奴らの好きにはさせない。ステラが現れる前にわたくしが先回りをして、不幸の芽をつぶしてやる。


 魔王にリベンジするのはその後だ。わたくしには類い希なる魔法の才があったけれど、それでも魔王を倒すには至らなかった。その件については『適任者』に任せよう。


 ──この時期なら、『あいつ』だって、ぴんぴんしているはずよ。

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