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セイレーンの憂鬱  作者: 武河虎竜
1/2

〜プロローグ〜

【セイレーン】

ギリシア神話に登場する海の怪物。上半身が人間の女性であり、下半身は鳥の姿とされている。海の航路上の岩礁から美しい歌声で航行中の人々を惑わし、遭難や難破に遭わせる。

その歌声に魅惑された挙句セイレーンに喰い殺された船人たちの骨は、島に山をなしたと言われている・・・。


―とある 会場 ―

「今年の新人賞は・・・浅井心音さんです」

その年の新人賞の発表がとある会場で行われていた。そしてそこに出てきたのは見た目が少女に見える若くてとても可愛らしい女性だった。

「新人賞受賞おめでとうございまー――す!」

その会場の司会者も審査員達も全員が拍手でその受賞を喜んだ。

その拍手の渦の中にいたのが浅井心音その人である。

彼女はシンガーソングライターとして彗星の様にデビューをすると、瞬く間にデビュー曲で百万枚を売り上げた。

彼女は見た目が小柄でショートボブの可愛らしい少女の様な見た目だった。

そして身体に似合わない大きなギターを携えていた。

しかし、その歌声はとてもパワフルでありそれでいて、とても綺麗でかつとても魅力的でファンの間ではその歌声を【天使の歌声】と呼ぶ者もいた。

そして彼女はいつもその大歓声の中にいた。

「皆さんいつも応援ありがとうございます。それでは聞いて下さい」

「この世界で生きる意味・・・」

そのタイトルがコールされるとその会場は大きな歓声に見舞われた。

そして心音はその歓声を浴びながら気持ち良さそうに歌っていた。


それから数ヶ月後のことだった・・・

「おい!急げ!重傷だ!」救急隊がある一軒家の前で慌てふためていていた。

その日ある一軒家でガス爆発が起こっていた。そしてその家にいた女性が一人全身大火傷で重傷となり救急車で運ばれていた。

「おい!しっかりしろ!」その女性に声を掛け続ける人物が一人。

「君はまだこんなところで死んじゃいけない!君の歌声を待っている人達の為にも!」

そう言ってその男はその女性が救急車に乗るまでずっとその女性に寄り添い声を掛け続けていた。

その女性はその後救急車に乗せられて、その日の内に緊急手術が始まった。

そしてその手術は数日に及んだ。


「先生!心音は!心音は無事なんですか?」

その女性が救急車に乗るまで寄り添っていた男は手術後に、医者にそう問い詰めていた。

「手術は一応成功しました。幸い皮膚等もそこまで損傷が酷くなくて、元の顔や身体に戻るのも一ヶ月もあれば大丈夫だと思います。ただ・・・」

そう言って医者は少し次の言葉を言いづらそうにしていた。その様子を見てその男は、

「ただ・・・なんですか?先生!言って下さい!」

その男はそう言って医者に詰め寄った。するとその医者は、

「もう二度と・・・歌うことは・・・出来ないかもしれません・・・私もファンだったので非常に残念ですが・・・」そう言ってとても悲しい表情を浮かべた。

その言葉を聞いたその男は力が抜けた様にその場にへたり込んで一言、

「そ・・・そんな・・・あの子は・・・心音は・・・これからこの音楽界の歌姫になる。そういう存在になる・・・はずなのに・・・」そう言って天をずっと仰ぎ続けていた。


数日後、心音は病院のベッドの上で目を覚ました。

心音は、最初自分がなぜここにいるのか理解出来なかった。ただ全身が酷く痛いことだけは感じていた。でもそれ以外感じれなかった。

最初にその違和感に気付いたのは心音が息を出そうとした時だった。

ただフーというその声が出ない。心音は自分の喉に何が起きているのかが全くわからなかった。ただ一つ、声が出ない。それだけ気付いてしまった。

「目が覚めたかい?心音」そう言って心音が寝ているベッドに男が近づいて来た。

だがその男に対して何か言おうとしても心音は声が出ない。

するとその様子を察したその男が、

「そっか・・・心音も・・・気付いたんだね・・・声が出ないことに・・・」

その男はそれだけ言った後で、今の状況について心音に説明を始めた。

「いいかい・・・心して聞いて欲しい・・・君の喉はこの間の火事で焼けて死んでしまったらしいんだ。そして医者が言うには君の喉はもう完全には再生はしないらしい。だからこの先、声が出る様になることはあっても今までの様に歌える様になることは無いと思う。残念だけど・・・でも君にはまだ曲を作る才能がある!だからこれからは作詞家や作曲家として生きて欲しい」

心音はその男からの告白を聞いて呆然とした。そして自分の状況を本当の意味で理解した。

男はその心音の様子を見ながら持っていたスマホを心音に渡した。そして、

「とりあえず当面の間は全ての会話をラインで行おうと思う。君のスマホはこの間の火事で焼けてしまったので新しく契約したこのスマホを渡しておくよ」

そう言った。心音はそのスマホを受け取るとすぐにラインを打った。

【ありがとう、藤田さん。これからもよろしくね】

【マネージャーとして当然のことだよ心音】

それだけやりとりをした後で、急に藤田のスマホに電話が掛かって来た。

「じゃーまた明日も来るから」それだけ言って藤田は病室から出て行った。

それから数日間藤田は何度も心音の元を訪れた。

そんな藤田に励まされ、心音もリハビリを必死で頑張った。そして少しずつ声も出る様になって来た。だが、その声は以前の様な綺麗な声には戻ることはなかった。

そんな自分の状況に心音は何度も心をおられながらもリハビリを頑張った。全てはいつの日かまた歌える様になる為に。それだけ心音は思いながら必死でリハビリを頑張った。


そんなある日、病室に警察がやってきた。警察はそれまでずっと藤田とやりとりをしていた。しかし藤田は心音の状態を気遣って面会を断ってきていた。だが、心音の声が復調していることを聞き付けた警察に、同伴でも構いませんのでとお願いされた為、面会を許可することにしたのだった。

そして警察は、心音に今回のガス爆発によって起こった火事について焼け跡から推測した当時の現場の状況について話し出した。

「おそらく状況からしてガス漏れか何かだと思いますが、気になるのはその損傷の程度なんです。全て燃えていてよくわかりませんが、何人かがそこにいた形跡が残されていました。それもそのガス漏れ直前に・・・」そこまで話した後で警察は心音に対して、

「あの日。何があったかどんな些細なことでもいいので覚えていませんか?」

と心音に尋ねた。だが心音はその時の衝撃が凄かった影響で、その前後の記憶が飛んでしまっていた。そしてその時のことを思い出そうとすると頭が痛くなってくるのを感じていた。

その様子を見た藤田は、警察と心音の間にスッと入ると、

「やはり・・・まだ・・・時間が必要です・・・今日のところはお引き取り下さい」

そう警察に言った。警察もこのままでは帰れないのか、もう一度、

「本当に何も覚えてないですか?」と心音に尋ねた。

するとその問いに対して「・・・はい・・・」とだけ心音は答えていた。このままでは埒が明かないと思った警察は心音に対して、

「それじゃー何か思い出したら署まで連絡して下さい」とだけ言い残して病室を出た。


リハビリを頑張った甲斐もあり、遂に心音は声以外全て元通りとなり、退院の時を迎えた。

「心音。ようやく退院だね。おめでとう」

藤田はこの日も病院を訪れていた。そして心音の退院を祝福していた。

「ありがとうございます。藤田さん。全て藤田さんのおかげです」

そう言って心音は藤田に頭を下げた。

「さて、じゃー行こうか」

藤田は心音にそう言うと心音の手を優しく握り、そして一緒に病院を出て行った。

そして表に回してあった車に心音を乗せた。車はそのまま走り出した。

「さて心音。家も無くなったし、当面の間どうしようか?」

藤田がそう心音に尋ねると心音は、

「・・・とりあえずしばらく一人になりたい・・・」

それだけ藤田に告げた。すると藤田は、

「わかった・・・じゃーホテル何日間か取っておくね」

そう言って、ホテルの予約を始めた。車は信号が赤の為、止まっていた。

するとどこからともなく歌が聞こえてきた。それはその信号機の近くにあったオーロラビジョンから流れていたニュースからだった。そのニュースにはこう書いてあった。

【奇跡の歌姫。火事で声を失い歌手としては再起不能か⁉︎】

そしてその歌を心音はよく知っていた。その歌こそ心音のデビューシングルであり、昨年歴史的記録を作った⦅この世界で生きる意味⦆だったからだ。

そして街中の声も心音の耳に飛び込んで来ていた。

『俺好きだったんだけどなー・・・もう聞けないのか・・・』『この若さでねえ。残酷ねえ』

『私、ライブ心待ちにしてたんだけどな』『私、よくこの歌カラオケで歌ってるんだけど』

そんな街中の声に思わず心音は耳を塞いだ。心音は耳もとても良くて普通の人よりも遠くの音がはっきりと鮮明に聞こえてしまうのだった。そしてこの間の火事でも耳の損傷はそこまで酷くなく、その耳は以前のままそのままだった。

そんな心音を心配しながらもどう声を掛けていいかその言葉が見つからなかった藤田は、そっと心音を抱き締めて、慰めの言葉を言った。

「世間の声なんかその内消えるから・・・君にはこれからの人生を生きて欲しい」


車は藤田が予約したホテルに止まった。

心音は車から降りると藤田に一礼だけして、そのままホテルの中に入って行った。

そして藤田が予約した部屋に入ると、心音はベッドに横たわった。

(私・・・もう・・・歌手には・・・戻れないのかな・・・)

そう思うと自然と心音の眼からは涙が溢れていた。そして心音はその涙を止めることが出来なくなり、しばらくベッドの上で号泣した。

そして、しばらく泣いた後で、スマホにふと手をやった。

するとそのスマホのラインに見慣れない名前が書いてあった。

心音は不思議に思いながら、前やりとりしていた友達かもしれないと思い、次のメッセージを送った。

【えっとー誰かな?スマホ替えちゃってわからないから教えて】

するとそのライン相手からメッセージが返って来た。

【君が今欲しいものを私は持っています。騙されたと思って→をクリックして下さい】

そう言って怪しげなサイトへの誘導をして来た。

心音はただの悪質ラインだと思い、その相手をブロックしようとした。

その時だった。急にスマホが暗くなると、その後で急に怪しい光を放ち出した。そして、

【ありがとうございます。ご注文の品は明日その部屋に届きます】

とだけメッセージが出たかと思うと、急に元の画面に戻った。

(い・・・今の・・・何・・・⁉︎)

心音は今自分の眼の前で起こったことが全く理解出来なかった。

そして藤田にすぐ電話して今起こったことを説明した。すると藤田は、

「うーん・・・でも特にスマホそれから誤作動もしてないんだよね?そしてブロックも出来たんだよね?なら何も問題無いと思うよ・・・その怪しい光?はよくわかんないけど・・・多分心音まだ病み上がりだから、何か勘違いしているんじゃ無いかな?とにかく今日は早くお休み」

それだけ言って電話を切った。心音はその藤田の言葉で一つ気になり、ラインのブロックの項目のところを確認しに行った。

だが、さっき見た名前はそのブロックのところに入っていなかった。

心音はその事実に異常な恐ろしさを感じた。そしてそのままベッドの中に潜り込むと気付いたらそのまま寝てしまっていた。


翌朝、心音は目を覚ました。

(昨日の出来事はなんだったんだろうか・・・)

そんなことを思いながらも、心音は朝の支度を始めた。そして朝食を食べに行こうとしてそのホテルのドアを開けようとした。するとそのドアの下に小さな箱があることに気付いた。

(この箱は何だろう?)

その箱にはどこにも宛名が書いていなかった。ただ箱の上に一言、

【コノヘヤノカタヘ】とだけ書いていた。心音はその箱を部屋に持ち帰り、箱を振ってみた。

【カラカラカラ】中には何か物が入っている音がしていた。

でもそれは爆弾だとかそういうものではないことは、心音は音でわかった。

そして恐る恐るその箱を心音は開けることにした。

その箱の中には赤い液体が入った小瓶と、可愛らしい小鳥の置物が入っていた。

(何だろう・・・この液体・・・まさか・・・毒薬・・・⁉︎)

そう思う心音はその箱の中に一枚の紙を見つけた。その紙にはこう書いていた。

【この薬を飲めばどんな人でも綺麗な声が出るようになります】

その紙を見た瞬間、心音はこう思った。

(もしこれが毒薬だとして・・・死んだとしても・・・もしこの薬が本当で・・・もし本当に私の声が元通りになるんなら・・・私は・・・この薬を飲みたい!)

心音は気付いたら何も考えずに、その小瓶の蓋を開けて、その薬を勢いよく飲み干してしまっていた。そしてその直後、心音は床に倒れ込んだ。


「心音!おい心音!」藤田が心音の部屋まで来ていた。心音は寝ぼけ眼で藤田を見た。

「まったく・・・自殺したのかと思ったぞ・・・」

藤田はスマホに電話しても出ない心音を案じて部屋まで駆けつけたのだった。

「あれ?・・・私・・・あっ・・・そうだ・・・何か飲んで・・・そんで・・・」

そう心音は藤田に言った。でも藤田は、

「ん?何を言ってるんだ?何を飲んだって?」と言った。心音はそんな藤田に、

「だから・・・そこの小さな箱の中の・・・⁉︎」

そこまで言って心音はその部屋の異変に気付いた。さっきまでそこにあった小さな箱と液体の入った小瓶はどこにも無かった。そして小鳥の置物だけが何故か枕元に置かれていたのだった。心音はその異常な状態に困惑しかできなかった。その様子を見て藤田は、

「うーーーん・・・まだ火傷の後遺症?みたいなもので幻影でも見てるのかなー?一回医者に見てもらうか?」そう提案してきた。心音はそんな藤田に向かって、

「・・・いや・・・大丈夫・・・です・・・ただ少し休ませて下さい・・・」

とだけ言った。すると藤田は、

「・・・まーあと数日は安静にしてた方がいいかもしれないな・・・」

そう言って心音を布団に寝かせてから、部屋を出て行った。

(さっきの出来事は何だったんだろ・・・夢・・・だったのかな・・・)

心音はその数時間前の出来事が理解出来なくなっていた。

そして気付いたら心音は眠っていた。


そしてそれから更に数時間が経過した。

少し落ち着いた心音は自分に起こっている変化に気付いた。何か今まで喉の奥に詰まっていた物が無くなった様な感覚。よくわからないけど自然と今まで通り歌えそうな感覚を喉に感じていた。

その感覚が本当かどうか確認する為に、心音は大声を出して発声練習を軽くしてみた。

「アアアアア・・・アアアアア・・・アアアアア・・・⁉︎」

その声に心音自身がとても驚いた。その声こそ心音が以前持っていた声そのものだったからだ。するとその声を遠くで聞いたホテルの従業員が部屋に入って来て、

「とても綺麗な声ですね。もしかして貴方は浅井心音さんですか?」

そうその従業員が言うと、心音は頷いた。するとその従業員は、

「やはりそうでしたか。実は私あなたの大ファンでして・・・その一節でいいので⦅この世界で生きる意味⦆を歌って貰えませんか?」

と心音にお願いして来た。心音はこれは自分の喉が本当に戻ったか確認するチャンスだと思い、その従業員に全力でアカペラで一節歌うことにした。

すると不思議なことにその従業員はその心音の歌を聞きながら眠りだしてしまった。

(そんなに心地いい歌声だったのかな・・・でも本当気持ち良さそうに寝てる)

その従業員の姿にちょっと驚いた心音だったが、

(うん。大丈夫。前と同じ声出せてる・・・私・・・また歌える!)

そう思うと心音は喜びを爆発させていた。そしてホテルの従業員を起こそうとした。

「あのー・・・起きて下さーい・・・もう歌終わりましたよ・・・」

でもその従業員は揺すっても何しても起きる気配すら無かった。

(どうしちゃったんだろ・・・この人・・・)

その状況に困惑しか出来ない心音だった。

【ウッフッフ・・・本当に凄い歌声なんだね・・・アナタ・・・】

どこからともなく不気味な女性の声が聞こえて来た。でもその部屋には誰も他にいなかった。心音は急に怖くなって、

「誰?・・・誰なの・・・⁉︎」と叫んだ。

するとその枕元にあった小鳥の置物の小鳥の眼が怪しく光り出した。

【アタシはセイレーン・・・その昔自分の歌声で数多の人間を魅了してきた伝説の怪物よ・・・】

その声は直に心音の耳に響いてきた。まるでテレパシーで直接に脳に話しかけられる様なそんな感じでその置物の声は心音の耳に直接聞こえて来た。

「セイレーン?伝説の怪物?一体何のこと言っているの?」

心音は困惑しながらその置物にそう語りかけた。

【アナタはアタシに選ばれたのよ・・・だから力を分け与えたのよ・・・】

その置物はそう心音に答えた。そして、

【アナタが飲んだ薬・・・あれはアタシの血よ・・・アナタはそれを飲んだからセイレーンになったのよ・・・だからアナタの歌を聞いた人間は起きないのよ・・・】

そう心音に答えた。心音は困惑しか出来なかった。そしてその置物に対して、

「どういうこと⁉︎起きないって⁉︎なんでなの?」

そう心音が言うとその置物の眼は更に怪しく光り出した。そして、

【・・・なんでかって・・・それはアナタの歌を聞いた人間は眠ってしまうからよ・・・そして一度眠ってしまえばその間はもう何をしても起きない・・・それこそがアタシの力よ・・・】

そう答えて来た。心音は更に困惑した。そして枕元にあった鳥の置物を掴むと、

「訳のわからないことばかり言ってないで早くこの人を起こして!さもなくばこうよ!」

と言ってその鳥の置物を壊そうとした。

【ウッフッフ・・・ムダよムダ・・・アタシはただの精神だから・・・この鳥がどうなってもアタシには何も感じないわよ・・・】

そう心音の心に語ってきた。その言葉に心音は項垂れた。そして、

「そ・・・そんな・・・じゃー・・・もう・・・この人は・・・一生起きないの⁉︎」

そう言いながら、心音は床にへたり込んだ。

【一生・・・ねえ・・・それはないわね・・・多分・・・そろそろ起きると思うわよ・・・】

そう鳥の置物が言うとその言葉を合図にしたかの様にその従業員は目を覚ました。

「あれ・・・⁉︎私寝てました・・・⁉︎失礼しましたー・・・しかしいやー流石の歌声ですね。それでは私は仕事に戻ります」

そう言って何事も無かったかの様に戻って行った。その姿に心音は困惑しながらも少し安堵の表情を浮かべた。

【ウッフッフ・・・アナタが歌ったのが一節だけだったからあの人間は数分しか眠りに落ちなかったのよ・・・】そう鳥の置物は心音に語り出した。その言葉に心音は反応して、

「それはどういう意味なの⁉︎」とその鳥の置物に問い掛けた。

【歌の力ってね・・・その人にどれだけの気持ちを掛けて・・・それをどれぐらいの時間聞かせたかで決まるものなのよ・・・だからさっきアナタが軽く一節歌った程度なら数分しか眠らせることが出来ないってわけよ・・・】そう答えた。

その答えを聞いて、心音は恐る恐るその鳥の置物に問い掛けた。

「それじゃ・・・例えば・・・私が本気で一曲歌ったなら・・・それを聞いた人はどうなるの?」

【その歌をどれだけの距離で聞いたかにもよるかもだけど・・・もし真近で聞いたのなら・・・その人は一生起きないかもしれないわね・・・】

その置物の答えを聞いて、心音は膝から崩れ落ちた。その鳥の置物の告白はもう二度と人前で歌えない、いや歌ってはいけないということを言っていることと同意味だったからだ。

そして心音は絶望した。でもどうしても聞きたいと思い最後に振り絞る様な声で聞いた。

「目的は・・・目的は何なの⁉︎」

【目的ねえ・・・それは私にもわからないのよねえ・・・そもそもなんでこんな時代に私は存在しているんだろうねえ・・・でも・・・一つだけ言えるのは・・・アタシは人間が苦しむ様が大好きだってことなんだろうねえ・・・ウッフッフ・・・】

その鳥の置物はそれだけ言った後で光らなくなった。

心音はしばらく立ち上がれなくなっていた。

そしてしばらくした後でフラフラとしながら、ホテルを裸足のままで出て行った。


(歌いたい・・・でも私が歌うと・・・誰か死ぬかもしれない・・・でも・・・)

そう心に自問自答しながら心音は街を彷徨いだした。

もう辺りはすっかり暗くなっていた。

そしてフラフラと歩く心音を見てナンパ目的の男が声を掛けて来た。

「ねえねえ君可愛いね。裸足でどこに行こうとしてるの?良かったら靴買ってあげるから一緒に買い物行かない?」

その声を心音は無視して歩いていた。するとその男は急に心音の腕を握った。そして、

「いいじゃん。行こうよ。どうせどこかから逃げ出して来たんでしょ?行くとこないんじゃないの?」

そう言ってその男は心音を無理矢理連れて行こうとした。

「痛い!離して下さい!」そう言ってもその男は聞こうとしなかった。

【アナタの歌を聞いた人間は眠ってしまう・・・】

ふと心音はセイレーンの言葉を思い出した。そこで心音は軽くハミングを口ずさんでみた。

するとその心音の腕を握っていた男の力が段々弱くなった。

「あれ?・・・何か・・・急に眠気が・・・どしたんだ・・・⁉︎」

その男は急に来たその訳の分からない眠気にフラフラとし出した。その隙を見逃さずに心音はその男の腕を引き剥がし、ダッシュでその場から逃げ出した。

「待・・・待て・・・って」

その男は心音を追い掛けようとしたが、眠気で頭がクラクラして足が全然前に出なかった。

それはまるで何日も寝ていない身体の様に。とにかくどこかで寝ないと動けない。そんな身体にその男はなってしまっていたので走ることなど出来るわけがなかった。

心音はそうしてその男から逃げ出してまた街をフラフラと歩き始めた。

すると今度はその心音が歩く道の路地裏から声がした。

「いいじゃん俺達といいことしようぜ」

心音がその声のする方を見ると、数人の男達が二人の若い女性を取り囲んで今にも襲おうとしていた。心音は最初見て見ぬふりをしようかと思ったが、ふと足を止めたかと思ったら気付いたらその男達の前まで歩いていた。

「なんだい?お前も俺達といいことしたいのか?」

そう不敵に微笑む男達に対して心音は今度は有名な昔のアーティストの曲を口ずさみ出した。するとその男達は次々にその場にへたり込みそして眠り出した。そしてその男達に囲まれていた女性二人もその場で眠り出した。

その様子を見て心音は歌うのを止めて携帯を取り出すと、

「もしもし・・・警察ですか・・・女性が路地裏で襲われています場所は・・・」

そう言って警察に電話した。そしてその場を去った。

(本当に・・・眠るんだ・・・私の・・・歌で・・・)

心音は改めて自分の現状を知った。そして絶望した。だがそれとは別の感情をこの時確かに心音は感じていた。だがその感情が何かは心音にはわからなかった。しかし、心音は無意識にさっき笑っていたのだった。それだけは紛れもない事実だった。

そして心音は更に街を歩き出した。

そして銀行の前を横切ろうとした時に中から騒ぎ声が聞こえたのを確かに感じた。

心音は何も考えずにその銀行に入って行った。

「おい!そこの女!何入って来てんだ!中の騒々しい声が聞こえなかったのか!」

銀行に入った心音に対して、覆面を被って刃物を従業員に突き付けている男が心音にそう言った。心音はその男の声を無視して、その男の前まで行った。

「おい!女!これが見えないのか?」

そう言ってその従業員に突き立てていた刃物をその覆面の男は心音に向けた。

心音はその刃物が見えているのか見えていないのか少し笑うと、その男の眼の前でその男だけに聞こえる様にさっきよりも長めにハミングをし出した。

「な・・・なんだ・・・急に・・・眠気が・・・」

するとその覆面の男は強烈な眠気に襲われてしまい、刃物を握ることも出来なくなってしまい、その刃物を床に落とした。その様子を見て心音は従業員に、

「・・・今の内に警察に通報して下さい・・・」

それだけ言うと銀行を出て行こうとしていた。

すると急にそこにいた警備員に心音は羽交締めにされた。そして、

「クソ!おいしっかりしろ!」とその銀行強盗に向かって言うと今度は、

「クソ!おいお前!何しやがった⁉︎」

そう心音に質問して来た。実はこの警備員と銀行強盗はグルだったのだ。

そして、その警備員は心音に対し、

「クソ!こうなりゃヤケだ!おいお前!俺達と一緒に来い!人質になれ!」

そう心音に言った。心音はその言葉に深い溜息をついた後、で少し微笑むと、

「貴方には少し本気出すね・・・」

そう言い、昔の洋楽の曲をアカペラでワンコーラス丸々本気で歌い上げた。

そして、その歌を真近で聞いたその警備員は心音を羽交締めにしたまま眠り出した。そしてワンコーラス歌い上げた心音はその力の無くなった羽交締めしていた腕をそっと外して、その警備員をその場に座らせた。警備員は丸で本当に死んでいるかの様に寝ている。

そして心音が周りを見渡すと、そこにいた行員も客も銀行強盗も気付いたら全員眠っていた。

(全然・・・歌い足りない・・・)

心音にはその異様な光景を見ても、その感情しか出て来なかった。

そして、心音はそのまま銀行を出て行った。


銀行の外には行員が呼んだ警察とどこからかその事件を聞きつけた記者が数人いた。

その最中、心音は普通に銀行を出て来たので警察も記者も唖然としていた。

「君!無事なのか?中に銀行強盗がいたと思うけど・・・君だけ解放されたのか?」

一人の警察官がそう心音に聞いて来た。その質問に対して心音は少し笑うと、

「何か急にみんな寝ちゃって・・・私だけ出て来ました・・・」

そう警察官に答えた。警察官は心音が言っている意味を理解出来なかったが、おそらく何かあったのだと思い、一斉に銀行に突入した。

その隙を突いて心音は街をまた歩こうとしたが、そこに数人の記者が立ちはだかった。そして、

「一体中で何があったんですか?」「貴方はどうしてそんな身なり何ですか?」

「何で貴方だけ出て来れたんですか?」「何で貴方は裸足なんですか?」

心音はその急なフラッシュと矢継ぎ早な質問にうんざりとしていた。

(この場から早く離れたい・・・)

そう思った心音は、その思いを乗せた歌詞の昔の曲をアカペラでワンコーラスその場にいる人にだけ聞こえるぐらいの声で歌い出した。

するとさっきまで心音に質問していた記者もカメラを持っていたカメラマンも全員力無くその場に倒れ込み出して全員漏れなく眠り出した。

心音はようやく静かになったその場から走り去ろうとしていた。その時だった。

「今の何?アンタ凄いね!まるで魔法みたいじゃん」

そう言って心音の後ろからバイクに乗った女性が声を掛けて来た。そしてその女性は、

「アタシ、早見朱里って言うんだ。動画配信ではちょっとした有名人なんだけど」

そう心音に言った。そして、

「アタシと組まない?アンタが思いっきり歌える場所をアタシが用意するよ!」

そう心音に言って心音にバイクの後ろに乗る様に言って来た。

心音は戸惑いながらも、その言葉を信じて朱里のバイクの後ろに乗った。

(もし何かあったら・・・また眠らせたらいっか・・・)


その数分前、スマホに何度掛けても出ない心音が心配になり、藤田は心音の部屋を訪れていた。藤田はその部屋の状況に呆然とした。

心音の靴は部屋に残されたままだったが、その心音がどこにもいない。そして布団は乱れたままとなっていた。そしてその布団の上に無造作にスマホが置かれたままとなっていた。

「心音・・・一体・・・どこに行ったんだ⁉︎」

藤田は妙な胸騒ぎを感じ、部屋を飛び出した。

そしてホテルの外に出ると心音を必死で探し出した。

「心音――――! 心音――――!」

そしてその近くにいた人何人かに声を掛けた。

すると、裸足でボサボサの長い髪の少女が一人で繁華街に歩いて行ったということを教えてもらい。その少女が歩いた方向に急ぎ藤田も向かった。

その道中、藤田は変な男に出会った。その男はフラフラとしていた。藤田はふと気になりその男に声を掛けた。するとその男は、

「あーーん?・・・俺は・・・別に・・・眠くなんか・・・」

そう言うと力尽きたかの様に藤田にもたれ掛かって眠り出した。

(何なんだ?この男は・・・)

そのもたれ掛かって来た男を藤田は路地裏の壁まで引きずって連れて行き、その壁にその男を立て掛けた。男は気持ち良さそうに寝ている。

そしてその路地裏の奥を藤田が見るとそこには女性二人を囲んだ状態で、男も女性も全員漏れなく眠っている異様な現場を目撃した。

(な・・・なんだ・・・これ・・・何がどうなってるんだ⁉︎)

藤田は少し困惑していたが、一応何かあるといけないので、女性二人をその囲んだ状態から連れ出して、女性二人だけ繁華街から見える位置まで連れて行った。

(何か・・・おかしい・・・)

藤田はその異様な現場に困惑していた。だが少しして我に戻ると、また繁華街に戻り、心音の情報を集めては走り回った。

そして、藤田は銀行にその心音と思しき人物が入ったと聞いてその銀行まで向かった。

その銀行の外では警察官が数人慌てふためいていた。

「一体何が起こったんだ?何で誰も起きない?でも死んではない。なら本当に全員寝てるだけだと言うのか⁉︎でも何で⁉︎」

そう言って警察官達は今まで見たことも無いその現場にパニクっていた。

「おーーい起きて下さーーーい!」「起きろーーー!」

そう言ってその外では警察官が何人も手分けをしてそこで眠っている記者やカメラマンを起こそうとしていた。だが叩こうが揺すろうがどれだけ呼び掛けようが誰も一向に起きる気配が無かった。

(な・・・何なんだ・・・何が起こっているんだ・・・⁉︎)

藤田は最早困惑しかしていなかった。そして恐る恐る規制線が張られた線を越えて銀行の中に入った。

銀行の中も外と同じ景色だった。覆面を被った男。警備員。そして行員とその場にたまたまいたであろう客と思われる数人。漏れなく全員眠っていた。そして外と同様に警察官が数人を叩いたり揺すったり呼び掛けたりしていた。だが、外と同様に誰も起きる気配が一切見受けられなかった。

(こ・・・これは・・・一体・・・)

そのあまりの異様さに藤田は思わず後退りしていた。

そして気付いたら急いで銀行を飛び出していた。

(一体・・・何が・・・起こってるというんだ・・・)

そんな困惑している藤田に一人の女性が声を掛けて来た。その女性は遠くでその銀行の外での光景を見た人物だった。そして、その女性の口から信じれない言葉を藤田は聞いた。

「遠くでよくわからなかったんだけど・・・ボサボサの長い髪の少女が記者とカメラマンに囲まれて・・・それで・・・なんか歌?そう歌を記者とカメラマンに向かって歌い出したの・・・そしたら・・・本当よくわからないんですけど・・・何かその少女に集まっていた記者とカメラマンが次々と倒れ出して・・・その後でその少女はバイクに乗った女性に乗せられてどこかに行って・・・私気になってその記者達のところまで行ったんですけど・・・何か全員眠っているみたいで・・・本当信じれないと思うんですけど・・・」

その女性は自分が先程実際に見たものを信じれない様子だった。そしてそれは藤田も同じだった。ただ藤田はその女性の話しに出て来たそのボサボサの少女が心音だということはすぐに気付いた。

(心音が歌ったら・・・眠った・・・⁉︎ そんなことが・・・ありえるのか・・・⁉︎)

藤田は困惑しか出来なかった。そしてしばらく放心状態となった。

だが少ししたら正気を取り戻して、そしてその女性に頭を下げるとどこかに電話を掛け出した。

「社長・・・心音が・・・心音が・・・失踪しました・・・」


それから数時間後。

「ようやく起きたか・・・さて何が起きたか聞かせてもらおうか」

路地裏に一人の刑事がいた。男の名前は立花真司。刑事であり巡査長だ。そして立花は路地裏でさっきまで寝ていた複数の男達から事情を聞いていた。

「んあー・・・別に・・・何でもねえよ・・・」

そう何人かが気怠そうに立花に答えた。すると、

「ちなみにお前達が何をしてたかはさっきそこで寝ていた女性二人からは聞いてるからな。だが聞きたいのはその先だ。その後で何が起こったんだ?」

立花は口調を少し強めにしてそうその男達に言った。すると、その男達は態度を急変して、

「あーー?んだコラ!何でもねえって言ってんだろ!」

そう言って来た一人の男を立花はぶん投げた。そしてみぞおちに一撃入れた。

「どうせお前達はこのまま婦女暴行未遂で逮捕される身ってこと忘れんなよ!」

そう凄んでその男達に言った。男達は諦めて何が起こったかを話し出した。

「女がよ・・・急に現れたんだよ・・・そして歌を歌ったんだ・・・確か・・・そこから記憶がねえんだよ・・・」

その嘘の様な話しをその男達は立花にしてきた。立花は最初口裏を合わしているつもりかとも思ったが、とてもその男達が嘘を言っている様には見えなかった。その男達も本当に困惑していたからだ。

「まーいい・・・続きは署で聞くから」

そう言って立花はその現場にいた警察官に指示を出した。

その男達はパトカーで連行された。

(一体何なんだ・・・⁉︎)

立花はその男達の言っていたことが信じれないでいた。そんな立花に連絡が入る。

「立花巡査長。銀行の方もようやくみんな起き出しました」

その連絡を聞いて立花は車に乗り銀行へと向かった。

立花はまず拘束されている男に話しを聞いた。

「若い女がよ・・・急に現れて・・・そんで最初はハミングを聞かせて来たんだ・・・そしたら力が急に抜けてよ・・・そんでその後で・・・そうだ・・・アイツ・・・アイツはどうなった?警備員の奴だよ。アイツ俺の相棒なんだよ。アイツがその女を羽交締めにして・・・でもその後で急にその女が歌いだした・・・そこから俺記憶が無いんだ・・・」

そう立花に話し出した。すると立花は、

「お前の相棒は・・・まだ寝てる・・・他の行員や客ももう目覚めたのにコイツだけは何でか起きやしねえ」

そう言ってその警備員を立花は思いっきり殴りつけた。だが、警備員は一向に起きなかった。その姿はまるで本当に死んでいるかの様だった。その様子を見てその拘束された男は、

「おい!ふざけてんじゃねえぞ!起きろよ!起きろ!寝たふりにしてはお前度が過ぎているぞ!起きろよ!」

そう言ってその男は怒りの様な絶望の様な声で何度も何度もその警備員に呼び掛けた。

だがそれでも警備員の男は一向に起きなかった。

「・・・こんなこと・・・今まで無かったんだが・・・とりあえずこいつは警察病院に連れて行って色々調べてみる必要があるな・・・おい!」

立花はそう言って近くにいた警察官に指示を出した。警察官は警備員とその拘束されている男をパトカーに乗せて連行していった。

立花はその様子を見送った後で今度は記者達に話を聞いた。

「若い女の子が・・・急に銀行から出て来て・・・私達話を聞こうとしてその少女を取り囲んだの・・・そしたらその少女急に歌い出して・・・そこからみんな記憶がないのよ・・・」

女性の記者が立花にそう答えた。立花はその記者の話に困惑しか出来なかった。

(チッ!一体何だと言うんだ・・・路地裏の男達も銀行強盗も記者もみんな同じことを言いやがる・・・バカな!歌うと人を眠らせる少女だと・・・⁉︎ そんなもんこの世の中にいてたまるかよ!)

立花は頭を掻きむしり、心の中でそう思いながら車に乗り込んだ。

署に戻った立花は、今回の事件のことを部長に報告した。

「うーーん・・・つまり・・・その少女が歌うと・・・みんな眠ると・・・そういうことか?」

その上司の問いに立花は頷いた。すると部長は、

「でも・・・誰も傷つけられてはいないんだろ?・・・そうなると・・・これ捜査本部も立てれんよ・・・だって何の罪にもならないもん・・・」

そう立花に言い切った。

「部長・・・確かにそうかもしれませんが・・・」

立花は部長にそう言うとそれ以上は言わずにその場を後にした。

(俺一人でも・・・この少女は見つける・・・何か・・・この少女をほっとくことはヤバい・・・そんな気がする・・・)

そう思い立花は、警察病院に向かって車を走らせた。

そして、警察病院に着いた立花は医者からとんでもないことを聞かされる。

「立花さん・・・信じれないかもしれませんが・・・彼は本当にただ寝ているだけです・・・」

そう言って脳波の映像を立花に見せた。

「彼はとても深いノンレム睡眠の状態にいます・・・そして・・・」

そう言って医者は指示を出すと、その寝ている人物に軽い電気ショックを与えさせた。

だが、脳波に乱れはない。そして医者は話を続ける。

「脳が生きている以上・・・こういうことは医者の口からはあまり言いたくありませんが・・・状況としては昏睡状態と同じ状態です・・・ただ生きているだけ・・・それだけの・・・」

そう立花に告げた。そして、

「このまま一生起きないかもしれないし、ある日突然起きるかもしれない・・・それは私でもわかりません・・・それぐらい今の彼は、過去に前例の無い重い病気にかかっている状態と同じであると言えるでしょう・・・」

そう言って締め括った。立花は医者に軽くお礼を言った後で警察病院を後にした。

(やはり・・・危険だ・・・間違いなく・・・危険だ・・・あの少女は・・・絶対に野放しにしてはいけない・・・早く捕まえなければ・・・)


その頃、心音は朱里に連れられて朱里の暮らすマンションの一室にいた。

「とりあえず座ってて」

朱里はそう言って心音をソファーに座らせた。そして缶チューハイを何本か持って来た。

「まーとりあえずこの出会いに乾杯ってことで」

そう言って朱里は缶チューハイを飲み出した。その様子を見て心音も飲み出した。

「さて・・・まー色々あるけど・・・今日はまずは飲んで食べてゆっくり休んで明日から始動しようか」

そう言って本当に簡単に作った手料理を心音に振る舞った。心音はその時初めて一日何も食べていなかったことに気付いてその朱里の手料理を貪った。

「アッハッハ。アンタ本当にお腹空いてたんだね。いいよ。いっぱい食べな」

朱里はそう言ってその心音の食べっぷりを眺めていた。

そして心音は朱里の料理を全部平らげてしまった。そんな心音に朱里が着替えとタオルを用意して、

「ホラ。風呂入って来なよ。折角の可愛い顔が台無しだぞ〜」

そう言って心音に風呂に行く様に言った。

髪を洗い、身体を洗った心音は風呂に浸かると今日一日のことを思い出していた。

(本当に・・・私って・・・人を眠らせることが出来るんだ・・・)

気付くと心音は妙な快感に酔いしれていた。そして気付いたら今の状態になってから初めて心の底から笑っていた。お風呂から出た心音に朱里は、

「じゃー私ソファーで寝るからベッド使っていいからね」

と言って心音にベッドを譲った。心音は朱里に軽く頭を下げた後でベッドに入った。

そして、ずっと気になっていたことを朱里に尋ねた。

「あの〜・・・私のことって・・・知ってますか・・・」

その問いに対して朱里はソファーに横たわった状態で、

「もちろん。浅井心音だろ?アタシあんたのファンだからさ・・・だからもう歌えないってニュースで聞いてめっちゃショックだったし・・・けどまー理由はわかんないけどアンタはまた歌える様になっていた・・・そして何故か人を眠らせることも出来る様になっていた・・・

何があったかはわかんないし聞かないけどさ、また歌える様になったんならそれでいいんじゃない?大事なのは歌える様になった理由じゃなくて、どこでどうやって歌うか・・・そしてその人を眠らせる力?をどう利用していくか・・・多分そっちの方が大事だとアタシは思うからさ」。そう言って心音の問いに答えた。

その朱里の答えに心音は胸の支えが取れた感じがした。

(大事なのはこの力をどう使うか・・・か・・・そんなこと考えもしなかったな・・・)

心音はその朱里の言葉で今まで絶望しかしていなかった自分の考えがいかに愚かだったかに気付いた。

「ありがとう朱里さん。私、今の自分ともう一度向き合ってみることにするね」

そう言って心音は今の状態になってから一度も人前で見せなかったとびきりの笑顔で朱里にそう言った。その心音を見て朱里は一言、

「やっぱり浅井心音は笑顔の方がいいよ」と言った。そして、

「さてもう遅いから寝るとするか。じゃーね。心音。おやすみ」

そう言って眠りについた。その様子を見て心音も眠りについた。



翌朝、心音が所属している事務所に藤田はいた。

「一体何があったんだ?」その藤田に対して社長と思われる人物が問い掛けた。

藤田は今までの経緯を全てその社長に話した。すると社長は、

「・・・つまり・・・心音が電話に出なくてホテルに君が向かった時には既にホテルにはいなかった・・・と・・・そしてその夜街では心音らしい人物が何人も眠らせていた可能性がある・・・と・・・」

そう言って腕を組みながら藤田に問い掛けた。藤田はその問いに頷いた。

「うーん・・・後半の話しはにわかには信じ固いが・・・それよりも心音がいなくなったって事実の方が深刻だね・・・何せうちの今の稼ぎ頭だったから・・・うーん・・・困ったねえ・・・」

社長はそう言ってとても困った表情を浮かべた。そしてしばらく悩んだ後で、

「まーとりあえず心音を探すことは、失踪届けでも出して警察に任せるとして、君には今からうちが売り出す予定のアイドルのマネージャーをしてもらおうかね」

社長はそう言って三人の女性を呼び出した。そして、

「君も会ったことあるじゃろ。ほら心音と同時期にうちで発掘した三人じゃよ。まー心音の才能が凄くて、しばらくは活動らしい活動も出来ておらんかったが、心音がもう歌えないと聞いたもんで急ぎデビューさせることにしたんじゃ。三人共歌も中々なもんじゃぞ」

そう藤田に言った。それからしばらくして三人の女性がその部屋に現れた。

「初めまして」「明日香です」「凪沙です」「乙音です」

「三人合わせてNAOです」「宜しくお願いします」

そう言ってその三人は今時のアイドルの挨拶を藤田にした。三人の印象は、明日香が茶色のショートボブの今時の可愛い女の子って感じで、凪沙が黒髪のお姉さんっぽい見た目のちょっと落ち着いた女性って感じで、乙音が赤髪のツインテールのちょっと年下の妹キャラのような見た目だった。

「どうじゃ?見た目も申し分無いしこれで歌も三人共上手いと来てる。君がマネージングしたら結構いいとこまで行くとは思わないか?」

そう社長が藤田に言った。藤田は軽く「はぁ・・・」とだけ言った。その様子を見て、

「もう藤田さん。折角私達デビュー出来たんだからそんな顔しないで欲しいよね」

と明日香が言った。藤田は、「あー・・・ゴメンゴメン・・・」とだけ言った。

「まーとりあえず歌聞いてみて決めてよ」

そう言って社長は曲を流し出した。そして三人はその歌に合わせて踊り、そして歌い出した。

そしてサビまで歌い終えると曲を止めて社長が、

「どうじゃ?三人だから出来るこのハーモニーは。これは心音では出せなかった音だとは思わんか?」

そう得意気に藤田に言った。その言葉に対して藤田は心の中で、

(確かに三人共歌上手いし、踊りもよく練習してるだけあって息もピッタリだし、新人アイドルとしてデビューしたら間違いなく成功すると思う・・・だけど・・・心音にはなれない・・・あの子は・・・別格だから・・・)そう思い社長に対して、

「社長・・・この子達なら私でなくても他の人でも充分売れます。けど・・・心音を輝かせれるのは私しかいない・・・だから・・・申し訳ありませんがこの件は辞退させて下さい」

そう言って社長に深く頭を下げて藤田は部屋を後にした。


藤田は心音と初めて出会った時のことを思い出していた。

その時、心音はとある駅のロータリーで弾き語りをしていた。見た目は本当に小さい可愛らしい子が必死で大きなギターを頑張って弾いている様な。でもその声はとてもその小さい身体から出ているとは思えないぐらいパワフルでそれでいてとても澄んだ綺麗な歌声だった。

そしてその歌を聴いた者を自然と周りに引き寄せていく。そして気付いたら心音の周りには常に大勢の観衆がその歌声に酔いしれていた。

藤田もその歌声に吸い寄せられた一人だった。そして気付いたらその歌声に涙していた。

心音が歌い終えるとその観衆からは拍手喝采が上がっていた。そして藤田同様泣いている者もいるぐらいだった。

そうして全ての歌が終わって、藤田は自分の名刺を見せて心音に声を掛けた。

「君。良かったらもっと大きな舞台で歌ってみないか?」

その藤田の問い掛けに対して心音は、

「別にどっちでも構わない。私は歌えればどこでもいい」

と藤田に対してあっけらかんとした顔で答えた。

その返しに藤田は驚いた。通常こういうところでスカウトの声が掛かると大抵皆んな喜んで食い付いて来る。もしくはそういう声が掛かる可能性を考えてこういうところで歌っている者もいるぐらいだ。だが、心音は違っていた。純粋に歌える場所がそこしか無かったからたまたまそこで歌おうと思っただけだった。そしてそこには売れたいとかそういう感情は一切無かった。ただ、純粋に誰か一人でも自分の歌を聞いてくれればそれでいい。心音はそういう考えでここで歌っていただけだった。

そしてそんな心音だからこそ、ストレートに自分の思いを歌に込めれる。だからその歌を聞くと涙が出てしまう。藤田はそう思っていた。

(この子は・・・いずれとんでもない存在になる・・・もしかしたら新世代の歌姫になれるかもしれない・・・)

そう思った藤田はとにかく必死で心音を口説いた。そしてその熱意に押されて心音は遂に、

「・・・わかった・・・わかりました!」

と藤田に言った。その言葉に藤田は泣いて喜んだ。そして心音と握手をし、

「僕は君を絶対にもっともーっと大きな舞台で歌わせてみせる・・・ 日本中・・・いや世界中に君の歌声を届けてみせる・・・そして君の歌声は世界中から賞賛されることになるんだ」。そう心音に宣言した。心音はその藤田の熱い思いにピンと来ていなくて、ただ一言戸惑いながら、「はあ・・・」とだけ言った。


(夢か・・・なんか懐かしい夢だったな・・・)

心音は何故か藤田と初めて会った時の夢を見ていた。そして今起きた。

「おっ起きたか眠り姫。昨夜はよく寝れたかい?」

朱里は遠くで朝ご飯を作りながら心音にそう言って来た。

「はい・・・よく寝れました」。心音は朱里にそう言った。

「とりあえず顔洗っておいでよ。もうすぐ朝ご飯も出来るからさ」

そう朱里は心音に言った。心音はその言葉に少し頷いて、洗面所に向かって顔を洗った。

そして心音が戻った時にはもう朝ご飯が机の上に出来上がっていた。朝ご飯は朱里が作った何種類かあるサンドイッチと温かい紅茶とサラダだった。

「さあ食べよう。腹が減ってはなんとやらと言うしね。じゃーいただきます」

そう朱里は言ってその目の前のご飯を食べ出した。その様子を見て心音も、

「いただきます」と言って朝ご飯を食べ出した。

そして朝ご飯を食べ終わって、後片付けをした後で、朱里が心音に話を切り出した。

「さてと・・・じゃー始めようか」

朱里はそれだけ言う心音をある部屋まで誘導した。その部屋は防音機能がされていた部屋だった。そしてそこにはギターとおそらく動画を撮る用だと思われる機材が置かれていた。

その部屋のなんとも言えない不思議な作りに圧倒された心音に対して朱里は、

「アタシ実はミュージシャンなんだ。って言ってもバーチャルのなんだけどね」

と言って自分のことを話し出した。そして更に、

「これでもこの界隈じゃーちょっとは知られてるんだけどねー・・・VRアーティストのアサミって知らない?この世界では一応歌姫?的な人気アーティストなんだけどさ(笑)何度かバズったこともあるし。しかもこれでも結構稼いでるんだよ」

そう言って朱里は照れながら自分のことを心音に話した。そして、

「それでね・・・私の友達ってことで心音には登場してもらって、そしたら後はここで思いっきり歌って欲しいんだ。あっ大丈夫この部屋は防音だから私外に出とけば多分私が眠ることはないと思うし、それに直接では無いからもしかしたら誰も寝ないかもしれないし、まーけど心音もそれで思いっ切り歌えるし悪くないと思うけどどうかな?」

そう朱里は心音に提案した。この提案に対して心音は目をキラキラさせながら、

「はい。是非とも歌ってみたいです。よろしくお願いします」

そう言って朱里に頭を深々と下げた。

「アッハッハ。じゃー決まりね」そう言って朱里は機材のセッティングを始めた。

そして一通りセッティングを完了させると心音にパソコンの画面を見せて、

「ちなみにこれが私のアバターであるアサミね。私の願望詰め込んだバリバリのアイドルにしてるから」

そう言って自分のアバターを心音に見せた。その見た目はパッチリ二重で小顔でフリフリのステージ衣装を身に纏い、男が求める理想的なボディーをしていて、ギターを携えていた。その姿は紛れもなくギターを携えた人気アイドルの見た目だった。

「アバターってどんな姿にも出来るから、どうしても別の自分っていうか憧れの姿にしたくなるよねー」

そう言ってその理想を詰め込んだアバターを前に朱里は少し恥ずかしそうにしていた。

そしてそのアバターを心音に見せた後で朱里は、

「よし。これでいいかな」と言って今度は心音のアバター作りに取り掛かり出した。そして、

「じゃーアバター作っていくけど何か希望ある?」と心音に聞いてきた。

その朱里の問い掛けに対して心音は、

「・・・仮面ってつけれますか?上半分の眼だけ隠せたらいいんですが・・・後は例えば羽根とかつけれますか?」

そう言って朱里に自分の希望を出した。そして心音のアバターは完成した。黒い長髪で上半分を仮面で覆い、ワンピースを着てギターを携えている小さな可愛らしい羽根の生えた天使の様な女の子。その姿は心音と似ていて非なるそんな風に見えた。

そして心音はそのアバターをkanadeと名付けた。

「これでお願いします・・・」

心音はそう言って後の操作を朱里に任せた。

「さてこれで準備オッケー。さーライブ画面にするよ」

朱里はそう言ってライブ画面に切り替えた。そして、朱里は心音に流れとその他諸々の説明を始めた。

「えっとー簡単な流れと操作だけ説明しとくね。とりあえず私がまず友達ってことでKanadeを紹介するから。そしたら私ここの部屋出るからそれを合図に自分が歌いたい歌を思いっ切り歌っていいからね。まーって言ってもさすがに自分の曲はやめた方がいいかもね。ほら後で著作権とかで揉めるの面倒だし・・・まー本人だから問題ないっちゃー問題ないんだけどね・・・それでまー歌い終わったら外にいる私の方見てくれたら、私が中に入って締めのコメント言うから」

その朱里からの説明を聞いて心音は、

「大丈夫です・・・さすがに私も自分の歌は歌うのは色々まずいと思うのでそれはやめておきます。」。朱里にそう言った。その言葉に朱里は軽く頷いた後で、

「オッケーじゃーいくよー!」そう言って朱里は自分のチャンネルを開いた。

「みんなー元気―アサミだよー」「今日はねー私のお友達呼んでるんだー」

「私ぐらい可愛くてでも歌はもしかしたら私より上手いかもしれないよー」

「じゃー紹介するねーKanadeちゃんでーす」

心音は今までのイメージとは違って急にアイドルの様な喋り方をしだした朱里に少し戸惑っていた。でもここはそういうもんだと気持ちを切り替えて、

「どうも・・・kanadeです」と軽く挨拶した後で、

「えっとー・・・こういうところで歌うのは初めてなので・・・緊張してます・・・」

と軽く話しながら、朱里が外に出たのをしっかりと見届けてから、

「それじゃー頑張って歌うので聞いて下さい」と言って自分が昔からよく聞いていた歌を一曲丸々ギターを弾きながら歌い出した。

(私・・・久しぶりに全力で歌えてる・・・この感じ・・・本当久しぶりのこの感じ・・・いい・・・凄くいい・・・やっぱり私歌うのが好きなんだ・・・私・・・やっぱろ歌うことを諦めたくない・・・たとえ・・・それで誰かが眠ることになっても・・・)

そして歌い終わった心音はとても清々しい顔をしていた。そして少し落ち着いた後で外にいる朱里に合図を出した。朱里はその合図を受けて部屋の中に入って来た。そして、

「みんなーどう?kanadeちゃん凄い上手だったね」

「それじゃーみんな今日も評価と投げ銭宜しくねー」

そう最後のコメントを言って、そのチャンネルを閉じた。

「さーて・・・これで数時間後どうなっているか・・・楽しみだねー」

そう言って朱里は心音の肩を寄せた。そして二人はその部屋を出た。

「で。心音の手応えとしてはどんな感じ?」リビングに戻った朱里は心音にそう尋ねた。

「はい!なんか久しぶりに思いっ切り歌えました。朱里さん本当にありがとうございます」

心音は朱里に満面の笑顔でそう言った。

「大体結果?評価?は数時間後で出ると思うからそれまではのんびり待ってよか」

朱里は心音にそう言った。心音も軽く頷いた。

「ちょっと時間もあるしゲームでもしよっか」

朱里はそう言って、心音をゲームに誘った。心音も頷き、二人はしばらくゲームに没頭していた。


それから数時間後、

「さーて・・・そろそろ評価見てみようか」

朱里はゲームの切りがいいところでそう言って自分のスマホで自身のチャンネルに入った。

「これは・・・どういうこと・・・?」

朱里はその予想していなかった展開にただただ驚いていた。

その日の配信の結果はなんと投げ銭が0だった。でもその評価は数時間経過した現時点で【一千万いいね】だった。そしてその数は見ている間でも上がり続けていた。

そうさっきの配信はいわゆるバズりにバズっていたのだった。

そして驚くべきはそのコメントだった。

『この歌声を聞くと気づいたら眠っていた』『休憩時間に見て気付いたら休憩終わっていた』

『この子マジ神。意識ぶっ飛んだ』『ヤバい!居眠り注意!』

『不眠症の私がこの子の歌を聞いた瞬間眠りに落ちてしまった。まさに奇蹟の歌声です』

『軽く聞いただけなのに思わず居眠り運転しそうになって速攻止めました。そして路肩で止めて改めて聞き直しました。そして気付いたら寝てて疲れが一気に取れました』

『この歌はゆっくり出来るところで聞かないとマジ危ない』『絶対運転中は聞いちゃダメ』

『この歌は本当の癒し』『ありえないけど本当に寝れます』『下手なものよりもよっぽどこの子の歌声の方が快眠グッズだ』『赤ちゃんに聞かせたらすぐに寝てくれる』『グズった子が急に眠り出しました。私も気付いたらうとうとしてたのですぐ止めました』『天使?悪魔?』

『この子の力は本物だ』『危険過ぎるくらいの眠りの効果あり是非試して欲しい』

そんな感じのコメントがびっチリと書かれていた。そこで朱里は改めて気付いた。

(この子の力・・・本物だ・・・本当に・・・眠らせれるんだ・・・しかも・・・画面越しでこの効果・・・もし・・・リアルで聞いたら・・・どうなるんだろ・・・)

朱里はそんなことを思っていた。そして少し恐怖した。でもその気持ちを絶対に心音にはバレたくないと思って心音に対して、

「凄いよ心音!一千万いいねだよ。やったね!やっぱり凄いんだよアンタ」

そう言って思いっ切り抱き締めた。

(余計なこと考えない様にしよう・・・でも・・・これだけバズったてるてことは・・・間違いなくニュースになる・・・そうなったら・・・どうしよう・・・)

その朱里の不安は的中した。その日の夜のニュースでこの動画が取り上げられたのだ。

【特集 今話題の聞くだけで眠れる動画】として。そしてその特集では

『この動画を聞く時は必ず時間に余裕がある時にして下さい。この子の力は本物です』

そう言ってその番組のADらしき人物がその動画をイヤホンで聞きながら流す様子を放送した。おそらくその動画が流れ出して数秒だろう。目の前で撮られているのにそのADらしき人物はたちまち眠ってしまっていた。そこに耳栓をした別のADらしき人物がその動画を止めて、その眠ったADを起こす様子までその一部始終を放送していた。そして、

『これは決してヤラセではありません・・・この動画を見る時は充分気をつけて下さい』

そう言ってそのVTRは終わってスタジオに戻った。

スタジオでは評論家らしき人物が解説している。

「おそらく、この動画から流れるこの歌声には極上のヒーリング効果があると思っていいでしょう。普通の一般的な快眠グッズが脳や身体にリラックスを与えて眠りを促すのであれば、この歌声は脳に直接ノンレム睡眠を呼び掛けている。にわかには信じ難いですが・・・私は正直恐怖でしかありません・・・この歌声を使えばありとあらゆる悪事が容易になるからです・・・私は警告します・・・早急にこの動画は削除すべきです」

そのニュースを朱里と心音はただじっと見ていた。そして朱里の不安は的中してしまう。

この動画が危険動画とみなされて垢BANしてしまったのだ。

朱里は改めてとんでもないものを撮ったんだと実感していた。

そしてその夜のネットはこの動画の話題で持ち切りだった。

『kanade様に会いたい』『kanadeはどこかの組織が作った洗脳システムだ』

『Kanade 様私を安眠させて下さい』『Kanadeは新しい犯罪のツールだ』

『ああKanade様もう一度その歌声をお聞かせ下さい』

『Kanadeって一体誰なんだ?』『なんかこの歌声聞いたことあるんだけどな・・・』

『Kanadeってもしかして浅井心音じゃないのか?』『Kanadeの声浅井心音に似てる』

『浅井心音って確かもう歌えないんじゃなかったっけ?』『Kanadeは浅井心音が怨念で作り上げたアバターだったりして』『どんな理由つけても眠らせる理由にはならない』

『そもそもなんで眠たくなるんだ?』『Kanadeがいればどんなことでも叶うんじゃないか?』

『Kanade様あいつを眠らせてくれ』『Kanadeを見つけたら百万円出す』『この世を変えれるのはKanade様だけだ』『Kanadeを見つけるぞ』『kanade様を悪い奴から守らないと』

『kanade様を見つける為にみんな協力してくれ』『確かアサミの友達とか言ってたな』

『じゃーアサミをまず見つけたらいいんじゃないか?』

ネットはKanadeの話題で持ち切りだった。そしてネット住民達はアサミの元にkanadeがいると信じてアサミの特定を始めた。

そしてネット住民達はアサミが朱里であることまで特定し、家まで見つけ出した。

「やばい・・・やばいよ・・・これ・・・今すぐ逃げなきゃ・・・」

そう思った朱里だったが、時既に遅しだった。朱里が窓から下を覗くと、既に数人の人間がアパートの真下にいた。朱里はその様子を見て諦めた顔をしていた。

そんな朱里を見て、心音はにっこりと笑って、

「朱里さん・・・今までありがとう・・・これ以上は迷惑になりそうだから・・・私ここ出て行くね・・・もし・・・誰かに聞かれたら言っていいから・・・kanadeは浅井心音でもうここにはいないって・・・」そう朱里に言った。その心音に朱里は、

「待てって!別に全然大丈夫だから。そもそも出て行くって下にあんなに人いるのにどうすんだ?すぐに囲まれるぞ。ちょっと落ち着いて話ししよ」

そう言って立ち止まらせようとした。でもそんな朱里に向かって心音は、

「そうだね・・・あれだけの人が私の歌を聞きに来てくれている・・・なら私はそれに応えなきゃいけない・・・だから行くね」そう笑顔で言った。その心音に朱里は手を握って、

「待てって・・・」と言った。すると心音は朱里に向かって子守唄を歌い出した。

「な・・・なんで・・・」朱里はそういうと眠ってしまった。

「ごめんなさい・・・朱里さん・・・そしてありがとう・・・私自分の進む道が見えた気がしたよ・・・だから行くね・・・バイバイ・・・」

そう眠ってる朱里に寄り添って話し掛けた。その後で朱里を心音はギュッと抱き締めた。

そして、心音は朱里の部屋を出て下に降りていった。

下では大勢の人が待ち構えていた。その中を歌いながら心音は進んで行った。

何人かがその歌声に気付いたが、それでも眠りを止めることは出来ずに結局その場にいた全員がその場で眠り出した。その様子を見て心音は歌うのをやめてその場を立ち去った。


その動画のニュースを藤田も見ていた。

(kanadeは間違いなく心音だ・・・心音・・・一体どうしちまったっていうんだ・・・)

藤田は心音が今何を考えているのか全くわからず絶望に打ちひしがれていた。

(とりあえずネットに載っていたこの朱里って女性のところに行ってみよう)

藤田はそう思って、そのネットに載せられていた住所に向かった。


同時刻、警察署にて、

「部長・・・ニュース見ましたか?ネットでもう大騒動ですよ・・・」

立花がそう言って部長に詰め寄っていた。そして、

「このニュースを見た裏社会の人間が動き出しますよkanadeを手に入れる為に・・・そしてもしそういう奴らにこの少女が捕まったら・・・この国の崩壊が始まりますよ・・・いや簡単な軽犯罪ならまだしも・・・この力はテロをも起こせる・・・それだけの力です・・・即刻逮捕すべきです」そう部長に熱弁していた。

「・・・うーん・・・確かに恐るべき力ではあるが・・・でも犯罪はまだしてないし・・・未成年ってわけでもないし・・・」

そう部長は言っていた。すると突然後ろから大勢の人間の足音が聞こえた。その音に立花が振り返るとそこには公安警察の団体がいた。

「・・・公安・・・⁉︎ 公安の皆様がこんなところまで何しに来たんですか?」

立花は無粋な顔をして公安警察にそう尋ねた。するとその中のトップと思われる人物が、

「kanade。いや浅井心音をテロリストや裏社会の人間達が狙っているという情報が流れて来た。よって浅井心音を早急に確保し連行することが決定された。これよりここに捜査本部を置き、浅井心音確保の拠点を築く!」

そう立花と部長に告げた。その人物は公安の警部補としてこの事件を担当する様に上から命令されてやって来た公安の新庄聡一警部補だった。その言葉を聞いて立花は、深い溜息をついた後で新庄に向かって、

「これは俺のヤマなんだよ・・・公安が出て来る案件ではないんだよ・・・大体まだ犯罪もしていない少女を指名手配するとか公安もどうかしてんじゃないのか?」

そう言って新庄に食ってかかった。すると新庄は、

「我々が何も知らないと思っているのか?現時点で一人未だ起きない人間がいることを我々は知っている。何日も経過しているのにだ。」

そう言って、立花もよく知っている現在警察病院にいる人物のことを公安は話し出した。立花は痛いところを突かれて声も出せずただ頭を掻いた。そして、新庄は話しを続けた。

「どんな方法を使ったかは知らないし到底理解出来ることでもないが、一つだけ言えることはこの少女はとても危険な存在だ。もしこの少女が自分の能力で国家を掌握することが出来ることに気付いたとしたら、あるいは誰かがその能力に目をつけてその力を悪用しようとしたとすれば、それは国家を転覆させる可能性が出てくる。そうなってからでは遅いのだ」

そう立花に言い切った。立花は先程自分が部長に言っていたことと同じことを言われてぐうのでも出なくなっていた。そんな立花に、

「わかったか事の重大さが。わかったなら所轄は大人しくしてる事だな」

新庄はそう言い残してその部屋を去り、そこにいた数人の所轄の人間に指示を出して会議室に今回の捜査本部の設置を開始し出した。

その様子を無視して立花は部長が止めるのも無視して、一人で署を出て車に乗った。

(ふざけるなよ・・・これは俺のヤマなんだよ・・・絶対・・・公安より先に絶対見つける・・・そして・・・)そう心に思いながら立花は車を走らせた。


「こ・・・これは・・・どういう事だ・・・⁉︎」

藤田は朱里のアパートの下に着いた。そしてその場の異様な光景にただただ驚いた。

そこには何人もの人間が倒れていたのだった。そして眠っていた。そしてそこから何人かが目覚めて、まさにその光景を見て驚いたり感動したりしていた。

「これぞ・・・本物の・・・神の力だ・・・」「おい!起きろ!」「誰か見た奴いないのか?」

「あれ?アタシなんでこんなところで寝てるの?」「確か女性の綺麗な歌声が遠くから聞こえて・・・あれは・・・Kanadeの声だ!」

そんな様々な声がその下で騒がしく聞こえていた。そして異様な事にそれだけ賑やかな中でも何人かはまだ眠っていたのだった。

藤田は色々聞きたいことがあったが、まずはその朱里って女性に聞くことが早いと思い、その群衆を掻き分けて朱里の部屋まで駆け足で向かった。

朱里の部屋に入った藤田はそこで眠っている朱里を見つけた。

「おい!君!起きろ!起きてくれ!・・・頼む!」

そう言いながら藤田は朱里を揺り続けた。

すると、タイミングが良かったのかそれとも何か願いが届いたのか定かではないが、その呼び掛けに朱里は目を覚ました。

「ん・・・ん⁉︎誰だアンタ!」。朱里は目が覚めるなり藤田にそう言ってき距離を取った。

「あ・・・怪しい者じゃない!」そう言って藤田は自分に拒絶している朱里にゆっくりと名刺を渡した。朱里はその名刺を見るなり思い出したように、

「そ・・・そうだ・・・心音・・・心音・・・どうして・・・心音・・・」

そう何度も心音の名前を連呼した。そんな朱里に藤田は優しく、

「そうですか・・・ここに心音はいたんですか・・・良かった・・・まずは無事がわかって・・・それで心音はどこに行ったんですか?」

そう優しく問い掛けた。その問いに朱里は、

「わからない・・・心音は・・・もうここにはいません・・・私のことを気にかけて・・・出て行きました・・・」そう悲しそうな声で答えた。

「そうですか・・・わかりました・・・」藤田はそれだけ言い残して朱里の部屋を出た。

その藤田を見届けた後で朱里は心音のことを思い出しながら号泣した。

(心音・・・一体・・・どこに・・・)

藤田はそれだけ思いながら心音を探す為に、また街の中に消えて行った。

そんな藤田の腕を掴む男がいた。立花だ。

立花もまた朱里の部屋まで行き、そしてそこで朱里から、先程尋ねて来た人がいたことを

聞いていた。そしてその人物のことを聞いていた。

「浅井心音の元マネージャーの藤田さんだね。俺は警察の立花って者だ」

そう言って立花は藤田に警察手帳を見せて話しかけた。藤田は立花の掴んだ腕を振り払うと、「警察の方が私に何の用ですか?」と冷静に問い掛けた。すると立花は、

「アンタ、浅井心音を探してんだろ?俺と組まないか?」そう藤田に提案してきた。

「なんで警察と私が手を組むんですか?心音の失踪届は出していないはずですが」

藤田は憮然とした態度でそう立花に言い返した。すると立花は、

「・・・浅井心音は裏社会の人間と繋がる可能性のある重要人物として、公安が確保に動き出している」

そう藤田に告げた。すると藤田の顔色がみるみる変わり、その怒りの感情のまま立花の胸ぐらを掴むと、

「ふ・・・ふざけんなよ!・・・心音は・・・心音は・・・そんな奴等と繋がって悪事に手を染める様な子じゃない!あの子は・・・ただ歌いたいだけなんだ!」

そう立花に向かって叫んだ。

「・・・理由はどうであれ・・・なぜこうなったか・・・いやそんなこともどうでもいい。ただとにかく現状、浅井心音の歌にはそれだけの危険性があるということだ。そしてこの国はその危険性を排除する為に動き出した。ただそれだけだ・・・」

立花は怒りに震える藤田にそう言った。そしてその後で、

「だから・・・先に捕まえないといけない!ただ危険だから・・・そんな理由だけで・・・少女を無条件に拘束するなんてことは絶対にあってはならない!だから俺達で公安よりも先に見つけなければいけない!だから協力して欲しい」

そう自らの決意を藤田に表明し、胸ぐらを掴んだその状態のままで頭を下げてお願いした。その立花の態度に藤田は少し我を取り戻し、胸ぐらを掴んでいた手を離すと、

「・・・心音の安全が第一です・・・だからもし見つけても手荒な真似はしないと約束して下さい。それが組む条件です。それで良ければ協力します」

そう立花に向かって言った。

「わかってる。俺も見つけたらまずアンタにすぐ連絡するつもりだ。だからアンタも俺にすぐ連絡して欲しい。ただどちらが見つけたとしてもアンタがあの子を説得するんだ。それでもし失敗したらその時は俺が遠くから睡眠薬を染み込ませた布を持って確保に動く。それでどうだ?」

立花は自分の考えを藤田に話した。藤田もその立花の考えを理解して二人は互いの連絡先を交換した。そしてその後で立花は藤田に、

「地回り的なことはプロに任せとけ。アンタは芸能のネットワークを使ってネットでとにかく心音・・・いや眠らせる力を持った少女の目撃情報をとにかく集めてくれ」

そう指示を出した。藤田もその指示に軽く頷いた後で二人はその場を別れた。


その頃、心音はとあるところにいた。いや、連れ去られていた。

心音は腕を縛られて口に布を詰められ、そして目隠しをされていた。

「若、連れて参りました」。心音を連れて来た男の一人がその人物にそう言った。

「こんなお嬢ちゃんが・・・本当に・・・そんな力を⁉︎」

その若という人物はとても驚いていた。

この時より数分前・・・心音はまたあても無く街を徘徊していた。そんな心音の背後から何人かの男の足音がする・・・そしてその足音は次第に心音に近づいて来た。心音は身を案じたのか歌を歌おうとした。だが少し遅かった。その男の一人がその気配を察してクロロホルムを心音に嗅がしたのだった。そして心音は眠ってしまいその男達に連れ去られてしまった。そして今心音はその若という人物の前に立たされていた。

「おい!まさかこんな嬢ちゃんに対して乱暴はしていないだろうな?」

若はそう言ってドスの効いた声で部下と思われる人物にそう言った。

「もちろんです!言われた通りどこも傷付けずに攫って来ました」

そう部下はその若と呼ばれる人物に言った。その言葉に頷いた様子でその若と呼ばれている人物は、「しかし、目隠しは必要ないだろ?」とその部下に言った。部下は戸惑いながら、

「いや・・・しかし・・・」と言っていたが、その後叩く様な音がしてその部下が、「す・・・すいませんでした・・・」と謝ったかと思うと、心音の目隠しを外し出した。

心音が目隠しを取って見たその場所は、とある一室だった。そして心音のことを数人の男達が囲んでいた。更に心音の目の前には優しそうな顔をしているが目つきだけは鋭い男が葉巻を吸いながら座っていた。そして、その男は葉巻の火を消すと徐ろに立ち上がり、心音の目の前まで行き、少し微笑んだ後で頭を下げて、

「初めまして。俺は城島組の傘下の須藤組の若頭の須藤龍一という者です。」

そう心音に丁寧に挨拶をして来た。心音がその紳士的な振る舞いに驚いていると、

「俺の頼みを聞いて欲しい・・・その代わり君の望みは何でも聞いてあげるから」

その男はそう心音にお願い事をしてきた。そしてその後で部下に、

「おい!縄を解いて、布も外せ!この子は逃げたりはしない」

そう言って部下に縄を外させた。心音は須藤のその行動と言動を疑問に感じ、

「なんで・・・私が逃げないと思ったんですか?」と須藤に言った。すると須藤は、

「・・・長年ヤクザやってるとわかるんだよ・・・そいつが今何を考えているかがね・・・君のその眼は俺・・・いやこの状況に何も怯えていない・・・それどころかむしろ喜んでいる風にも見える・・・おそらく君がその気になったらここから逃げるなんか容易いんだろうね・・・だけど君は逃げようとはしていない・・・それに君のその眼・・・ここにいるヤクザ達よりもよっぽど危険な眼をしている・・・まるで・・・何かに飢えているかのような・・・」

そう言って須藤は心音の問いに答えた。

「飢えている・・・そうかもしれません・・・私は・・・歌うことに飢えています・・・だから・・・私に歌う場所を下さい・・・それと・・・出来ればギターを下さい・・・それが・・・私の願いです・・・」心音は須藤にそう言った。すると須藤は笑いながら、

「クックック・・・アッハッハッハ・・・こいつはたまげた・・・本当に欲の無いお嬢ちゃんだね・・・よし!わかった!これから嬢ちゃんはこの須藤組のヒットマンだ!俺の為に色々働いてもらうからね・・・その代わり嬢ちゃんの望み通り好きなだけ歌わせてやるよ」

そう心音に言った。その言葉を聞いて心音はニヤリと笑った。

(やった・・・ここでなら・・・好きなだけ歌えそう・・・)

そして須藤は心音に、「嬢ちゃん、名はなんて言うんだい?」と尋ねた。

「・・・浅井心音です・・・」と心音はそう須藤に言った。

「じゃー心音ちゃんだね」「これからよろしくね」

そう言って、須藤は心音に握手を求めた。心音もその求めに応じて、二人は握手をした。

正に利害の一致した関係が誕生した瞬間だった。そして須藤は握手の後で再び元の座っていた場所に戻ると、部下達に向けて、

「亮一!蒼介!蓮司!」と呼び掛けた。するとその部下達の中から三人が出て来て、須藤の前に整列した。すると須藤は、

「今後何かあればこいつらに声を掛けていいからね!わかったなお前ら!」

と心音には優しく、その部下達には厳しい口調でそう言った。

「若!わかりました!心音さんよろしくお願いします」その三人はそう言って心音に頭を下げて挨拶をした。

その三人とは須藤組若頭補佐で龍一の腹心でもある不知火亮一。不知火は見た目は眼鏡を掛けた真面目そうな顔をしているが龍一と同じく目線だけは鋭いイケメンな男であった。そして舎弟の二人である斉藤蒼介と高坂蓮司。斉藤は見た目極道という感じの頬に傷のあり、とても強面で屈強な身体をした男だった。高坂はいかにも舎弟といった感じの頑張って怖さを出している様に見えるザ子分みたいな顔をした男だった。

そして須藤は、その三人に向かって、

「これからお前達は心音ちゃんの手足となり動け!心音ちゃんの言葉は俺の言葉だと思っとけよ!」と言った。「はい!若!」三人はその須藤の言葉にそう答えた。

そして今度は須藤は心音に向かって、

「じゃー早急に最高のギターは手に入れるから、とりあえず今日はゆっくり休みなよ。部屋はどこでも好きなの使っていいから。もちろんこの三人が色々サポートするからさ」

そう言ってその三人に部屋の案内を指示した。心音はその三人の誘導で一個の大きな部屋に案内された。そこはちょっとしたホテルの様な作りになっていた。

「ここは客間となっています。当面はこの部屋をお使い下さい。そして何かご用があれば私か斉藤かもしくは高坂に声を掛けて下さい」

そう言って不知火は心音に挨拶をした後で深く頭を下げるとその部屋のドアを閉めた。

心音はそのVIP待遇とその部屋の豪華さに最初とても驚いたが、疲れていたこともあり、目の前のベッドに倒れ込む様に寝転んだ。

(ここまでして貰ったんだもん・・・頑張らなきゃ・・・)

心音はそんなことを思いながら眠りに着いた。


翌日から心音の仕事は始まった。須藤は敵対する組に心音を送り込んだ。心音は須藤からプレゼントされた最高級のギターを片手に、次々と須藤の指示の通りに送り込まれた場所で歌を歌い続けた。そして全員を眠らせた後で須藤に連絡をし、須藤がその後で部下を送り込み全員を銃殺する。

須藤は組長の指示の通りに、心音は須藤の言う通りに、互いが互いを利用する様に。

ただ、そんな中で須藤と心音はいつしか惹かれあっていた。須藤は理由はどうであれ自分の為に献身的に働いてくれるその姿に。心音は極道とは思えないその優しさと、時折見せる笑顔と、たまに見せる苦しそうな表情に。

そして惹かれ合う内に須藤はいつしか心音に子守唄をお願いする様になった。

『心音の歌声を聞くと本当によく眠れるんだよ』

須藤はそう言って自分の寝室に心音を呼び、度々子守唄をリクエストしていた。そしてその関係の中で須藤も心音に心を開き出していて、気づいたら二人は恋人の様な関係となっていた。そして心音は須藤の横で一緒に眠る様になっていた。

その姿を須藤の部下達もよく見る様になり、いつの間にか心音はただのヒットマンではなく須藤の大切な人という認識となっていた。そして須藤は次第に、自分の将来の妻にする為に教えるかの様に、極道の心意気や、自分の組織についてや、拳銃の使い方や、ドスの使い方等を教えていった。心音は龍一と一緒にいる時間をとても幸せに感じていたので、まるでデートをするかの様にその時間を楽しんでいった。

そしていつしか今の自分のいる場所が、ようやく出来た新しい心の拠り所となっていることを感じていた。そして歪な関係だけど初めて出来たとても大切な人であると心で認識していた。願わくばこの生活がずっと続けばいいとすら思っていた・・・

同じ頃、新庄はある筋からの情報で須藤組が暴力団界隈で最近勢力を伸ばして来ていているという情報を入手していた。そして公安は須藤組のその勢力拡大に一人の少女が関わっているということまで突き止めていた。

(間違いない・・・浅井心音は須藤組にいる・・・)

新庄は自分の部下に指示を出して浅井心音確保作戦を実行しようとしていた。


そんなある日の夜、須藤は須藤組の組長である父親に呼ばれて須藤組を訪れていた。

「龍一よ・・・お前が最近この組の為に色々頑張ってくれておることにはとても感謝している」。組長はそう言って須藤に声を掛けた。その言葉に対して須藤は、

「勿体無いお言葉ありがたく頂戴致します。全てはこの組の為でございます」

と言って言葉を返した。すると組長は、

「・・・時に龍一よ・・・お前が使っているヒットマンのことなんじゃが・・・」

そこまで切り出したかと思うと、

「・・・あいつを殺してくれんかの・・・この組の為に・・・」

そう須藤に依頼してきた。須藤は最初その言葉の意味がわからなかった。

「親爺・・・それはどう言う意味ですか?今まで・・・いやこれからも組の為に働く人物を消せと言うのですか?それはなぜですか?」

須藤は組長にそう問い質した。すると組長は、急に震えながら、そして瞳孔を見開き、須藤を睨みながら、

「・・・あの女は危険じゃ・・・危険過ぎる・・・その眠らせる力もそうじゃが何よりも何の感情も無い様に歌うあの姿じゃ・・・あれは・・・怪物・・・ただの怪物じゃ・・・」

そう答えた。その答えに対して須藤は、

「親爺!あの子は・・・心音は怪物なんかじゃありません!心音は・・・本当は・・・とても優しいお嬢ちゃんです」そう須藤は組長に対して怒りながら答えた。

「・・・龍一・・・お前はもう怪物に毒されておるのじゃよ・・・もうお前はいらん・・・」

そう言って組長が手を上げた瞬間。須藤の周りを城島組の極道が取り囲んだ。

「親爺・・・そういうことですか・・・」

何かを悟った須藤は組長に向かって拳銃を突き付けた。

「最初から・・・俺を消すつもりでここに呼んだんですね・・・城島組の命令で!」

そう組長に向かって言った。すると組長は、

「・・・どのみちこの組はあの怪物がいる限り先はない・・・それに警察ももう気付いている・・・そして城島組からももう狙われておる・・・既にもうお前のアジトにも何人かの城島組のヒットマンが向かっておるわ。その怪物を倒す為に特別に用意されたヒットマンがな」そう須藤に向かって叫びながら言った。すると須藤は一言、

「親爺・・・残念です・・・」そう言って拳銃の引き金を引いた。拳銃は大きい音と共に銃弾を発射し、組長の頭を貫いた。そして組長はその場に倒れ込んだ。

その倒れた血まみれの組長を須藤は抱きしめた。周りの極道はその異様な様子を見て、戸惑っていた。須藤は無言のまま立ち上がり、スマホを手にすると外で待機していた高坂に、

「おい!今すぐアジトに戻れ!そして心音を守れ!」そう指示を出すとスマホを放り投げた。そして上着を脱いで上半身裸になってドスを携えて、

「須藤組若頭須藤龍一。愛する者の為にここより戻らないといけません。もし邪魔するなら殺しますからそのつもりで来て下さい」

そう丁寧な口調ながらドスの効いた声で周りの極道に向かってそう言うと、持っていたドスを持って周りを取り囲んでいる極道に立ち向かっていった。


その頃、須藤のアジト。須藤が帰ってくるのを待っていた心音は不知火から、

「心音さん!今すぐ逃げて下さい!」と言われた。

「一体・・・何があったんですか?」心音が不知火に尋ねると、

「おそらくここが襲撃されます!私は若より若が不在の間は心音さんを守る様に言われてますので。私に一緒に付いて来て下さい!」

そう言って不知火は心音をその場から連れ出した。そして不知火と一緒に心音は外に出た。その直後だった。

【バキューーーン!】心音を連れ出した不知火はその音と共にその場に倒れ込んだ。

「不知火さーーーん!」心音が不知火にそう声を掛けると不知火は、

「ハァ・・・ハァ・・・大丈夫です・・・急所には・・・当たっていません・・・それよりも・・・早く・・・逃げて・・・下さい・・・私は・・・大丈夫ですから・・・」と言ってゆっくりと立ちあがろうとした。そんな二人の後ろから声が聞こえた。

「お前だな・・・」その男達の内の一人が心音に向かってそう言った。

心音がその声に振り向くとそこには耳の潰れた男達が何人も拳銃を持って立っていた。

心音はそのあまりにも突然の展開に戸惑っていた。そんな心音に声が聞こえる。

【まったく・・・なんてザマなんだい・・・何をそんなにオロオロとしているんだい?】

心音がその声のする方を向くと、なんとあの時の鳥の置物が宙に浮いていた。そして心音の心にそう話しかけて来た。そして鳥の置物は、

【安心なさい・・・アタシの姿はアンタにしか見えていないから・・・】と言った後で、

【安心しな・・・その男は死にゃーしないよ・・・それよりも何かアンタ勘違いしてないかい?耳が潰れた男が何だっていうのさ】そう言った後で、

【歌ってのはさ心に響かせるもんなんだよ・・・耳なんかあったって無かったって関係ない・・・それに歌っている間はアンタは無敵なんだよ・・・騙されたと思って歌ってごらん・・・但し全力でね・・・全力じゃないと心には響かせられないからねえ・・・】

それだけ言うとその鳥の置物は姿を消した。そして心音が気付いた時には状況はそのままだった。まるで鳥が話している間だけは時間が止まったかの様に・・・そして心音は言われるがままに手に持っていたギターを掻き鳴らした。そしてハミングを始めた。そのハミングが始まると側にいた不知火は眠り出した。そして、その動きを見た拳銃を持った男達は一斉に心音に向かって引き金を弾いた。多くの銃弾が心音に向かって発射された。

だが、歌っている心音には当たらず銃弾は心音の手前で全て落ちた。まるで何か見えない壁に弾かれたかの様に。

「ど・・・どう言う事だ・・・?」男達は困惑している。

【ウッフッフ・・・だから言ったでしょ・・・誰もアンタのステージの邪魔は出来ないのさ・・・さあ聞かせておくれ・・・アンタの本気の歌声を!】

心音は心に確かにそう声が聞こえたのを感じた。そして小さい声で「ありがとう」とそれだけ言うと自身のヒット曲である⦅この世界で生きる意味⦆を全力で歌い出した。

その様子を見たヒットマンは自信満々に、

「バカが!俺達は耳が聞こえないんだぞ・・・そんな歌が・・・?」

そう言いながら自分の意識が飛びそうになっていることに気付いた。そして自分が気づいたらフラフラしている事にも気づいた。しまいにはもう拳銃さえも持てずそこにいた何人もがその拳銃を次々に地面に落としていった。

「バ・・・バカな・・・⁉︎・・・こんな・・・ことが・・・ありえ・・・な・・・か・・・かい・・・ぶ・・・」

そう言いながらそこにいた拳銃を持った男達は一番が終わる頃には全員眠っていた。

心音は、そのヒットマンを見ながら龍一の言葉を思い出していた。

『もし、自分に危害を加える奴が現れた時はここをこうしてこう!・・・ね・・・簡単だろ。拳銃って。そんなに怖がらくても大丈夫なアイテムだから・・・近づけて撃てば的外す事も無いからさ・・・ほら・・・撃ってごらん・・・』

心音はその楽しかった頃のことを思い出すと、ヒットマンが手から地面に落とした銃を拾い、無表情のままその周りにいたヒットマンのこめかみに銃口を向けて、引き金を引いた。ヒットマンは大きな音と共に大量の血を流しながら頭を撃ち抜かれた。その返り血を浴びたまま、同じ様にその周りにいた眠っていたヒットマン一人一人に対して心音は次々に頭を撃ち抜いていった。そしてその拳銃をその場に放り投げて、

「本当だ・・・龍一さん・・・とても簡単だね・・・」と少し笑いながら呟いた。

【素晴らしいねえ・・・アンタ・・・最高だよ・・・】

そんな声が聞こえて少し我に返った心音はそのまま須藤が向かった須藤組に走り出した。


心音が須藤のアジトを出てから数分後、車で須藤組から急ぎ戻ってきた斉藤と高坂は、アジトの外で血まみれの眠っている不知火を発見した。

「不知火さん!しっかりして下さい!」斉藤がそう言いながら不知火に呼び掛けた。そして側でオロオロしていた高坂に向かって、

「おい!高坂とりあえず不知火さんを車に運ぶぞ!肩貸せ!」と言って二人がかりで血まみれの不知火を車に乗せた。そしてその後で斉藤は、

「おい!高坂!とりあえず俺は不知火さんを病院に運ぶ!お前はまず心音さんに連絡して安否を確認した後で俺に連絡して来い!」と指示を出して、須藤組御用達の病院まで車を走らせた。そして高坂はスマホで心音に電話を掛けた。


その数分前、須藤組。

「はあ・・・はあ・・・もう・・・おしめえか・・・?」

須藤は何人もの組員から斬られながらも満身創痍で立ち上がっていた。

ただ、斬っても斬っても次から次へと城島組の極道はどんどん次から次へと須藤に襲いかかってきた。

「はあ・・・はあ・・・流石に・・・きついか・・・」

そう言いながら須藤は意識が飛びそうになっていた。その時だった、どこからか哀しい歌声が聞こえてくるのを須藤は感じていた。

(この声は・・・心音か・・・)

そして、その場にいた城島組の極道は次々とその場に眠っていった。

そして、その倒れていく組員の中から心音が現れて、須藤の側に寄り添った。

「心音・・・生きて・・・たんだね・・・よかっ・・・た・・・」

須藤は死にかけの声でそう心音に言った。

「龍一さん・・・ダメ・・・死んじゃダメです・・・アナタに死なれたら・・・私・・・行くとこ無くなっちゃう・・・」

心音はそう須藤に言った。すると須藤は少し笑って、

「本当・・・心音は・・・面白い嬢ちゃんだね・・・」

それだけ言った後で心音に向かって、最後の力を振り絞るように、

「いいかい・・・君のその力は・・・とても凄い・・・だから・・・君を欲しがる人物はこれからも・・・現れるよ・・・だけどね・・・利用していた俺が言うのも・・・何だけど・・・絶対・・・利用だけはされないでくれ・・・君が・・・納得しないことまで・・・やる必要はない・・・それだけ約束してくれ・・・」

そう言った。その言葉に心音は号泣しながら、須藤の手を握り、

「約束・・・します・・・私は・・・自分が望まないところでは・・・もう歌いません・・・」

そう誓いを立てた。その言葉を聞くと須藤は少し笑って、

「心音・・・もう俺はこのまま死ぬだろう・・・ならば君の歌を聞きながら死にたい・・・最後に・・・いつもみたいに・・・君の・・・子守唄を・・・俺に・・・聞かせてくれ・・・」

そう心音にお願いした。その須藤のお願いに心音は少し頷いて泣きながらいつもの様に子守唄を歌い出した。須藤はその歌を聞きながら安らかな眠りに着いた。

心音はその幸せそうな須藤の寝顔をじっとしばらく見つめていた。そしてしばらくしてそっとその場に須藤を置くと、心音は立ち上がり、

「聞いて下さい・・・⦅この世界で生きる意味⦆・・・」と言って誰も起きていないその場所で、全力で泣きながら歌い出した。そして歌い終わった後で、心音は須藤の胸元にあったzippoのライターを取り出すと、そのzippoのライターに火を点けた。そしてそのライターをその状態のまま周りの眠っている極道に向かって投げた。しばらくするとそのライターの火がその極道の衣類に燃え移り、そしてゆっくりとでも確かに燃え出した。そしてその炎はどんどん大きくなっていった。心音はその様子を無表情のまましばらく見て、炎が屋敷に燃え移ったのを確認した後で、屋敷から外に出た。

「龍一さん・・・仇は・・・私が取るから・・・」

心音はゆっくりと炎の勢いを増し出したその屋敷を外でしばらく見ながらそう呟いた。。その時だった、心音のスマホが鳴った、

「心音さん!無事ですか?」電話を掛けて来たのは高坂だった。心音はその声を聞くと、

「・・・ごめん・・・高坂さん・・・龍一さん・・・助けれなかった・・・」そう言って号泣しだした。

「ど・・・どうしたんですか・・・⁉︎まさか・・・今・・・須藤組にいるんですか・・・⁉︎」

高坂がそう言うと、「うん」とだけ心音はか細い声で言った。

「と・・・とにかく今から俺そこに行きます・・・ちょっと待ってて下さい!」

そう言って高坂は電話を切った。心音は少し大きく泣いた後で、淚を拭い、高坂をその場で待つことにした。


落ち着いた心音は周りに人がいることに気付いた。心音は元々耳が良い為、冷静であれば足音だけで半径十メートルまでなら何人そこにいるかがわかった。

(十・・・いや二十人はいるわね・・・そして囲まれている・・・)

心音はそう心に思うと、その周りの人に向けて、冷徹な眼差しを向けると、

「私の邪魔をしないで下さい。そうすればこのまま何もしないことにします」

と言った。その周りにいたのは公安の新庄の部下達だった。そしてもちろん新庄の指示で耳栓をしていた。そしてその様子を部下に取り付けた小型の監視カメラで撮影した映像を新庄も見ていた。

心音はその周りの人達がどんどん自分に近づいていることがわかっていた。

「わかりました・・・それでは・・・」そう言うとギターを掻き鳴らして、

「それでは聞いて下さい・・・⦅この世界で生きる意味⦆・・・」と言って冷徹な眼差しのまま歌い出した。

「そ・・・そんなバカ・・・な・・・」「耳栓・・・してるのに・・・」

「こ・・・こんなことが・・・」「し・・・信じられない・・・」「バ・・・バケモノ・・・」

そんな呻き声にも似た言葉を上げながらその場にいた新庄の部下達は次々と眠り出した。

「くっ・・・こ・・・これが・・・音・・・切れ・・・」

その様子を見ていた新庄も心音の歌を聞いてしまい眠りそうなところを間一髪で音を切ることで眠らずに耐えた。

「ハア・・・ハア・・・こ・・・これが噂の力か・・・こんな力・・・こんなデタラメな力はこの世に存在してはいけない・・・この力はこの世の理を壊しかねない・・・」

新庄はそのあまりにも強大な力に対して恐怖を覚えながらそう言った。

そして心音を捉えていた監視カメラの映像から心音は消えた。


それからしばらくして高坂と斉藤が車で到着した。心音は事情を二人に全て話した。そして、

「・・・斉藤さん・・・高坂さん・・・私・・・仇取りたい・・・」と話し出した。

二人はその心音の言葉に軽く頷くと、

「心音さん!若の仇!取りに行きましょう!この斉藤も付いていきます」と斉藤が言い、

「お・・・俺も・・・若の仇取りたいです!」と高坂が言った。

その二人に対して、心音は泣きながら、「あ・・・ありがとう・・・」と何度も頭を下げた。

その心音に向かって斉藤は、

「頭を上げて下さい・・・それでは城島組に向かいましょう。でもその前に・・・」

そう言うと高坂に向かって、

「おい!車に積んでいる酒瓶持って来い!」と指示を出した。そして、

「ここにはもうすぐ警察が来ると思います。その前にこの屋敷を盛大に燃やしてとっととずらかりましょう」と心音に向かっていった。

そして斉藤は高坂に酒瓶を栓を開けたまま全て屋敷の中の炎に向けて投げ込ませた。すると、炎は勢いを増してみるみる内に燃え上がり屋敷全体に燃え移った。その様子を少し見て、

「さっ!心音さん!急ぎましょう!」と斉藤は言って心音を車に乗せた。

「バイバイ・・・龍一さん・・・」

心音はその燃え上がる屋敷を横目に見ながら、一筋の涙を流してそう呟いた。

だが、その時同時に何か別の映像が頭の奥底に浮かんでいる様な気もしていたが、それを振り切って心音は歩き出した。


その数分後、須藤組アジトで複数の銃声が聞こえたという通報を受けて動いていた組対の知り合いから情報を聞いた立花は須藤のアジトを訪れていた。

そのアジトの中では何人もの筋者と思われる人物が死んでいた。そして何人かは眠っていた。そんなちょっと変わった現場だった。

組対の捜査員はその現場に戸惑っていたが、立花はそのアジトの中のことはそこまで気にならなかった。

立花はそれよりも、そのアジトの外で何人かの黒い服を着た耳の潰れたその筋の男達が頭を撃ち抜かれている遺体の方が気になっていた。

(酷いな・・・これ・・・一体誰の仕業だ・・・⁉︎)

立花はそう思いながらその遺体をよく見た。すると、頭を撃ち抜かれている以外どこにも傷が無いことに気付いた。

(これは・・・どういうことだ・・・?つまりこいつらはみんな・・・至近距離でただ頭を撃ち抜かれたってことか・・・でも・・・そんなこと・・・⁉︎ま・・・まさか⁉︎)

そこで立花は一つの悍ましい結論を導き出した。立花は一度はその結論を頭から消した。

だが、組対の周囲の聞き込みで、『銃声の後で、何故か急に歌が聞こえたと思うと眠くなって・・・』等の情報を立花は聞いていた。

そして周辺の監視カメラの映像の解析が、その悍ましい結論を現実のものにしてしまった。

その監視カメラの映像では、詳しくは何が行われていたかまではわからなかったが、何故かその映像を見ると眠たくなるということをある捜査員が言っていた。立花はその捜査員が見たという監視カメラの映像を見た。その映像はとても遠くから映されたものであり、そこで何をしているかは拡大しても良くはわからなかった。でもそれで立花には充分だった。ある確証があったからだ。そして捜査員の話しの通りに銃声が何発か同時に聞こえた後で、歌が聞こえる。立花もそこで少しうとうととしそうになったが自らの顔を一発殴り、眠気を耐えた。そしてその歌が終わった後で、しばらくすると今度は一つだけの銃声が何回かに分けて聞こえていた。立花はその監視カメラの映像を見終わった後で、

(・・・間違いない・・・浅井心音だ・・・浅井心音が全てやったんだ・・・)

と思った。そしてその映像を身終えてその部屋から出ようとしていた立花のスマホが急に鳴り出した。藤田からだった。

「立花さん。今ニュースで火事の速報が流れてるんですが・・・ちょっと気になるので私ここに向かいます!立花さんも後で来て下さい!」

そう言って藤田は電話を切った。立花はその電話を受けて部下に連絡し、火事の現場の場所を聞き出すとそこに向かった。


藤田と立花は速報で流れていた火事の現場で合流した。須藤組の屋敷の前で合流した二人の眼の前で須藤組の屋敷は炎と共に燃えていた。そして消防隊が消火活動を開始していた。

藤田はその消火活動の様子をじっと見ていた。

立花はその藤田を置いて、付近の捜索を開始した。そしてその屋敷から数メートル離れたところで何人もの耳栓をした捜査員らしき人物が眠っている姿を見つけた。

(間違いない・・・浅井心音はここにいた・・・しかも・・・おそらく前よりもその力は強大になっているに違いない・・・)

そう心に思いながら、捜査員に呼び掛けを開始した。

「おい!起きろ!起きろ!」すると呼び掛けに応じた捜査員が目を覚ました。

「おい!何があった!」そう立花はその捜査員に呼び掛けた。すると捜査員は震えながら、

「・・・何が・・・いや何も・・・起きてない・・・起きたはずがない!」

と怯えた様子で立花に答えた。立花が更に問い質そうとした時にその手を後ろから誰かに握られた。立花が振り返るとそこには新庄がいた。

「所轄の刑事が人の部下に何してるんですか?」そう新庄は立花に言った。

「そのご自慢の部下が浅井心音に返り討ちにされたかどうか確認してるだけですけど」

そう立花は新庄に言い返した。すると新庄は少し観念した様子で、

「ふう・・・まー隠してもしょうがないですし・・・いい機会だから貴方にも見てもらった方がいいかもしれません・・・そしたらもう一刑事が手出し出来る事件であるとは思わなくなるだろうでしょうから」

そう言って立花を公安が用意した特殊ワゴンに連れ出した。そして、

「さて・・・今から見せる映像は加工一切無しの本当に実際に起こった映像です。よく見て下さい。危険なので音だけ消しておきます」

そう言って最初に一つの映像を立花に見せて来た。その映像は心音がまさにヒットマンに銃口を向けられているシーンのスローモーション映像だった。そしてその映像こそが立花が一番見たくなかった須藤のアジトの映像だった。

「こ・・・こんな映像・・・どうやって・・・⁉︎」立花が当然の疑問を新庄にぶつけた。

「実は我々は須藤組の屋敷と須藤龍一のアジトを以前よりずっとバレないようにドローンで遠くから監視していました。浅井心音がそこに潜んでいる可能性があった為です。この方法であれば歌の影響は絶対に受けません。まあそれはどうでもいいことです。それよりここを良く見てて下さい」

新庄はそう淡々と立花に話すと、更にその映像をスローモーションにした。その映像では心音が誰かに話し掛けている様に一瞬見えた。そしてその次の瞬間にはギターを掻き鳴らし歌を歌う体勢になっていた。そしてそのタイミングでヒットマンは一斉に銃弾を発射した。スローモーションだったこともあり、銃弾の動きが良くわかり、正に心音にそのまま当たろうかとしたその時だった、急にその銃弾がその位置からゆっくりと下に落ちていっていた。その様子はまるで何かに弾かれたかの様に。ゆっくりと力無く銃弾は下に落ちた。そして次の銃弾を発射しようとした時にはもうヒットマンは立てなくなっていてまともに銃弾も打てず、その場に次々に拳銃を落としていった。その映像はそういう映像だった。

「こ・・・こんなことが・・・浅井心音は・・・神になったとでも言うのか?」

立花はその目の前の余りにも非現実的な映像に今まで感じたことのない震えを感じていた。

するとその様子を見ていた新庄は、

「神・・・確かに・・・そうかもしれませんね・・・銃弾を弾くなんて芸当は人間では出来るわけがありませんから。でもこの映像で着目すべきところはもう一つあります・・・」

そう言って今度は流れていた映像を止めて、ヒットマンに寄せた映像を立花に見せた。その映像を見せながら新庄は、

「注目すべきはここです・・・このヒットマン達は全員耳が潰れていました・・・これが意味すること・・・わかりますか?」そう立花に尋ねた。すると立花は、

「ま・・・まさか・・・この力はもう耳を塞いだだけじゃ防ぎ切れないってことか!」

その事実に驚愕してそう叫んだ。新庄はその立花に対してただ小さく頷いた。そして、

「この少女は・・・もう我々でも手出し出来ない存在かもしれません・・・こうなるともう近づいてどうにかするのも最早無理なのかもしれません・・・かくなる上は狙撃手による遠方からの射撃か、もしくは軍による攻撃か・・・いずれにしてももうただの事件では無く、ここからはテロと位置付けて我々もそれなりの準備をする必要が出て来ました」

そこまで話した後で更に新庄は神妙な面持ちになり、

「そして今までとは違い、浅井心音自身ももう凶悪な存在となったかもしれません」

そう言って映像の続きを見せた。そこにはその歌っていた少女が屋敷の中に入る姿が映されていた。そしてしばらくするとその屋敷から火の手が上がり出した。その後でその少女が屋敷から出て来たかと思うと、しばらくそこに佇み、そしてその後で今度は次々と眠っていたヒットマンの頭を打っている映像が流れていた。

「・・・ま・・・まさか・・・こんな少女が・・・こんなこと平気で出来るものなのか⁉︎」

立花はその見せられた映像を見て驚愕した。すると新庄は、

「・・・おそらく須藤組にいたことで、そして目の前で何度もそういうシーンを見たことで、人を殺めることに抵抗が無くなったのかもしれません。もちろん命を狙われていたってことであればこれも一種の正当防衛かもしれませんが・・・一般人ではないにしろ浅井心音は躊躇なく引き金を引いています・・・おそらくこれも須藤の影響でしょう・・・そして・・・」

そう言った後で、映像を止めて立花に向かって、

「我々の情報によると浅井心音と須藤龍一は懇意な関係だったそうです・・・そう考えると・・・おそらくですが・・・城島組に裏切られて須藤龍一が殺された・・・そう考えると・・・浅井心音のその行動の理由も納得します」。そこまで新庄は立花に話した後で、

「おそらく浅井心音の次のターゲットは須藤龍一の殺害を依頼した城島組だと思われます。ですがもう我々には打つ手はありません・・・浅井心音が自ら自首でもしない限り・・・この怪物はもう誰にも止めれないのかもしれません」

そう弱音を吐いた。立花はそんな弱音を吐く新庄を見ても掛ける言葉が見つからなかった。

そして立花はゆっくりとそのワゴンから出た。

「何してたんですか?」その立花の背後から藤田が声を掛けて来た。

「・・・ん・・・あー・・・ちょっとね・・・」そう立花は藤田に言うと、

「藤田さん・・・この火事と浅井心音はどうやら関係は無いみたいです。ただこの近くには浅井心音はいた様なので、もう一度私は周辺の聞き込みをしてくるので、藤田さんはもうお帰り下さい」と藤田に告げた。藤田はその立花の言葉の通りにその現場を後にした。

(言えるわけがない・・・浅井心音が犯罪者になったなんて・・・人殺しになったなんて・・・ましてやもう人間でも無くなっているなんて・・・しかしこうなると・・・もう頼みの綱は藤田さんしかいないのかもしれない・・・)

立花は帰る藤田の姿を見ながらそんなことを思っていた。


そして数時間後。心音と斉藤と高坂の三人は城島組の近くまで来ていた。

「斉藤さん、高坂さん。それじゃーしばらくの間どっか遠くに行ってて下さい。そして私が連絡するまで待機していて下さい」

心音は斉藤と高坂に小声でそれだけ言った。二人はその言葉の通りに車を走らせた。そしてその車の姿が見えなくなったのを確認した後で心音は、

(龍一さん・・・見てて下さい・・・)

そう言ってゆっくりと悲しい歌を歌い出した。その歌声を聞いた城島組の屋敷にいた人間は次々に眠っていった。そしてその中を心音はギターを弾きながら歌いながらゆっくりと歩いて行った。極道達は心音の姿を見ることもなく一人また一人と眠っていった。

そして、全員眠ったのを確認した後で心音は斉藤と高坂に合図を送った。そして二人が到着するとそこにいた一人の人物をそのまま担ぎ出させた。


「うーん・・・ここは・・・どこじゃ・・・ワシは・・・確か・・・組の屋敷にいたはずじゃが・・・」

一人の人相の悪い老人はとある暗い部屋で目を覚ました。そして老人は自分が縄で縛り付けられていることに気付いた。そして、

「だ・・・誰じゃコラ!ワシを城島組の組長と知ってのことか!」老人はそう騒ぎ出した。

「アナタが誰かなんて私には関係ない!アナタのせいで龍一さんは死んだんだ!」

そう言って暗がりから一人の少女の声が聞こえたと思うと、銃声と共にその老人の足を銃弾が貫通した。

「ウギャーーーー!!!」その老人は悲鳴を上げた。そしてその少女は、

「今頃アンタの組はもう壊滅しているから。もう全員燃えて無くなったから」

そうその少女は老人に向かって言った。

その言葉通りだった。その老人を担ぎ出した後で、斉藤と高坂はその部屋にガソリンを撒いて、火を点けたのだ。そして中にいた極道は全員眠りながら焼け死んでいった。

そして少女は更に拳銃を老人の脚にぶっ放した。

「ウギャーーーーーー!!!」老人はまた断末魔の様な叫び声を上げた。

「なんでアンタだけ安らかに殺さなかったと思う?アンタだけは苦しみながら殺したいと思ったからよ!龍一さんの・・・あんなに優しかった龍一さんの命を奪う指示を出したアンタだけは絶対許さない!」

そう言って少女は何発もの銃弾をその老人の脚に浴びせ続けた。

しばらくすると老人は声も発しなくなった。すると少女は大きな深呼吸を一つして笑顔で、

「斉藤さん。高坂さん。ありがとう・・・これで・・・龍一さんも少しは報われたと思う・・・」

そう言って二人にお礼を言った。そしてギターを抱えたままその場を去ろうとした。

「心音さん・・・次はどこに行くんですか?」高坂がそう心音に尋ねた。

「んーー・・・わかんない・・・ここ最近は龍一さんが私の全てだったからさ・・・また誰か私を求める人を探す感じかな?でも龍一さんとも約束したし・・・悪いことはもうしないつもり・・・でもまた何かあったら頼るかもだからその時はお願いね。じゃー元気で」

心音は振り返って笑顔で斉藤と高坂に手を振りながらそう言った後で、須藤のアジトを後にした。


その数分後、新庄の元にその出来事の連絡が入った。

「うん・・・うん・・・やはりか・・・わかった・・・」

新庄は部下からのその報告を聞いた。そして、聞き込みを終えて一緒にその場にいた立花に、

「今しがた、城島組が燃やされたって連絡受けたよ・・・」

そう言って新庄は落胆の表情を浮かべた。

「ま・・・まさか・・・そんなに時間も経ってないのに・・・⁉︎」

立花は今受けた連絡が信じられずにいた。

「・・・事実です・・・浅井心音の力を持ってすれば特に造作も無いのかもしれません。でも・・・」そこまで新庄は言うと今度は立花に向かって、

「問題はそこではありません・・・おそらく浅井心音の目的はこれで達成された・・・なのでおそらくもう須藤龍一のアジトにはいないことでしょう・・・そしてもう今はどこにいるか全く手掛かりが無くなったということです」

そう立花に告げた。立花は余りにも早いその展開に頭が追いつけなくなっていた。

そんな立花をよそに、

「とにかく私はこれを上に報告して今後の対策を練ります。でもこれでもう貴方もわかったと思います。浅井心音は怪物だと・・・もうこの件からは手を引くことをお勧めします・・・命が欲しいのであればもう関わらない方がいいですから・・・」

新庄は、最後に立花に向けてそう言ってその現場を後にした。


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