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お通りゃんせの孵り道。(おとおりゃんせのかえりみち)

作者: 縁


 其の最終処分場。

 今は使われず廃墟となったが数年後。別の名称で名所として名が上がる。

 時は昭和前期。発展途上で上場の日の本で都市に、蔓延りだした伝説に混じりその名称は(かげ)りを落とす。


 お通りゃんせの孵り道。(おとおりゃんせのかえりみち)


 今から紡ぎそして語られるのはその廃墟となった廃棄場で起こった悲惨的で凄惨的なとある母子の惨劇である。


 見出しにして乱し。起。


 この私、轡田(くつわだ)詩織は今から我が子を捨てに行く。そして捨てて行く。

 此処だけを読むと酷く、そして冷酷な母親だと思われても致し方ないと思うが私は今、後部座席で眠っている我が子、轡田(かすか)(こわ)すぎる程に怖いのだ。


 これから私の自分語りを読んでくれるであろう、読み手であり語り手である貴方の中での私の印象はすごく悪いと思うのだけれど少しばかり聞いてほしい。被害者でありこれから加害者になって、そして当事者になる私の言い訳がましい言い訳を。


 見出しにして淫れ。承。

 

 私にはかつて夫が居た。出会い方こそ普通で平凡だったものの、蓋を開ければなんとやらで碌な夫ではなかった。

 精神的、経済的、性的DVを日常的そして異常的に行うのが常となっていた。夫には癖があった。持ちうる蛮力(ばんりょく)・権力・腕力を行使する時、必ず利き指の先で耳たぶの裏を掻く癖。それが私への暴力が始まる合図だった。


 私の連れ子だった娘は決まった相手が居たこともあり、別で暮らしていたので手を上げられる機会は無く、危害は免れた。私は侵され、犯され旦那との子を孕んだ。そこで生まれたのが後ろで眠っている幽。


 幽が4才になった頃、離婚届を机に置いて殆ど、略略(ほぼほぼ)夜逃げ同然に幽を連れて実家の離れに逃げ帰った。

 その後、夫が何回か実家を訪れたり電話をかけたりしてきたようだが離れの事は両親と周辺の住民含め伏せてくれていたようで夫からの追随のような追跡は止んだ。元から、元より夫の目的は私を含めた家族の資産だったらしいのだけれど、それは果たされなかった。


 その数カ月後、元夫が怪死の様な変死をしたと風の噂と虫の知らせで知ることとなった。その時には冷酷にもそして、冷徹にも心の底からほっとした。

 もうあの人は居ない。居てはいけない。居残ってはならない存在だ。そう、きっと。少しの軌跡も、痕跡も残しては、残っていてはおっかない。


 だけれど元夫との子だとしても幽は可愛いそして可哀想な我が子なのだから。だけれど、いやだからこそなんの因縁で因果なのだろう、最近幽の様子がおかしくなってきた。


 元々物静かで口数が多い子では無いのだけれど、時折悪意と悪因(あくいん)を孕んだ視線でじっと私を、そう見つめるというより睨み付けるような視線を飛ばしてくることが多くなった。

 それに加えて暴力のような振る舞いを加えてくる事も増えたように思える。


 きっと悪戯なのだろうけれど。


 だけれど1つにして最大の汚点と悪寒が走る要因で原因があった。

 元夫の耳たぶの裏を掻く癖。あれを幽もし始めた時、幽に元夫を重ね合わせざる負えなくなって末恐ろしく感じ、耐えられなくなった。

 そして私は幽を、我が子を捨てることに決め今此処、曰くの憑きすぎている廃墟の廃棄場に車を止めた。なぜだろう……お腹が張って痛みが増した。


 見出しにして身切り、転。


 廃棄場の奥の奥。この異様な廃棄場の中で尚の事異彩を放つ異常な場所であろう古い蔵の中にあった夥しい数の黒い箱。その1つが偶然か、必然か空いていてその中に寝ているであろう幽を入れてそして蓋を締めて車に戻ってきた今。もうやることは、できることは終わった。ごめんなさい幽。


 この私、轡田詩織は我が子を捨てた。捨ててきた。お腹の痛みが更に増す。


 車を走らせ実家に向かう帰り道。夕刻の夕凪で風は無く、じっとりと恐怖と狂乱だけが罪を犯したこの私の体に纏わりつく。

 それが見せた幻覚なのか、後部座席に口から(おび)しい朱殷(しゅあん)の液体をゴポゴポと吐き落とし、充血した赤い目で私を睨む元夫の姿がそこにはあった。


 体が震える、動悸(どうき)が上がる、その瞬間車を停める。停まったのは車だけ、足の震えは止まらない。

 やっとの思いで車から飛び出て、その時体に起こっていた異常に気がついた。お腹が妊婦のように膨らんでいた。そこで私は自覚する。

 お腹の痛みは陣痛そのものだったのだと。またお腹の痛みが増し、増した。


 痛い、辛い、嫌い、怖い。

 お腹を(くだ)る嫌な感覚と、包丁や千枚通しで内側から(えぐ)り刺されているような痛みを体全体が襲う。

 そう出産のときのような激しい痛みに、地に体をうずめ悶えるしか今の私には出来なかった。ボトリと何かが音を立てて地に転がると共に叫喚(きょうかん)にも似た、聞き覚えのある聞きたくない叫び声が聞こえてきた。

 (うつ)ろで(うつ)ろな意識の中、その叫び声の方に目線を向ける。そこには血に塗れた赤子の体に張り付く、元夫の憤怒(ふんど)激怒(げきど)に歪んだ顔が私を睨み叫んでいた。


 私は気を失った。


 見出しにして妄り(みだり)、結。


 場面は代わり次に私が目を覚ましたのは実家のベットの上だった。母が隣で草臥(くたび)れた様子で眠っている。そうか私は夢を見ていたみたいだ。

 にしても悪意に満ちた邪悪で極悪な夢だった。もう子供は産みたくない。(ひど)くそして(むご)い女性からすると、とてつもなくそしてとんでもなく慈悲も惻隠(そくいん)もあったものじゃない内容の夢だった。幽のことは考え直し一緒に生きていこうと私は決めた。


 お腹の痛みは微かにあった。


 そう物思いに(ふけ)っていると母が目を覚ました。

 私はどうして此処にいるの?と唐突で突然でそして当然な質問を母に聞いた事が、文字通り夢現(ゆめうつつ)だった私を現実に引き戻す。幽と車に乗って出て行って、帰ってきたと思えば一人、駐車場で死んだように項垂れ意識を失っていたことを。


 夢ではなかったのかと自覚し自認する。だとすると私の見た悪夢は、私がしてしまった悪行だったんだ。けれどこれで幽はもう居ないそれと、元夫の戸籍と古跡(こせき)、そして在籍と罪跡(ざいせき)を含む繋がりは1つもなくなった。その事実こそが、その事実だけが私に安堵と安心をくれた。


 この悲劇的な惨劇から数週間後。最近お腹が痛い、と娘から相談があった。

 それに変な夢を見るのだと。

 黒い世界に赤黒い文字が書いてあるだけの不気味で不穏で不安な夢。


 「孵り道」

(かえりみち)


 そう書いてあって、周りから人の叫喚が聞こえてくると娘は怯えていた。

 それに加え最近娘はぼやくようになった。



「お腹の痛みがまた……増した。」




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