2 運命の出会いなのか
仕事に明け暮れながら、2ヶ月が過ぎた。
茂にいと柴田さんが、なんとなくうまくいっていることを、おふくろとおばさんが電話で話しているのを耳にしたが、自分がそれを聞き、落ち込んだり、沈んだりしているのを自覚したくなくて、もう、柴田さんのことは関係ないって、思い込むことにしていた。
4月。3月いっぱいで契約社員がやめたので、新しい人が来ると社長が話していたが、まったく興味がなかった。でも、いきなり親父に、
「ああ、そういえば、明日からお前の会社に、柴田さんが勤めることになったから、よろしく頼むな」
と言われて、俺はまじで、目が飛び出るくらいに驚いた。
「ええ~~~?!今、なんつった?親父!」
「……。お前、驚きすぎだろ?」
親父を、逆に驚かせてしまった。
朝から、髪を綺麗にとかしたり、念入りに歯を磨いたり、ネクタイはどれにするかすごく悩み、いつもより遅くに出ることになった。
「なんだよ、もう、来てるかもしれないのに!」
駅から猛ダッシュ。でも、汗かいて、息切らして会社に入るのもみっともないから、会社の近くに行ってからは、息を整え、エレベーターに乗った。
オフィスのドアを開けた。そこには、あの柴田さんの、綺麗なまっすぐな黒髪が見えた。
「く~~~~!会えたじゃん!!!」
心の中で、そう叫んだ。
「やっべ~~。これはもう、運命的な出会いなんじゃね?」
って、勝手に俺は、盛り上がった。
柴田さんが、こっちを向いた。目が真ん丸くなって、しどろもどろになった。俺が目の前にいて、相当驚いてるみたいだ。
なんか、その驚きよう…。俺に再会して、喜んでるって思ってもいい…?って、俺、自意識過剰…?
俺のほうはというと、絶対に、嬉しさを隠しきれなかった。もう、体中から「嬉しいっす!」って気持ちが、出てたんじゃないかな。
柴田さんも絶対、俺との再会を喜んでる…。顔が赤かったし、なんか、嬉しそうに笑ってたし…。
って思ったのもつかの間…。昼ごはんを社のみんなで食べに行くと、柴田さんは、何だかよそよそしかった。時々、目が合っても、その次の瞬間には、ふって視線をそらされる。
席に戻っても、冷静で少し冷めた表情をする。パソコンの入力の仕方を、すぐそばで教えると、また、柴田さんの髪からいい香りがして、嬉しくなって、顔を見るんだけど、目が合いそうになると、そらされてしまう…。
俺、嫌われてるってことは…、ないよね…?
時々俺は、知らない間に、相手を傷つけるようなことを言っているらしい。元かのにも、それをよく言われた。無邪気すぎる。素直すぎて、相手を傷つけてることもわかってないよねって。
なんか、知らない間に、柴田さんのことを傷つけたのかな…。
不安はよぎったけど、だんだんと、柴田さんが笑ってくれるようになり、話しかけてくれたりするようになった。
そのうちに、柴田さんの好きな食べ物だったり、動物、映画、色、本、歌、歌手、テレビ番組、いろんなことを知ることができた。そのたんび、俺は心の中で喜んでた。
柴田さんのこと、思い切って、下の名前で呼んでみた。どう反応するか、本当は怖かったけど…。
「瑞希さん、ちょっとこれ手伝ってもらっていいすか?」
そう言うと、一瞬驚いた表情をした。あ、やべ…。嫌がってる?
「うん、いいよ。どれ?」
すぐに、にこって微笑んで、いつもの優しい表情に戻っていた。ほ…。大丈夫なんだ、瑞希さんって呼んでも…。また、俺はそれだけで、有頂天になった。
有頂天のまんま、社内旅行に来た。今日の夜、そして、明日の朝まで、瑞希さんといられるんじゃん!
温泉に入って、宴会だよな。でも、宴会っていつも長引くんだよな。どうせなら、途中で抜け出せないかな…。
そんな計画をひそかに練って、お風呂に入っていたら、隣の女風呂から、瑞希さんと稲森さんの話し声が聞こえてきた。それも、だんだんと、瑞希さんの声がでかくなって、まる聞こえだった。
「子供っぽいから話しやすいだけです」
それ…、俺のこと?
「影で付き合ってると思ったわ」
っていうのは、経理の稲森さんの声だ。稲森さんは、ちょっと派手で、お化粧も濃くって、俺の苦手なタイプ…。
「圭介は、私の今お付き合いしている人の、従兄弟なんですよ。それで、ちょっと親しいだけです」
ああ。やっぱり俺のこと…。
「彼氏?圭介の従兄弟?」
一緒に風呂に入ってた、社の人から、からかわれた。
ああ…。俺、ばっかじゃね?何、浮かれてたんだよ?瑞希さんって呼べたから、いろいろと瑞希さんのこと知れたから…。でも、それが何?俺は、瑞希さんにとって、子供っぽい、彼氏の従兄弟。ただ、それだけだよ…。それが現実…。
いきなり、現実をつきつけられ、どんどん心が沈んでいった。
温泉から上がった。このまま、気持ちが沈んだままは嫌だった。
そんなに俺のこと、なんとも思ってないなら、これから、思ってもらえるように、アピールしたらいいんじゃないのか…?
それとも、ここは、思い切り男っぽく、いさぎよく身を引くか…?
いやいや、今は、瑞希さんと社内旅行とはいえ、旅行に来ているんだ。ここに、茂にいだっていない。チャンス到来じゃないか!
って、何がチャンスかわからないまま、俺は、コーヒー牛乳を腰に手を当てて、グググって飲みほした。それから、もう1本買って、ラウンジで瑞希さんのことを待っていた。
階段をあがって、瑞希さんがラウンジの方に来た。うわ!やっべ!浴衣だ!。また、にやけたりしているのを、悟られないよう、平静を装って、
「コーヒー牛乳、俺のおごりっす」
と言って、コーヒー牛乳を渡した。
「ええ?くす…」
瑞希さんが、笑った。俺もつられて、笑った。
瑞希さんは、よく「くす」って小さく笑う。それがすごく、可愛くて、女らしくて、俺はその笑い方が大好きだった。その笑顔にまた、気を大きくした俺は、
「これで、卓球があったら、最高」
なんて、口走っていた。
「あるってよ」
「まじっすか?あとでしませんか?」
「食事すんだらね」
やった~!!!
「俺も、そのとき、浴衣になります」
「え?なんで?」
「浴衣で卓球っていうのが、いいんじゃないっすか」
「ふふ…」
ああ、この「ふふ」っていうのも、たまんないよな…。つられて、俺も「ふふ」って笑う。
それから、部屋に戻った。さっきまで落ちこんでいたのも忘れて、俺はまた、有頂天になっていた。
宴会では、やっぱりみんな、死ぬほど飲んでいた。俺は、そこまで酒に強くないし、途中でいつも、ばっくれる。
ちょうど、瑞希さんがトイレに立ったのを見て、一緒にばっくれちゃおうって思って、廊下で待っていた。
「卓球しましょうよ」
「え?でも宴会中だよ」
「いいんですよ!」
そう言って、強引に瑞希さんをひっぱって行った。
酒も入って、ほろ酔い気分。俺は最高に、気分が良かった。卓球も、瑞希さん相手だし、手加減したけど、たまに力が入りすぎていた。
で、あまりにも、浮かれてて、いつの間にか、「瑞希」って呼び捨てにしてた。でも、瑞希は全然、怒らなかった。それで、つい本音が出てしまった。
「瑞希、茂にいと結婚すんの?」
卓球を終えて、二人でラウンジに行くと、もう人気もなく、明かりも消えていた。しんと静まり返ったラウンジには俺と瑞希だけで、それがさらに俺の抑えてた想いに拍車をかけたみたいだった。
「俺、子供かよ?」
風呂場での話を聞き、子供扱いされてることが、無償に悲しくなって、そんなことを言ってた。
そんな俺の、表情を感じ取ったのか、瑞希が傷つけてごめんって謝ってきた。
ああ、俺、何言ってんだろう…。瑞希を困らせてる。だいたい、瑞希が謝ることなんて、何一つないのに。俺は、茂にいの従兄弟で、瑞希は、茂にいと付き合ってて、真実を言ったまでだ。
「俺、もう寝ます。おやすみなさい」
なんか、限界だった。そのままそこにいたら、俺の想いを全部言っちゃうかもしれない。もっと、瑞希を困らせるかもしれない。
そのまま、瑞希を残して、部屋に戻った。
その日は、朝方近くまで、寝れなかった。
朝起きて、気分を変えたくて、お風呂に入った。体を洗い、顔を洗い、ほっぺたをバンバンたたいた。瑞希を困らせたいわけじゃない。瑞希は、何も悪くないんだから…。
でも、瑞希の顔がどうしても、まともに見れなかった。だから、なんとなくよそよそしい態度になった。瑞希って呼び捨てにしそうでわざと、「柴田さん」って呼んだ。
帰りは、社長の車で二人で乗ることになった。はじめは俺が運転して、社長が後部座席で寝ていた。瑞希は助手席でずっと黙っていた。
何を話していいのか、言葉がまったく浮かばずラジオをつけた。瑞希は昨日俺があんな態度をとって、どう思ったのかな…。もう俺の気持ちなんて、とっくにばれてるんじゃないかな…。
黙って運転してても、瑞希が視界に入る。やっぱ、俺、瑞希の隣にいるってだけで、嬉しくなってて、瑞希の隣にいて、そのあったかい空気に触れていくうちに、俺の中で、気持ちがだんだんと変わっていった。
ああ、俺、やっぱり瑞希が好きだ。その気持ちには、偽りはないし、なんで、その気持ちを消さなくっちゃならないんだ。
そうだよ。俺が勝手に好きでいるのは、自由だ。瑞希を好きでいたって、誰にも迷惑かけない。告白もしない。想いが伝わってくれたら、嬉しいけど、でも、困らせたりはしない。
ただ、好きでいるなら、それでいいじゃんか…。
サービスエリアにつき、社長と運転を変わった。瑞希には隣にいてほしくて、社長の隣じゃびびるでしょって言って、後部座席に座ってもらった。しばらくは、外を瑞希も俺も見てた。
だんだんと俺は、瑞希の隣でそのあったかさに包まれていって、いつの間にか俺は、瑞希の肩にもたれて寝ていた。
途中で気づいて起きたけど、どうしてもそのままでいたくって、わざと寝たふりをした。瑞希はあったかくって、いい匂いがして、隣にいるだけで、幸せな気持ちになった。
社長が、瑞希の家はどっちかを聞いて、瑞希が道がわからなくて困っていた。
「そこ、左です」
つい、道を社長に教えた。この辺にやけに詳しいんだなと社長に言われて、来たことがあるからって話したら、
「彼女でも、住んでいるのか」
って、聞かれた。…彼女?とんでもない!
「彼女っていうか、好きな人かな…」
って、思わず本当のことをばらしてた。
「ストーカーじゃないよな~~」
社長に言われた。グサ…!
「げげ!やっぱ、ストーカーですか?俺」
ちょっと、笑って言ったけど、隣には瑞希がいるんだ。瑞希の家に、瑞希に会いに来てたなんて知られたら、絶対に引いちゃうんじゃね?…。
社長に、どうしたらモテますか?何て言って話をそらしたけど、瑞希は、ずっと黙ってた。もしかして、嫌がってたんじゃないかなとか、ばれちゃったんじゃないかなとか、俺は頭の中ぐるぐるしてた。
でも、やっぱり、嫌われたくないし、変に思われたくなくて、いつもの明るさで、瑞希に接してしまう。
「お疲れ様、また、明日会社で!」
と、思い切りの笑顔を向けてしまう。
時々、不安になった。落ち込んでる俺の姿とか見られたくないけど、こんないっつも能天気で明るいだけの俺、嫌がってたりしないかなって…。
あ、暗い…。本当は、俺、相当暗いやつなんじゃないかって、そんな気もする。
もたれて寝てしまったのも、嫌がってないか、気になって聞いてみた。
「重たくなかったですか?俺」
「うん、重たかったよ」
ええ?…まじで?
「すみません。図にりすぎてました」
そうだよな…。ちょっと、いくらなんでも、あれはなかったよな…。
「うそうそ、冗談、大丈夫だよ」
え?冗談?ほ~~~…。
ああ、瑞希ってたまに、こういう冗談をそんなそぶりも見せないで、言ってくる。俺がその言葉を真に受けて、落ち込んだり、浮かれたりしてるってのに…。
瑞希にとっては、やっぱ俺って、子供なんだろうな。こうやって、からかって楽しんでいるのかもしれない。なんて、思うと、また、落ち込む…。
翌日、会社に行くと、なかなか、瑞希が来なかった。
「圭介」
「あ、はい、なんですか、社長」
「今日は、柴田さん、お休みだそうだ。なんでも、熱が出たらしくってな」
「え?!」
まじかよ?それって、俺のせいじゃねえの?
卓球につき合わせたり、帰りの車じゃ、ずっとよっかかったり…。重いってのも、大丈夫って言いながら本当は、寝られなかったんじゃないの?重たかったんじゃないの?
あ~~。俺、浮かれすぎだろ!
夜、みんなが夕飯を食べに行ってる間に、瑞希の携帯に電話した。心配なのと、どうしても、謝りたかった。
だけど、瑞希は、全然気にしないでって、優しく言う。そうなんだ。瑞希は、すんげえ優しいんだ。だから、俺はまたすぐに、いい気になる。
「瑞希さんの声聞いて、すげえ元気でました」
「あはは、私も圭介の声聞いて、元気でたよ。ありがとう」
そう言って、電話を切る。やっべ~~~!すんげえ嬉しい!それがたとえ、お世辞だったり、嘘だとしても、嬉しい!本当になんで、俺ってこんなに単純なのかって自分でも、あきれるよ!
突然、同じ会社に入ってきた。会えないと思ってたのに、会えた!
俺の声聞いて、元気になるの?もう、運命としか思えない!…ってアホなことを勝手に思い、また有頂天になる。
本当に単純で、馬鹿な俺。でも…。でも、本当に、運命の出会いだったよね…。瑞希。