24 命の輝き
瑞希と、2月、伊豆に行ってきた。新婚旅行だ。
瑞希はかなり、おなかが大きくなってたけど、俺の車で休み休み、行ってきた。
結婚式では、桐子さんは白無垢を着ていた。思わず俺は、白無垢を着ている瑞希を空想した。ああ、絶対に綺麗だろうな…。
「瑞希の白無垢も見たいな~~。もう一回結婚しない?」
「う~~ん。私も羽織袴姿の、圭介見たいわ~~」
「へ?俺の?」
「うん、本当に、絶対に似合うと思う!」
俺のなんて見たいの?ほんと、瑞希は変わってる…。
瑞希と式が終わって、桐子さんのところに行くと、
「圭介君と式に来てくれるなんて、すごく嬉しいよ。ありがとう」
と、桐子さんが涙ぐみながら言った。瑞希も、かんきわまって泣いちゃって、二人で抱き合ってた。ああ、いいな。友情だな…。
3月、瑞希と一緒に検診に行くと、赤ちゃんの性別を聞きたいかって先生が聞いてきた。
どっちが生まれてくるかは、楽しみに取っておきますと、瑞希が言った。俺も、楽しみにしておきたかった。
母親学級っていうのがあって、それにも瑞希と行った。
赤ちゃんをお風呂に入れる練習、それからラマーズ法っていうのを習った。俺は絶対に立ち会いたいって瑞希に言って、ラマーズ法は家でも瑞希と、練習してた。
それにしても、出産って男じゃ耐えられないほどの痛さだって言うけど、どんくらいなんだろう。瑞希が苦しんでいるとき、俺はどのくらい瑞希の力になってあげられるのか…。
それから、本屋に行くたびに、絵本を買って、瑞希のおなかに向かって読んだりした。
ベビー用品もどんどん増えていき、ベビーベッドも買って、寝室においた。
瑞希と休みの日は、よくデパートに行き、ベビー用品を見た。どれもこれも、可愛くて、楽しかった。
4月。だんだんと出産が近づき、瑞希は赤ちゃんの産着を丁寧に手洗いして、一つ一つベランダに干していった。
すげえ、小さくって、可愛くって、思わず俺は写真に撮った。瑞希と風になびく、小さな可愛い産着を見ながら、幸せをかみしめた。もうすぐ、赤ちゃんに会えるねって…。
瑞希のおなかに、赤ちゃんの足の裏が、しっかりと見えることがあった。
「すげえ!足の裏だよ、これ!」
おなかで動いたり、たまに蹴られて痛いって言ってたけど、自分のおなかの中に命があるってどんな感じなんだろう。
エコーで撮る赤ちゃんの写真は、どんどん大きくなり、手、足、頭、背中がわかるようになって、これが、目、これが鼻って、一つ一つ先生が教えてくれた。
5月。予定日があと、1週間ってなって、そろそろ入院の準備をしようって、お母さんと瑞希が鞄にいろいろと、しまいだした。
なんか、俺はどきどきしてた。赤ちゃんに会った瞬間、なんて言おうか…とか、瑞希をどう励まそうか…とか。
でも、やっぱり1番気になっていたのは、どうか無事に生まれてきてくれってこと。瑞希が寝てからも、そっと瑞希のおなかに手を当てて、
「元気に生まれて来いよ」
って、話しかけた。
その次の日。朝、いつものように、瑞希がお弁当を作ってくれて、それを持って会社に向かった。
社長には、出産の時には瑞希についていくので、お休みをもらいますと、前もって許可をもらっていた。
朝、自分のデスクで、パソコンを開き、さて、仕事を始めるかって思ったその瞬間、携帯がなった。
「瑞希?どうした?」
「破水した!」
「は、破水?え?」
「圭介、病院行くから、圭介も来てね」
「え?わかった!」
慌てて、社長のところに行き、
「瑞希、赤ちゃん生まれるって言うから、俺、早退します!」
って、告げた。社のみんなから、
「おお~~!そうか。生まれるのか!」
って、さわがれた。社長は、あとは俺にまかせて、行ってこいと言ってくれた。
大ダッシュで、駅まで走った。電車の中でも、走りたいくらいだった。
「瑞希、待ってろよ~~!」
頭の中で、すごく痛がって俺を呼んでる瑞希の顔が浮かんだ。
病院に着いて、受付に行き、
「榎本です。瑞希生まれそうだって聞いて…」
と、息を切らして言うと、
「榎本さん、こちらです!今、分娩室にいますよ!」
と、言われて、一人の看護士さんが分娩室まで案内してくれた。
「早く、早く。立会い出産するんでしたよね!」
って看護士さんも、慌てていた。俺も、慌てた。心臓はばくばくだった。
息を切らしながら、分娩室に入った。
「瑞希、ごめん。遅くなった」
中では、うんうん唸って痛がってる瑞希がいるって思っていた。でも、瑞希はさわやかな顔をして、分娩台の上に寝ていた。
「あ!ほら、お父さんですよ」
いきなり横から、赤ちゃんを抱っこしてる助産婦さんが来た。
お、お父さん…?
「榎本さん、抱っこしてみる?」
「え?もう生まれたの?」
「そうよ。ほら、3400グラムの男の子」
そう言いながら、俺の腕に赤ちゃんを乗せてくれた。
「小さい…」
俺の両手に乗っかるくらいだ。
「可愛い…」
なんか、サルみたいだ。でも、可愛い…。すげえ可愛い…。
「こえ~~、抱っこするの…」
ふにゃふにゃしてて、思わず両腕に力が入る。こんなに小さいのに、生きてるんだな。あったかいんだな。なんか、感激して涙が出た。
赤ちゃんが口を開けた。あ、口元瑞希に似てる。
「瑞希に似てる」
「あら、お父さん似じゃない?目元も、鼻も」
助産婦さんが、赤ちゃんの顔を覗き込んでそう言った。
「でも、口元瑞希だ」
瑞希は、赤ちゃんを抱っこしている俺を、すげえ優しい目で見ていた。
「瑞希、ありがとう」
瑞希の耳元で、そう言うと、瑞希は嬉しそうに微笑んだ。
痛かったのかな。苦しかったのかな。立ち会えなかった。そばにいてあげられなかったな。
「隣にいてやれなくてごめん。立会い出産しようって、ラマーズ法まで一緒に覚えたのにな」
「予定日より、1週間も早かったんだもん」
「こいつ、早く生まれてきたかったんだな」
赤ちゃんの顔を見ると、目をぱっちりと開けていた。俺の話を聞いてるみたいだった。
「この世界が、どんなにすばらしいかおなかの中で、聞いてたから、早くに生まれたかったんだよな」
ああ、ご対面だ。俺、会えたんだな、俺と瑞希の子に…。色が白くて、髪が黒くて…。ああ、夢で会ったのやっぱり、お前だよね。
翌日、親父とおふくろとお見舞いに行った。
瑞希は赤ちゃんを見に行こうと言って、よたよた歩きながら、新生児室に俺らを連れて行ってくれた。親父はしっかりとカメラを持っていた。
「榎本瑞希」という名札の書いた小さな小さなベッドに、赤ちゃんが寝ていた。すやすや気持ちよさそうだった。
「男の子なら、爽太って圭介と決めてたんだ」
瑞希がそう、ぽそってつぶやいた。それを聞いた親父とおふくろは、目に入れても痛くないっていう眼をしながら、
「爽ちゃん」
と、つぶやいた。
俺は、爽太を見ながら、瑞希に話しかけた。
「ああやって、寝てるだけでも、すんごい幸せな気持ちにさせてくれるね。すごいな、赤ちゃんって」
「うん、そうだね」
瑞希がそう答えた。
「命って、すごいな。っていうかさ、存在がすごい。そこにいるだけで、周りを幸せにするんだから」
「圭介もね」
瑞希が俺のほうを見ながら、そう言った。
「え?」
「圭介だってそうだよ。ここにこうしていてくれるだけで、周りを幸せにしてくれるよ」
おふくろが、それを聞いて、俺の横で、大きくうなづいてた。
「そっか、あ、でも、瑞希もだよ。俺、瑞希がここにこうしていてくれるだけで、幸せだから」
瑞希の目を見ると、俺の姿が映ってた。ああ、俺、こうやって、今、瑞希の前で生きているんだな…。
それから、爽太を見た。すんげえ小さいのに生きてる。生きて息して、あくびして、手を動かして。それだけなのに、俺はものすごく、感動してた。
4日後、瑞希は爽太と退院した。
家に帰り、ベビーベッドに爽太をそっと寝かせた。そのまま、爽太の寝顔を見ていた。
「可愛いよな~~~。小さいよな~~~」
なんか、これからずっと、爽太と瑞希とここで、暮らしていくんだと思うと、ものすごく満たされた思いがして、胸がいっぱいになった。
「3人の生活が、これから始まるね」
瑞希は、俺の気持ちを察してなのか、そんなことを言った。
爽太の小さな手にそっと、触れてみた。そうしたら、爽太が、俺の指をぎゅって握った。
「あ、見て!すっげえ」
そう言うと、瑞希もベビーベッドの爽太を覗き込んだ。
「けっこう、力あるよ。こんなにちっちゃいのに」
「うん」
ああ、爽太とも、ともに生きていくんだな…。
隣にいる、瑞希のあったかいぬくもりと、爽太の指の力強さに、俺は感動しながら、ずっと、爽太を見ていた。
赤ちゃんができたと知ったときには、こんな日が来るとは思ってなかった。
シングルマザーになる瑞希のことを、苦労かけさせないかと思い悩んでみたり、赤ちゃんに会えないことを、切なく思ったりした。
赤ちゃんにこうやって、会えるなんて夢のようなことだったし、赤ちゃんに触れることも、抱っこすることも絶対に叶わないことだって思ってた。
瑞希は、そっと俺の肩に、もたれかかってきて、
「夢、どんどん叶ってるね…」
そんなことを言った。ああ、そういえば、瑞希言ってたな。俺とのいろんな未来をイメージしてたっけ…。
「でもね、圭介」
「うん?」
「私ね、未来こうしたいって思っても、でも、今が1番大事」
「うん…」
「こうやって、圭介のあったかい空気を感じているのが、すごく幸せ。今、目の前にいる圭介や、爽太を見ているのが、すごく幸せ。今、目の前にある風景がとっても愛しいんだ」
「俺も」
瑞希に、キスをした。
「ずっとずっと、この瞬間を大事にするよ。今に俺たちは生きているんだもん。ね…」
そう言うと、瑞希はすごく嬉しそうに笑ってうなづいた。
爽太は、元気にすくすくでかくなった。毎日が驚きの連続、幸せの連続。瑞希とほんの小さなことも、喜んだ。
爽太が、笑った!
爽太が、しゃべった!
爽太が、寝返りをした!
爽太が、はいはいをした。
そりゃあ、もう大騒ぎで、俺が仕事でいないときでも、写メで送ってくれたり、ビデオで撮ってて帰ってから、見せてくれた。
ほんと、俺たちって、親ばかだよねってよく、瑞希と話していた。
でも、俺は爽太だけじゃない。
爽太を見て喜ぶ瑞希の笑顔が大好きで、爽太を抱っこするときの優しい瑞希の顔も大好きで、すっかり母親の顔になっている瑞希の顔が見れて嬉しくて、どんな瑞希もやっぱり見ておきたくて、家にいるときには、瑞希と爽太をずっと見て、いつも感じていた。
瑞希も俺のこと、じっと見てるときがあって、
「見とれてる?」
って、茶化して聞くと、
「うん。圭介、かっこいいもの」
って、照れもせずに言う。言われたこっちが照れる。
まだまだ、俺らは新婚気分だよねって言うと、
「恋人気分かもね」
って、瑞希があの「ふふ」って俺の好きな笑い方をして言う。
休みの日には、俺の実家と、瑞希の実家に交互に遊びに行った。もう、どっちの親もじじばか、ばばばかを発揮して、大変だった。
爽太はクロが大好きで、クロはすごく爽太に優しかった。ほんと、頭のいい犬だって思う。
ベビーカーを押して買い物に行くのも、公園に行くのも、想像していたことで、また、瑞希が、
「叶ってる!」
って、喜んでた。瑞希も、こういうところを想像していたんだな。
ほんと、他の人から見たら、なんでもない、日常のことが、俺たちにとっては宝物のようなきらめく一瞬一瞬だった。
翌年の5月、天気のいい気持ちのいい日、海に行った。俺と瑞希、爽太、そしてクロも連れて。
クロと思い切り走った後、砂遊びに夢中の爽太を抱っこして、高い、高いをした。ああ、こういう光景を去年何度も想像してたっけ。
爽太はきゃっきゃって喜んだ。青い空高く舞い上がり、笑う爽太は、まるで天使だった。
ほっぺたにキスをすると、なんとなく甘い香りがする。それから、爽太を抱っこしたまま、海を見た。
「爽太、世界って言うのはさ、すばらしいだろ?生まれてきて良かっただろ?」
爽太はそれを聞いて、うんうんってうなづいた。白い肌、黒い髪、確実に夢に出てきた男の子だ。
「パパ、いっぱい遊ぼうね」
そう俺に、言ってた男の子だ。
「爽太、いっぱいいっぱい遊ぼうな」
そう爽太の耳元でささやくと、爽太はそれを聞き、思い切り嬉しそうにきゃっきゃって笑った。その笑顔がすごく、まぶしかった。
俺たちを見ている、瑞希を見た。瑞希は、そうだ、2年前に一緒に海に来たときも、同じ目をしていた。
あの時と変わることなく、俺のことを優しくあったかく包んでくれている。そのまなざしに、いつも俺は、ほっとして満たされる。
おっきな空を見た。
おっきな海を見た。
きらきら輝いてる。
風を感じて、潮の匂いを吸う。
腕に抱かれている爽太が、俺のまねをする。
ぎゅって抱きしめ、ほおづりをすると、また、爽太はきゃっきゃって喜ぶ。
瑞希、俺、幸せだよ。今、すんごく…。
いや、どの瞬間も幸せだったし、きっと、これからも幸せなんだろうな…。
1年後の春…。
女の子が生まれた。名前は、もう瑞希と決めてた。春香…。春の香りって女の子ならそうしようってもう、爽太が生まれる前から決めてた。
不思議だね、また瑞希のおなかにいるとき、夢を見たんだ。
「パパ、大好き」
そう、瑞希そっくりの笑顔で言う女の子。俺は夢の中で、でれでれになってた。
ああ、もう、瑞希に春香、二人で俺のこと見とれちゃったらどうしようか。俺、まじとけちゃうかも…。
来年には、今度は4人で、海に行けるね。あ、もちろんクロも連れてさ。
ああ、なんていうか、生きてるってのは、最高だね。奇跡奇跡の連続だね。
毎日のありふれてる日常が、全部愛しいよ…。