21 今を生きてる
それから、天気のいい日にはよく、夕方クロの散歩に行った。
俺はたまに、午前中吐き気がおさまらず、ぐったり寝ているときもあったり、たまにけいれんも起きていたけど、そんな日は瑞希と家でゆっくりと過ごし、他の日は、瑞希の家に行くか、その辺をぶらつくか、たまに、会社の人が遊びに来たりしていた。
順平や、兄貴も、時々顔を出した。順平は、夕飯どきに来て一緒に食べていく日もあった。兄貴は、少し話をして、すぐに帰って行った。
電車に乗ったりするのは、避けていた。だから、俺の実家にはなかなか行けず、親父やおふくろの方が、休みの日に来てくれていた。
おふくろは、時々来ては、瑞希に料理を教えてて、それを横から眺めながら、
「ああ、この嫁と姑は問題ないな」
なんて、わけのわからないことを勝手に思っていた。
土曜日の夜、瑞希の庭でバーベキューをすると言うので、瑞希と肉を買って、花火を持って、遊びに行った。
修にいの彼女っていう、柚ちゃんも来ていた。明るく元気のある子で、瑞希は、
「とても、いい子なんだよね」
って、褒めていた。結婚式にも来てくれてて、なんか感動して泣いてたっけ。で、なんか、結婚することになったとかって、瑞希が言ってたけど、あれ、どうなったのかな。
バーベキューをしているとき、瑞希がそのことを聞くと、
「はい。式場が決まったんです」
と、にこにこ顔で、柚ちゃんは答えた。
「おめでとう。来年の6月?ジューンブライトだね、柚ちゃん」
「はい」
「やっと、これで、修二も安泰ね。ほっとしたわ。」
瑞希のお母さんは、そう言って、ため息をついた。
「さあ、飲むか~!」
「でも、修二、柚ちゃん送っていかないと」
「あ、そっか」
今日は、お酒なしでってことで、バーベキューを始めて、終わってから、俺らが持っていった花火をした。
最後には線香花火…。瑞希と二人縁側に座って、静かに線香花火を見つめた。横で、クロがく~~んってなきながら花火を見ていた。火が苦手なのか、近づいては来なかった。
花火を見ている瑞希を見た。綺麗だなって思った。
翌日、ちょっと離れた大きな公園で、お祭りがあるというので、瑞希と一緒に行った。瑞希は実家でお母さんに浴衣を着せてもらった。紺色で、朝顔の模様がある浴衣だった。
う、色っぽいっす!もう、それだけで俺は有頂天だった。
瑞希とお祭りに行き、綿菓子を食べたり、焼きそば、ホットドックなんかを食べた。それからヨーヨーをつって、瑞希が1個も取れず、俺が瑞希の分も取ってあげた。射的でも、くまのぬいぐるみをゲットしてあげて、瑞希はそのぬいぐるみを嬉しそうに、抱っこしながら歩いていた。
色っぽい浴衣姿に、大きなくまのぬいぐるみ…。そのギャップがなんだか、可愛くて、ほほえましかった。
瑞希って子供っぽいところもあるんだな…。一緒に暮らしてて、いろんな瑞希を知って、嬉しくなった。
瑞希は、アニメとか、ドラマを観ただけでも泣いていた。お笑いも好きで、必ず観て、大笑いをした。怖いものが苦手で、テレビでやってる怖い話は絶対に観たくないと、俺が観たがっても見せてくれなかった。
それから、虫も苦手だった。蝉の声を聞くのはいいけど、一回網戸に蝉が止まったときには、大騒ぎしていたし、でかいクモがトイレにいた時には、トイレに入ったとたん、悲鳴をあげたこともある。
「圭介、取って、取って!」
しょうがないな~~って、クモをバシってつぶすと、また悲鳴をあげる。殺さなくっても!って責められてしまう。
「圭介は、なんで虫が平気なのよ?」
「俺、子供のころ昆虫博士になれるくらい、虫好きだったし…」
「そっか。良かった。圭介まで虫嫌いだと、誰も取ってくれる人いないもんね」
「でも、瑞希、大丈夫にならないとさ…」
「え?」
「ううん。なんでもない」
ずっと、虫を取ってあげるわけにはいかないんだよって、そう言いそうになったけどやめた。
俺らはいつの間にか、未来には俺がいなくなるってそういう話をしなくなった。いや、未来の話をまったく、しなくなったと言ってもいいかもしれない。
わざと、考えないようにとか、言わないようにしているんじゃない。
それよりも、まず今を大事にしたいって、お互い思ってるからだ。未来を心配したり、怖がったり、悲しがったりしている暇があったら、今をもっと感じて、瑞希をもっと感じていたいって、そう思ってたし、きっと瑞希も同じことを思っていたと思う。
瑞希は音楽も大好きで、テレビがついていないときには、しょっちゅう音楽を流していた。瑞希が好きなのは、ボサノバ、ジャズ、あと、なんかわかんないけど、ヒーリングミュージックってやつ。
特に「ネイチャーサウンドオーケストラ」ってユニットが好きで、海の波の音や、木々のざわめきと一緒に、ピアノとサックスの演奏がはいっているそのCDは、俺もなんか、癒されて、好きだった。
時々俺の好みに合わせて、ゆずや、ミスチルや、最近流行の歌も一緒に聴いた。瑞希も、ミスチルが好きで、ミスチルのCDを流してた時、
「あ、HANABI!」
と、耳を傾けてた。
「この曲、最初に会ったとき、車で聴いたよね。覚えてる?」
瑞希が、俺に聞いた。
「うん。覚えてるよ。すごく綺麗な夕日でさ…」
「うん。夕日、綺麗だったね」
俺が、HANABIを口ずさむと、瑞希が少し目を細めてそれを、聞いていた。
『もう一回 もう一回 何度でも君に逢いたい めぐり逢えたことでこんなに 世界が美しく見えるなんて 想像さえもしていない 単純だって笑うかい 君に心からありがとうを言うよ』
そう口ずさんでみて、俺は黙り込んだ。それから、少し目頭が熱くなって…。
「瑞希、今のさ…」
「ん?」
「今の歌詞、なんか俺のこと歌ってるみたい」
「会いたいって?会えてるじゃん、今」
「そうじゃなくてさ…。そのあとのところ」
「……」
「俺、瑞希に会ってから世界が美しく見えるようになった なんか、世界が変わっちゃったみたいに…。だからさ、瑞希にありがとうって言いたいって俺もそう思って…」
そう言うと、瑞希が目をうるませた。
「それは、私もだよ、圭介。私も圭介にありがとうって言いたいよ」
「……」
瑞希ともう一回、HANABIを聴きなおした。瑞希がぽつってつぶやいた。
「圭介と初めて会って、家に帰ってから、この歌を思い出して、泣いたんだ」
「え?」
「圭介にね、もうあの時から恋してて、もう一回会いたいって思ってた」
「一緒だ。俺も、瑞希に会いたいってすげえ、切なくなってたよ」
目と目を合わせて、二人でくすって同時に笑った。俺ら、やっぱりさ、一緒になる運命だったんだよ…って心の中でつぶやきながら、また、HANABIを俺は口ずさんだ。
風鈴の音は、音楽を消して聞いた。二人で、窓を開け、風を感じ、緑や空を見た。あの雲の形、面白いね、とか、そんなことを言いながら。
雨の日も、雨の音を聞いた。雨が上がると、ぬかるんではいたけど、公園に行って、まだ、はっぱに残る雨のしずくを見ているのが、けっこう俺は好きだった。
雨で少し涼しくなって、外を歩くのも大変じゃなかったし、雨上がりのアスファルトは、きらきらまぶしくて、綺麗だったし。
瑞希は、時々、黙って俺の顔を見ていた。あ、また、見とれちゃってるのかなって思いながらも、そのまんまにしてた。
瑞希が俺を見る目が好きだった。すごく優しくて、あったかくって。ずっと、その目で、見つめられたいなってよく思っていた。
そして俺も、よく瑞希のことをじっと見ていた。たまに瑞希が照れて、
「あんまり見ないでよ」
って言ったけど、そんなのおかまいなしに見ていた。
どんな仕草も、どんな表情も見逃したくない。そんな思いがあって、先に瑞希が寝たときには、瑞希の寝顔をずっと見てたし、瑞希の髪の匂い、寝息、すべてが愛しくて、愛しすぎて、涙が出て止まらなくなったこともあった。
お盆休みには、瑞希のお兄さんの雄一さん家族が、瑞希の実家に泊まりで遊びに来た。
今、仙台に住んでいて、一人女の子がいる。そして、第2子が奥さんのおなかの中にいた。女の子は、緑ちゃん。いい名前だな。可愛くて、人懐っこくて、俺にもすぐになついてくれた。
娘ができたら、こんな感じなんだって、なんか嬉しかった。
瑞希は、子供が欲しいって話は、まったくしなかった。俺も、自然のなりゆきにまかせていた。
だから、特に避妊をしてたわけでもなかった。それは、瑞希も知っていた。だけど、瑞希も何も言わなかった。瑞希も自然のなりゆきに任せてて、もし、妊娠してもそれはそれで受け入れようって思っていたのかもしれない。
お盆休みのあと、病院の検診に瑞希と行った。看護士さんや先生は、新婚生活はどう?なんて聞いてきたけど、俺はなんだか、照れてしまい、「ああ、まあ…」としか言えなかった。
検査が終わり、瑞希と喫茶店に入ってご飯を食べた。
「なんか、ここ久しぶりって言うか、懐かしいね」
「うん、よく入院してたときには、来たもんね」
「あ、知った顔を何人かいる」
「あれ?杏ちゃんじゃない?」
瑞希がいきなり、そう言った。喫茶店の奥を見ると、杏ちゃんとお母さんが、二人でご飯を食べていた。杏ちゃんがこっちに気づき、お辞儀をした。それから、俺らが食べ終わるころ、杏ちゃんも食べ終わったらしく、俺らの席に来た。
「お久しぶりです。今日は?」
「ああ、検診」
「そうなんですか…。あ!結婚したんですよね。看護士さんから聞きました。おめでとうございます」
「うん、ありがとう」
「……」
杏ちゃんの目がうるうるした。え?なんで?
「すみません。あの…。兄が…」
「お兄さんがどうしたの?」
「ここ、いいですか?ちょっと座っても」
「いいよ、どうぞ」
瑞希が、椅子においていた荷物を手に持って、杏ちゃんが座れるようにした。
「圭介君が、元気になって退院したから、兄も私も、希望を持ってたんです」
「え?」
「同じ病気でも、退院できるんだって…」
瑞希と目を合わせた。本当のことを言ったほうがいいのか、少し悩んでしまった。
「でも、昨日先生から、両親が呼ばれて、兄は、もってあと半年か、3ヶ月かって言われて…」
「……」
「転移したんだそうです。兄は、すっかりそれを聞いて落ち込んでしまって、カーテンを閉め切って、私たちとも口を聞かなくなって」
「そう…」
「どうしていいか…」
杏ちゃんは泣き出してしまった。泣いた杏ちゃんの隣に座ってた瑞希が、優しく杏ちゃんの背中をなでてあげた。
「あのさ、俺、元気になったから退院したんじゃないんだよ」
「え?」
「一緒。転移して俺も、余命3ヶ月って言われた」
「でも、結婚…」
「うん。両親がさ、残りわずかなら俺の好きに生きたらいいって。それで、退院して、瑞希と暮らすほうを選んだ」
「そ、そうだったんですか?」
目を丸くして、杏ちゃんは瑞希を見ていた。瑞希は、にこって微笑みながらうなづいた。
「お兄さんも、多分、大丈夫だよ」
「え?」
「今は、かなり辛いと思うけど、死を覚悟しちゃうとけっこう、潔くなれるっていうか、人間意外と強いもんだなって俺自身思うもん」
「……」
「ただ、周りにね、ちゃんとついててくれる人がいてくれたらの話」
「瑞希さんのことですか?」
「うん。瑞希もだし、俺の家族も、瑞希の家族も、すげえ優しく俺のこと、見守っててくれてるし」
「……」
「思い切り、俺、甘えてるけど…」
「ふふ…」
瑞希が、笑った。それを見て、また杏ちゃんが目を丸くした。
「甘えちゃうほうが、周りもいいみたい。なんていうのかな、変に頑張って気を使うと周りも気を使う。でも、どうどうと甘えると、甘えさせてくれる。で、けっこうそれなりに、いい関係になってるみたい」
「気を使わない…?」
「う~~ん。ま、落ち込んでたら、落ち込ませててもいいし、泣いてたら、泣かせてあげるといいと思うよ。変に、明るく元気づけようとかしないで」
「難しいです。それ…。私、兄の前では、必死で泣かないようにはしてるんですけど…」
「泣いてもいいんじゃない?」
瑞希が、いきなり口をはさんだ。
「え?」
「私なんて、けっこう圭介と一緒に、泣いてるもの」
「そうなんですか?」
「最近は、泣かないけど。どっちかっていうと、笑ってみたり、笑ってみたり、あれ?笑ってばかり。あははは…」
瑞希の、あっけらかんとした態度にまた、杏ちゃんは驚いていた。
「強いんですね」
「ううん。全然」
「でも…」
「俺たちね、なんていうのかな。今を生きてるって感じ」
「今を?」
「うん。朝起きてから、一緒にご飯食べたり、掃除や洗濯したり散歩行ったり、それだけの日々だけど、それを満喫してる。一緒にね」
「……」
「でも、毎日毎日が充実してる。多分、今まで生きてきた中で、1番」
「……」
杏ちゃんは、ずっと、目を丸くしたまま、聞いてた。
「お兄さんもそのうち、命を、毎日を大事に生きようってするかもよ。杏ちゃんも家族もみんなで、お兄さんとの時間を大事に生きたらいいんじゃないのかな」
「泣きたいときには、泣きながらでもいいから」
瑞希がそう、付け加えた。
「そうだね。無理はしないでさ」
「はい…」
杏ちゃんは、そう言って、お母さんが待ってる席に戻っていった。
「杏ちゃんのお兄さんに会ってく?圭介」
「う~~ん、いいや。今会っても、なんか慰めの言葉しか言えそうもないし」
「そういうの、いらないの?」
「うん。何を聞いても、耳に入らないかも…」
「圭介もそうだった?」
「う~~ん。なんていうかさ。逆に辛くなったりするかも…だしさ」
「そっか…」
瑞希と席を立ち、俺たちは病院をあとにした。タクシーに乗り込み、後部座席で、ずっと、手をつないでいた。
検査の結果は、よくもなく、悪くもなく…。でも、そんなのおかまいなしに俺は、瑞希との生活を楽しんでいた。
「あ、ヒグラシ」
瑞希が、蝉の声を聞いて、耳をすました。
「なんか、このカナカナカナって蝉の声聞くと、せつな~~くなるのは、何でだろうね?」
瑞希が蝉の鳴き声が終わってから、そう言った。
「夏の終わりって思うからかな?」
少しずつ夜、涼しくなり、夜、虫のなき声が聞こえるようになった。瑞希と布団に入って、手をつなぎ、虫の声を聞いた。
「こういう虫の声も、切なくなるね」
そう言うと、瑞希がこっちを向いて、黙ってうなづいた。それから、もそもそと俺の布団に入ってきた。そして、俺の胸に顔をうずめて、
「圭介の心臓の音…」
「ん?」
「この音を聞きながら、今日は眠るね」
って、言った。
瑞希は、時々甘えてきた。たいてい俺の方が甘えん坊だから、瑞希は俺のことを受け止めるほうだったけど、でも、時々甘えてきて、可愛かった。
ぎゅって瑞希を抱きしめた。俺の肩にすっぽり入るくらいに、瑞希は細い。外からは、まだ、虫の声が聞こえていた。
9月、残暑は続いていた。でも、台風が時々来るようになった。
ガタガタ、アパートが揺れる。いつもは閉めない雨戸をひいた。夜寝ようと電気を消すと、真っ暗になった。
「いつも、外から少し明かりが入ってたんだね」
「うん、真っ暗だ」
ガタガタ…。揺れる音と、風の音、雨戸にたたきつけられる雨の音。それを聞いていた。
「瑞希、風の音が怖いから、一緒の布団で寝よう」
そんな冗談を言って、瑞希の布団に潜り込んだ。瑞希は、くすくすって笑って、俺の体にまとわりついた。
「すごい音だね、圭介」
「うん。でも、地球が生きているってそんな感じがするよ」
「地球が?」
「地球だって、一つの生命体だって思わない?瑞希。怒るときもあれば、泣くときもあるんだよ。きっと」
「じゃ、今は泣いてるのかな?」
「さあ?」
「怒ってるのかな?」
「はは、大笑いしてたりして…」
「ええ?」
「ちょっと、見方、いや聞き方かな、変えてみると、台風の雨の音も、風の音も、違って聞こえるよ」
「そう?どんなふう?」
「う~~~ん。オーケストラかな」
「ええ?」
「ドラムの音、ピアノの音、それから、管楽器、打楽器」
「ふふ…。圭介って面白いね」
「え?そう?今まではこんなこと考えたこともなかったけど、自然ってすごいなって思ったら、けっこう楽しいよ」
「うん…」
「蝉の声も、風の音も、木々が風に揺れてならす音も、全部が、情緒があるよね」
「うん」
「五感ってさ、今まで使ってなかったかも」
「味覚だけは使ってたんじゃない?」
「ああ。そっか。俺食べるときには、食べるの味わうので精一杯だもんね」
「うんうん」
「じゃ、あとの感覚、聞く、嗅ぐ、見る、感じる、その辺は使ってなかったかな」
「今は?フルに活用してる?」
「うん。生きてて良かったって思うよ。っていうか、生きるって五感フル活用してさ、今を感じることなのかなって思う」
「あ、それ。私も同じこと思ってたよ、最近」
「やっぱり?」
「うん」
「なんかさ、病気になる前、俺、仕事ばっかしてたじゃん。仕事に追われてるって言うか、時間に追われてたって言うか、そんときには、こんなに今を生きたってことなかったよね」
「うん…」
「何かに流されるように生きてて、いや、生きてるって感覚もなかったな」
「死んでた?」
「かも…。じゃなきゃ、眠ってた」
「ふうん。じゃあ、今は生きてるんだね」
「うん。瑞希と生きてる」
「…私、時々圭介の心臓の音聞きながら寝るでしょ?」
「ああ、うん」
「鼓動を聞くとね、生きてる、って思い切り感じるの」
「俺が?」
「圭介もだけど、私も。私自身も」
「そうなんだ、じゃ、今日は俺が瑞希の鼓動聞きながら寝てもいい?」
「うん」
俺は、瑞希の胸に耳を当てた。
「あれ?」
「え?聞こえない?」
「う~~ん。俺と違って、瑞希、ほら」
「ん?」
「心臓の前に、胸があるからかな」
「それで?」
「背中向いて」
「うん」
後ろを向いた瑞希の背中に、耳を当てた。あ、聞こえた。
「背中でも聞こえる?」
「瑞希の息遣いまで聞こえる」
「そうなんだ」
「あ、本当だ」
「何?」
「なんか、生きてるって感じする」
「でしょ?」
「……。なんだろうね、安心する。やっぱり、お母さんのおなかの中で聞いてた音だからかな」
「どうなんだろうね?」
「瑞希の背中、小さいね」
「え?そう?」
「俺の胸にすっぽり入るよ」
「うん…」
「瑞希…」
「うん?」
「愛してるよ」
「…えへへ」
「え?」
「くすぐったいよ。それ。圭介初めてじゃない?言ったの」
「あれ?そうだっけ?」
「うん」
「瑞希も、言ってくれたことないね。大好きってよく言うけど」
「だって、照れくさいもん」
「あ、ずっこい。俺は言ったのに」
そう言うと、瑞希は瑞希を抱きしめてた俺の腕を、ぎゅって握って言った。
「圭介のこと、すんご~~~く…」
「すんご~~く…?」
「愛しいよ…」
「うん」
ああ、そうだった。瑞希は、愛しいって言ってくれる。それも愛してると同じだね。
そして、俺は瑞希のことを、抱きしめながら、眠りについた。