20 結婚
瑞希のご両親が、瑞希の家のすぐ近くにアパートができてて、まだ空きがあるからと、そこを借りてくれた。
家具も瑞希の親が、あれこれ買い揃えてくれた。うちの両親は、当分の生活費と、結婚式の費用を全部だしてくれた。
結婚式といっても、レストランの一室を貸しきり、瑞希の家族と、うちの家族、笹おじさん、瑞希の友達の桐子さんが来てくれただけの、うちわの結婚式だ。
でも、瑞希はウエディングドレスを着て、俺も白のタキシードを着た。
退院当日、俺が退院をいきなりするのを聞いて、杏ちゃんが帽子を持って、来てくれた。
「圭介君、退院おめでとう。良かったね。あ、これ、帽子。でも、もうすぐ必要なくなるかな?」
俺がもう、着替えて、瑞希が俺の荷物を整頓している横に来て、そう言った。
杏ちゃんは、いや、同室の人みんな、俺が、病気がよくなって、退院するもんだと思っていたようだ。
「あ。帽子?作ってくれたの?」
「うん」
俺はちらっと、瑞希の方を見た。瑞希はもくもくと、荷物の整頓をしていた。
「ごめん。帽子悪いけど、お兄さんにあげて。俺は、受け取れないや」
「…やっぱり、もう必要ない?でも、もらってくれないかな。それと、もし良かったら、連絡先…」
「俺、結婚すんの!」
唐突にそう言うと、杏ちゃんはすごい驚いて、
「え?だって、圭介君まだ…」
「まだ、22歳だけど、もう結婚できる年でしょ?」
瑞希も、目を丸くして、こっちを見てた。
「彼女、いたんだ」
杏ちゃんが、がっかりしてそう聞いてきた。
「え?」
ちょっと驚いた。じゃ、瑞希のことなんだって思ってたんだ?お姉さんじゃないってこの前、言ったけどな。
「瑞希…。俺の彼女」
と、瑞希の腕を掴んで、俺のそばに引き寄せて、そう言った。
「え?」
また、杏ちゃんは驚いた。
「でも、年が…」
「そ。年上女房~~」
「圭介ったら、ちょっと」
瑞希は、真っ赤になった。病室内にいた人が、みんなそれを聞いてて、
「結婚?まじか~~!おめでとう~~」
と、いっせいに言ってくれた。杏ちゃんだけは、固まってたけど。
ナースステーションによって、挨拶をした。それから、竹内先生のところにも挨拶に行ったけど、回診の時間だったのか、いなかった。
会計とか、いろんな用事をすませたおふくろが、ようやく来て、
「さ、帰りましょうか」
って言って、病室の人たちに挨拶をして、病院を出た。ちょうど、病院を出るときに、竹内先生と婦長さんがやってきて、
「結婚式には、ぜひ、行かせてもらうよ」
と、花束をくれた。治って退院するわけではない。それでも、
「おめでとう」
と、婦長さんは言ってくれた。結婚おめでとうって意味だったのかもしれない。
タクシーに乗り込み、俺たちは家に帰った。瑞希は、タクシーの中で、
「杏ちゃん、かなりショックを受けてたね。帽子もらってあげたら、良かったのに」
と言ってきた。え?やきもち妬いてたのは、誰よって思ったけど、
「俺、瑞希の編んだ帽子かぶるからいいよ」
って、そう言い返した。
「え?私?」
「うん」
「私が、ぶきっちょなの、知ってるでしょ?」
と、瑞希が慌てて言うと、助手席に座ってたおふくろが、ふき出して、
「瑞希さん、教えてあげるわよ」
と、言った。
そんなこんなで、結婚式には、瑞希の編んだ帽子を俺は、かぶっていた。
お祝いがすんで、二人で、新居のアパートに向かった。
いっせいのせで、手をつないだまま、アパートの玄関に入った。瑞希の手と、俺の手には、結婚指輪がはめてあった。
本当はエンゲージリングっていう、ダイヤモンドの指輪も買ってあげたかったんだけど、瑞希が結婚指輪があれば十分って言って、きかなかった。
俺は、かなりその日、体力を消耗しちゃってて、シャワーをあびると、すぐに寝てしまった。
ふと、真夜中目が覚めた。まっくらな部屋の天井を見て、見慣れない風景に俺は戸惑った。
「あれ?」
すうすうっていう寝息がすぐ横から聞こえてきた。
「あ…。そっか…」
瑞希のぬくもりを感じ、瑞希の匂いを感じた。瑞希はいつの間にか、俺の布団に入ってきて寝ていた。 さすがに二人で一つの布団は、窮屈だったけど、でも、すぐ横で寝ている瑞希のぬくもりを肌で感じることができて、俺はめちゃくちゃ幸せだった。
瑞希の寝顔を、見た。なんか、信じられなかった。
病室で、毎晩瑞希を思った。一人で寝る病院のベッドは、寂しくて、冷たく感じ、俺は自分の体を自分で抱きしめながら、丸まっていつも寝ていた。でも、今は、瑞希がいる。
瑞希のまぶたに、そっとキスをした。
「ん?」
瑞希が、気がついた。ふと、目をあけて、
「圭介?」
と、俺の顔を見ながらそう言うと、かすかに笑って、また寝てしまった。
「あ、寝ぼけてた、瑞希…」
寝ぼけた顔もすんげえ、可愛くて、愛しくて、嬉しくて…。
瑞希のぬくもりを体全体で、感じながら、その日はぐっすりと眠ることができた。
翌朝、目が覚めると、瑞希はもう隣にいなかった。吐き気と、頭痛が襲ってきたけど、でも、しばらく横になっていると、だんだんとひいていった。
「圭介、起きた?」
瑞希が、和室の襖を開けた。エプロン姿で、髪を後ろにしばっていた。顔はすっぴん。
「おはよ、瑞希」
「おはよう」
瑞希の笑顔が、めちゃ、嬉しかった。
それから顔を洗い、ぼさぼさの頭で、パジャマのまま、俺は食卓に着き、瑞希が作った朝ごはんを食べた。
和室と、洋室、それにダイニングがある2DKのアパート。2階の角部屋のその部屋は、けっこう日差しが差し込んで、朝から明るかった。あ、そっか。東向きの部屋なのか。
ご飯を食べ終わってから、窓を開けた。夏の日差しのする朝、晴天で気持ちよかった。
「ね、クロと散歩しない?」
俺が言うと、
「うん。でも、昼間は暑いから、夕方からにしようよ」
瑞希はそう言って、食卓をかたづけ出した。
「じゃ、今日は1日何する?」
瑞希はキッチンで、洗い物を始めていた。その後ろから、瑞希を抱きしめながらそう聞いた。
「そうね~~。もう少し食器とか、いろいろ買いたいかな」
「じゃ、買い物に行くか…」
「掃除して、洗濯したらね」
「あ、俺も手伝う」
って言いながら、まだ、瑞希にくっついてると、
「圭介、離れてくれないと、洗い物ができないよ」
って、瑞希が笑って言った。
瑞希が洗ったものを、俺がふきんで拭きながら、食器棚に閉まっていった。
それから、瑞希が洗濯物をベランダに干すのを手伝って、それから、瑞希が掃除機をかけてる間、俺が雑巾がけをして、それから、着替えて、瑞希は化粧をして、二人して、アパートを出た。
車の運転は、しないようにした。時々、方向感覚がおかしくなり、歩いていてもふらつくことがあって、こんなで運転したらやばいって思ったからだ。
けいれんは、時々朝、おきるけど、先生から処置の仕方などを瑞希がしっかりと、聞いてきていた。
ぶらぶら、公園の中を手をつないで歩いた。
「ベンチに座ってかない?」
そう言うと、瑞希は、じゃ、缶コーヒー買ってきて飲んでもいい?と聞いた。
瑞希は、コーヒー好き。でも、俺がコーヒーを飲むと気持ちが悪くなるからか、アパートにコーヒーを買い揃えずにいた。いいのにな~~。気を使わなくても。
「気持ちいいね」
ベンチに座り、俺がそう言うと、隣で、コーヒーを飲みながらほってため息をついた瑞希が、
「木陰ってなんで、こんなに気持ちいいんだろうね」
て、俺に聞いてきた。
「なんでかな?」
それから、俺はゆっくりと、息を吸い込んだ。
「影ってさ、普通に考えたら、いいイメージないじゃん。闇とか、影とか…。人って、明るさや光を求めてるって言うか、明るい方がいいってそういうふうに、思ってるところあるじゃん」
「うん」
「でも、もしかして影ってさ。木陰が夏の日差しをさえぎってくれて、気持ちが落ち着いたり、ほっとできるように、人を癒してくれるものなのかもしれないよね」
「うん。そうかも…」
「闇も、俺、怖かった。病室で寝てるときは、夜真っ暗になるのがすげえ怖くて。ほら、病院だし。夜中足音がするだけで、幽霊かとも思ったことあるし」
「ええ?そうなの?」
「だけど、昨日夜中に真っ暗な中目が覚めて、瑞希のこと見たりさ、瑞希のぬくもり感じてたら、闇の中なのに、すげえ、気持ちが落ち着いてた」
「え?夜中、目が覚めてたの?」
「あ、瑞希寝ぼけてたよ」
「ええ?本当に?」
「一回、目開けて、俺の名前呼んだんだ。覚えてないでしょ?」
「覚えてない~~」
「あはは、やっぱり~~!」
瑞希と手をつないだ。昨日の式の前に、俺たちは籍も入れていた。
「もう、瑞希、榎本瑞希なんだね」
「うん。どう?」
「え?何が?」
「お嫁さんをもらった、心境」
「え?え~~と…」
ぼりって頭を掻いてから、
「う~~ん、なんだろう。そうだな。どうどうと人前でいちゃつけるのが、嬉しいかな…」
「何それ~~!」
「じゃ、瑞希は?榎本瑞希になった感想をどうぞ!」
「ええ?感想?」
俺が手でマイクをつくって、瑞希の前に差し出すと、瑞希は赤くなりながら、
「圭介の奥さんになったんだなって、嬉しいです~~」
って、言った。
「あはは。まじで?」
「まじで~~」
公園は、夏で暑いからか、あまり人がいなかったけど、子供たちが夏休みだからか、何人かやってきた。虫かごを持っていて、どうやら、蝉を捕まえにきたらしい。
「蝉、けっこういるもんだね。今まで、夏でも会社にいたし、なんか、蝉の声とか気にしたことなかったから、わかんなかった」
「うちの辺は、特にいるみたい」
「ふうん」
それから、黙って二人して、蝉の声を聞いていた。じ~~じ~~~じ~~~。
「蝉の声って、うまくできてると思わない?瑞希」
「え?どんなふうに?」
「だって、この暑い夏、あの蝉の声聞いてると、もっと、暑くなる。これは、冬に聞くもんじゃないよ、絶対」
「ふふ。そうかもね」
「ね。瑞希、これから買い物に行ったら、風鈴と香取線香買ってこない?」
「あ、いいね~~!」
「あと、花火も!俺、線香花火好きなんだよね」
「え?意外~~」
「なんで?」
「圭介、もっとさ、ドラゴンとか、打ち上げとかそういうのが、好きかと思った」
「ああ、そういうのも、好きだけど、俺、これでもけっこう、ロマンチストなんすよ」
「ええ?そうだったの?知りませんでした」
「あとさ、あとさ、この辺って、お祭りある?」
「あるよ。確か、8月のはじめ、あ、来週かな?」
「瑞希、絶対に、浴衣着て!」
「ええ?」
「着て、着て、着て、着て!」
「あはは…。わかったよ~。確か実家にあったはずだから、着るよ」
「やった!」
「くすくす。圭介、子供みたい~~」
「子供だもん~~~」
「ええ~~?もう、結婚もしてるのに?」
「あ、そっか…」
しばらく、瑞希とふふって笑いあって、それから、一緒に手をつないで、買い物に行った。
その公園から歩いて、10分もしないところに、駅があり、その周辺に大手のスーパーマーケットやら、レンタルビデオ屋やら、銀行やらがある。
スーパーに入り、食器や小物を買ったり、俺のTシャツや、下着を瑞希が買ってくれたりした。
「ああ、まさに、夫婦って感じだよね!」
と、レジではしゃいでいると、店員にくすくす笑われてしまった。
俺たちは、こう見えても、夫婦なんです!って声を大にして言いたかった。なるべく、指にはめてる指輪をちらちら見せて、アピールした。
いや、別にその辺の人に、俺らが夫婦だって知ってもらわなくたっていいんだろうけど、でも、なんとなく、見せびらかしたい気分だった。
花火と、風鈴と、蚊取り線香も買った。それから、食品売り場で、食料品を少し瑞希は買うと、
「今夜は、うちの実家でごちそうになっちゃおうか」
って、言い出した。
「ああ、うん。いいよ」
買い出しがすんで、ビデオ屋によった。二人で、何を借りようかって悩んだ。
「瑞希、これは?」
「ホラーは嫌だ」
「なんで?いいじゃん。二人で観たら怖くないって」
「嫌だ!」
「じゃ、これは?」
「サスペンスも嫌だ」
「ええ~~?おもしろそうじゃんか」
なんだよ、いったい何がいいの?
「あ!これ」
「え?何?邦画?邦画って俺あんまし観ないんだよね」
「そうなの?これ、圭介に似てる子出てるよ。ほら」
「俺、こんな金髪じゃねえし…」
「あはは、この子だって、ふだんは金髪じゃないし。黒髪の時はそっくり!」
「三浦春馬?」
「そうそう」
「『恋空』?」
「知らない?」
「うん、しらね~~。こういうのって、女子が好きそうだよね。借りたい?」
「ううん。借りない」
「なんで~?観たかったんじゃないの?」
「これ、最後別れ別れになっちゃうから、観たくないや。もっと、ハッピーエンドとか、笑えるのとか、ほんわかできるのが、いいな~~」
「別れちゃう話なの?」
「そう。日本の映画って、多いよね。なんか、最後にどっちかが、死ぬ…」
「え?」
「……。そうだ!これこれ!観たかったの。これにしようよ、圭介」
「え?まじ?『魔法にかけられて』?」
「うんうん」
ゲ、信じらんね~~~。でも、しょうがない。瑞希が観たがってるなら。
って、嫌々ながら、観ているとけっこう、はまった。
昔はお姫様って言うのは、ただ、ひたすら王子様を待ってたり、王子様の方がドラゴンと戦い、お姫様を助け出すのに、このお姫様っていうのは、自分の好きな人のために、勇敢にもドラゴンに向かっていった。
なんか、瑞希には言えなかったけど、その勇敢さが瑞希に見えた。言ったら、怒られたかな。瑞希も、絶対に、俺がドラゴンにつかまったりしたら、助けに来そうだ。
「この、お姫様、怒ったことがなかったんだね」
「え?」
あ、瑞希の観ていた方ってそこ?
「怒るって感情を楽しんでたね」
「うん」
「いろんな感情があって、それを感じて味わうって、やっぱり大事だよね」
「うん。そうだね」
「圭介…。怖くない?」
「ん?」
「悲しかったり、苦しかったり…、してない?」
「うん。大丈夫だよ。瑞希がすぐそばにいるから」
「うん…」
優しく微笑む瑞希を、抱きしめた。
「やっぱ、病院でて良かった。だって、病院じゃ、抱きしめたくてもできなかったもん」
「え?」
「え?って…。俺が時々、瑞希のこと抱きしめたくなってたの、知んないの?」
「ふふふ…」
「何?その意味深な笑い」
「だって、私が、圭介のこと、抱きしめたくなってるの、圭介は知らないんだろうなって思って」
「え?まじで?」
「まじで、まじで!」
そう言うと、瑞希は、笑いながら、俺のことをぎゅって抱きしめてきた。
「それからね~~」
「え?」
「前から思ってた。圭介の鎖骨…」
「さ、鎖骨?鎖骨ってどこだっけ?」
「ここ」
瑞希は、俺のTシャツを、少しずらして鎖骨を触った。
「……?鎖骨が、何?」
「色っぽいんだよね~~」
「ええ~~~~?何それ!」
「あ、やっぱり、引いた?」
「え?」
「言ったら、引くかなって思って、内緒にしてたんだ。やっぱり、言わなきゃよかった」
「え?え?鎖骨が、何?色っぽいの?え?待って、瑞希。ほかは?ほか!」
「…ほかって、圭介の色っぽいところ?」
「うん」
「手。指。綺麗だよね」
「俺の?」
自分の手を見てみた。…どこが?
「首、横顔。鼻。目。眉毛。まつげ…」
「……。あ。もういいや」
「え?なんで?」
「いや…」
やべ~~~。顔から火出る!
「あ、圭介、真っ赤だ」
「だから、もういいって!」
「圭介、照れてる~~!」
「ああ、もう!何?じゃ、時々じっと見てるとき、そういうこと考えてた?」
「え?」
「俺のことじっと見てるときあるじゃん。あれさあ、見とれてるでしょって、俺、茶化してたけど、まじで、見とれてたの?」
「うん!」
うんって…。
瑞希は、無邪気にそう言うと、俺の顔をまじまじと見て、
「圭介って、綺麗だよね」
「き、綺麗って言われても、嬉しくない…」
「なんで?じゃ、かっこいい」
「かっこいいって、え…」
「あはは。また、照れてる!ね、それ、まじなんだよね」
「何が?」
「本当に、自分のこと、かっこいいって思ってないんだよね?」
「思うかよ!普通。思ってたら、ナルシストってやつでしょ!」
「やっぱり、自覚はないんだ」
「なんの?」
「くす…。圭介、絶対もてるのに。もててることも自覚してないよね」
「もててないから」
「嘘~~。看護士さんにも~~。杏ちゃんにも~~」
「だから、俺は、瑞希にだけもててたら、それでいいの。それで満足なの。瑞希は?」
「え?」
「ほかのやつからもてたいの?」
「圭介だけでいいよ」
「だろ?」
「うん」
そう言うと、瑞希は俺の肩にもたれてきて、手をにぎって、
「圭介のね。全部が好き」
って、ささやいた。
ああ、やべ~~~。思いっきりにやけているか、真っ赤になってる、俺。
でも、なんか、照れ隠しもする気になれず、そのまま俺の肩にかかる瑞希の髪の匂いをかぎながら、幸せに浸っていた。