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20/26

19 残り3ヶ月

 晴天の日、瑞希を連れて屋上に行った。

 髪がごっそり抜けることがあり、おふくろに頼んで何個か帽子を買ってきてもらった。とりあえず、ベッドでそのまんま寝れそうなやつ…。その日もかぶってた。

 青空の中、ぽっかりと白い雲が浮かび、気持ちのいい日だった。

 屋上では、たくさんのシーツや、洗濯物が干してある中、杏ちゃんも洗濯物を干していた。

「あ、杏ちゃん」

「あ、こんにちは。いい天気だね」

 俺と瑞希に向かって、にこって微笑んだ。


 杏ちゃんは俺が帽子をかぶっているのを見て、

「兄がかぶっているのは、私のお手製なの。夏用のニットで編んだもので、よかったら圭介君にも作ろうか?」

と、聞いてきた。

「へええ、すげえ、そんなことできるんだ」

「じゃ、今度来るときまでに作ってくるね」

 …え?

 杏ちゃんは、そう言って、屋上を去っていった。

「圭介…」

 瑞希が、ちょっと怖そうな顔で言った。

「あれ?俺作ってって頼んだっけ?」

っていうか、なんでいきなり帽子の話?俺のかぶってるのが変だった…とか?


「杏ちゃんって気が利くし、可愛いよね。あんな子お嫁さんにしたい」

「は?」

 何言ってんの、瑞希…。

「って、男の人なら、思うかなって…」

「?」

 何が言いたいんだか?

「ふうん、それ、女性から見たらじゃないの?」

「え?そうなの?」

 俺がお嫁さんにしたいのなんて、瑞希だけだよ…。

「俺、年上好みだし」

 あ~あ。なんで、二人きりになったのに、他の子の話してなきゃならないんだよ。


「ちょっと、どこ行くの?」

 俺が、シーツとシーツの間に入っていくと、後ろから慌てて瑞希がついてきた。その瑞希の腕を掴んで引き寄せ、キスをした。

 瑞希が、驚いてた。そんな、驚かなくてもさ…。

「病室じゃ、できないんだもん。カーテン閉めてても、隣の親父、聞き耳立ててそうじゃね?」

 あきれたって顔で、瑞希が俺を見た。二人きりになりたいとか、そういうの思わないわけ?瑞希は…。


「今日は、気分よさそうだね」

「うん、なんもない日だから」

 瑞希は、俺が明るいねって言う。

「瑞希といるからじゃない?」

「私と?」

 俺が、瑞希が帰って一人になると、しくしく泣いてるって言うと、嘘だって言って笑った。

 …嘘じゃないよ。まじ、泣いてる。このまま、死んでいくのかな。毎日瑞希と会ってるけど、でも、まるまる1日、べったりしていたい。ちょっとの時間でもおしい。ベッドで、こうやって一人でいるのは孤独すぎる。

 毎晩、そう思う…。瑞希は?


「特にさ、夜中、ずっと、瑞希のこと考えてる」

「本当に?」

「瑞希以外のこと、考えてない」

「可愛い、杏ちゃんや、綺麗なナースさんのことも?」

「何それ?ええ?」

 なんで、そんなどうでもいい人のこと、俺が考えるんだよ?

 瑞希を見ると、上目遣いで、俺のことを見てた。ちょっと、疑ってるような、ちょっと、意地悪を言ってるような…。

「あ、そっか~~。瑞希、やきもち~~?あはは、可愛い」

「う、そうだよ。悪い?なんかみんなと仲いいし、圭介、もててるし」

 へ?もてる?何を言っちゃってるんだか…。


「彼女いるのに?」

「私、どうやらお姉さんって思われてる…」

「俺、彼女だって、はじめに紹介したじゃん」

「でも、看護士さんに、圭介くんのお姉さんって言われる」

「お姉さんじゃなくて、恋人ですって言えばいいじゃん」

「……」

 え?なんで無言?え?どうして、彼女ですって宣言しないの?

「俺、別に、瑞希以外の女性、興味ないよ」

 はあ。ほんと。瑞希ともっともっと、もっと一緒にいたいって思ってんのに、なんで他の人のこと考えるんだよ。それに、他の人にもてたからって、嬉しくもなんともないや…。


「外出できないのかな。1泊くらい。そうしたら、瑞希とどっかシティホテルでも泊まるのにな」

「は?」

「そんで、1日瑞希とべったりくっついてる」

「……」

「でも、俺、もしかしたら」

「うん?」

「なんでもない」

 瑞希、こんなこと言うと、引くかな…。

「何?」

「なんでもない」

「何?気になる」

「その日、狼になっちゃう」

「はあ?」

 はあ?って。そんなにあきれなくても…。瑞希は、そういうの思わないのかな。

「なんてね」

 瑞希を見て、おどけてみせた。冗談だってふりをした。


 瑞希は、うつむいたまま、黙ってしまった。あ、俺やばいこと言ったのかな?

「あのね、圭介。私、最近思ってたことがあって…」

「ん?」

 何?

「あのね。…圭介、驚くかもしれないんだけど…」

「うん…」

 …何?

「圭介の、子供…、欲しいな」

「え?子供?」

 瑞希、飛びすぎてるっていうか、子供って、俺死んじゃうのに?


「父親がいない子になるよ」

「……」

「それに、瑞希一人で、育てることになるよ。それに…」

「ん?」

「俺はその子に会えないよ」

「……」

 瑞希を見ると、さみしそうに笑った。なんでいきなり、子供って…。っていうか、結婚だってしてないし、シングルマザーになったりしたら、瑞希大変な思いをするのに。


 瑞希が、帰ってからも、俺はずっと考えた。瑞希、本気で言ってたのかなって。でも、子供を欲しいって言われても、この今の状況じゃ、どう考えても無理だ。

 外出許可を取るとか、いや、いっそ病院出るとか…。

 ああ!そうじゃん。そういう選択だってあるじゃん。ずっとこのまま、病院いて治療続けても、死に近づいていく一方だ。死ぬまでここにいることになるだけだ。だったら、いっそ、病院でて、瑞希と暮らしてもいいんじゃねえの?

 いや、症状がどんどん悪化して、入院しなくちゃいけないようになったら、また、ここに戻ってくるかもしれないけど、でも、まだ生活ができる状態なら、瑞希と暮らすことだって、できないことじゃないじゃん。

 俺は、そう思いついたら、いてもたってもいられなくなった。今すぐにでも抜け出して、瑞希に会いたくなった。1分1秒でもおしい。ずっと、瑞希のぬくもりを感じていたい。


 翌朝、瑞希に電話した。

「瑞希、早めに今日来れない?おふくろより早めに…。相談があるんだ」

「うん、いいよ。すぐに支度して出るね」

「うん!」

 瑞希はなんて言うかな?瑞希さえ、OKしてくれたら、親父やおふくろや、先生がなんて言ったって、強行突破する。

 ただ、瑞希の答えが怖い。瑞希も俺と一緒で、俺とずっと一緒にいたいって思ってくれてたら…。

 ベッドの上に座って、まだかまだかって、瑞希を待った。少しでも早くに伝えて、今日にでも退院したいくらいだ。


「瑞希!」

 瑞希が病室に顔を出した瞬間、俺はベッドを飛び降り、瑞希を連れて、廊下の端にある休憩所に行った。

「あのさ、俺…」

「うん」

「退院しようかって思ってるんだ」

「え?」

「っていうか、もう治療受けるのやめようかって」

「辛くなったの?」

「違うよ。治療したって治らないし、延命って言ったって、どれだけ命が延びるかもわからないし。毎日瑞希は帰っちゃうし、だったら、瑞希と暮らした方が、瑞希と一緒にいられる時間が取れる」

「暮らす?」

「うん、本当は結婚もしたい。あ…」

って、未亡人になっちゃうか…。


「でも、籍は入れないほうがいいかなって思ってるけど…」

「籍、入れたい」

「え?」

「私、圭介の奥さんになりたいよ」

「でも、わかってるの?未亡人になるんだよ?」

「いいよ、別に」

 いいって…。瑞希の顔は、真剣だった。俺は、びっくりしてた。一緒に暮らすことだって、瑞希がどう思うかわからなかったのに、瑞希は結婚することも、OKしてくれるんだ。

「うん、そうだな」

 瑞希と暮らすなら、ちゃんと結婚して、籍も入れて、そっちの方が、自然だよな…。

「うちの親にも、瑞希の親にも、言わなくっちゃ」

「うん!」

 瑞希は元気に、そう返事をした。


 早速、瑞希は家に電話をした。俺も親父に電話をしておふくろと一緒に来てもらうよう、頼んだ。土曜だから、親父も瑞希のお父さんも、病院に来てくれるって言ってくれた。

 もし、親がなんて言おうとも、関係ないって、硬く俺は決心していた。

 親父たちが来て、みんな揃って、喫茶店に行き、俺がもう治療をやめて、病院を出て、瑞希と一緒に暮らすことと、そして結婚することを言った。

「圭介、それは、少し考え直した方が…」

 親父は、戸惑いながらそう言った。でも、その横からおふくろが、

「いいわ、私は賛成。圭介のしたいようにするのが1番だと思うわ」

と、きっぱり言った。驚いた。1番、反対するだろうって思ってた。


「瑞希は?どうなの?」

 ああ、瑞希のお母さんは、最初から俺との結婚、反対してたっけ。

「圭介と、結婚したい」

 瑞希は、真剣に答えた。

「私も賛成よ。瑞希がそうしたいなら、反対はできないわ」

 瑞希のお母さんも、そうきっぱりと言った。おふくろといい、瑞希のお母さんといい、俺は母親の強さというか、女性の強さを目の当たりにした気がした。


 その逆で、親父たちは、おろおろしていた。だけど、瑞希のお母さんが、

「じゃ、早くにいろいろ決めないと、住まいとか、結婚式とか」

と言い出した。

「式は大変だろう」

 瑞希のお父さんが、俺を気遣い、そう言った。

「せめて、ウエディングドレスは、着せたいわ」

「あ、俺も見たい」

 思わず、瑞希のお母さんの言葉に、俺もそう言ってた。ずっと、瑞希のウエディングドレス姿を想像してた。それは、絶対に見たいって思った。

「じゃ、身内だけで、式をあげましょう。圭介が疲れない程度の、簡単な、ね?」

 おふくろが、俺に向かってそう言った。


 ここまで、話が進むとさすがの親父たちも、賛成せざるを得なくなり、みんなですぐにでも、担当医の竹内先生に話してこようってことになった。

「あ、そういえば、この前、検査したんだ。結果を今日当たり教えてくれるって、竹内先生言ってた」

 俺が、親父にそう言うと、

「そうか、じゃ、それも一緒に聞いておこう」

と、その日の午後、親父とおふくろが、竹内先生にアポを取り、話をしにいった。

 瑞希と、病室で親父たちが戻ってくるのを待った。

「瑞希、本当に良かったの?」

「…何が?」

「結婚…」

「結婚しようって、言ってたじゃない?私たち。それが叶うんだもん。嬉しいよ」

 そう言うと、瑞希はふふって笑った。

「じゃ、まず退院したら、指輪見に行かなくちゃね」

「うん」

 瑞希は、俺の顔を見て、すごく嬉しそうに微笑んだ。


 おふくろが戻ってきて、

「OK出たわよ」

って、言った。でも、どっかよそよそしく、目が真っ赤だった。あ、検査の結果かな?

「ちょっと、瑞希さん、いい?」

 親父は、瑞希を連れて、病室を出て行った。なんだろうか?

「おふくろ、検査の結果は?先生なんて言ってた?」

「……」

 おふくろの表情が固まった。

「あとで、竹内先生が教えてくれると思うわ」

 おふくろはそう言うと、病室を出て行った。

 瑞希は、なかなか戻ってこなかった。俺はベッドの上で、ぽつんと孤独になり、まるで迷子の子供のように、瑞希が戻ってくるのをただ、ひたすら待った。

 そこへ、看護士さんが来て、竹内先生から話があるから、来てくれと言われた。


 外来の竹内先生の診察室に入る。3時から外来が始まるから、もう待合室はいっぱいの人だった。

「ああ、圭介君。ここに座って」

「はい」

「検査の結果なんだけどね…。あ、そうだ、さっき、お父さんがいらして…」

「はい、退院の許可ありがとうございます」

「うん…」

「で、先生、検査の結果は?」

「…転移しているのが、見つかった」

「転移?」

「うん…。お父さんとも話したんだけどね。もう治療をするのは、やめようって」

「…治療しても、どうしようもないってこと?」


「……。ちょうど、お父さんが治療をやめて、圭介君を家に連れて行きたいと言い出したから…。そんな話をこちらからもしようと思っていたんだよ」

「あと、もって、俺、どのくらいですか?」

「……。3ヶ月…」

「…?」

 3ヶ月って、今、7月の終わりだから、8、9、10…。秋にはもう?

「いや、圭介君。これもわからない。もっと、長く生きられるかもしれないし…」

「もっと、短いかもしれない?」

「……」

 先生は黙って、うなづいた。


「最後は、圭介君の思ったとおり、好きなようにさせてあげたいと、お父さんもおっしゃってた」

「…はい。わかりました」

「圭介君」

「はい」

「結婚するんだって?」

「はい…」

「そうか。おめでとう」

「……。はい…」


 俺は診察室を出た。

 3ヶ月…?たったの…?

 そのまま、病室に戻る気にはなれず、誰も知ってる人がいなそうな階に行き、人気のないところのベンチに座った。

 ぼ~~ってしていると、子供が走ってきた。入院している子供だろう。その後ろから、お母さんが待ってって言って、追いかけてきた。その光景をぼ~~って見ていた。

「子供…」

 瑞希が、欲しがってたっけ…。でも、あと俺の命は3ヶ月…。


 お母さんが、子供をやっとつかまえて、

「さあ、ひろ君。病室に戻ろうね」

と言うと、その子は嫌だとだだをこねた。

「薬、苦くて嫌だ。注射も痛いから嫌だ」

 無理もない。まだ、小学校にあがるかあがらないかの、小さな子に、薬だの注射だのを毎日されたんじゃ、たまったもんじゃないだろう。俺だって逃げ出したくなるときがあるのに。

 そのお母さんは、どうするのだろうと見ていると、いきなりその子をぎゅって抱きしめた。そして、

「ママはね、ひろ君が大好き。大好きだよ」

 その子供は、お母さんの胸の中で大人しくなった。そして、そのままお母さんに手をひかれて、戻っていった。


「あ、なんかすげえ…」

 お母さんの愛情だよな~~。なんて思いながら見ていた。子供をぎゅって抱きしめるお母さんの表情が、なんか俺のことを抱きしめるときの、瑞希にだぶって見えた。

 瑞希は、俺が死んだらどうするのかな…。一人、孤独になっちゃうんじゃないか…。

 また、他の親子が来た。今度は女の子と、お母さんだ。手をつないで、嬉しそうに歩いていた。

「お母さん、今日はずっといれるの?」

 そんなことを、その子はお母さんに聞いていた。お母さんが、ずっといられるよと言うと、その女の子は、体中で嬉しさを表現した。スキップ交じりでお母さんと手をつないで、俺の前を通り過ぎていった。

 その二人の後姿を見ながら、そのお母さんが瑞希にだぶって見えた。


 もし、俺の子供がいたら、瑞希は寂しい思いはしないんだろうな。それとも、もし俺に似てたら、かえって、きついのかな…。

 でも、時々聞こえてくる子供の声を聞いていると、俺は瑞希に、俺の子供を残していきたいって、そんなことを思うようになっていった。

 その階の廊下をぐるりと歩いた。それから、エレベーターに乗って、自分の病室に戻って行った。


 病室に戻ると、瑞希がおふくろと、俺のベッドの脇に立っていた。

「あ!圭介」

 二人同時に、こっちを向いた。

「あ、竹内先生のところに行ってた」

 そう言うと、二人して、少し顔が曇った。おふくろは、今日、家のことを何もしてこなかったからと言い、帰っていき、瑞希と二人きりになった。

「屋上行かない?瑞希」

「うん」

 屋上に行くと、まだ、日が照り付けてて暑かった。

「瑞希…」

「うん?」

「ううん。なんでもない…」

 子供、作ろうねって言いかけた。でも、たった3ヶ月で子供ができるかもわからなかったし、3ヶ月も生きられるかもわからなかったから、言うのをやめた。

 もし言って期待させて、できなくって、がっかりさせるのも嫌だった。


「何?圭介…」

「俺、あと3ヶ月だって…。聞いた?」

「あ、うん。お父さんから…」

「そっか…」

 やっぱり、聞いてたんだな。

「圭介…」

「ん?」

「圭介との時間、私大事にしていくよ」

「…ん。俺も」

「圭介と、一緒にいる。片時も離れない」

「うん…」

 そう言って、瑞希は俺にキスをして、抱きしめてきた。俺も瑞希をぎゅって抱きしめた。

 瑞希のぬくもりが、愛しくて愛しくて、涙が出た。ああ、こうやって最後の最後まで、俺は瑞希を抱きしめて過ごしたい。

 次の週、俺は退院をした。これから、瑞希と二人の生活が始まるんだ。 


 

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