1 突然恋に落ちた
冬…。俺の心は、ずっと寒かった。
なんでかっていうと、なかなか去年別れた彼女とのこと、忘れずに引きずっていたからだ。
女って、男よりもあっさりしてるよな。別れても、すぐに他のやつと付き合えちゃったりするんだ…。って、昨日、友達に元かのが男と腕組んで歩いたの見たぞって、言われたからなんだけど…。
俺はどっかで、また、戻ってきてくれるんじゃないかって、ひそかに期待してた。すげえ、馬鹿だったかも…、俺。
そんなこんなで、心の中まで冷えきってる…。ああ、もうすっぱり忘れられたらな。他に好きな人でもできたら、綺麗さっぱり忘れられるのかもしれないけど…。
でも、半年も引きずってる…。無理かな…。
気持ちは暗い。でも、そういうの悟られないよう、明るく見せちゃうのが、俺の癖…。
「え?もうデートに?まあ、良かったじゃないの、お姉さん!」
おふくろが、なんか嬉しそうにさっきからっずっと電話してる。こっちは、落ち込んでるっていうのに、誰だよ、デートするやつ…。
「圭介、茂にいが見合いしたの知ってる?」
リビングで寝転がって、テレビを観ていた順平が聞いてきた。
「茂にいが?」
俺は、リビングのソファが定位置。やっぱり転がってテレビを観ていた。
「そう。今日、それで親父、出かけてたんだよ。でもさ、あんな仕事人間でまじめなやつと結婚なんて、相当結婚あせってる人じゃないの?」
ガチャン!
「ちょっと、順平!姉さんに聞こえちゃうでしょ、やめてよ、そういうこと言うの」
おふくろが電話を切って、ダイニングから順平にどなった。
順平っていうのは、二つ下の弟、今高校3年。で、茂にいってのは、従兄弟。たしかもう、35歳くらいいってる小児科医で、いまだ独身。仕事一筋のまじめな堅物って、親戚の間では有名。そんな茂にいが見合い?結婚なんて、絶対にしないと思ってた。
「で、相手ってどんな人だったの?親父」
順平は、さっきから興味津々だ。
「うちの会社の人だよ。なかなか綺麗で、気も利く大人しい雰囲気の、素敵な女性だ。いまだに独身なのが不思議なくらいのね」
親父は、ダイニングで新聞を読むのをいったんやめてから、順平にそう言った。
「へえ、なんか茂にいには、もったいないんじゃないの?」
つい、俺もそんなことを言ったが、ほんというと、どうでもいいいことだ。
「でもね、もうデートが決まったんですって。それも明日よ。映画を観に行くらしいわよ。姉さんが喜んでたわ」
「良かったな~。今日の見合いの様子じゃ、すぐに断られるかと思ったけどな…」
「あなたったら、はじめから、うまくいかないと思うとか言ってたけど、わからないものよ、こういうのは。そうそう、何でも5重の塔の前で待ち合わせって言ってたけど、何それ?知ってる?圭介」
「海老名じゃない?ショッピングモールのところにあるんだよ。でも、5重だったかな?その前で待ち合わせ?」
「うん、わかりやすいだろうからって、向こうから言ってきたらしいわよ」
「ふうん。いいね、デートか…」
「圭介も早く彼女作れば?元かの、引きずってないでさ」
「うっせえよ、順平。お前はひょいひょい、彼女変えすぎなんだよ!」
ああ。明るくしてても、こいつに何か言われると、あったまくるんだよな~~。
「そうだ、圭介。彼女もいなくて、明日暇でしょ?ちょっと車出してくれない?たくさん買出ししたいのよ」
「ええ?俺?」
「そうよ。だって、正吾は絶対そういうの行かないから。また月曜にご近所さんが遊びに来るから、たくさん買いものがあるのよ」
「…ったよ。で、何時?」
「そうね、昼前がいいわね。お昼どっかで食べてきましょうよ」
「ああ、うん…」
はあ…。おふくろと出かけて、おふくろと食事かよ…。
気乗りがしないまま、朝が来た。寝坊したいのに、たたき起こされた。いって…。最近、朝、頭が痛いんだよな…。
「早く、朝ごはん食べて、着替えてきてよ、圭介」
「んん…。わかってるよ」
ぼりぼり…。顔を洗って、着替えて…。ああ、面倒くせえって思ってるからか、動きが鈍くなるよな…。
「ええ?なんだって?茂君、今さら何を言ってるんだ?」
ダイニングから、親父のでかい声が聞こえてきた。茂にい?
「病院にこれから行く?でも、柴田さんと約束の時間まで、30分くらいしかない。ってことは、もう柴田さんは、家にはいないんじゃないのかい?それも、携帯の電話番号を知らないって…」
なんだ?茂にい、ドタキャンか?
「こっちも、柴田さんの携帯は知らないんだよ…。え?ちょっと、茂くん!」
どうやら、電話、切られたんだな…。あ~~あ。茂にい、もう断られるな、確実…。
「圭介!」
「え?」
「お前、今から出るところだろう?ちょっと、車で行ってこい!」
「え?俺?って…どこに?」
「柴田さんもう、海老名に向かっているんだよ。車でどうにか30分で行けないか?とにかく、これ、一万渡すから、映画でも代わりに観て来い。そそうのないようにするんだぞ。これで、断られでもしたら茂君に…、いや、柴田さんに申し訳ない」
「え?でも、俺その、柴田さんって人の顔も知らない…」
「ああ、そうか。写真持ってくる」
冗談だろ?何で俺?何で茂にいの見合い相手と、映画観なくっちゃならないわけ?
「この人だ、右から2番目に写ってる…」
「…この人?」
「柴田瑞希さんだ。この写真持って、行ってこい!」
「あ…、うん…」
なんでだろう、冗談じゃねえって思ってたのに、写真見たらいきなり、気が変わった。思い切り、俺のタイプかもしんない…。
それから、俺は、車を急いで走らせた。おふくろの買い物につき合わされるのも、ほとほと嫌気がさしていたし、別に茂にいの見合い相手なんて、興味もなかったけど、でも…。写真見て会ってみたいって、思ったのは事実。
道が混んでて、時間に全然間に合いそうもない。それどころか、10分以上も遅れるんじゃないのか…。気の短い人なら、帰っちゃうんじゃないのか…?
でも、俺は気が焦りながらも、少し、ワクワクしていた。柴田瑞希さんって人と会えるのを…。
五重塔の前…。一人、ぽつんと立っている人がいた。時計を見ながら辺りを、きょろきょろと見ている。ああ、あの人だ!
近づいていく…。横顔が綺麗だ。髪がストレートで、黒くって、綺麗だ。身長も俺の身長とちょうどいいくらいの高さだ。
ああ、やばくない?もろ、タイプだよ…。
「あの…。柴田瑞希さんですよね?」
「え?」
すんごく驚いた表情。それに不信がってる。そりゃそうだよね。茂にいが来るって思ってたんだもんね…。
「榎本圭介っていいます。桜井茂の従兄弟です」
「ああ…。ええ?」
まだ、驚いてる。なんか、驚いた表情も可愛い…。
「あの、茂にいの代理で来ました」
茂にいが急患が入って、来れないことを言うと、やっと納得したようだ。
「何の映画を観る予定だったんすか?」
「アクションもの…」
「奇遇ですね。俺も、アクションもの好きです」
って、別にアクションでもSFでも何でも、そう言ってたけど…。それにしても、緊張してのどがカラカラ…。
「のどが渇いちゃって…。スタバでなんか買ってきますよ。柴田さん何がいいですか?」
「キャラメルマキアートの冷たいの…」
「ああ、俺もあれ好きです」
って、他のを言われても、好きですって言ってたかもしんないけど…。
急いで、スタバに行って、キャラメルマキアートを二つ買う。
戻ってくるとき、ベンチに腰掛けてる柴田さんを見た。なんていうか、大人の女性だ。当たり前か。12歳も上なんだもんな…。
でも、どことなく可愛いんだよな。どこがかな?ああ、やばい。俺、浮かれてるかも…。
映画が始まった。すぐ隣にいる柴田さんの手が、俺の手に少し触れた。
ワッ!すげえ、ドキってした。やばい、なんかわざと手に触ったなんて思われたら…。急いで、手をひっこめた。
さっきからすげえ、ドキドキしてない?俺。なんか映画の内容なんて入ってこないよ。
柴田さんは、なんかいい匂いがした。ああ、髪だ。髪が動くたびに、その匂いがする。今まで付き合った子は、タメだったり年下だった。こんなふうに、女らしさを感じたことってない。
ちょっと、視線が下に行くと、柴田さんの足元が見えた。膝が見えるスカートをはいてる。足を、組みなおされ、それだけで、ドキってする。少し、横顔を視界に入れた。真剣に映画を観ている。
誘惑してるってわけじゃないよね…なんて、アホなことを考えてる、俺。
そうだよ。柴田さんは、茂にいの見合いの相手!何を馬鹿なこと考えてんの?俺…。
映画を観終わって、まだ一緒にいたくて、強引に食事に誘った。どこの店に入っていいかわからなかったから、目に飛び込んできたイタリアンの店に入ることにした。
「圭介くんって、お母さん似でしょ」
突然、柴田さんはそんなことを聞いてきた。
「いえ、おじいちゃん似です」
「イケメンのおじいさんなんだ」
え?イケメン?俺のこと…?まじ?
「あはは、俺、イケメンっすか?」
やべえ、そんなこと言われてあせる…。
「え?自覚ないの?そんなことないよね」
ええ?初めて会ったやつに、いきなり「イケメン」とか言う?
「瑞希さん、初対面でもまったく、大丈夫な人ですか?」
「いや、人見知りするよ」
「うそだ~~~~」
全然、平気で話してるじゃん! なんだか、面白い人だな。親父が大人しいって言ってたけど、そうでもないし…。
ああ、これからドライブでもって誘っても、大丈夫かな?まだ、一緒にいたいな…。
「俺、車で来てるんで送っていきます。ドライブがてら…」
「いいの?」
やった!!!
それから、駐車場に着き、車に乗った。わ…。緊張する。助手席に柴田さんが座ってるってだけで、かなりの緊張…。
「あれ?」
「え?」
横を見たら柴田さんは、シートベルトを締めるのに悪戦苦闘していた。ああ、シートベルト、硬いんだよな…。
「それ、ちょっと硬いんです。俺、ひっぱりますから」
フワ……。あ、やべ…。また、柴田さんの匂い…。うわ、俺、真っ赤になってないよな…。
「家、どの辺すか?カーナビいれちゃうんで…」
って、手が震えそうだよ。しっかりしろ、おい。
柴田さんは、なんだか、落ち着いてる。男の人の車の助手席なんて、慣れてるのかな?俺は、ドキドキしてるのを、悟られないよう、歌を歌ってごまかしたりした。
でも、柴田さんの表情が気になって、信号待ちの間、顔を見たりすると、なぜか、柴田さんは決まって目をそらして、外を見た。わざと視線をはずすのか、偶然か…。
だから、表情が見えなくて、柴田さんの心のうちは、まったくわからなかった。でも、外を見ている横顔が、夕日に染まってて、すごく綺麗で色っぽかった。
「あ…」
ミスチルの「花火」の曲で、柴田さんが反応した。
「俺、この、曲好きなんです」
って、これはまじな話。大好きな歌だ。柴田さんは少し嬉しそうに、こっちを見ていた。きっと、柴田さんもこの歌が好きなんだな…。
柴田さんはなぜか、少し家から離れたところで、車を止めてと言った。
「楽しかった。ありがとう」
柴田さんは車を降りるとき、そう言った。それだけ?って当たり前か…。俺は代理なんだもんな。まさか、また会えませんかとか言えないし…。
「俺も楽しかったです。それじゃ」
そう言って、俺は車を発進させた。バックミラーを見たら、柴田さんがすっと、見送ってくれていた。その姿が、目に焼きついて、離れなかった。
家に帰ると、親父に遅かったなと言われた。
「うん、ちゃんと映画観て、ご飯もおごって、車で送ってきたよ」
「そうか。柴田さんは、茂君のこと何か、言ってたか?」
「え?別に。聞かなかったし。俺も…」
「え?そうなのか?」
「何で聞かなくっちゃならないんだよ?」
「お前、代理で行ったのに、楽しんじゃってたんじゃないのか?」
「嫌嫌、付き合うよりか、いいだろ?」
そう言って、部屋に俺は、さっさと行った。
バタン…。ドアを閉めて、ベッドに横になる。そして目をつむると、夕日に染まった柴田さんの横顔が浮かび上がる。
「もう、会えないのかよ…」
すごく、切ない、やりきれない気持ちになる…。
「やべえじゃん、俺。すごい好きになってるんじゃねえの?」
親父が朝、渡してくれた写真をポケットから出した。少し、くしゃくしゃになってる写真を綺麗に直す。柴田さんの笑顔が、今日、俺に見せてくれた笑顔とだぶる。
「茂にいの見合いの相手だよ、好きになってもしょうがないじゃん」
そうつぶやいても、その写真の笑顔から、ずっと目を離せないでいた。
翌週。カーナビに柴田さんの住所が入ってて、それを見ながら車で、柴田さんの家の近くまで行った。柴田さんが降りたあたりまで行ってみたが、家の前まで行く勇気はなかった。
偶然を装って会えないかとも思ったが、こんなところで、うろうろしてるのは、どう考えてもおかしい。
「これ、ストーカーだよな…」
自分でしていることが、すごく情けなく思えてきて、そのまま、また車を走らせ、家に戻った。
もし、茂にいと駄目になったとして、でも、もう会うこともないだろう…。
もし、会えたとして、でも、俺みたいな12も年下を本気で、好きになってくれるとは思えない…。
ふと、気がついた。俺はずっと、柴田さんのことばかりを考えてて、元かののことなど、すっかり忘れていることを。
「ああ、なんだよ。恋に落ちたかと思ったら、絶対に叶わない恋かよ…」
また、くら~~く、おも~~~い気持ちになったが、やっぱり俺は、会社でも家でも、明るく見せ、自分を偽るしかなかった。
そして、早くにこの恋も、忘れなきゃって必死で思っていた。