18 瑞希がいない夜
下に瑞希とおりていき、おふくろに何か作ってと頼んだ。
瑞希とリビングのソファに座っていると、瑞希もおなかが空いたらしく、おなががなったから、瑞希の分もおふくろに作ってもらった。
ご飯を食べ終わって、また、瑞希とリビングに行った。二人でべったりくっついて、テレビを観た。おふくろは、途中から買い物に出て行った。
瑞希とは、テレビを観ながら笑いあった。こんなに笑ったのは、久しぶりだ。
なんか、嬉しかった。瑞希が笑っているのも、すぐ隣にいるのも、瑞希の匂いもぬくもりも、全部が嬉しかった。
おふくろが帰ってきて、瑞希と話があると、和室に瑞希を連れて行ってしまった。おふくろは、瑞希に悲しい思いはさせたくないと、何度も言ってた。もしかしたら、瑞希に俺と別れるよう、言っているのかもしれない…。
怖くなった。瑞希を失うのが…。すぐ横にいた瑞希のぬくもりを、失ってしまうのが怖くて、体をまるめて、瑞希が戻ってくるのを待った。
でも、俺が死んだら…?瑞希は一人だ。そんなことを思うと、また、複雑な気持ちになる。
リビングには、テレビの音だけが響いた。
しばらくして、瑞希が、リビングに戻ってきて、俺の隣に座った。瑞希の顔を見ると、微笑んでいた。その顔を見て、ほっとした。
「あのね、お母さんに頼んできちゃった」
「何を?」
「圭介が、入院したらずっと看病に行くって。毎日、ずっと」
「おふくろはなんて?」
「いいって」
「ほんと?」
「うん」
「そっか~~、良かった!おふくろさ、瑞希に心配かけたり、苦しい思いさせるの嫌がってたから、俺から、離れて欲しいって言ってるのかと思った」
「…うん、言われたけど、圭介と離れてる方が、辛いから離れないって言ったよ」
「それで、わかってもらえたの?」
「うん…」
瑞希は、にこって微笑んだ。ああ、良かった。
「じゃ、朝から晩までいられる?」
「うん」
「まじで?」
「まじで」
嬉しかった。瑞希は会社も辞めて、俺のそばにずっといてくれるって、そう言ってくれた。
瑞希の隣は、あったかい。ちょっと離れているだけで、俺は不安になった。さみしくて、孤独になった。瑞希が、ずっとそばにいてくれたら安心していられる。
まるで、迷子になった子供が、親とまた会えてほっとするみたいに、瑞希がいてくれるだけで俺は安心した。
このまんま、一緒にいられるんだ…。
翌日、夜、瑞希からメールが来た。
>今日、退職届を出してきたよ。社長は受け取ってくれた。
>お疲れ様、瑞希。
>明日は、ついていくからね。
>うん、ありがとう瑞希。
入院の準備を、おふくろがあれやこれやしていた。親父は明日、どうしても抜けられない大事な会議があるとかで、おふくろと、瑞希の3人で行くことにした。
ベッドに横になって、いきなりぎゅうって胸が締め付けられた。この部屋に、俺はもう戻って来れないのか…。
部屋に、順平と兄貴が一緒に来ると、本や漫画を渡してくれた。
「これ、けっこう面白いんだよ。また続きが出たら、持って行くからさ」
「おお、わりい、順平」
「あと、これ。コンピューター関係の雑誌だけど、けっこう面白いから持ってけよ」
「うん、サンキュー、兄貴」
「じゃあな。おやすみ」
「うん」
兄貴がそう言って部屋を出た。順平は、何か言いたそうに、まだ部屋にいた。
「どうした?」
「あ…、うん」
「?」
「俺、なんていうのかな…。ずっと、考えてたんだけど…」
「うん?」
「俺、けっこう能天気だし、その…、だから、圭介が死ぬなんて全然思ってないから。親父もおふくろも、毎日暗くなってるけど…。圭介がいない間は俺が、このうち明るくしてくし…。だから、圭介は家のこととか、考えないで、治療に専念してよ」
「はは…。お前、そんなこと考えてたの?」
「俺もさ、少しは、家族の一員なんだし、役に立たなくっちゃ」
順平の髪の毛をわざと、なでくりまわした。
「ちょっと!圭介?」
「ありがと。お前に任せたよ」
「あ、圭介が戻ってくるまでだからな!ずっとじゃねえよ!」
「うん」
順平は、ぐしゃぐしゃになった髪を、整えながら、部屋を出て行った。
そっか。あいつも、なんか成長してるんだ。
ちょっと、気持ちが楽になった。なんか、このまんまこのうちは、ずっと暗いんじゃないか…。そんなことを思っていたから。
翌日から、俺は入院した。部屋は4人部屋。おっさんが二人、もう一人は、30歳になったばかりって言ってた。
おふくろが一人一人に、挨拶をした。俺のベッドの前のおっさんは、
「お母さんとお姉さんかい?」
と、聞いてきた。
「母と、彼女です」
なんか、かくしているのも変だし、正直に言うと、
「ヒュ~~~!」
って、部屋にいたみんなに、ひやかされた。
病院って、暇なんだろうな。来る日も、来る日も、検査や、治療をするんだろうし…。かなり、俺は憂鬱だった。気分が沈んでる分、なんとか何か面白いものでも見つけようとした。
「瑞希、あとで、病院内、探検しよう」
着替えをするために、ベッドの周りのカーテンをぐるって閉めて、パジャマになり、ベッドに横になってから俺は、瑞希を呼んでそう言った。
なんか、周りのおっさんには聞かれたくないような、おっさんの顔ばかりは見ていたくないような、そんな気分だったから、カーテンは閉めたままにしていた。
「屋上とか、あんのかな。よくドラマに出てくるじゃん」
「あるよ。屋上。そこにシーツとか、洗濯もんを干してある」
いきなり隣のおっさんが、そう答えた。なんだよ~~。聞いてんなよっていうか、話に入ってくるなよ。ここには、プライベートっていうのがないわけ?しかたないな~~。
「誰でも、行っていいんですか?」
って、聞いてみた。
「おお、おお、行っても大丈夫だ」
今度は、前のおっさんかよ~~。みんなして、聞いてるんじゃん…。
「ちょっとこれから、ナースステーションと、竹内先生のところに行ってくるわ」
おふくろが、軽くカーテンから顔を出して、そう言った。なんか、忙しそうだな…。また、いつ戻ってくるかもわからないし、今日は大人しく病室にいるか。
カーテンを閉めてても、周りは聞き耳を立ててるようだし、しょうがねえな。
俺はカーテンを開けて、同室の人と、話を始めた。
瑞希は、椅子に座って、その話を聞いていた。時々、一緒にふふって笑った。その笑い方好きだなって、時々瑞希の顔を見た。
しばらくすると、おふくろが戻ってきた。
「何か、売店で、買ってくる?」
「あ、なんか漫画か雑誌…」
兄貴たちからも、もらってたけど、暇になるだろうから、買って来てもらう事にした。
「瑞希さん、売店一緒に行かない?」
そう言って、おふくろは、瑞希を連れて行った。あ~~あ。
瑞希もいなくなって、しょうがないって、また、同室の人たちと話を始めた。おっさんたちは、けっこう明るくて、面白かった。そのうち、斜め前の30歳の人も、カーテンを開けて、話に加わってきた。
なんか、この人たちとなら、やっていけるかな…。そんなことを思いながらも、俺は瑞希が戻ってくるのを、心待ちにした。
瑞希が戻ってきた。
「売店、どこにあった?」
「なんか、面白いところ、あった?」
今度、瑞希とあれこれ行こうって思いながら、俺は瑞希に聞いた。でも、また隣のおっさんが、話に加わってきて、おっさんたちと話すはめになった。
その次の日から、治療が始まった。検査なら、まだ耐えられる。でも、放射線や、抗がん剤は同室の人から、すごくきついって聞いてたけど、こんなにも辛いって思わなかった。
同室の人たちは、みんな帽子をかぶっていた。治療で、髪が抜けていったからだ。俺もそのうちに、髪、抜けていくのかな…。そんな姿瑞希に見られたくないな…。
でも、瑞希の顔を見れないのは嫌だから、やっぱり毎日、来て欲しい。
治療の日は、ぐったりしてて、瑞希が来てもあまり、話をできなかった。でも、ベッドの横に座って、瑞希は、俺の手を握っててくれた。それだけで救われてた。
同室の人たちも、治療の日は、カーテンを閉め切っていた。
瑞希が夜帰ると、俺はいきなり孤独を感じた。テレビを観ながら、笑っている隣のおっさんが話しかけてきても、カーテンを閉め切り、寝たふりをした。
布団にもぐって、早く朝が来ないかそれだけを思っていた。
ある日、朝から花を持って、斜め前の人の妹さんが、俺のところに来た。
花瓶が一個しかないからいいよって言ったけど、瑞希が持ってきていた花に無理やり、自分の持ってきた花も、差し込んで、
「いつも兄がお世話になってます。私、上野杏っていいます」
と、笑った。
どうやら、この子がくると、同室のおっさんたちは、嬉しいらしく、みんな「杏ちゃん」と言って、可愛がっていた。おっさんたちにも、必ずお花を持ってきているようだった。
「あ、なんだ、俺にだけじゃなかった。って、俺、自意識過剰か~」
ちょっと、俺には、瑞希もいるし…、なんて思ってしまった。そうだよな~~。お兄さんの同室の人なら、いろいろと気を使うよな。
それは、おふくろだって同じで、お菓子だの、果物だの、持ってきて配ってるもんな~~。
それから、3日くらいして、また、杏ちゃんがやってきた。例のごとく花を持って。
瑞希が、おふくろと、ご飯を食べに行ってる間、俺も暇だし、廊下の突き当たりにある休憩所に行って、缶ジュースを飲んでいた。すると、そこに杏ちゃんがやってきた。
「あの、いいですか?私もここで、コーヒー飲んでも…」
「あ、いいけど…」
そう言うと、俺の隣に座って、缶コーヒーを開けた。
「あの、圭介君…。あ…。なんかみんながそう呼んでるから、そう呼んでもいいですか?」
「うん。いいけど…、っていうか、杏ちゃん今、いくつ?」
「22歳です」
「あ、じゃ、タメじゃん。敬語なんか使わなくていいよ」
「え?圭介君も22歳?」
「うん」
「そうなんだ、なんか、大人っぽいから、年上かって思った」
「ええ?俺、大人っぽい?」
「うん…。私が子供っぽいのかな」
「いや、そんなことないよ。同室のおっさんたちも、杏ちゃんは気が利くし、いい子だって褒めてたし」
「ええ?そんなこと…」
「お兄さんと仲いいんだね」
「うん。二人兄弟だし…。だから、兄には早くに元気になってもらいたくて」
「そうなんだ。お兄さんは独身だっけ?彼女いないの?」
「いたんだけど…。病気になって、別れたみたいで…」
「え?まじで?」
「しょうがないよね。結婚も考えてたみたいだったけど…。兄はそれから、すごく落ち込んで、入院しても、なんかずっと元気なくて…。でも、最近来ると、いつも楽しそうに圭介くんと笑っているから、良かったなって…」
「あ、うん。俺にも兄貴いるし、なんか、兄貴と話してるみたいでさ…」
「お兄さんが?お見舞いには来ているの?」
「ああ、会社の帰りとか、土日に…。たまに弟も、大学休校になると、ひょっこり来てる。あ、会ったことないっけ?」
「うん、そんなに兄弟がいるんだ。いいね、にぎやかで…。私お姉さんと二人兄弟なのかって思ってた。」
「お姉さんはいないけど?俺、男3人兄弟だよ」
「え?でも、いつもお母さんと来てる…」
「あ!戻ってきた!」
廊下の向こうに、おふくろと瑞希の姿が見えた。
「あ、お母さん、食事に行ってた…とか?」
「うん。じゃ、杏ちゃん、またね!」
「うん…」
瑞希のもとへと一目散。なんか、俺、犬みたいだ。って、クロと自分の姿がだぶってたよ。もし、尻尾はえてたら、絶対にぐるぐる回ってる。
瑞希を見ると、嬉しくなってる。瑞希と一緒だと、心が元気になる。でも、瑞希が帰るととたんに、暗くなる。
その日の夜も、同室の人のいびきが聞こえる中、俺は、布団に潜り込んで、目を開けて、瑞希のことばかりを考えてた。
これからも、ずっと、この病室にいるのかな。死ぬまで?夜はこうやって、独りになって?瑞希のことを思い出しながら?
瑞希のぬくもり、最近感じてない。手を握ってはくれたりするけど、キスもしてない。
「はあ…」
ため息が出た。瑞希を、すぐそばで感じていたくて、抱きしめたくって、布団の中で丸くなった。
瑞希…。早く、朝が来てくれ。瑞希に会いたい。でも…、でも、朝が来たら、死に近づいていくんだな、俺…。