17 ありのままの俺
うっすら、眠りから覚めた。夢の中では、俺は瑞希の家にいた。瑞希の部屋で、瑞希といた。何かを瑞希と話していた。瑞希が笑って、俺は嬉しかった。
目を開けた。天井が見えた。俺の部屋だ。ああ、夢だった…と、横を向いた次の瞬間、瑞希の顔が目に飛び込んできた。
「あれ?」
辺りを見回す。ああ、やっぱり俺の部屋だ。
「俺の部屋だよね。なんで瑞希?」
それとも、夢か…?
「会社、早退しちゃった」
「どうしたの?」
「なんか、圭介のこと考えたら、いてもたってもいられなくなって…」
…会いに来たの?俺に?
「圭介、手…」
瑞希に言われて、布団から手を出すと、俺の手を瑞希がぎゅって握った。それから、瑞希の顔を俺の手に近づけると、俺の手の上に、熱いものがかかった。
「…!瑞希、泣いてる…?」
「…うん。でも、悲しくてじゃないよ。なんか、圭介を感じられて、嬉しくって泣いてるの…」
本当に?でも、俺、また泣かせてる…。
瑞希の髪をなでた。瑞希の匂いがかすかにした。
「瑞希、ごめん…」
「圭介、謝ってばっかり…」
「ごめん、あ、また言っちゃったね。俺…」
ふって笑って見せたけど、つくり笑いになった。
「具合、悪いの?」
「うん、ちょっと、朝、頭痛ひどくて。でも、頭痛は治ったよ。大丈夫」
瑞希の髪をまだ、なでていた。サラサラだった。瑞希のぬくもりを感じて、なんか俺はほっとしていた。目の前に瑞希がいる。なんか今は、それだけで、嬉しかった。
「圭介、私こそごめんね…」
「何が?瑞希が謝ることは、なんにもないよ」
「ううん、私いっぱい圭介を困らせた。それに、苦しめた」
瑞希、そんなこと思ったの?
「俺なら、大丈夫だよ。瑞希のほうこそ、辛かったんじゃないの?」
「……。圭介…」
瑞希は、いきなり声をあげて泣き出した。ああ、我慢してたんだ。
瑞希。瑞希は俺の、左手をぎゅって握りしめながら泣いていた。俺は、右手で、瑞希の髪をなでていた。
瑞希は、ずっと泣いていた。小さな肩を震わせ、しばらく泣き止まなかった。そんな瑞希を俺は、ただ、見ていた。ただ、髪をなでていた。
なんだか、わからないけど、瑞希を泣かせていることも、苦しませていることも、俺なのに、でも、俺は黙って、瑞希が泣くのをただ、見守っていた。
泣きたいだけ、泣かせてあげよう。思いっきり泣いたら、瑞希の心は軽くなるんじゃないのかな…。そんな気持ちだった。
「圭介、私本当はすごく怖い。圭介を失うのも。圭介が死んじゃうなんて怖くて、怖くて、考えたくもない。隣にずっといるって、そう信じたかったし、私の隣にいてくれなくなるなんて、絶対にそんなこと考えたくもなかった」
「うん…」
「必死で、考えないようにしたの。でも、考えちゃうの。考えないようにしても、無意識に考えちゃうの。それが、怖くて…」
「うん、わかるよ…」
「わかる?圭介もそう?」
「うん…」
瑞希が顔を上げた。涙で顔が、真っ赤になってた。俺も、いつの間にか、泣いていた。
「俺、瑞希が未来をイメージしてるって言ってるのを聞いて、一緒にイメージしたよ。瑞希と行くお祭りも、瑞希と行く、ディズニーランドも。だけど、思い描けば、思い描くほど、苦しくなった。叶えてあげられないことが悔しかった。悔しくて、悔しくて、なんでそんなこともしてあげられないのか、やっぱりそれが、全部叶うって思えないんだ」
「……」
「俺も、瑞希といたいよ。ずっと、そばにいたいよ。誰にも渡したくないし、瑞希と、家族も持ちたい。結婚して一緒に暮らして、子供生まれて、家族で毎日暮らしてる。そんなこと全部全部、叶えたいよ。でもできない。それが悔しい。すげえ、すげえ悔しい。なんでできないんだろうって。なんで俺、そんな病気になったんだろうって。何度も恨んで、何回も、自分の人生を憎んだ。とても、プラスになんて考えられない。どうやったって、悔しいだけだ」
「圭介…」
「だから、未来を思うたびに、苦しくなった。未来の話を瑞希がするたび、苦しかった。ごめん、そんな瑞希のそばにいるのも、辛くなった。だから、早くに入院も決めた。俺、瑞希に何もしてあげられないし、苦しめるだけだし、だから、逃げようと思った」
瑞希の手に顔をうずめた。涙が溢れて止まらなかった。
「ごめん、瑞希…。俺、頼りないし、俺、弱いし、俺、卑怯だ…」
顔をうずめたまま、泣いた。もう、言葉にならなかった。
瑞希が、俺のことを抱きしめた。ぎゅって力を込めて、抱きしめてきた。
「泣いていいよ、声をあげて泣いてもいいよ。我慢しないで、我慢したりしないで」
俺は、声を上げて泣いた。瑞希の胸の中で、瑞希のあったかさを感じながら、思い切り泣いた。
瑞希も、泣き出した。二人で抱き合って泣いた。どんなに泣くのを我慢してきたんだろう、俺も瑞希も。悲しい思いも、悔しい思いも、全部胸の中に押し込めて、苦しくて、苦しくて、それを全部全部、吐き出すように、俺たちはずっと泣いていた。
瑞希がそっと、俺の髪に触れて、そして、優しく髪をなでてくれた。
瑞希の胸に顔をうずめて、瑞希のぬくもりと、瑞希の匂いに包まれた。優しかった。すげえあったかかった。
やわらかくて、瑞希の肩は俺の肩にすっぽり入るくらい小さいのに、それでも、そのあったかさは俺の体全部を、包み込んでくれた。
「瑞希の、心臓の音が聞こえる…」
その音は、とても安心する鼓動だった。
「瑞希、あったかいね…」
「圭介もあったかいよ」
「瑞希、前に言ったよね。今に生きようって。今は俺、生きてるし、ここにいるって」
「うん…」
「でも、やっぱり未来のこと、考えちゃう。そうすると、すげえ怖くなる」
「うん、私もわかるよ、それ。時々、恐怖で、体が震えるもの」
「瑞希も?」
「うん」
「…瑞希と離れるのが、俺、1番辛い」
「うん…」
「死んだらどうなるかな。魂ってあるのかな?もしあったらさ、体消えても、瑞希のそばにいられるかな」
「……」
「瑞希のあったかさとか、感じられるのかな」
「圭介…」
瑞希は、俺がそんなことを言ったからまた、泣き出した。
「ごめん、泣かせた?俺…」
「ううん、いい。大丈夫。圭介が思っていること、話してていいよ。聞いていたいし…」
「うん。死ぬことは考えないようにしてたけどさ、怖いし、真っ暗闇なのかなとか、無の世界なのかなとか、そういうことを考えちゃうと、すげえ怖いから、考えないようにしてた。でも…」
「でも?」
「でも、みんないつかは死ぬんだよね。瑞希だって、いつかはさ、早いか遅いかの差があるだけで…」
「……」
ベッドからおりて、ティッシュを取りに行った。涙と鼻水で、顔がぐしゃぐしゃだった。
「私にも、ティッシュ」
瑞希にも、ティッシュを渡した。
「こんなこと、前にもあったよね。あ、車の中でか」
瑞希の顔を見ると、まつげが濡れてて、色っぽかった。でも、鼻がまっかで可愛かった。
「あ、すごいことになってる?私の顔」
「ううん、綺麗だよ」
「嘘だ~~」
「まじで、まつげが濡れてて、色っぽい」
「ええ?」
瑞希は、目元をティッシュでふいた。
瑞希の顔をじっと、見ていた。涙で化粧も落ちただろうに、あまりいつもと変わらなかった。
「瑞希は、あんまりお化粧濃くないね」
「あ、うん」
瑞希のほっぺにまだ、涙のあとがあった。それを俺の手で拭きながら、
「瑞希の顔、覚えていたいな、ずっと…」
って、言った。瑞希は、俺の顔をずっと見ていた。
「目に焼き付けて、忘れないようにする」
「……」
「死んでも覚えておく」
「圭介…」
見る見るうちに、瑞希の目はうるんでいった。その目もすごく、色っぽかった。
「私も、覚えておく。圭介のあったかさも全部、全部…」
「うん…」
瑞希を引き寄せて、ぎゅってまた、抱きしめた。
「覚えていてね。そうしたら、瑞希の中でずっと俺、生きていられるから…」
瑞希も、俺のことをぎゅって抱きしめた。それから泣いていた。
「瑞希、泣き虫になってるね」
「私、本当は泣き虫だもん」
「そうなんだ、知らなかった。また、瑞希のこと知れた」
「…うん。圭介も私に、そのまんまの圭介を見せてね」
「…ん?」
「泣いてるところも、弱いところも、どんなところも。素のままの圭介、知っておきたいから」
「うん…」
「私も、泣きたかったら泣く。我慢しない。苦しかったら、苦しいって言うし、悲しかったら、悲しいって言う。ちゃんと、感情を出して、感じて、圭介にも見せるから」
「うん…」
「だから、悲しかったら一緒に泣こうね。苦しかったら、こうやって抱き合おうね。思い切り泣いて、思い切り抱きしめる。圭介をいっぱい感じるから、圭介もいっぱい私を感じてね。このままの私でいるから、このままの私を受け止めてね。圭介のことも、全部受け止めるから…」
瑞希・・・・。
このままの、素のままの、ありのままの俺でいいのか…?こんなに弱くて、こんなに情けなくて…。それでも、瑞希は、そんな俺でも、受け止めてくれるのか?一緒に泣いて、一緒に苦しんで、抱きしめてくれるのか…?
瑞希…!瑞希を、抱きしめた。力いっぱい、抱きしめた。どんな瑞希も愛してる。どんな瑞希も受け止める。