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16 押しつぶされそうな心

 朝、目が覚めた。頭が割れるように痛い。ベッドから起き上がろうとして、気を失った。

「圭介君!」

「圭介!」

 遠くから誰かが、さけんでる…?

 目が覚めた。ぼんやりと見える修にいの顔と、瑞希のお父さんの顔。

 だんだんとはっきり見えてきた。瑞希もいた。すごい青ざめてる。

「…俺?」


「圭介君、大丈夫かい?」

 お父さんは、そう言うと、俺の体を起こしてくれた。ああ、ベッドから落ちたのか?

「すみません、俺…」

「いいから、ベッドに横になりなさい」

「圭ちゃん、大丈夫なの?今、救急車呼ぼうとしたんだけど、病院とか行ったほうがよくない?」

 お母さんが、受話器を片手に部屋に入ってきた。救急車…?ああ、俺、またけいれん?

「いいえ、すみません。迷惑かけて…」

「いいのよ、何言ってるの?それより、病院」

「あ、平気です。家でもけいれん起こしたことあって。すぐにおさまりました」

 瑞希を見た。座り込んでいた。顔が真っ青で、動けない様子だった。すごく怖い思いをしたんじゃないのか…。

 お父さん、修にい、お母さんが優しい言葉をかけて、部屋を出て行った。

「じゃ、私会社に行くね」

 瑞希は、どうにか立ち上がり、真っ青な顔のまま、作り笑いをして出て行った。


「はあ……」

 すげえ、迷惑かけた。やっぱり、泊まりに来るなんて無理だったんだ。今日、親父に迎えに来てもらって、帰ろう。

 でも、まだ頭痛がしてて、俺はそのまま朦朧としていた。朦朧とする意識の中、さっきの真っ青な瑞希を思い出していた。

 瑞希に、これからもあんな怖い思いをさせなくちゃいけない…。それが辛かった。瑞希のあんな表情を見るのが辛い。

 そのまま、横になってていつの間にか寝ていた。チャイムの音で目が覚めた。それから、部屋におふくろが入ってきた。


「圭介、大丈夫?」

「あ、おふくろ…?」

「父さんと一緒に迎えに来たわよ」

「ああ、うん。あ、荷物、俺、ぶちまけてて…」

「ああ、いいわよ。やっておくから、あなたは着替えなさい」

「うん…」

 もさもさ起きだして着替えて、下におり、リビングに行った。


 親父が、瑞希のお母さんと話をしていた。

「あ、圭ちゃん、大丈夫なの?」

「ああ、はい。すみません、迷惑かけて」

「いいのよ、それより、ここ座って。お茶でも飲む?あ、冷たい水のほうがいいかしらね」

 お母さんはそう言うと、キッチンに行った。

「圭介。けいれんだって大丈夫か?」

「うん。でも、迷惑かけちゃった」

「そうだな、やっぱり泊まるのは、無理だったな」

「うん…」


「圭介、荷物はこれで全部?」 

 おふくろが重い荷物を持って、2階からおりてきた。

「ああ、重そうだな」

 親父が、鞄を受け取りにいった。

「さ、圭ちゃん、水。それと、お母さん、お茶が入りましたので、どうぞ」

「あ、すみません。いただきます」


 3人で、少し落ち着いているところに、チャイムが鳴った。

「あら、瑞希かしら?」

 お母さんが玄関に行った。

「ただいま」

「瑞希、今、圭ちゃんのご両親がみえてるのよ」

「え?」

 瑞希が慌てて、リビングに来た。

 おふくろと親父が同時に立って、瑞希に頭をさげ、謝った。

「ごめんなさいね、瑞希さん。圭介が迷惑をかけて…」

「いえ、そんな…」

 瑞希は少し、戸惑っていた。

 それから、親父が俺の荷物を持ってくれて、3人で瑞希の家をあとにした。瑞希は、俺に何も言ってこなかったし、俺も瑞希に何も言わなかった。

 

 家に帰る途中、おふくろは、

「ねえ、圭介。けいれんがこんなにひんぱんに起きるなら、入院した方がいいんじゃないかしらね」

と、言い出した。

「でも、少ししたら、落ち着くんだし…」

 親父が、おふくろにそう言ったけど、

「心配なのよ。もし、誰も居ないところで、けいれんを起こしたりしたら…」

とおふくろは、少し暗い表情でそう言った。

「わかったよ。このまま、病院行って、先生と話をしてくるよ」

「じゃあ、私がついていくわ。お父さんは先に帰って、悪いけど、車で迎えに来てくれないかしら」

「ああ、わかった」

 親父とは別れて、俺はその足で、おふくろと病院に行った。


 ちょうど午後の外来の始まる前で、受付に行き、けいれんが朝起きたことを話すと、担当の竹内先生に、連絡を取ってくれ、診察をすぐにしてくれるよう、手配してくれた。

 診察室におふくろと入り、けいれんのことを話すと、すぐにでも、入院の準備をすることはできますよと、竹内先生が言ってくれた。おふくろはそれを聞き、安心した。おふくろも、怖かったんだな…。

 待合室に行くと、もう親父がいた。

「入院、早めてもらったわ」

「圭介、会社の方はいいのか?」

「ああ、うん。もう、仕事は俺の分も他の人が、引き受けてくれてるし、大丈夫」

「そうか…」

 親父は、なんだか疲れているように見えた。すっかり老け込んじゃったみたいに…。俺が心配をかけているからなのか。


 夜になって、瑞希にメールをしようか迷っているとき、携帯が鳴った。瑞希からだった。

「圭介、寝てた?」

「ううん」

「体の具合は?」

「うん、もう大丈夫だよ」

「そう…」

「…何?」

「別に、用はないんだけど、どうしてるかなって思って」

「…何も変わったことはないよ」

 嘘をつけ。入院早まったこととか、あるじゃないか。でも、何かを話したら、また、弱い俺を見せそうで、わざと、そんなことを言った。


「あ、そうだ、私もね『ザ・シークレット』観たの。すごい奇跡だよね…」

「ああ…」

「そ、それでね、私も圭介との未来とか、イメージしまくったり、楽しいことだけを考えていようかなって…」

「…未来?」

「そう、あ、桐子がね、来年当たり、結婚するんだって。例のコック長さんと…」

 桐子…。ああ、瑞希の友達の…。

「そうなんだ、よかったね」

 まったく、気持ちがこもらなかった。


「うん。静岡で式をあげるから、来てねって。それに一緒に行ったりとさ」

 来年…?一緒に…?

「それから、えっと、夏のお祭り一緒に行ったり、秋には紅葉見に行くのもいいし、冬はね、クリスマスを一緒に過ごして、あ、ディズニーランドでクリスマスっていうのも、いいな~~」

 …すぐに俺は入院する。そうしたらもう、退院をすることもないかもしれない。

 瑞希が言うことを、想像した。浴衣の瑞希や、花火、一緒に紅葉を見て、一緒にディズニーランドに行く…。

「それとか、正月は、初日の出に、初詣でしょ。一緒に二人で旅行にも行きたい。それに…」

 瑞希の声が止まった。電話の向こうで泣いているのがわかる。たった数ヶ月先の未来、想像しただけでも辛くなる。瑞希も辛いんだ。


「瑞希、俺、入院早まるかも」

「え?」

「明日から会社も休むよ。笹おじさんには、今日電話した」

「…なんで?」

「うん、あれから病院に行った。担当医がさ、ベッドも空いてるし、すぐに入院できますって」

「でも…」

「おふくろ、俺がまた、けいれん起こしたりするの、怖いみたい。ほら、入院したら、すぐ医者に診てもらえるし」

 瑞希は黙っていた。


「ごめん、瑞希。本当にごめん…」

「え?何がごめんなの?」

「瑞希の夢、叶えられないかもしれないから…」

「やめてよ。なんでそんな弱気になっちゃってるの?なんでそんなに悪い方ばっかり考えるの?そういうの思ってたら、悪い方が叶っちゃうよ。だから、やめて。言わないで」

 ごめん、瑞希。苦しめてる。瑞希も本当は、必死なんだ。

「……。瑞希…」

「え…?」

 俺といて、辛いよね…?って言おうとした、でも、言葉にならなかった。

「いや、なんでもない…」

「圭介、何?」

「……」

 これ以上話しても、俺は瑞希を苦しめるだけのような気がして、何も言えなくなった。


「圭介…、何を言いかけたの…?」

 瑞希の声は震えてた。泣いているのかもしれない。

「圭介…、黙ってないで、なんとか言ってよ…」

「うん…」

 何を言ったらいいのか…。

「もう、切るよ。そろそろ寝たいから…」

 俺はそれだけ言うと、電話を切った。瑞希を苦しめるのが嫌だった。でも、本当は苦しめている自分が嫌だった。


 情けなかった。何か話すと、瑞希を苦しめる。でも、どうやって瑞希のことを安心させたらいいのか、どうやったら、瑞希を苦しめずにすむのか…。

 瑞希の言ってたように、未来をイメージしても、それを叶えられてあげられないってそんな思いばかりが出てくる。どうやっても、奇跡が起きるとか、癌が治るとか思えなかった。

 たった、数ヶ月の間の、なんでもないことを叶えてあげられない。情けない。悔しい。どうして俺は、こんな病気になったんだろう?

 いったい、何を責めたらいいのか。運命か?神様っていうのがいるとしたら、俺は神様を恨むしかないのか。

 こんなことになるなら、なんで瑞希と出会ったのか。あの時、なんで、茂にいの代理で行ったりしたのか。


 辛くって、苦しくって、瑞希のそばにもいられない…。

 今すぐにでも、入院したくなった。真四角の部屋で、何も考えず、ベッドにずっと、潜り込んで、誰にも会わず、ひっそりと死にたくなった。

 いや、そんないつ死ぬかわからない命なら、今すぐにでも消えてしまえばいい。こんなに苦しいなら、いっそ、今すぐ!

 俺は、布団に潜り込み泣いた。まくらに顔を押し付け、泣き声がもれないように。

 瑞希…。瑞希…!会って抱きしめたい。ただ、抱きしめたい。何も考えず、ただずっと…。そんな思いも叶えられず、涙は止まらなかった。

 そして、いつの間にか俺は寝ていた。


 翌朝、頭痛で目が覚めた。しばらく横になっていると、どうにかおさまったので、一階におりて、顔を洗ってから、ダイニングに行った。

 おふくろは、俺がおりるとすぐに、キッチンでご飯を作り出した。顔をあわせようとしなかったので、俺の泣き顔も見られないですみほっとした。

 おふくろも、泣いていたのかもしれない。

「あ、どうにか、目は腫れてない…」

 顔を洗って鏡を見て、ほっとする。

 軽い朝食をすませ、まだ頭痛がするから寝るねって言って、2階にあがった。


 おふくろは、俺の前では絶対に泣かなかった。でも、泣きそうになると寝室に行っていた。

 順平は、あのいっつもふざけて、馬鹿ばっかり言っているのが、家で静かになった。だけど、俺といるのが辛いのか、バイトの数を増やし、なかなか家に帰ってこなくなった。

 兄貴も、時々、俺に声をかけてくれるが、ほとんど部屋で仕事をしていた。

 家の中は、いつも、し~~んと静まり返っていた。俺が入院したら、少しは明るくなるのか…。それとも、このままなのか?

 自分の病気のせいで、家の中もこんなに暗くしたのかって思うと、また、胸の奥が苦しくなった。

 ベッドに潜り込むと、何も考えないようにした。しばらくすると、俺は眠っていたようだ。


 

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