14 会いたくて
土曜の午後、いきなり瑞希のお父さんから家に、電話があった。おふくろが出て、慌ててていた。
受話器からもれてくるくらい、お父さんは怒っていた。結婚をさせてくれと言っておいて、いきなり別れるとはなんだ、これから話を聞きに行くぞ!そう言って電話を切った。
これから、瑞希のお父さんが、うちにのりこんでくる!
「どうしましょう、お父さん。瑞希さんのお父さん、怒ってたわ」
「…それはそうだろう。たいした理由もなく、断ったんだからな…」
「ああ、この前ね、瑞希さんから、電話があったの」
「え?」
「なんで、急に圭介が別れを告げたのか、わからないみたいで、私に聞きたかったんだと思うの。でも、私、なんて言っていいかわからなくって、すごくつっけんどんに冷たくしちゃったのよ」
「おふくろ…」
「まあ、そう気にするな。いいか、圭介も、お母さんも慌てるな。ただし、柴田さんが怒るのは無理もないんだ。謝るしかないんだよ」
「…うん、わかってる。でも、お願いだから、本当のことは、言わないでくれる?頼むから」
「そうよね…。そうよ。瑞希さんをこれ以上、苦しめたら、かわいそうよ」
「わかってるよ。圭介、母さん」
一人で来るんだろうか、瑞希も一緒だろうか。
俺は、怖かった。瑞希がもし来たら、どういう態度をしたらいいのか。謝って、それですむのか。それより、俺の本音を言ってしまわないか。
本当は俺は、瑞希と一緒にいたい。かたときだって、離れたくはない。ずっと、俺が死ぬまでずっと…。でも、そんなわがまま絶対に言えない。
1時間くらいたって、チャイムが鳴った。
おふくろがドアを開けると、かなりの剣幕で、瑞希のお父さんが入ってきた。玄関でいきなりまくしたてて、あの優しい、穏やかなお父さんが豹変してしまうとはって、本当に驚いた。
瑞希は一緒じゃなかった。少しほっとした。でも、やっぱりどっかで、瑞希に会いたいって気持ちもあって、自分が自分で嫌になった。
「結婚したいと言ってきたよな?え?圭介君。それが一週間やそこらで、なんで、やめるって言い出した?」
「すみません…」
「うちのやつが反対はした。でも、瑞希は本当に圭介君のことを、信頼してた。それが、なんで急に手のひら返したみたいに、結婚をやめるどころか、別れるなんて言い出すんだ?え?」
「……。すみませんでした」
俺は、ただただ、謝るしかなかった。おろおろしてたおふくろも、一緒に頭を下げた。親父はリビングで、黙って見ていた。
「なあ、圭介君。どういうことか、もっとちゃんと説明してくれないか?」
「いえ、すみません。理由は瑞希さんに言ったとおりです」
「気が変わったということか?」
「はい…」
「そんな簡単な想いだったって事か?それとも、瑞希が何か、12も上で嫌になったか?」
「いいえ…」
「それとも、遊びだったのか、からかって楽しんでいたのか?」
「いいえ…」
「じゃあ、なんだ。なんで結婚まで考えてたのに、いきなりやめると言い出すんだ?他の理由はなんだっていうんだ?」
「すみませんでした!」
俺はその場で土下座した。あの穏やかなお父さんがここまで、豹変するようなとんでもないことを、俺はしたんだ。それだけ、俺は瑞希を傷つけたんだ。
お父さんが、こうやって、乗り込んでくるぐらい瑞希は、傷ついたんだ。
「柴田さん、本当にすみません。あの、圭介もこうやって、謝っていることですし、わかっていただけないでしょうか…?」
おふくろは、泣きそうな声でそう言った。
「いいや、わからん。瑞希の前でも、こうやって、頭を下げてもらおうか?瑞希が納得する理由をきちんと話してもらおうか?」
「すみません、それはできません」
瑞希には、会えない!
「なんでだ!なんでできない?」
「柴田さん!」
親父が、リビングから出てきた。
「まあ、玄関で話しているのも、なんですから、リビングで落ち着いて話しませんか?」
「親父!」
「いいから、圭介…」
親父は、瑞希のお父さんを家にあげ、リビングに通した。そして、
「まあ、おかけください」
と、ソファに座るように言った。
「…話を聞いていました。口はいっさい出さないつもりでしたが、やはり、柴田さんが頭に来るのも無理はないでしょうし…。真実を言ったほうが、いいと思いましてね」
「親父!約束したじゃんか!」
「いいから、圭介」
「約束…ですか?」
瑞希のお父さんが、反応した。ああ、やばい。
「…話してもらえますか?榎本さん。全部を…」
「…はい」
親父はそう言うと、俺の病気のこと、もう長くは持たないことを告げた。瑞希のお父さんは、しばらく黙っていた。
「お父さん、あの…。このことは絶対に瑞希には黙っててください」
と、俺は瑞希のお父さんに頼んだ。
「え?なんでだ?」
「瑞希さんを苦しめたくはないんです。だから、圭介は嘘をついたんです」
おふくろが、泣きながらそう言った。
「私も、圭介と同じで、瑞希さんを苦しめたくはないって思ってます。どうか、瑞希さんには黙っていてください」
「そういうわけにはいかない、圭介君」
「でも…」
「もし、僕の妻が病気になったら、僕は逃げ出さずに看病をするだろう、夫婦だからね」
「でも、まだ、俺たちは結婚してません」
「結婚を考えた仲だろう?確かに、結婚はまだだ。これから、瑞希は圭介君のそばにいて看病をするのか、それとも、結婚していないのだから、離れるのか、それは、君たちが話し合って決めることだ」
「え?」
「瑞希には、きちんと話して。瑞希の意見も聞くといい」
「……。瑞希の?」
「そばにいるかどうかを、瑞希に決めさせてやってはもらえないかな」
「……。でも。俺は…」
「もし、君の病気が結婚してからわかったことなら、どうだった?その苦しみも全部を夫婦で、共有するものじゃなかったのか?」
「……」
何も言えなかった。そうだ。もし、もう、結婚していたなら。でも、それは、もしの話だ。今は結婚もしていないのだから。
「瑞希には、話す。すべてを聞いて、きちんと話すと約束をしてきたのでね。君も、もう一回、瑞希と話をしてくれ。頼んだよ」
「…はい」
そう言うと、瑞希のお父さんは帰って行った。
力が抜けた。
「お父さん、なんで本当のことを?」
おふくろが、親父に聞いた。
「ちゃんと言わないと、柴田さんは、納得しなかったと思うよ。真実をすべて聞く気で、きたんだろう。聞くまでは帰らないくらいの気持ちでね」
「圭介、あなたどうするの…?」
「うん…、ちょっと、考える…」
そう言って、2階にあがった。
俺は想像した。瑞希がお父さんから真実を告げられてるところを…。聞いて、瑞希はショックを受ける。相当落ち込む、いや、泣くかもしれない。俺に会いたいって言うかな。もし、会ったら?きっと、泣くかな…。
その時、俺はどうしたらいい?どう慰めたらいい?瑞希の泣くのを、見ているだけ?何もしてあげられないのか?
もし、もし瑞希が、俺の病気のことを知って苦しむのは嫌だから、もう会わないって言ってきたら?向こうのほうが、俺のこといやになったら?
いや、それはそれで、いいんだ。そう、そのほうが瑞希は苦しまなくてすむ。けど…、やっぱり、それはそれで、辛いなって思っている自分がいる。
結局、俺は、自分のことしか、考えていない。瑞希にどうなってほしいかってそんなこと、考えてない。
でも、一緒にいて、幸せになれないのは確かだ。だったら、やっぱり会わないほうがいい。
会いたい!瑞希の顔が見たい!でも…。それが俺のエゴなら、会わないほうがいいんだ。
まる1日悩んだ。親父は何も言わなかった。おふくろは、瑞希さんのことを本当に思うなら…、別れた方がいいって言ってた。
だけど、瑞希はもう俺の病気のことを知ってるんだ…。
このまま、ほっておくわけにはいかない。電話をして話さないと…。でも、電話したら会いたくなるんじゃないのか?
いや、会わない。電話して、ちゃんと本当のことを言って別れよう。本当の弱い自分、全部見せて嫌われてもいいから…。
そんな結論を自分の中で出して、勇気を出して瑞希に電話をした。声を聞いて崩れないか、怖かったけど、どうにか手に力を入れ、携帯を持ち電話した。
「もしもし…」
「…うん」
瑞希が、出た。瑞希の声だ…。
「瑞希の、お父さんが来た」
「うん…」
「話、聞いた?」
「うん…」
さっきから、瑞希はうんしか言わない。
「ごめん…」
「……。何が?」
「嘘ついてたことも、苦しませてたことも。悲しませてたことも…」
なんか、言い出したら、全部全部、謝らなくちゃって気になった。
「これから先、そばにいられないことも、守ってあげられないことも、幸せにしてあげられないことも…。全部、ごめん…」
瑞希は、黙ってた。でも、息使いで泣いているのがわかった。
「俺、瑞希に会わないほうがいかなって思ってる」
「嫌だ」
「え?」
「謝るなら、ちゃんと会って謝ってよ」
瑞希…。でも、俺会ったら、謝れるかどうか…。
「今日、これから会って」
「今から?もう8時過ぎだよ」
「圭介の家に行くから」
本気?
「わかった。俺が行くよ」
「大丈夫、私が」
「じゃ、どっかで待ち合わせしようよ」
待ち合わせ場所を決めて、電話を切った。
会わないつもりだったのに…。会って、俺、冷静でいられる自信がない…。でも、会いたかった。すんげえ会いたかった。声聞いて、もっと会いたくなった。
だけど…、これで、最後にする。
待ち合わせの駅の改札の前で、瑞希を待っていた。ここまでは車で来て、駅前に止めて来た。
緊張した。でも、やっぱり会いたい気持ちが勝ってて、会うのを楽しみにしてる俺もいる。だけど、ちゃんと謝ったら、それでおしまいにしよう。でも…。
最後に、車で送っていってもいいよね。そうしたくって、車で来た。
「圭介」
え?後ろから瑞希の声がした。なんで?振り返ると瑞希が立ってた。
「あれ?どこから来たの?」
「修二が送ってくれた」
「そっか…」
瑞希だ…!すっげえ嬉しくなった。でも、胸が苦しくもなった。
「どっか店はいる?でも、この辺には、あいてるとこ、なさそうだね」
駅前を歩いてみたけど、店もあまりなくて、あっても閉まっていた。
「車で、ちょっと出たらあるかな」
瑞希は黙って、俺のあとをついてきてた。車に乗って、すぐに発進した。
「そのへんの路地に止められないかな」
瑞希が、聞いてきた。
「あ、うん。公園の横なら、止められるかも…」
俺は、公園の横に車を止めた。エンジンも切ると、車内はし~~んと静まり返った。
「瑞希、なんか痩せたね…」
さっき、駅で瑞希を見たときにそう思った。
「あまり、最近食欲なくて、食べてなかったから痩せたかな。ダイエットしたかったから、よかったよ。痩せて…」
瑞希の顔を見た。目が腫れてた。
「目、腫れてる。泣いてた?」
「う、う~~ん。不細工になってるでしょ」
そう言って、瑞希は自分の顔を手で隠した。
「ごめん…」
「何で?別れ話をしたから?」
「悲しませたから…」
「圭介は…?悲しくなかった?苦しくなかった?」
俺?俺のこと心配してんの?
「俺のことはいいんだ。それより、瑞希にきちんと謝らなくちゃ…、俺」
「謝らなくて、いいよ。別に…」
「え?でも、会って謝ってって」
「会いたかっただけ…」
…瑞希も?俺に?
「瑞希…。会社、辞めた?」
「社長から聞いてない?」
「うん、何も…」
「まだ、辞めてない。しばらくお休みすることにしてくれてる」
辞めてなかったんだ。
「そっか…」
「圭介は、会社行ってるの?」
「うん。今はね、でも、新しい人入れてもらうよう、頼んだんだ」
「何で?辞めるの?」
「うん。入院しなくちゃならないし。会社には行けそうもないから」
瑞希には、きちんとそのへんのこと、言った方がいいよね…。
「さ来週から、入院して治療始める」
「うん…」
そして、ちゃんと言ったほうがいいんだ。これが最後だって…。
「瑞希のお父さんが、きちんと瑞希と話しなさいって。でも、俺、瑞希が悲しんだり、苦しんだりするの、見るのが1番辛くてさ。ごめんね…。俺、弱いよね。とても、苦しむ瑞希、受け止められそうもない。だから、逃げたんだ…」
情けない俺を、瑞希に見せた。
「それだけじゃない。俺と一緒にいて、辛くなって、瑞希が遠くに行ったりしたら、もっと辛いから、そうなる前に、俺のほうから、遠ざけようって思った」
もっと、弱い俺を見せた。そうやって、俺のことを、瑞希が嫌いになったらいい。
「話し合うも何も、俺は…」
「…何?」
「もう、瑞希には、会わない。いや、会えない。やっぱり瑞希が悲しむのは見たくない。そう思ってる」
「そう。でも、別れを告げられても、私すごく悲しい思いをするよ。それはいいの?」
……!いいわけない!いいわけないけど…。
「わかってる。だけど、何日か、何ヶ月かしたら、忘れられる。でも、もし俺と一緒にいることになったら、これから何ヶ月苦しむのか、わからないじゃないか」
「そんな何日とか、何ヶ月で、忘れると思ってるの?もし、あのまま別れてたら、私一生結婚もできなくなってたかもしれないよ」
「え?なんで?」
「結婚しようって言われたのに、別れを言われて…。元彼だって、結婚の話をしたとたん、別れ話をしてきちゃって。私2回もそんなことあったら、絶対結婚怖くて、できないと思う。それどころか、恋だって、できない。好きな人だって、できない」
俺のせいで?ずっと…?瑞希は、俺と今別れたら、もうずっと恋もできなくなる?好きな人も…?
「だから、圭介と、今、別れたからって、私が悲しまないとか、苦しまないとか、そんなこと思ってるとしたら、まったく逆だから」
「でも、瑞希。俺、ずっとそばにいてあげられないよ。ずっと、守ってあげることもできないよ。そんないつか、別れが来ること知りながら、一緒にいたら苦しむよ」
瑞希は、黙ってた。
ああ、やばい。だから、会ったら冷静でいられなくなるって思ってたんだよ。目の奥が熱い。胸が苦しい。泣きそうだ、俺…。 必死で涙が出ないよう、目を押さえた。瑞希は、まだ、黙ってた。
でも、次の瞬間、瑞希が俺の腕に触れた。びっくりして、瑞希を見た。瑞希は、まっすぐに俺の目を見た。瑞希は泣いてなかった。ただ、俺の顔を見ていた。瑞希の目は、あったかく、優しく、俺を包み込むような目だった。
それから、そっと俺の背中に手を回してきて、俺のことを瑞希のほうに、引き寄せた。あったかかった。瑞希の匂いがした。
瑞希は、そのまましばらく黙って、俺のことを優しく抱いていた。
「瑞希…?」
何も言わない瑞希の心の中が、気になって声をかけた。
「圭介は、わかってない」
「え?」
「私、こうやって一緒にいられたら、それでいい」
「だけど、どのくらい一緒にいられるか、わかんないんだよ。1年か、半年か…」
「未来のことなんていい。だって、誰にも明日のことはわからない。元気な人も、いきなり死んじゃうかもしれない。みんなわかんないんだよ?」
「…そうだけど、でも俺、何も瑞希にしてあげられないよ。苦しめることしか…」
「だから、こうやって、ここに居てくれるだけで、幸せなんだってば…」
幸せ…?
瑞希は、俺の両手を握ってきた。そして俺の顔を見ながら、
「ね、圭介。私泣いてる?悲しんでる?」
と、聞いてきた。
「いや…」
「ね、今、私、幸せだよ」
今、幸せ?
「だから、それでいいの。圭介、今に生きよう」
「…今に?」
「そう、誰だってね、明日はわからないの。でも、今にみんな生きてる。今は、生きてる。今は、圭介、生きてるよ」
今?今に生きる…?今、そうだ、俺は生きてる…。
思わず、涙がこぼれた。
「瑞希…」
瑞希がそんなことを言ってくれるなんて思わなかった。
会ったらまた瑞希を泣かせて、悲しませて、苦しめるだけって思ってた。瑞希を俺が幸せにできるなんて、絶対にもうできないって思ってた。
でも、今、今ここに、俺が居るだけで、幸せだって言ってくれる。
涙が止まらなかった。瑞希が俺のおでこにおでこをくっつけてきた。瑞希の匂いがする。
会いたかった瑞希が今、目の前にいる。俺は、嬉しくって泣いているのか、それすらもう、わからなかった。
瑞希は、俺の前髪をあげた。そして俺の涙を手で拭いてくれた。それから俺のほっぺたにキスをした。すげえ優しいキスだった。それから俺のことを、ぎゅうって抱きしめてくれた。
「圭介が好き、圭介が好き」
瑞希が耳元で、そう言った。
…瑞希!
俺も瑞希を抱きしめた。
「圭介が、病気だってね、関係ないよ。弱くても、泣いてても、どんな圭介だって、私は大好きなの」
瑞希!
俺はもう一回瑞希を、抱きしめた。
「うん」
一言、そう言うと、それにつられてなのか、涙がまた溢れ出した。心の中にしまっていたたくさんの感情が、一気に溢れ出してきた。
「瑞希、俺、すげえ怖くて…」
「うん…」
「すげえほんとは、怖くて、死ぬのも、瑞希失うのも…」
「うん…」
「ほんとは俺、瑞希と一緒にいたくて、会いたくって、こうやって、抱きしめたくって」
「うん…」
「俺も、瑞希がすげえ好き」
「…うん」
絶対に言っちゃいけないって思ってた、俺の本音を全部瑞希に言ってた。
「圭介、私が泣いてても、悲しんでいるって思わないでね」
「え?」
「私、圭介が好きで、愛しくて泣いてるだけだからね」
「…うん、わかった」
瑞希の涙を俺の手でぬぐってから、ほっぺにキスをした。それから瑞希を抱き寄せた。瑞希が愛しくって、嬉しくって、瑞希のすべてを全身で感じてた。
しばらく、泣いてると、ようやく涙はおさまってきた。瑞希に無性にキスをしたくなった。でも…。
「瑞希…」
「ん?」
「俺、鼻水も出ちゃった」
「ええ?」
「ティッシュ」
そう言って、瑞希にダッシュボードにのってたティッシュの箱を取ってもらった。鼻をかんで、車内灯をつけて、バックミラーで自分の顔を見た。
「ああ、ひでえ、顔。親、びっくりするだろうな!」
つい、そんなことを口ばしった。
「ずっと、泣いてなかったの?」
「うん、一回泣いたら、崩れそうで、親のほうが泣いていたし…」
「部長も?」
「うん、泣いてた」
親父も、最近、目腫れてたもんな…。
「じゃ、圭介、我慢してたの?泣くの…」
我慢?じゃないかな…。でも、押さえてたな…。
「なんか、そういうの全部考えないようにしてた。どうやったら、瑞希のこと苦しめないかとか、親の前で泣いたら、もっと親が苦しむかなとか、そんなことばっか、考えて」
「そんな、人のことばっかり?」
「そうやって、忘れたかった。自分の病気や死を考えるのも嫌で…。考えたくもなくて…」
そうなんだ、俺は考えないようにずっとしてたんだ…。
「あ、でも泣いたら、すっきりしたや」
瑞希を見て、瑞希が優しい目で見てたから、俺も、笑った。
「泣きたいときは、泣いていいよ。そのときは私、またずっと抱きしめているからね」
…瑞希、なんでそんなに優しいんだよ。
「ああ、そうだ。いつでも、私の胸は圭介のために取っておく。いつでも、私の胸でお泣き」
「あははは!下手な芝居見てるみたい。何?それ!」
「ふふ…」
ああ、いつもの瑞希の笑い方だ。
時計を見ると、もう、11時近かった。
「わ、もうこんな時間?送ってくね」
そう言ってから、瑞希のシートベルトを締めた。
「あ、さっきキスしようと思ったんだけどさ」
「え?」
「鼻水たれてきて、できなかったんだよね」
「ええ?」
それから、瑞希にキスをした。瑞希のぬくもりを感じられて、すげえ、幸せな気持ちになった。
車を走らせた。外の空気に触れたくて、窓を開けた。何も音楽もかけず、瑞希が隣にいることだけを、ただ全身で感じていた。
「瑞希、俺も今、すげえ幸せ。今は生きてるし、瑞希が隣にいる。それだけでいいんだよね」
「うん…」
瑞希は、うなづいて、俺の顔をじっと見ていた。
なんか、信じられなかった。もう会えないと思っていた、瑞希が隣で俺のことを見ている。もう、これっきりにして、別れようって思ってたのに…。
瑞希の、俺に対する想いが痛いほど伝わってきた。優しくてあったかくて、俺のことを全部包み込んでしまう、そんな想いが…。
俺はいつまで生きられるだろう?でも、最後の瞬間まで、瑞希を愛していたいって思った。
最後の瞬間まで、俺も瑞希のことを、包み込めるくらいになれたらなって…。そんなことを思いながら、俺は車を走らせていた。