12 俺の決意
翌朝、瑞希が会社に来て、メールを打ってきた。
>朝、社長に会って、親に反対されてよかったな、障害があったほうが、圭介は燃えるだろうって言われた。
「あはは!それ当たってるかも。俺、俄然張り切る気になったもん」
俺がそう言うと、瑞希は俺の顔を少し、あきれたって言う顔で見てから、笑った。
でも、さすが笹おじさん。俺の性格わかってんじゃん。確かに、すんなりOKもらえるより、俺、障害があったほうが燃えるかもしれないな…。
で、その障害を乗り越え、ゴールする。そっちの方が、結婚するのも感動的かも…って、漫画やドラマの観過ぎかな。
なんかそう思うと、俄然仕事まで張り切る気になってきた。よっしゃ~~やったるぞ~~ってそんな感じだ。
そんな思い切り張り切ったのが、悪かったのか、翌日、起きたらまた、頭が割れそうに痛くなってた。
また、熱は微熱。会社にどうにか着いて、席に座る。瑞希が来て、すぐに俺の顔色が悪いことに気がついた。また、心配かけちゃうよ、俺。
午前中に、もうすぐ終わりそうな仕事を、どうにかこうにか終わらせる。
社長が、もう帰っていいぞって言うから、少しだけ会議室で休ませてもらい、それから、頭痛が落ち着いたので、家に帰ることにした。
夜、瑞希がメールをくれた。
>大丈夫だった?
>なんかやばいかもしれないから、明日また検査に行ってくる。
>そんなに具合悪いの?
>帰り、吐いちゃった。頭もものすごく痛い。おふくろも明日は、ついてくるってさ。瑞希は心配しないで。検査してはっきりした方が、安心するだろ?
>わかった。きっと大丈夫だよ。
瑞希に送ったメールを読み返して、ああ、また心配させちゃったなって思った。夜にはもう、落ち着いてたけど、不安は消えなかった。胃はなんでもなかったのに、俺の体どうなってんの?
翌日、また朝、頭痛がして吐き気があった。病院まではおふくろと、タクシーで行った。
検査は、半日かかった。検査っていうのは、具合が悪いときにすると、まじ、きつい。ぐったりしながら、おふくろと、またタクシーで家に帰った。
翌朝には、少し調子も良かったし、会社に行った。
「おはよう」
瑞希が、声をかけてきた。俺の顔をのぞきこみ、少しほっとしている様子だった。あ、昨日メールくれたのに、返せなかったっけ。
「検査の結果はいつ?」
「う~~ん、早くて明日って言ってたけど…」
「そう、明日病院に行くの?」
「一応、予約している」
「そう…」
瑞希は、あまり元気のない返事をした。俺も、瑞希を安心させようって思って言葉を捜したけど、まったく浮かばなかった。
次の日、検査の結果を雨が降る中、親父が車を出してくれ、親父の車で病院に行った。
わざわざ、親父まで来ることないのにって思ったけど、車があったほうがいいだろうって言われた。でも、なんとなく朝から親父と、おふくろの様子がおかしいのに感づいていた。
特に、おふくろ…。朝起きてから、目をあわそうとしない。でも、やけに明るくて、わざと明るくしているのが見え見えだった。親父も、よそよそしく接してきていた。
病院に着く。待合室で待っていると、榎本さんこちらにどうぞとすぐに呼ばれた。そして、なぜだか、レントゲンを撮ることになった。
頭の、レントゲンだ。CTスキャンっていうやつだ。頭?なんで頭?疑問だらけの俺のことをよそに、どんどん準備が進められていく。
検査が終わって、また、待合室で待つことになった。ずっと、親父もおふくろも黙っていた。
「ねえ、親父、会社に行かなくていいの?」
「あ、ああ。今日は休みを取った」
「…あのさ、なんで頭なの?」
「え?」
「だから、CTスキャン」
「ああ、一応念のためってやつだ。ほら、頭痛がひどかったしな」
「ふうん…。で、なんの疑いがあるの?俺」
「え?」
「この前、ちょうどテレビでやってんの観た。っていっても、もうその人は、40代の人たちだったけどさ」
「何?どんなテレビ?」
おふくろが、少し不安げに聞いてきた。
「脳溢血とか、脳卒中とか…、突然死した人もいたっけ。でも、突然死っていっても、その前から頭痛や吐き気があったらしくて、それを病院で調べもせず、働いてたって。で、突然倒れてそのまま死んじゃった…」
「……」
親父も、おふくろも黙り込んだ。
「…そういうやつじゃないの?俺も、ちょっと、体酷使してきてたし」
「うん、まあ、その辺がどうなのかをはっきりするためにも、検査したんだよ」
「そういうのって、治るの?」
「もちろんよ!」
おふくろが、突然、そう言い切った。親父は何も、言わなかった。
午前中に呼ばれそうもなくて、昼を食べに行った。その間も、なんだか、会話がなかった。
午後、やっと呼ばれて、診察室に3人で入った。
「榎本さん、レントゲン写真ができましたので、どうぞ、見てください」
「はい…」
見てもさっぱり何がなんだか、わからないけど、先生がなにやら説明を始めた。それに、血液検査の結果とかも教えてくれたけど、数値がどうのこうの言われても、さっぱりわからない。
「で、検査入院をしましょう」
「え?」
いきなりのことで、俺は驚いてしまった。まだ、検査するの?
「いや、もう1度詳しく検査したうえで、治療法を考えていくということで…」
「治療法ってなんのですか?なんの病気なんですか?」
「……。お父さん何も、息子さんには?」
「はい。まだ…」
え?何?親父知ってるの?
「お父さんとお母さんには、昨日のうちに来てもらって、お話したんだけど」
「はい?」
「…圭介君。この前の検査でね、どうも、癌の疑いがあるとわかってね。症状から見て、脳を調べてみることにしたんだよ。だから、CTスキャンもとったんだが…」
……癌?
「脳に腫瘍がある。ほら、ここ…」
……腫瘍?
「まだ、もっと検査をして、それからでないと、詳しくはわからないんだけどね」
……。癌?腫瘍?何言ってんの?この医者。
そのあと、検査入院の説明だの、先生があれこれしてたけど、まったく耳に入ってこなかった。
診察室を出た。まだ、わけがわからない。頭の中が真っ白だった。
「検査入院か…」
親父がぽつりと言った。
「そうよ、まだ、わからないわよ。検査してみないと…」
おふくろは、低いトーンでそう言った。
「そうだな。うん、そうだ」
親父が、そう言ってうなずいた。それから、俺の肩を抱いて、歩きだした。
「すまなかったな。昨日聞いてはいたんだが、どう圭介に話したらいいか、わからなくて…」
「……。癌って…」
「腫瘍って言っても、良性の可能性もあるからな。うん」
「でも…」
「圭介。気を落とすなよ。わかったな」
「……」
何を言われても、頭の中を通過するだけだった。
夜、瑞希からメールが来た。
>圭介、どうだった?
短い文だ。相当気になっているんだろうな。
「明日から、検査入院することになったよ。でも、心配しないで」
って、一回書いた。でも、また消した。
「検査入院だって。でも、たいしたことないから」
そう書いて、また、消した。
「俺、癌だって」
そう書いて、消した。なんて書いたらいいのか、何を書いても、どう書いても、瑞希に送ることができなかった。
>なんでもなかったよ。おやすみ。
そう書いて、瑞希に送った。検査入院することも、黙っておこう。結果がはっきり出るまでは、黙っておこう。
入院している間にも、メールは来た。でも、返事はしなかった。
検査が終わり、家に帰った。それから、結果を聞きに、また、親父とおふくろと3人で行った。
兄貴と順平には、まだ、何の病気かもわからないから、検査入院をすることになったと、親父は言っていた。
余計な心配をかけさせたくないとか、そういうことよりも、自分たちが俺の病気のことを受け入れるのに精一杯で、まだ、兄貴たちに伝えるまでの余裕がなかったようだった。
ちゃんと、検査の結果が出たら、きっと告げるんだろう。
よく、癌で、余命何年かとか、そういうのは、本人にふせておくってドラマで観たことがある。その代わり、周りが辛いんだよな。でも、ああいうのって、結構本人は気づくもんじゃないのかな。
最近は、本人にきちんと宣告をしないといけないとかなんとか、なんかで聞いたことがある。それ、本当かな?それで、俺にも本当のことを、言ったのかな?
もし、あとわずかの命ですなんて言われたら、俺どうしたらいいんだろう?どんどん怖さがこみあげてくる。
親父が運転する車の、後部座席におふくろと乗った。俺はずっと、外を見ていた。何を言っていいのかもわからなかった。
病院に着き、すぐに先生のところに呼ばれた。
「榎本さん、お座りください」
先生は、穏やかな表情だった。その表情で、もしかしてなんでもなかったのかと思ったけど、そうじゃなかった。
「検査の結果ですが…」
レントゲン写真を見せられ、また、わからないことをあれこれ言われ…。でも、最後に先生が、
「悪性の腫瘍で、それも、手術をするには、危険な箇所にあります。なので、手術はせず、放射線治療と、抗がん剤で治療を進めていきたいと思っています」
と、言ったのだけ理解できた。
「それで、治るんですね!」
おふくろが、先生に顔を突き出して聞いた。
「……」
一瞬、先生の顔がこわばった。でも、すぐにまた、穏やかな表情になった。ああ、この穏やかな表情は、つくりものだってことがわかった。
「癌の進行が早いんです…。持って、半年か1年か…。いえ、治療によっては、もっと延命する場合もありますが。どの位と言われても、はっきりとお答えするのは…」
「助からないんですか?」
親父が叫んだ。
……。俺、ここにいていいの……?
こういうのって、本人がいないところで、するんじゃないの?
よく、ドラマであるじゃん。親がこういうことを聞いて、助けてくださいとかって、泣いてるやつ…。で、本人にはさ、隠してたり、いや、告げたとしても、同時に医者から聞いたりしないだろ?
「全力は尽くします」
全力って何?何を医者はできるっていうの?
……っていうか、…待って。
……俺、死ぬの……?
次に訪れたのは、真っ暗闇。目の前が真っ暗ってこういうことを言うんだ。先生と親の会話も、まったく、そう、まったく聞こえなくなった。
診察室を出た。足がふらふらだった。気がつくと、親父に支えられていた。それすらわからなかった。親父とおふくろの顔を見たら、二人とも、真っ青だった。
会計を待っている間も、親父が俺のことをがっちりと、支えていた。俺は自分が震えていることに、気がついた。手がカタカタカタカタ小さく小刻みに震えている。
やばい…。崩れていきそうだ…。
心の中で俺は、叫んでいた。
「瑞希!」
真っ暗な闇の中に、ぼうって浮かぶのは瑞希の顔だった。崩れていきそうな意識の中で、瑞希の泣いている顔が浮かんだ。
俺の意識が、戻った。ああ!どうやって、瑞希に言おうか…。
おふくろが会計をすまして、戻ってきた。俺は自力で立ち上がって、親父の手を振り払った。
「大丈夫だから、もう」
そう言うと、親父とおふくろは、困惑した表情になった。俺にどう接していいか、どう話したらいいのか、わからない様子だった。
でも、俺の頭の中は、瑞希のことでいっぱいで、親のことなんて、考えていられなかった。
家に着いた。
「ちょっと、部屋に行って休むよ」
そう言うと、2階へ俺はあがっていった。
部屋に入る寸前、リビングから泣き声が聞こえた。おふくろだ。俺がいたから精一杯我慢をしたんだろう。限界になって、泣き出したんだな。
俺は静かにドアを閉めた。それから、ベッドに寝転がった。リビングから何も、聞こえなくなった。
入院してたときも、ずっと瑞希に連絡を入れてなかった。結果が出たらって思ってたけど、こんな結果、どう伝えたらいいんだ。
どう考えても、考えても、瑞希に言ってはならない…。そうしか思えなかった。瑞希がおふくろのように、泣き崩れていくところしか思い浮かばない。そんな瑞希を見ていられない。そんなの耐えられない。
じゃあ、どうしたらいいんだ。このまま、ほっぽっておくのか?それとも、どうしたらいいんだ。
ずっと、ずっと、それを考えた。どうしたら、瑞希は苦しまなくてすむのか。どうしたら、悲しませなくて、すむのか。
俺と一緒にいたって、苦しむだけだ。だったら、今すぐにでも、別れたらいいんじゃないのか。
「ああ、そうだ。それしかないよ…」
いつの間にか外は真っ暗になっていた。ドアをノックする音がして、おふくろが声をかけてきた。
「圭介、夕飯食べれる?」
「ああ、うん。今行く」
ベッドから立ち上がり、一階におりて行った。
親父はもう、席についていた。順平と兄貴はまだ、帰ってきていなかった。俺は、兄貴たちが帰ってくる前に親父たちに、瑞希と別れることを告げた。
「え?でも…」
おふくろが、何か言おうとした。
「それで、いいのか?圭介…」
「うん、だって、このままいても、苦しめるだけだし…。結婚なんてとんでもないしさ…」
「……。圭介…」
おふくろは、見る見るうちに目を真っ赤にさせた。そして、そのまま、ダイニングのドアを開けて、寝室に入っていった。
きっと、泣いてる…。親父は、黙ったまま、うつむいていた。
「絶対、誰にも、言わないでくれる?家族のほかの誰にも、俺が病気だってこと。瑞希にも、絶対に知られたくない」
「……。お前はそれで、いいのか?」
「…俺は悪者になってもいいんだ。でも、瑞希を苦しませるのは嫌なんだ。それが1番辛いんだ」
「…そうか。わかった」
黙って、もくもくとご飯を食べた。そして俺はさっさと、部屋に戻った。
そして、瑞希から毎日来ていたメールを見た。
>圭介、大丈夫?
>圭介、検査は終わったの?
>いつ、会社には来られるかな?
>日曜は、家に来るの?
ああ、日曜瑞希の家に、また行くって言ったんだっけ。賛成してくれるまで、何回も行くって俺言ったんだっけ。
どんなに反対されても、行くって…。誰も俺たちの間を引き裂くことはできないって…。そう思ってた。なのに…!なんで……?なんで、俺、こんな病気になってるんだよ…!
悔しかった。情けなかった。ずっと隣にいるからって言ったのに、その約束も守れない。
でも、このまま一緒にいたら、瑞希をずっとずっと、苦しめることになる。もうすぐ死んでいなくなる俺のそばになんていたら、瑞希はどんなに毎日、苦しい思いをするんだろう。そう思うと、耐えられなかった。
ごめん、瑞希。ごめん…!俺、ひどい男になるよ。だけど、どんなに憎んでも、嫌ってもいい。そして、とっとと忘れてくれていいから!
瑞希からきていたメールを、一つ一つ消そうとした。でも、やっぱりずっと、死ぬまで瑞希の思い出でもいいから持っていたい、瑞希を感じられる何かを持っていたいって思って、消すのをやめた。
女々しいかな…。でも、思ってるだけならいいよね…?
電気もつけずに、俺は、ずっと携帯の画面を見てた。そして、明日、瑞希に別れを告げる決心をしていた。
翌朝、早くに起きて、一階におりて行った。
「会社に行くの?」
おふくろが聞いてきた。目が真っ赤で、泣きはらした目だった。
「うん」
それだけ言って、ご飯を食べた。今日はあまり、頭痛もしなかった。
「あのさ、順平と、兄貴には…?」
「昨日、お父さんから話してたわよ」
「それで…?」
「……。あなたが気にすることない」
おふくろは、そうきっぱりと言った。それ以上は何も聞かず、俺は家を出た。
定時ぎりぎりに会社に着いた。着くと、社のみんながいっせいに、
「圭介、大丈夫なのか?」
と、聞いてきた。
「すみません、ずっと休んじゃって…」
社長も心配そうに来て、
「もう大丈夫なのか?」
と、聞いてきた。
「はい、仕事たまってますよね」
「ああ、みんなで分担してたから。それより、無理するなよ」
「はい」
ああ、みんなにもたくさん、迷惑かけてる。
デスクに行くと、瑞希が、心配そうに俺の顔を見た。
「あ、ごめん、何度かメールくれてたのに…」
「ううん」
瑞希は、それしか言わなかった。必死で、つくり笑いをしているのがわかった。
瑞希は、どんなに心配をしたんだろうか。俺の病気はなんなのかとか、きっと、ずっと考えてたに違いない。でも……。でも、それも今日で終わりにする。
「圭介、ご飯食べない?おごるよ」
仕事を全部かたづける勢いで、必死に仕事に集中していたからか、ずっと、瑞希は声をかけてこなかったが、昼になって、そう声をかけてきた。
「仕事たまってるし、弁当買って、ここで食べるよ」
なんだか、今は瑞希と面と向かって、話をできる状況じゃなかった。それに、少しでも仕事を終わらせたかった。いつ、また入院してもいいように。
先生との話では、さ来週から治療を始めましょうとのことだった。入院したら、もう、会社には出て来れなくなるだろう。
社長には、ある病気の治療をしないといけないから、しばらく俺が休むことになる。代わりの人を雇ってくれって、どうやら親父が言っていたようだ。