11 結婚させてください
いよいよ、日曜がやってきた。朝から、すげえ緊張して、あまり食べれなかった。
おふくろが、新しいYシャツを出してきて、これを着ていけって言った。髪も、昨日の仕事の帰りに切ってきた。ネクタイもあまり派手じゃないのにした。
「は~~~~~」
バスルームの鏡を見ながら、ため息をつくと、横から親父が、
「緊張してるな~~。大丈夫か?」
と、聞いてきた。親父もこんなときがあったの?と聞くと、
「あった、あった。いや~、頑固そうなお父さんで、結婚させてくださいと言っても、ずっと、むっつりしててな…。緊張したっけな~~」
と…。
「へえ、そうなんだ」
「でも、お母さんがあの調子で、両親を言いくるめちゃったんだよ。いやいや、ほんと、あのころから強引だったっけな~」
「…まじ?」
「お母さんは、口が達者だからな~~」
「ああ、うん…」
す~~、は~~~~!今度は、深呼吸をしてみた。瑞希は、おふくろみたいに、両親を説得したりまるめこむほど、強くない気がする。俺の方がしっかりとしていないと…。
それに、12歳も下のガキとかって思われたくない。頼りないやつに大事な娘を渡せるかって、思われたくない。
パンパン!ほっぺたをたたいて、鏡に映った自分に向かって、
「行くぞ!」
と、気合を入れた。
玄関に行くと、おふくろがやってきて、
「もし、もし反対されたら、すぐに次にはお母さんが行くからね!」
ってちょっと興奮気味。
「いや、いいって。親が出てったらもっと、駄目なやつって思われるっしょ」
「そうだぞ。圭介に任せておけばいいんだ。圭介だって、もう大人なんだから」
「じゃ、行って来る」
なんか、その「圭介だって大人なんだから」って言葉まで、馬鹿にされてるようで、しゃくにさわったけど、そんなことで頭にきてたら、ほんとのガキだよなって思って、そのまんま、俺は家を出た。
ああ、緊張でのどが渇く。でも、ここを越えないと、結婚にはたどりつけない…。あっさりと、瑞希のご両親がOKしてくれることを祈りつつ、電車に揺られて瑞希の家に向かった。
なんで、車じゃないかっていうと、兄貴がデートに乗って行っちゃったからだけど、でも、車を運転するのも、緊張のあまり、事故でも起こしたら大変だし、電車で行けっておふくろも親父まで言ってたからな~~。
瑞希と約束の時間は、12時きっかり…。瑞希の家の近くに来たら、まだ、10分も時間があった。それで、缶コーヒーを買い、近くの公園のベンチに座ってひと息ついた。
「は~~~~」
ってため息、そのあとに、また深呼吸をした。
「すげえ、緊張。あ、えっと、何て言えばいいんだっけ?結婚させてください。いや、お嫁さんにください。いや、幸せにします!いや…。あ~~~~!なんて切りだせばいいんだっけ?」
昨日の夜に考えた言葉が、全部ふっとんでた。時計を見たら、あと3分で12時だった。
「わ、やべ!」
慌てて公園を出て、自販機の横のゴミ箱に缶を捨てた。それから足早に瑞希の家に向かった。
玄関の前で、時計を見た。あと1分で、12時だ。ゴクン。また、のどが渇いてきた…。
ピンポ~~ン!チャイムを押した。押しちまった!
「は~~~い」
あ、瑞希のお母さんだ。
ガチャ…。ドアが開いた。と、その瞬間クロが、飛びつこうとして走ってきた。けど、なんでか、飛びついてこないで、止まってしまった。
う…。緊張で、顔がひきつる。
クロのあとからきた、お母さんが俺を見て、立ち止まった。
「おや、今日も仕事だったのかい?」
お母さんの後ろからお父さんが来て、そう穏やかに言った。
「いらっしゃい、圭ちゃん。仕事帰りなの?大変だったわね」
え?ええ!?瑞希、俺が挨拶にくるって言ってないの?
廊下の奥にいた、瑞希の顔を見て、目で訴えた。すると瑞希が、両手をあわせて、ごめんって謝っていた。ああ、言ってないんだ…。
もし、瑞希が言っててくれたなら、ご両親もそれなりの心構えでいるんだろうなとか、そこで、どう切り出そうかとか、それとも、ご両親の方から何か、言ってくるかなとか、思ってたのに。 これじゃ、何?もう完全に俺のほうから、全部を言わなきゃならないって感じだよね。
リビングに行くと、お父さんが、ご飯を一緒に食べようと、言い出した。いや、ご飯食いながらは、ちょっと言えそうもない。それに、この緊張じゃ、とても、のどを通らない。
「その前に話があって…」
リビングのソファに座らせてもらった。瑞希は俺の隣に座った。お父さんはにこにこしていた。お母さんの方は、なんか、怖い感じだったけど…。
「あの…」
話し出そうとしたら、のどがからからで、のどの奥がいがいがした。お茶を飲むと、熱くて、思いきり、やけどをした。
ああ、もう、こうなったら、一気に言っちゃった方がいい!
「い、いきなりですみません。瑞希さんと結婚させてください!」
は~~~~~!言ったぞ!!!!
しばらく、沈黙が続いた。お母さんがようやく、お父さんの方を見て、
「お父さん…」
と、声をかけた。
「圭介君、その、何を言ってるのか、わかっているのかな?」
「はい」
う、これから、なんて言われるんだ…。でも、なんて言われようとも、くじけないぞ!
「瑞希さんとは、お付き合いをさせていただいています。それで、結婚を二人で考えて、今日、挨拶に来ました」
「お付き合い?い、いつからだね?」
「少し、前からですが…」
「そ、そうだろうね。瑞希はこの前まで、茂君と交際していたくらいだからね」
お父さんはかなり、動揺しているのか、少し声がうわずっていた。
「お付き合いをしてから、まだ日も浅いんでしょ?ちょっと、結婚を考えるには、早過ぎないかしらね、圭介君」
お母さんの方は、冷静だ。いつもの明るい、お母さんとは全然、雰囲気が違う。
「早すぎるとは、思っていません」
でも、なぜだか俺もどんどん、冷静になっていった。
俺は、真剣に瑞希との結婚を考えた。早すぎるだろうとか、そんなこともいっぱい考えた。でも、やっぱりこれから先もずっと、瑞希といたいってことと、ずっと、いるだろうなってことだけで、結婚を今しようとも、何年後かにしようとも、結局一緒にいることには、変わりないだろうって、そう思っていた。
いつから、そんなふうに真剣に思うようになったかって言えば、瑞希が俺の体を真剣に心配してくれてて、俺のことを真剣に思ってくれてるってわかってからだ。
それまでは、結婚のことなんて、考えられなかったけど、でも、瑞希のその気持ちに応えたいとか、瑞希の支えに俺もなりたいとか、そんなふうに思えたから、まじで、結婚のことを考えるようになったんだ。
そういうことを、瑞希のご両親に説明した。どれだけ、俺の気持ちを言えたかはわからない。もし、わかってもらえないなら、何回でも来て説明もするし、賛成してくれるまで、絶対あきらめないって思ってた。
お父さんは、今は動揺していて、考えられない、もう少し時間をくれと言った。お母さんも、今日は家族で話したいから、このまま帰ってくれと言った。
瑞希は、ほとんど黙っていた。何か言いたそうにはしていたけど、どう言ったらいいのか、考え込んでいたみたいだった。そして、お母さんの反対する言葉に、相当ショックを受けてたみたいだった。
玄関に行き、靴をはいていると、修二さんとクロと瑞希が来た。
「圭介、かっこよかったよ。俺は二人の味方だから」
修二さんが、こっそりとそう言ってくれた。すげえ嬉しかった。
瑞希はというと、かなりへこんでいた。
「あとで、電話するね」
瑞希の耳元で、そう言って、俺は瑞希の家を出た。
帰り道、いろんなことを考えた。次に行ったら、なんて話そうかとか、もし、万が一ずっと、反対されたらどうするかとか、それでも、瑞希は俺についてきてくれるのかとか。かけおちでもしちゃおうかとか…。
家に着くと、やっぱりおふくろが玄関に走ってきた。
「圭介!どうだったの?」
「反対された」
「ええ~~?」
おふくろは、思い切りがっくりした。
「やっぱり、今度は私たちが行ったほうが…」
「いや、だから、それはやめてって…」
リビングに行くと、親父が、
「お帰り。反対されたか?」
と、静かに聞いてきた。
「うん、でも、また行くから…」
「そっか。ま、頑張れ。誠意を持って行っていれば、いつか許してくれる日がくるはずだ」
「うん」
俺は自分の部屋に行って、スーツを脱いだ。そのまま、ベッドに横になった。
反対の理由はやっぱり、年齢の差と、俺が若すぎるってこと。ああ、悔しいな。それって、俺の努力じゃ何にもできないってことじゃん。頑張ったからって年齢差はちぢまらないし、いくらもがいても、一気に年をとることもできない。
だけど、親父が言うように、瑞希を真剣に思っていることは伝えられる。うん。それしかないなら、それを頑張るしかない。
2時過ぎくらいに、軽くトーストを食べ、なんだか、無性に体を動かしたくなったから、近くの室内プールに行き、泳ぎまくり家に帰った。
夕飯を食べ終わり風呂から上がると、兄貴がデートから帰ってきた。それから、兄貴が俺の部屋に来て、
「お前、今日挨拶にいったんだろ?どうだった?」
と聞いてきた。
「反対されたよ」
「ふうん。ま、そのくらいの予想はついてたろ?」
「うん、まあね」
「でも、あれだよ。どんなやつがきても、一回は反対くらいするもんだよ。気を落とすことはないって」
「ああ」
兄貴は、クールだけど、けっこう俺のことをいつも励ましてくれる。
「でも、人生長いから、ここで絶対に結婚をしなくちゃならないってこともないんだし。ま、あせることはないと思うぞ」
「でも、俺には、瑞希しか考えられないや」
「はは、そっか?付き合ってまだ、間もないからじゃないのか?」
「それもあるかもしれないけど、でも、今まで付き合った子とは、確実に違ってるよ」
「ふうん。どんなふうに?」
「どんなって言われても…」
「うん」
「瑞希は、特別…」
「は?」
「うまく言えない。でも、瑞希は、俺の素のままを見てくれるし、素の俺でいいって思っててくれそうだから」
「ふうん。お前は?」
「俺?俺も…。なんかうまく言えないけど、瑞希のどこをとっても、好きだな…」
「だから、そこが付き合って間もないからだって、言ってんじゃん」
「う、そうかな~~」
「ま、いっか。お前がしたいんなら、周りがとやかく言うことじゃないよな…。それじゃおやすみ」
「うん」
そっかな。まだ、付き合って日が浅いから、こういうふうに思えるのかな?でも、今まで付き合った子は、別に付き合った当初、こんなこと思った子もいなかったけどな。
少し、兄貴の言ったことを考えた。考えてもやっぱり、瑞希のことが好きだってことしか浮かばないから、もう考えるのをやめにした。
そして、瑞希の携帯に電話した。
「どうだった?あのあと」
瑞希、泣いたりしなかったかなって、ちょっと心配だったんだ。
「うん、なんかあのまんま、進展なし」
あ、声沈んでるな~~。
「また挨拶に行くよ。賛成してくれるまで、何度でも行くから」
「うん、ありがと。今日の圭介ね、頼もしかったよ」
「惚れ直した?」
「うん、めちゃめちゃ、惚れ直した。やばいくらいだよ」
「あはは、やっぱり?それ以上惚れたらまじ、やっばいよ、瑞希」
瑞希も、笑った。あ、良かった。瑞希の声が、いつもの明るい瑞希に戻った。
「来週の日曜日、また行くよ。じゃ、おやすみ」
「うん。おやすみ」
電話を切った。俺はだんだんと、反対されようがなんだろうが、その障害も壁も、全部乗り越えてやろうじゃんって気になっていた。
反対くらいなんだっていうんだ!そんなので俺たちの間は引き裂かれるほどの、そんなやわな関係じゃないんだ!心と心は結びついちゃってるんだよ!誰も、俺たちの愛を邪魔できるやつなんていねえんだよ!…って、ちょっと酔いしれてたかもしれない。
これから来る、思いもよらない、俺と瑞希を引き裂くような出来事を、そのときはつゆとも知らず。
そして、まさか俺のほうから、瑞希に別れを告げることになるなんて、夢にも思わず、俺は何度でも何度でも、瑞希の家に行ってやるって、心の中で叫んでいた。