9 瑞希の真剣な想い
親父が、帰ってきた。おふくろが、どうやら、今日は瑞希さんが泊まることになって、と、説明している。リビングでの会話がだんだんと、聞こえなくなった。
多分、おやじもおふくろも、リビングから、いなくなったってことだよな。そっと、一階におりていった。おふくろも、親父も、瑞希もいない。
リビングのドアを開けると、和室から電気がもれてた。あ。瑞希、和室にいるんだ。聞き耳を立てた。声がしない。きっと、一人でいるんだよな…。
「圭介、どこ行くの?」
うわ~~~~!びびった!おふくろ、どっから沸いて出た?
「え?いや、瑞希、さびしくないかなって」
って、俺、どういう言い訳してんの?
「あなたみたいに、さびしんぼうじゃないわよ。それより失礼でしょ。もう、お布団だってしいてあるのよ」
「え、まじ?」
布団…。
「え?まじじゃないわよ。夜中でも駄目よ。寝室の隣なんだから、寝込み襲いにきてもばれるからね。瑞希さんは大切なお嬢さんなの。今日はお預かりしてるんだから、わかってるの?」
み、見抜かれてる。
「はい…」
これはもう、退散するしかないよな…。あ~~あ。
一人さびしく、テレビでも観てるかなって、リビングのソファにねっころがって、テレビを観だした。まさか、もう瑞希、寝ちゃったかな…。
テレビでは、なんかわかんないドラマをしてた。金曜なんて、たいてい、終電近くまで会社にいるし、ドラマなんて観てないから、何がなんだか、わからなかった。
ただ、ぼ~~って、眺めてた。同じ屋根の下に瑞希がいることを、嬉しいような、ちょっと惜しいような、そんな気持ちでいた。
ガチャ…。リビングのドアが開いて、瑞希が入ってきた。
「あ、瑞希。まだ寝てなかったの?」
あああ。嬉しいかも!
「だって、まだ10時…」
そうだよな、寝るには、早すぎるよな!
寝そべってた体勢を直して、ソファにちゃんと座り、俺の横に瑞希が来れるようにスペースを開けた。「ここ、ここ」って感じで、俺の横をぽんぽんたたくと、瑞希が横に来て、座った。
ああ~~~。瑞希だ。まじ、嬉しい。
「俺、ここでこうやって、よくテレビ観るんだ」
「ふうん」
「あ、確か瑞希は部屋に、テレビあったよね」
「うん。たいてい部屋で一人で観るかな」
「そうなんだ。でも、一人でさびしくない?」
「くす。さびしがりやなんだ、圭介」
「え?」
俺が?
「さっき、お母さん言ってたでしょ」
「あ、聞こえてた?」
じゃ、寝込み襲いに行くってのも…。
「ふふ。寝込み襲いにきちゃ駄目よ。」
あ、聞こえてたか…。
「なんだよ。ちぇ。チャンス到来だったのにな」
ちょっと、バツが悪くて、そんな冗談を言った。
ゴホン。
うわ…?
振り返ったら、兄貴が立ってた。音もなく2階からおりてくるなよ。びびった。
「風呂誰か入ってる?」
「今、親父が入ってる」
「あ、そう」
なんだよ。邪魔すんなよ~~~~!とっとと、2階に行け!
「あのさ、なんかいい感じだけど」
「え?」
まだ、いたの。
「だから、恋人同士みたいだけど、あんまり仲良くしてるとさ、やばいんじゃないの?圭介」
恋人同士みたいって、見てりゃ、わかるっしょ。そのとおりなんだよ。何がやばいわけ?
「おふくろ、勘違いするよ。それに喜んじゃうよ。なんか、たくらんでるっていうか、もくろんでるっていうか、あの人、怖いよ、何考えてるかわかんないけど」
たくらんでる?おふくろが?何を…?
「気をつけて、柴田さん、あの人、強引だから」
だから、何が?
「なんのこと?」
瑞希にも、わけがわからないらしい。俺だってさっぱり…?
「あら、瑞希さん、起きてた?」
今度は、おふくろかよ~~~。
「まだ、10時だよ。寝てるわけないよ。ねえ」
「じゃ、お酒飲まない?ビールか、ワインもいいわね」
酒?ああ、おふくろ、どっかりと居座る気なんだ…。
おふくろは、ワインとグラスを持って、意気揚々とやってきた。
「私、ワインは甘いのが好きで、フルーティーなのよ、これ」
俺は、胃カメラの検査が終わるまで、酒はおあづけらしい…。ちぇ。
「乾杯」
おふくろはそう言うと、瑞希の持ってたワイングラスに、自分のグラスをくっつけた。
「何に乾杯?」
そう俺が聞くと、
「そうねえ、瑞希さんとの出会いにかしら」
おふくろが、そう答えた。
「瑞希さんと気が合うのよ」
そりゃあ、良かった。それからも、おふくろは、瑞希とあれこれ話し出し、俺と瑞希の時間は、おふくろにのっとられたも同然だ。ちぇ…。
そのうえ、俺が途中で口を挟んだら、
「圭介、あなたね。せっかく二人で話が盛り上がってるのに、邪魔しないでくれる?」
と、きたもんだ。
「おふくろの方が邪魔してるの、わかんないの?せっかく二人で、テレビ観てたのにさ」
すげえ、いい雰囲気だったのに…。
「そんなこと言って、瑞希さんはあなたみたいな子供、相手にしてるの、大変なのよ。ねえ」
グサ。傷つくじゃん、それ。けっこう気にしてたりするのに…。
「いえ、そんな・・・楽しいです。圭介くんといるのは」
瑞希!もっと言って!
「あら、そう?圭介といると楽しい?」
「はい、すっごく」
「な?な?」
俺は、有頂天になった。
「そう、それはもしかして」
そのとき俺は、おふくろの顔つきが変わったのにも気づかずにいた。
「この前から主人と話してたんだけど、瑞希さん良い子よねって。本当にお嫁さんに来て欲しいくらいよねって」
嫁…?
「主人もお気に入りなのよね」
「はあ?」
瑞希の顔が、呆けてた。
「私もなのよね~~。ね、圭介」
「え?そうなの?」
ていうか、何が言いたいんだか?
「茂にはもったいないわ。ほんと良かったわよ。破談になって、ね、圭介」
そりゃまあ、そうだけど…。
「もう、お見合いはしないわよね~」
え?見合い~~~?
「はい。する気ありません」
ああ、良かった。瑞希、きっぱりと言ってくれて…。
「じゃ、誰か周りで良い人とか、いないわよね。あ、好きな人とか」
ん?なんで、瑞希黙ってんの?俺でしょ、俺!
「あら?その間は何?いるの?」
「あ…」
あって、だから~~。俺でしょうが…。
ゴホン。
わあ、びっくりした。だから、なんで兄貴は音もなく、おりてくんの!
「母さんさ、強引なんじゃないの?そんな聞き方して、困ってるじゃん。それに好きな人がいるんでしょう。柴田さん、はっきり言った方がいいよ。じゃなきゃこの人、たくらんでるから、やばいよ」
兄貴、さっきからなんだよ、たくらんでるって…。
「ちょっと、変なこと言わないで」
「本当のことでしょ?」
瑞希も、困った顔をしてる。そうだよ。何がなんだか、わかんないよ。
「はっきり言わないと、圭介とくっつけられるよ」
ええ?んだよ、それ。もう付き合ってんだよ!
「この前から、二人はお似合いだの、圭介には、ああいう人が必要だの、圭介は、とっとと結婚させないとだの、怖いよ、聞いてても…」
け、結婚?
瑞希の顔を見た。ああ、瑞希もびっくりしてる。
「だから、そんなことになったら、いいわねってそういう話よ。別にたくらんでいたわけじゃないのよ。ただ、圭介はどうも、瑞希さんのこと気に入ってるようだし、でも、圭介じゃ、進展しそうにないし」
し、進展…って、何?
「いや、だから、ちょっとだけ、こうなんていうのかしらね。キューピッド役?っていうのかしらね」
「わ、こえ~~」
…?キューピッド?
「柴田さん、気をつけてって言ったでしょ。ちゃんと断って、じゃなきゃ、圭介もその気になるから」
んだよ?それ!兄貴何を瑞希に言ってたんだよ!
なんなんだよ?くっつけるだの、結婚だの、断った方がいいだの…。なんで、周りが勝手にそんなこと言ってんの?俺のこと無視かよ!
「ああっ。なんかこんがらがる!」
ああ~~~~。頭まわんない。
「風呂親父出たよね。入ってくる」
風呂でも入って、頭さっぱりとしないと、わけわかんないよ。
「って、おい俺が先」
兄貴が、とっとと着替え持って、風呂場に行った。
「早まりすぎたかしらね~~」
おふくろがため息混じりに、つぶやいた。
「圭介には、お似合いって本当に思ったのにね」
結婚のことか?
「俺、まだ、21だよ」
まだ、結婚なんて考えらんねえよ。
「そうよ、でも、あなた一人じゃあぶなっかしいのよ」
「何、それ?」
俺が、ガキってこと?
「今だって、体壊すまで働いてるし、自分で自分の体、ちゃんとみれないでしょ。管理できないでしょ?」
ええ?
「母親の言うことは聞かないし、あなたには、ずっと年上の、面倒見のいい女性がいて、早くに結婚でもしたらいいと思ったのよ」
「んだよ、それ」
何か?俺の面倒を瑞希に押し付けようとでも、思ったのかよ。っていうか、俺、そんなに頼りねえやつ?
「すげえ、むかつく。俺、そんなに子供?っていうか、じゃ、なんのために結婚するの?俺の管理するため?」
「そうじゃないけど、でも、圭介は仕事でもなんでものめりこむから、セーブして、守ってくれる人が必要なのよ。21歳でもね、結婚はできるわよ」
「でもさ、結婚ってそういうもんなの?」
「そうよ、お互い支えあって」
「お互いじゃないじゃん。なんか、瑞希にばっかり支えてもらうみたいじゃん。情けなくね?俺」
「そんなことは…」
おふくろが黙った。やっぱ、俺が情けないやつって思ってるんじゃん。
「ごめんなさいね。心配しすぎね」
心配?俺が情けなさ過ぎてかよ?
「心配って、何が?」
「圭介の体だよ」
瑞希が、少し怖い顔で言った。
「俺の?」
「だって、圭介、あまりにも、うとすぎるんだもん。お母さんが心配してるの、わかってないんだもん」
心配してるのなんて、わかってるよ!
「自分の体なんて、自分が1番わかってるよ!」
「わかってないよ!」
え?
「圭介、わかってないよ。人の気持ち!」
瑞希がすごい、怒ってる。こんな瑞希はじめて見た。
「人がさ、心配してるんだよ?無理ばっかりして、強がってばっかで、無茶ばっかで、少しは、自分の体大事にして欲しいのに」
……!瑞希が、泣いてる?
「瑞希さん…」
おふくろも、驚いてた。
ああ、瑞希、そんなに俺のこと心配してたんだ。俺、それなのに、なんもわかってなかった。
「ごめん。俺、そんなに心配かけてるって知らなくて」
いや、心配してるっていうのは、わかってた。だけど、そこまで思っててくれてるって気づかなかった。
「ごめん、俺全然わかってなかった。瑞希の気持ちわかってるようで、全然」
それなのに、俺、瑞希に甘えて…。
「なんか、全然駄目だよね。俺、心配ばっかかけて。甘えてばっかで。やっぱ、ガキじゃん」
ガキだって、思われて悔しかったのに、てんでガキだったんだ。俺…。
「やっぱり、釣り合わないよ。俺じゃ」
瑞希のことを守ってあげたり、幸せにするなんて、俺には無理なんじゃないかな。支えになるなんてさ…。
「おふくろ、やっぱ、俺じゃ…」
ああ、情けねえ。
「瑞希さん、もしかして、そんなに圭介のこと、思ってくれてるのかしら」
え?何、聞いてんの?
「あ」
瑞希、なんで泣いてんの?
「圭介、あなた、そんなに落ち込まなくてもいいのよ」
「?」
「やっぱり、あれね、私が邪魔したのね。二人いい雰囲気だったのに」
「あの…」
瑞希が、何か言いかけた。
「私、圭介のこと、責めるつもりはなかったんです」
「?」
「ただ、お母さんが圭介を思う気持ちが、伝わってきて、痛いほど、伝わってきて、それで」
「瑞希?」
おふくろの…思い?
「それで」
瑞希が、今度は俺に向かって、話しだした。
「私も、すごく大事なんです」
「え?」
何が…?
「私も、圭介がすごく大事なんです。だから…、結婚とか、そういうの今考えるんじゃなくて、ただ、大事だから、一緒にいたいし、支えになりたいし」
「瑞希?」
え?俺のこと?大事?支えになりたいって…、一緒にいたいって…本当に?
わ、やべ、泣きそうだ。俺…。
「だから、圭介がお互い支えあうってさっき、圭介が言ったけど、圭介がいてくれるだけでもう、私の支えになってるの」
まじで…?
「やべえ」
まじ、泣きそうだよ。俺…。
「そう、そうなの?12歳年下の、圭介でも?」
おふくろが、そう聞いた。
「はい…」
瑞希が、そう答えた。
瑞希、本当に?そんなに俺のこと、思ってくれてたの?真剣に思っててくれてたの?
ああ、嬉しいやら、驚いたやらで、なんか、俺は本当に涙が出てきてて、瑞希やおふくろに見えないように、ソファに座って顔を伏せていた。