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(2)

 今度こそロイさんは死んだのだろうか。

 旦那様はどこへ行ったのだろう。


 いや、わたしの予想が間違っていないのなら、初めから旦那様はロイさんだったのだ。


 相変わらず混乱してその場に立ち尽くしていると、背後からのんびりした声が聞こえた。

 

 「まったく、やれやれだな」


 弾かれるように振り返るとそこに立っていたのは旦那様で、ピンピンした様子で苦笑している。


「死んでなかったんですね?」

「もちろんだ。元々死んでないし、さっき消えたのもただの演出だ。魔物がいくらでもリポップするのと同じシステムだ」


「旦那様はロイさんだったんですか?」

「そうだよ、やっと気づいたか」

 

 やっとも何も、気づくはずないわよ!

 容姿はエルさんのように闇魔法で変えていたのだろうけど、口調も性格も何もかも違うんだもの。

 

 急にどっと疲れが出てきてよろめくと、それを旦那様の逞しい腕が支えてくれた。


「頑張れ、まだ片付けないといけないことがあるだろう?」


 そして笑顔のままわたしの肩を抱いてお宝の前まで進み出た。

 立ち居振る舞いや口調はすっかり元の協会長のそれだ。

「皆さん、お疲れさまでした。これから戦利品の分配を行います。くまー、先程のサイクロプスの……っ! うわっ」


 くまーがいきなり旦那様に得意の左フックをかまそうとしたのだが、避けられて悔しそうにしている。


「おまえ、まだ根に持ってんのかよ」

 旦那様がくまーとわたしにだけ聞こえる小声でつぶやいた。


 どうやらくまーは、この人がロイさんだとしっかり認識しているらしい。


 最初の出会いが最悪だったくまーとロイさんとの間に生じた深い溝はその後も埋まることがなく、くまーは事あるごとにファイティングポーズをとってロイさんを威嚇して毛嫌いしていた。

 三回目の会合の前にジークさんを殴った後もくまーがファイティングポーズをとり続けていたのは、ジークさんに対してではなく旦那様に対してだったのかと、ようやく合点がいった。


「くまー、おとなしくしてちょうだい」

 笑いをこらえながらそう言うと、くまーはおとなしくサイクロプスの戦利品を出現させたのだった。

 

 

 通常であればダンジョン1階の山分けスペースで行う戦利品の分配だが、今回は人数と戦利品の多さのためにこのまま広いボス部屋で行うこととなった。

 

 サイクロプスのラストアタック報酬は誰がもらうのかとか、ラスボスのラストアタックはどうなるのかといったちょっとした問題はあったものの、大きな揉め事は起きずに戦利品の分配が終了した。

 サイクロプスのほうはハットリへ、ラスボスのほうはジークさんへそれぞれラストアタック報酬を渡すことで満場一致した。

 

 ここでビアンカさんが明るい声で呼びかけた。

「みなさーん、今日はこのあとうちの酒場にいらしてね。全部会長さんの奢りですって!」


 やったー! とみんなが拳を振り上げて喜んでいる。

 誰一人、離脱することも大怪我を負うこともなく終了したことにホッとして涙腺が緩みそうになった。


「ヴィー、お疲れ様! サイクロプスの斧を封印した絶対防御はさすがだった。大地の亀裂は惜しかったね、奇襲攻撃のタイミングとしては絶妙だったんだけどな」

 近寄って来たエルさんがわたしの手を握り、ニヤつきながら旦那様を見る。


「ヴィーに触るな」

「もうそればっかり、先が思いやられるよ。じゃあ先に行ってるね」


 他の人たちに続いてエルさんとトールさんがボス部屋を出ていくのを見送った。


 

 実は討伐隊のリーダーには最後の仕事が残っている。

 ダンジョンは、最下層のラスボスを倒したらそれで終わりで成長を止めるわけではない。

 リーダーはダンジョンプログラムの変更を二つ申し出ることができるのだ。

 お客様のご要望を反映すると言えばわかりやすいだろうか。


 そしてアップデートされ、階層が足されてダンジョンはこれからも成長を続けていく。


 以前ジークさんがこの討伐隊のリーダーをしたがっていたのは、名声や報酬のためではなく、自分の思い通りの仕様変更をしたかったのだろうと思う。


「ヴィー、あらかじめ言っておくけど一度要望を言ったら変更はできないから、よく考えてから言うんだ。ラスボスの件をどうにかしないといけないってわかるね?」


 旦那様の言いたいことはよくわかる。

 アップデートされて5階層増えたところで、またラスボスがロイさんだったりしたらグダグダなことになってしまう。

 内容をよく考えてこくこく頷いた。


「もうひとつは、ヴィーがここを変えて欲しいって日頃から思っていることを何でも言えばいい。ここまで頑張ったご褒美だ」


 甘く微笑んだ旦那様が手をかざすと、突然そこに分厚い本が現れた。

 表紙に『ダンジョンマニュアル』と書いてある。


「さあ、それではひとつ目のご要望は?」


「マーシェスダンジョンのラスボスは人間以外の魔物にしてください!」

 旦那様は満足げに頷きながら何も書かれていないページを開いた。

 そこに、今わたしが言った内容が自然と印字されて浮かび上がる。


「二つ目のご要望は?」


 ひと呼吸置いてから、大きな声で告げる。

「マーシェスダンジョンでは、おさげを戦利品に加えてください!」


「はあぁぁ? 何だそりゃ!?」

 あらあら、旦那様ったらロイさんになってらっしゃるわ。


 大事なおさげが戦利品に含まれていないせいでミミックから取り返せなかったんですからね!

 どう考えたっておかしいわよ。


 呆然と口を半開きにしている顔までかっこいいんだから……と旦那様を見ているうちに、ひとつ目の要望の下におさげに関することが印字され、本がパタンと閉じたのだった。


 


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