(3)
「おい、早くしろよ。遅えんだよ」
「バッファーも武器拭くの手伝えよ」
「文句ばっかり言ってふんぞり返っているあなたたちこそ、自分で拭きなさいよっ!」
案の定、フラストレーションの溜まったメンバーたちが次第にギクシャクし始め、罵声が飛び交うようになってきた。
しかしここでリーダーであるジークさんが檄を飛ばす。
「おいおい、もっと余裕持とうぜ! もうすぐボス部屋だ、もうひと踏ん張り行くぞっ!」
「おうっ!」
空中分解しかけたパーティーがまたひとつにまとまる。
あの恵まれた体格と大きな声はパーティーを率いるリーダー然としているんだけど……。
作戦のマズさに加え、ポーションの空き瓶や使い物にならなくなった拭き取り布は捨てていけと公然と言い放つマナーの悪さ、雑用係たちの疲弊に配慮しない気遣いの無さがいただけない。
見かねたハットリがペットのサラちゃんに空き瓶とゴミを拾うよう指示を出している。
もう、お人好しなんだから。
結局ボス部屋の前に到着するまでに、かなりの時間と体力を要した。
ここでひと呼吸置いたのはいいとして、作戦はこれまでと同じ!という雑な指示にわたしが眉をひそめていると、何を勘違いしたのかジークさんがドヤ顔をして笑った。
「どうだ! 順調すぎておもしろくないんだろう? ロイパーティーのリーダーさんよぉ」
取り巻き連中も一緒になって笑っている。
何が「どうだ!」よ。
笑っていられるのも今のうちだっつーの。
雑用係たちが
「これで『順調すぎる』のか?」
「幹部たちは専属のヒーラーと道具係がついてるから楽でいいよな」
「俺、すでにかなり後悔してるわ。ダンジョンっておもしろくねえな」
と不満げに囁き合っている声は、ジークさんたちの笑い声にかき消されたのだった。
この階層のボス部屋の中で待ち受けているボスモンスターは、ここに辿り着くまでに戦ってきたゼリースライムと基本は変わらないのだが、大きさが桁違いだ。
大柄な体格のジークさんが真上を向いて見上げる高さの、ちょっとした丘のように聳え立つゼリー状の魔物はこれまで戦ってきた小さなゼリースライム以上に物理攻撃が効かない。
どんなに力任せに剣を振り回したり槍を突き刺したりしようとも、小さなティースプーンで巨大ゼリーをすくっている程度のダメージしか与えられていない。
チクチクやり続けていたらいつかは倒せるだろうけど、これでは何日かかるかわからないレベルだ。
しかもこのボスは、猛毒攻撃を仕掛けてくる。
動きが緩慢で的が大きいため、夢中で攻撃を繰り出していると頭上から猛毒の雨が降ってきて体力がどんどん削られてしまうのだ。
「この階層ってさ、このぬるぬるマントが必須じゃね?」
「ぬるぬるマントじゃなくて、レインボーローブね」
ボス部屋の入口付近で徐々に余裕がなくなっていく戦況を眺めているわたしたちは、口には出さないもののこの討伐は失敗に終わるだろうということを確信していた。
身体強化に加えて猛毒の雨に対処するためにアタッカーの頭上に傘のような保護盾を展開しなければならなくなったバッファーはすぐに魔力切れを起こして魔力回復エーテルをガブ飲みしているが、それでも追い付かずに毒にやられるアタッカーが続出している。
ヒーラーの周りには人だかりができ、我先に解毒や治療をしてもらおうと順番を巡っていさかいが起き始めた時、下っ端の雑用係が悲痛な声を上げた。
「エーテルが残りわずかです!!」
その叫びに一瞬周囲の動きが止まる。
それって、かなりヤバいんじゃね?
きっと誰もがそう思ったはずだ。
ボスの反対側で戦っているジークさんたちにはこの事態はまだ伝わっていないらしい。
そもそも、自分たちには専属のサポーターがいるからって、戦うのに夢中になって全体に目を配れない時点でリーダー失格だ。
「なあ、いいのか?手伝わなくても」
ハットリはもう居ても立っても居られない様子で半分腰を浮かせている。
「よしっ、そろそろねっ! くまー行くわよ」
「ガウッ」
隣に座っていたくまーが返事をして立ち上がると同時に、ハットリも「そうこなくっちゃ!」と張り切って立ち上がった。
「はーい、みなさん注目~~~っ!」
手をパンパンと叩いて討伐メンバーの気を引いた。
「只今から臨時ショップを開店します。エーテル1個につき1000メルですよー。それに毒もベタベタも防ぐこの優れもののレインボローブを五名様限定で10万メルで販売します。早い者勝ち!」
ローブの裾をつまんでカーテシーをするようにポーズをきめるわたしの後ろでハットリが「あこぎすぎる…」と呆れた声をあげる。
たしかに相場の五倍ほどの価格設定だ。
でもね、ここはダンジョン内のしかもボス部屋だもの。
もっとふっかけたってよかったんだけど、初心者が多くてあまり懐が温かくなさそうだからこれでもオマケしてあげているのよ。
「ほら、ハットリ、デモンストレーションよ。レインボローブの防毒の凄まじさを見せつけてやってちょうだい!」
そしてハットリだけに聞こえるようにこっそり付け加える。
「クナイには必ず炎を付与して攻撃するのよ。無理は禁物、疲れたら撤退してね」
右手を腰に当て、左手でビシっとボスを指さす。
「ゆけ! ハットリ!」
「よっしゃあ!」
待ってましたとばかりに駆け出していくハットリの背中を見送りながら、たしかに彼はエルさんの言う通り素直な性格だなと思ったのだった。




