旦那様Side
「早く追い付いてみせなさいよ」
会合の席で、いけ好かないジークに向かってそう言い放ったヴィーは実に堂々としていた。
短気なジークが怒って今にも殴りかかるのではないかという一触即発の状況になっても一歩も引かず、むしろ応戦するように人差し指を立てるものだから待ったをかけた。
あのまま傍観し続けていたら、ジークの頭が吹っ飛んでいたかもしれない。
そんな様を見たい気持ちもほんの少しあったが、座長として看過するわけにもいかないため氷漬けにすると脅して止めたのだ。
地下49階をクリアすれば最下層のリーダーを譲るという提案は、簡単なようでいてなかなか困難だ。
あの階層はゼリースライムというブヨブヨの魔物が大量に出現し、フロアボスも巨大なゼリースライムなのだが、ジークパーティーの基本戦術が物理攻撃のアタッカーでごり押しするというスタイルのため、この手の魔物にはめっぽう弱いのだ。
刃物で切れないわけではないし時間をかければ倒せないこともないが、与えるダメージ量が少なくて体力の消耗が激しいことや、刃にべったりくっついたゼリー状の付着物を頻繁に拭きとらなければならない手間を考えると、強力な魔術師がいないと厳しい階層だ。
ロイパーティーは、エリックとヴィーを中心に、魔術師たちが魔力回復エーテルをガブ飲みしながら凍結させたスライムを物理攻撃で粉砕したり、泥沼に誘導して沈めたりと魔法を駆使して前進し、ボスにはあらゆる属性の強力な魔法をぶつけるという「魔法ゴリ押し」であっさり攻略したと聞いている。
ジークパーティーが同じ作戦で攻略するためには、まず使える魔術師たちを募るところから始めなければならない。
ヴィーもそれがわかっているから「何週間かかっても、何か月かかっても」と言ったのだ。
今回のヴィーの服装は、前回と同じ「ニンジャスタイル」ではあるものの、借り物ではなくきちんとあつらえた物だった。
エリックによれば、ロイパーティーの新人がこのニンジャという特殊な職種でヴィーと仲がいいらしい。おまけにペットまで持っているとか。
嫉妬しかないんだが!?
なんとも腹立たしい限りだ。
イカ焼きを食べている時、試しにクラーケン討伐の話を振ってみたが、俺の正体に気づく様子はない。
ただし「ロイ」の姿は思い返してしたようだった。
寂しそうな顔で大樹を見上げたヴィーは静かに泣いていた。
その様子を見て、衝動的にヴィーの手を強く握った。
「しばらく王都の方で暮らさないか。母が会いたがっているんだ」
ヴィーは少し驚いた様子で何度か目を瞬いた後、にっこり笑って了承してくれた。
「はい。明日は孤児院の慰問があるので、その二日後からでいいでしょうか。準備しておきますね」
「楽しみに待ってる」
もうあれこれ考えるのはやめて、ヴィーが王都の本宅に来たら正直に打ち明けよう。
そして本当の夫婦になろう。
そう決心したのに――。
ヴィーが王都に来る予定の前日、厄介な仕事を全部片づけて明日からはヴィーと過ごす時間を多く取ろうと、上司であるエリックに急に張り切ってどうしたと揶揄われながら事務処理にいそしんでいる時だった。
ヴィーの実家、クラリッド男爵家の使いの者が伝令を持ってきているとの知らせを受けて会いに行くと、思いもよらぬことを言われたのだ。
「ヴィクトリアお嬢様がマーシェスダンジョンでの討伐中に頭を強く打ち、意識不明の状態でクラリッド男爵家に運ばれました。現在、神官を呼んで治療中です」
脚の力が抜けそうになって、しっかりせねばと拳を強く握った。
「なぜダンジョンの近くで治療をしなかったのです?」
使いの男が言いにくそうに目を逸らす。
「ヴィクトリアお嬢様の登録情報にそう書かれていたそうです。いかなる状況でも実家に戻ってから治療を施すようにと……」
冒険者登録をする際に、万一の時のために緊急連絡先を必ず記入しなければならない決まりがある。
これは冒険者の身元がバレてしまう可能性が極めて高い個人情報のため、緊急時以外は協会の職員でも閲覧できないようになっているし、それを見た職員は守秘義務を厳守しなければならない。
BAN姉さんのリフレクトでエリックの腹に大穴が開いた時には王城に連絡が行き大騒ぎになったことは、完全に伏せられている。
その件で国王陛下が相当お怒りになってエリックの結婚が早まり、今は気安くダンジョンに行かないよう監視がついている。
と言っても、その監視をかいくぐって行ってしまうため、近衛兵のトールだけは止めずにダンジョンに付き合って無茶しないようにフォローしろと言われているのだ。
ヴィーが連絡先を実家のままにし、さらに治療も実家でと指定していたのは、マーシェス家に連絡がいかないようにとの思惑があったのだろう。
ただの怪我であれば、こっそり治療を受けて何事もなかったように戻ればいいだけだが、こうして実家から使いの者が来たということは最悪の事態を覚悟しなければならないのかもしれない。
「わかりました。すぐに支度をしてクラリッド男爵家へ向かいます」
使いを先に帰して仕事場へ戻ると、エリックに何かあったのかと聞かれた。
事情を話すとひどく驚いて
「ハットリにどういう状況でそうなったのか聞いてくるから!」
と言うや否や、止めるのも聞かずに空間移動で飛んで行ってしまった。
落ち着け。
ヴィーはきっと大丈夫だから。
こんなに動揺していては空間移動に失敗しそうだ。
何度も何度も、落ち着けと自分に言い聞かせた。




