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二回目の会合当日。
今度こそ旦那様と一緒に行かないようにしようと思っていたのに、昨日のハンスやサリーの言葉を聞いて、使用人たちがわたしのことをヒヤヒヤしながら腫れもの扱いしているということに気づかされたため、そういう訳にもいかなくなった。
せっかく旦那様が来ているというのに図書室に閉じこもっていては、また何を勘繰られるかわからないから一緒に出掛けなくてはなるまい。
旦那様のほうはどういうつもりでいたのか知らないけれど、やはり使用人たちにあのようなことを言われては、わたしを独りぼっちにさせておくこともできなかったのだろう。
一緒に行こうと誘われて、わたしも抵抗することなく頷いたのだった。
幸いなことに今回は、冒険者協会の執務室で待っているのはつまらないだろうから街をブラブラするのはどうかと旦那様が提案してくれた。
それを二つ返事で了承して待ち合わせの時間を決めると、冒険者協会の入り口で馬車から降りたところで解散となった。
旦那様が協会の建物の中へと入るのを見届けてから、ビアンカさんの酒場へ急行する。
冒険者協会の会合には身バレのリスクがあるのだとだけハットリには説明していた。
ハットリがどこまで察してくれているのかは知らないけれど、自分の着替えを仕立てるついでにわたしの分まで仕立ててくれたらしい。
「ほらよ、忍び服だ」
きれいに四角く畳まれた状態で渡されたその服はワインレッドで、ほっかむりもちゃんとついていた。
それを隣の部屋で着替えて戻る。
「ねえハットリ、ほっかむりだけは自分ひとりじゃ無理だわ」
「だから、ほっかむりじゃなくて頭巾な」
何度同じことを言わせるんだとブツブツ言いながらもハットリが綺麗に巻いてくれた。
二回目の会合は余裕をもって到着することができた。
今回もまたユリウスさんの隣に座ると
「ヴィーちゃん、すっかりそのニンジャスタイルが気に入ったんだね」
と優雅に微笑んでくれた。
座長である旦那様が入って来て、わたしにチラリと目を向けてから座長席に腰かけた。
今回、わたしはある決意を秘めてこの会合に臨んでいる。
一通りの挨拶を終えた後「ロイパーティーのほうから提案があると聞いていますが」と旦那様に促されて口を開いた。
「前回の、ジークさんが討伐隊のリーダーになるというお話を了承しようと思います」
その場にいる全員の視線がわたしに集中している。
こちらの味方ともいえるユリウスさんとトミーさんは驚いた表情で、ジークさん側の面々はしてやったりという表情だ。
「ただし条件があります。ジークパーティーがまだクリアしていない地下49階をクリアして、ジークさんこそがラスボス戦のリーダーにふさわしいという正統性を証明してみせてください。何週間かかっても何か月かかっても結構です。クリアできるまで待ちますので」
旦那様からの「行き詰った時は、遠回りしたり一旦立ち止まってみても損はないと思う。ムキになればなるほど上手くいかない」というアドバイスを元にわたしなりに考えて出した答えがこれだ。
にやけ顔から一転、険しくなる脂ぎった顔をぴたりと見据えた。
「随分と上から目線じゃねえか。俺らが地下49階をクリアしたら、おまえらの助けなんて借りずにそのまま50階もクリアするかもしれねえぜ?」
「はい、どうぞご自由に」
やれるもんならやってみろという侮蔑を込めて言うと、ジークさんが顔を真っ赤にして怒り始めた。
「テメー、何様のつもりだっ!実力もない小娘のくせに馬鹿にしやがって!」
威圧するように円卓をバン!と強く叩いて立ち上がりこちらを睨みつけるジークさんはなかなかの迫力だが、それを言ったら怒った時のロイさんはもっと怖かったから、この手の脅しはへっちゃらだ。
「わたしがリーダーを務めるロイパーティーが地下49階を自力でクリアして最下層にすでに到達しているのは紛れもない事実です。あなたがたは、実力もない小娘に後れを取っているんですよ?」
ここで一呼吸おいて、わざと挑発するように言ってみた。
「早く追い付いてみせなさいよ」
今にも殴りかかってくるんじゃないかという怒り心頭のジークさんを取り巻き連中はハラハラしながら見守るだけで何も言わないし止めようともしない。
ユリウスさんが咄嗟に防御壁を展開し、わたしが人差し指を立てて「お仕置きドン」の発動準備をした時だった。
「双方、そこまで」
旦那様の低い声が響いた。
「ここで乱闘騒ぎはおやめください。誰かを傷つけるようなことをすれば、その者を氷漬けにします」
静かにそう言った旦那様が手袋を外す。
足元が急にひんやりとし始めた気がして視線を落としてギョッとした。
床の絨毯に霜が降りてみるみる白くなっていくではないか。
ヤバい、旦那様ったら本気だわっ!
手を膝の上に戻し、守ろうとしてくれたユリウスさんにお礼を述べた後、「失礼しました」と皆さんに向かって頭を下げた。
ジークさんもチッと舌打ちして着席する。
「ロイパーティーの提案を受け入れますか?」
旦那様に問われてジークさんは渋々頷いた。
「わかったよ。クリアしてやろうじゃねーか!吠え面かかせてやるからな」
ジークさんたちが地下49階をクリアしたからって別に吠え面をかいたりしないわよ。
そう思いながらも、ここでまたそれを口にすれば火に油を注ぐことになるだけなので、代わりににっこり笑ってみせた。
「ご武運を」




