二回目の会合です(1)
三つ編みを失った翌週、旦那様が領地にやって来た。
冒険者協会の会合の座長を務めるためだ。
正直、顔を合わせたくなかった。
なぜって髪がまるで子供のようなんだもの。
貴族の成人女性は皆長髪でTPOに合わせて様々な結い上げ方をするのが一般的で、肩の上で切りそろえるようなヘアスタイルには決してしない。
あの日、夕食の支度ができたと図書室に呼びに来たメイド長のサリーは、わたしの髪がとても短くなって、しかもきれいに切りそろえられてもいない酷い有様に驚いていた。
「若奥様……それは一体……」
「ええっと……気分転換に短くしてみようかなと思って自分で切ってみたんだけど、上手に切れなかったから明日街へ行って整えてもらうわね」
サリーは図書室内をキョロキョロと見回した。
「切り落とした髪はどちらに?」
目が泳いでいるのが自分でもわかる。
「……燃やしたわ」
「ええっ!?」
サリーがこの苦しい言い訳を信じてくれたのか否かはよくわからなかったけれど、眉間にしわを寄せつつも「わたくしでよければ、もう少し丁寧に切りそろえることができますが」と言ってくれたため、それに甘えることにしたのだった。
今回の旦那様の領地訪問はきちんと先触れがあったため、この日のダンジョン行きは見送った。
使用人と共に出迎えた時、旦那様はわたしの髪を見てわずかに目を細めて微笑んだ。
「ヴィクトリア、髪を切ったのだね」
「はい、気分転換に短くしてみました」
「よく似合ってる」
旦那様がこのヘアスタイルに動揺もせず、嫌悪感も抱かずにそう言ってくれて心底ほっとする。
裏を返せばそれだけ無関心だということなのかもしれないけれど、今はそれがありがたい。
愛人を囲っていようが男色家だろうが、この際どっちでもいい。
土産があるから後で執務室に来るようにと旦那様に言われていたため、そろそろ一息ついた頃かしらというタイミングで執務室に赴いてみると、中から大きな声が聞こえてノックしようと上げた手を止めた。
「若奥様は心を病んでおられます。もっとこちらに目を向けるようにしてくださいませ」
必死に訴えているようなこの声はサリーだ。
「いえ、もしかすると若奥様は切った髪を売却されたのかもしれないと私は思っております。人には言えないような金銭問題を抱えていらっしゃるとすれば当侯爵家の醜聞になり兼ねませんので、調査の許可をお願いいたします」
なんてことを言うのよ、ハンス!
あの執事はいつも本当に失礼な男だわ。
個人資産はダンジョンでじゃんじゃん稼いでるわよっ、髪を売るほど困ってなんていませんから!
でも……ミミックに食べられましただなんて、正直に白状するわけにいかないじゃないの。
「この件は私が預かる。憶測による勘繰りや口外は慎むように」
旦那様の冷静な声が聞こえた。
わたしはノックをせずに踵を返し、音を立てないように静かに自室へと戻った。
妙な憶測を生んで使用人たちがわたしを腫れもの扱いしていることや、旦那様がそんなわたしを庇ってくれたことに申し訳なさが募る。
侯爵夫人がダンジョンで大剣を振り回しているのも十分な醜聞だろう。
髪を食べられたぐらいで済んでむしろラッキーだった。
もしもミミックに体ごと飲み込まれていたら大怪我を負っていた可能性もあるし、そうなれば言い逃れができなかったかもしれない。
「やっぱりもうやめるしかないかな……」
窓際に置いた椅子に座って遠くに見える大樹を眺めながらぽつりと弱音が漏れる。
ロイさん、わたしどうしたらいい?
もしもロイさん本人が聞いたら「そんなことは自分で決めろ」と突き放すように言うだろう。
そう言っている声も表情も容易に想像できる。
二年前、連日地下41階に通い詰めてイリジム鉱石を集めた後、ロイさんは満足げに笑いながらわたしに言った。
「正式にうちのパーティーのメンバーになれよ。ダンジョン、楽しいだろ?」
その勧誘に二つ返事で飛びついて、わたしの冒険者としての生活が本格的に始まったのだ。
大樹を眺めながらいつの間にかロイさんとの思い出に浸っていると、背後で静かな声が響いた。
「ヴィクトリア」
驚いて振り返るとそこに立っていたのは旦那様だった。
なぜか少し身構えている。
「すまない、ノックをしたんだが返事がないから勝手に入ってしまった」
旦那様は、いきなり後ろから声をかけたせいでわたしを驚かせてしまったと思っているらしい。
違います。
ロイさんのことを考えていたせいか、旦那様の声を一瞬ロイさんの声だと勘違いして驚いたんですよ。
もちろんそんなことは言わないけれど。
「申し訳ありません。考え事をしていて聞こえなかったみたいです。失礼しました」
立ち上がったわたしに旦那様が小さな箱を差し出した。
「さっき言っていた土産だ」
わたしがなかなか来ないと思って、わざわざ旦那様の方から出向いてくれたらしい。
「ありがとうございます」
お礼を言って受け取り、開けてもいいかと首を傾げて尋ねると旦那様が頷いて微笑んだ。
箱の中に収まっていたのは小さめの髪留めだった。
旦那様の瞳と同じアイスブルーの小さな宝石があしらわれている。
「まあ、素敵」
よかった。
これよりも大きな髪留めだったり、リボンだったりしたら、この短い髪には合わせられなかったところだ。
まるでこれを選んだ時にはすでにわたしの今のヘアスタイルを知っていたかのような……そうか、このお屋敷の誰かが事前に旦那様に伝えていたのかもしれない。
だから驚いたりせずにすんなり受け入れてくれたんだわ。
箱から取り出した髪留めを左耳にかかる髪をすくうようにして留めてみると、旦那様がよく似合っていると言ってふわりと笑う。
この人は本当にこういう甘い雰囲気を作るのが上手なクズ男だ。
ほだされてはならないぞ! と強く自分に言い聞かせたのだった。




