(2)
「そこまでじゃないんですよう、もっとこう……例えば大きな敵がノックバックする程度の風圧というか」
そんなことを呟きながら、しゃがんで地面の土を掴む。
脇道に宝箱があることに気づいたからだ。
本物の宝箱か、あるいはミミックかを判断するのに土人形はちょうどいいダミーだ。
向こうが擬態しているのならこっちだって偽物の人間で箱を開ければいいだけだ。
「あの宝箱を開けてきて」
作り出した土人形に指示を出しながら前を行くエルさんたちに目を向けると、岩石トカゲとの戦闘を始めたところだった。
岩石トカゲは岩石系の魔物の中ではチョロチョロと動きが速くて厄介なのだけれど、ハットリの敏捷性があればサポートは不要だろう。
練習を繰り返しているうちに、指先からはほんの少しの風が起こせるようになってきた。
たしかにエルさんの言う通りで、指先ではなくて手のひらを使う方がより大きな風が起こせそうではあるけれど、手のひらを向けた時点でその不自然な動きに気づいた旦那様に避けられてしまうだろう。
だから銃の早撃ちのように、動く隙すら与えずにドン!と撃ちたいのだ。
エルさんが聞いたら「だから!人に向けて攻撃魔法使っちゃダメだって何度言えばわかるんだよ」と怒られそうなことを考えていると、後ろで一つ結びの三つ編みにしている髪をクイクイと引っ張られた。
土人形が戻って来たようだと思いつつ、今何か思い浮かぶところだったのに逃げていこうとしている思考を手繰り寄せる。
「ちょっと待っててね」
そうだ、あの夜会のバラ園ではどうやったんだっけ。
旦那様と一緒にあの衝撃波を発動した時は、その前段階として指先に「怒り」が溜まっていた。
負の感情の揺れが「溜め」につながるのだとしたら、腹の立つことを思い出すのが一番手っ取り早いかも…。
そこまで考えた時、今度はグイっと強い力で髪を引っ張られた痛みで現実に引き戻された。
「いたたっ!何……っ!」
これは土人形ではないと気づいた時にはもう手遅れだった。
強い力で後ろ側に引き倒されて、後頭部が硬いものにぶつかると同時にブチっというものすごく嫌な音が耳に響いた。
引き寄せる力から解放された隙に素早く上半身を起こし、飛びあがって距離を取る。
頭が軽いんだけど!?
うなじに手を当てると、そこにあるはずの三つ編みがなくなっている。
恐る恐る振り返ると、わたしのおさげをむしゃむしゃ咀嚼するミミックがいたのだった。
「なっ、何てことしてくれたのよおぉぉぉぉっ!!」
わたしの悲痛な叫び声に気づいたエルさんが「ヴィー!?」と言いながらこちらに駆け寄ってくる足音が聞こえるけれど、状況を説明している心の余裕はない。
わたしのおさげを返せっ!
おさげをごっくんと飲み込んで、わたしに向かって襲い掛かってくるミミックに向かって怒りの一撃を放った。
「お仕置きよっ!」
ドン!という音と共に人差し指から放たれた衝撃波でミミックの体が吹っ飛んでひっくり返った。
背中の大剣を抜き、すぐに起き上がることができずにもがいているミミックに向かって何度も振り下ろす。
エルさんに「もうやめてあげなよ、ロイと変わんないじゃん」と止められるまでギッタンギッタンにしてやったのだった。
ハアハアと肩で息をするわたしの目の前でミミックの残骸がキラキラと光の粒となって舞い上がり霧散して消えていく。
「こえーな、おい」
ハットリのつぶやきは聞こえなかったことにしてあげた。
「どうしようっ、どうしたらいいのおぉぉぉっ!」
わたしは頭を抱えた。
細切れにしたミミックから出た戦利品は実に豪華だった。
大量のイリジム鉱石をはじめとする鉱石類、金貨、冒険者が落としたのかそれとも食べた冒険者が身に着いていたのか盾や剣といった装備品に高価そうな懐中時計、武器にはめ込む魔石もどっさり出た。
どうやらあのミミックは長い間討伐されることなくダンジョン内を徘徊していたようだ。
しかしその戦利品の中に肝心なものがなかった。
そう、わたしのおさげが見当たらなかったのだ。
「しょうがない、人毛は戦利品じゃないってことだろ」
おのれハットリめ、他人事だと思って笑ってんじゃないわよっ。
ちぎれていても、せめてあのおさげが戻ってくれば復元するなりピンで止めてごまかすことができたかもしれないのに!
ご機嫌なハットリの様子に腹が立つ。
ハットリがご機嫌なのは、地下41階で思った以上に上手く戦えたことや(もちろんエルさんのおかげだ)、イリジム鉱石が大量に手に入ったこと(全部持ち帰れたのはペットのおかげだ)、そしてその大量の戦利品を冒険者協会の裏手にある広場でペットから取り出したときに、周りで見ていた冒険者たちの羨望の眼差しを集めたためだ。
「あいつ、誰だ?」
「ロイパーティーの新人らしい」
「BAN姉さんを攻略してペットを持ってるんだとさ」
そんな声がしっかり聞こえているハットリは、わざとほっかむりを取ってドヤ顔を晒している。
そして、ゲットしたイリジム鉱石で新たなクナイを作ってもらう交渉をハットリが鍛冶屋とし始めたところで一足先に酒場に戻って来た。
酒場のビアンカさんの回復魔法で失った三つ編みをどうにかできないかと期待していたのだけれど、髪がちぎれたのは怪我や病気ではないからヒーリングをしても髪が急激に伸びたり復元したりはしないと言われてしまった。
それでもとお願いしてヒーリングを施してもらった結果、引き倒されたときにミミックの箱の縁にぶつけてできた後頭部のコブが消滅しただけだった。
「ヒーリングで割れたお皿が元に戻らないのと同じってことよ。ごめんね、ヴィーちゃん」
腰までの長さがあった三つ編みと食器を一緒にしないでもらいたいとは思ったものの、心底申し訳なさそうにしているビアンカさんにこれ以上わがままを言ったり八つ当たりするのは筋違いだろう。
となると最後の望みは…。
「わたしにも変身魔法をかけてくださいっ!」
ハットリと一緒に遅れて帰って来たエルさんに飛びついた。
エルさんのように見た目を変えてしまえばいいんだ。
そうしたら、急に髪が短くなったということに気づく人はいないわけで、お屋敷であれこれ胡散臭そうな目で見られることもない。
いい考えだと思ったが、エルさんの答えはノーだった。
「この容姿を変える魔法はね、本当に変えているわけではないんだよ。見る側に錯覚を起こさせているんだ。僕を見る全ての人の視覚に作用するとても高度で持久力のいる闇魔法だってこと。
だからここで僕がヴィーにその魔法をかけてもね、ヴィー自身がそれを維持できなければすぐに解けてしまうんだ。わかる?」
しょんぼりしながらトールさんを見上げる。
「じゃあトールさんも、自分でその魔法を維持しているってことですか?」
トールさんは無言のままこくこくと頷く。
ただ眼差しは、いつになくわたしに同情的だった。
第二王子の近衛兵だものね、それぐらいの魔法が使えて当然か。
仕方ない。
気分転換に図書室の中で自分で髪を切ったと言うしかないだろう。
肩の少し上でざんばらになった髪を手櫛でといた。
髪を代償にして「お仕置きドン」を会得できたのなら本望だ、髪は少しずつ伸びていつか元通りになると自分に言い聞かせてみても気が晴れない。
ダンジョンの戦闘中に考え事をしていたわたしの不注意が招いたことではあるけど、そもそも「お仕置きドン」をマスターしたいと思ったのは旦那様にお仕置きしたいからであって、ということはつまり?
「こうなったのも全部、旦那様のせいよっ!」
拳を握って叫ぶと、エルさんが慌てた様子でわたしのその手を両手で包み込む。
「わあぁぁぁっ、ヴィー落ち着いて。拳からヘンな煙が出てるよ、怖いなあもう」
そして眉を八の字にして、心配そうにわたしの顔を覗き込んだ。
「ヴィーの旦那様ってさ、本当に愛人がいるの?もう一度よく考えてみたらいいかもしれないよ」
もう一度よく?
初夜で言われたことを思い出せってこと?
宥めるようにわたしの背中をトントンしながらソファに座るよう促され、腰を落ち着けたちょうどいいタイミングでハットリがグリーンティーを差し出してくれる。
ありがたくそれを頂戴しながら、気持ちを落ち着けてあの夜に旦那様に言われたことを思い出していた。
たしか「きみを抱くことは控えさせてもらう」「酷いことを言っているという自覚はある」だったかしら。
愛人がいるとは一言も言われていないけど、それ以外に理由があるのだとしたら何だろう。
――――!
まさか……。
「もしかすると旦那様は、男色家なのかも!」
一緒にグリーンティーを飲んでいた男三人が一斉にブッ!と吹き出した。
「あ、夕食の時間なので帰りますね。お疲れさまでした」
慌てて鉢植えにダイブしたとき「あーあ、もう知らなーい」というエルさんの呆れた声が聞こえたのだった。




