ミミックにおさげを食べられました(1)
マーシェスダンジョン地下41階は岩石系の魔物の巣窟だ。
BAN姉さんクリア後の階層となるわけだが、初めてダンジョンに足を踏み入れて地下40階をクリアしたあの日、ロイさんたちと気まずい別れ方をした後に再会したときに、エルさんが「あそこでペットが報酬になっているのは、次の階でペットが必要だからだよ」と言っていた理由がここにはある。
この階層では「イリジム鉱石」というレア鉱石がドロップするのだが、これがものすごい重さなのだ。
握り拳ほどの大きさで成人男性一人分ぐらいの重さがあり、知らずに片手でひょいっと持ち上げようとすると動かすことすらできないという代物で、強力な武器の材料になるためとても高く売れるのだ。
重さが重さなだけに、ハットリが使うシュリケンやクナイのような飛び道具には不向きだが、わたしが背負っているロイさんの大剣には当然このイリジム鉱石が使われている。
レア鉱石をたくさん持ち帰りたいけれど、重すぎて一人当たり一個か二個しか運べないという問題を解決するのがペットというわけだ。
エルさんによれば、ペットはその主の性格や好きなものに合わせて擬態しているけれど、中身はどれも同じ精巧なマジックアイテムらしい。
言葉を理解しているようだし感情があるようにも見えるけれど、それも全て主人が好む行動をとるように計算され、さらには学習しているのではないかと推測しているんだとか。
ハットリがBAN姉さんを攻略してペットのサラマンダーを入手した時にエルさんが「この子は従順でお利口だ」と言ったのは、ハットリの性質がそうだと評したことになる。
そしてその後エルさんがチラっとわたしを見て笑った時、わたしは心の中でこう叫んでいた。
どうせわたしのくまーは、初対面でいきなりロイさんに左フックをかました乱暴者だわよっ!
わたしが乱暴だからって言いたいんでしょ、悪かったわね!
まだまだ謎多きペットが、どれぐらいの量や重さの物を飲み込んで持ち運べるのかは定かではないが、大きさで言えばクラーケンを丸ごと飲み込めることは確認できている。
イリジム鉱石に関しても、この地下41階を隈なく探索して得られる平均的な数、二十五個はラクラク飲み込めるし、くまーは五十個飲み込んだこともある。
ロイさんたちが初めてこの地下41階に足を踏み入れた時、岩石系の魔物自体の難易度はたいしたことがなく、ドロップ品として鉱石をたくさん手に入れたものの、それら全てを持ち帰ることができなかったようだ。
特に重たいレア鉱石のイリジム鉱石に関して、ロイさんは何としてでも全て持って帰る!と駄々をこね続け、エルさんに物質を軽くする魔法をかけろと迫ったらしい。
物質の重量を変えたり、浮遊させる魔法は実際にある。
何を隠そう、わたしがいつも背負っている大剣にも実はその魔法がかけられている。
ただし、持ち主限定という高度なものにしてもらっているため、わたし以外の人が持つと普通に重たいのだ。
その重量を変える魔法は、それを施した武器防具でダンジョンの中に入っても効果は持続するけれど、ダンジョンの中では発動できなかったらしい。
ダンジョン内で使える魔法のうち鉱石を運ぶのに有用なのは身体強化ぐらいで、それにしたって運べる数は知れている。
そんなこんなで、とにかくイリジム鉱石は自力で少しずつ運ぶかペットに運んでもらうかの二択なのだった。
だからあの日、結局ロイさんは渋々、本当は全然納得いってません!という顔で、それでもわたしに頭を下げた。
「あなたのペットを貸してください。お願いします」と。
第一印象は最悪だったけど、結果的にこの人たちのおかげでくまーと大金を手に入れたわけだし、まあ数回手伝ってあげようか。
最初はそういうつもりだった。
初心者で何の取柄も知識もないわたしがいきなり最前線で戦えるはずなどないことぐらいわかっていたのだから。
「それで、転移装置でここまで戻って来たときに、ロイさんが『あ゛~~~っ!』って叫んで膝から崩れ落ちたんですよね」
「そんなこともあったねえ」
エルさんと二人で当時のことをハットリに説明しながら地下41層にやって来た。
背後でトールさんも無言のままうんうんと頷いている。
「入り口で何かあったってことか?」
言っている意味がわからないといった様子でハットリが首を傾げた。
「ここで拾ったイリジム鉱石全部を、このあたりまで運んで積み上げていたらしいの。少しずつ運べないかってことでね。それが全て消えていたのよ」
あの時のロイさんの取り乱しようを思い出して笑いながら答える。
「他のパーティーに取られたってことか?」
「いい線いってるけど、そうじゃなかったの」
たしかに戦利品をよそのパーティーに横取りされて揉めることもある。
でもあの時はまだこの階層まで到達しているパーティーがほとんどない状況で、ロイさんたちが離れていた時間もさほど長くなかった。
よほどの人海戦術でも使わない限り、その時間内で全て奪える量ではなかったらしい。
では消えたのはなぜか。
ロイさんたちはミミックの仕業だと断定した。
ミミックは宝箱に擬態した魔物だ。
ダンジョンの片隅で宝箱のふりをしながら獲物を待ち続けるトラップ的な魔物と思われがちだが、実は彼らの行動範囲は広く、マーシェスダンジョンでは階層を越えてどこにでも出没する唯一の魔物でもある。
とても悪食で、何でも食べることで有名だ。
宝箱と勘違いして近づいた冒険者はもちろんのこと仲間であるはずの魔物や、冒険者たちの落とし物、拾い損ねた戦利品など、有機物無機物問わず何でも食べる。
魔物としての攻略難易度は意外と高く、一対一で戦うと負けてしまうこともある。
負けたらもちろん食べられてしまうわけで、ある程度食べられたところでダンジョンの外へ自動転送されるのだが、治療が遅れて足が元通りにならなかった冒険者もいるらしい。
ミミックを倒すメリットは何と言ってもその報酬だ。
これまでその個体が飲み込んでいた戦利品や落とし物が全てドロップするという、まさに「宝箱」なのだ。
当たりはずれはもちろんあるけれど金貨だけでも相当な額で、腕に自信のある冒険者ならミミックとのエンカウントは幸運に分類される。
「で、そのミミックは見つかったのか?」
「うん、ミミックがまだこの階層にいてね、そこまでギッタンギッタンにしなくてもって呆れるぐらいにロイさんが圧倒して取り戻したの」
あの時の怒り狂うロイさんを思い出して、また笑いが込み上げてくる。
そうやってハットリと話している間も、わたしたちはせっせと岩石系の魔物を倒していく。
アタッカーはハットリとトールさんで、エルさんは戦闘補助として二人の身体強化と武器に雷撃を付与している。
岩石系の魔物は、魔法攻撃を単体で使用するよりも物理攻撃と合わせた方が効率がいいことが分かっているためだ。
そして、通路の先に敵が何体潜んでいるか地面に手を当てて探索したり、自爆岩の自爆攻撃に合わせて土壁を展開したり、岩ゴーレムの足元に泥の沼を出現させて動きを封じるのがサポーターとしてのわたしの役割だ。
戦利品の鉱石や金貨、ハットリが投げたシュリケンはペットのくまーとサラちゃんがせっせと拾い集めている。
もちろん重たいイリジム鉱石もラクラクお腹に収めていくのだから、見ていて清々しさしかない。
自爆岩か岩ゴーレム以外の魔物とのエンカウントの時はわたしのサポートは不要であるため、その間にわたしは「お仕置きドン」のイメージトレーニングに励んでいた。
そもそもそれがしたくてここへやって来たのだから。
「人差し指一本で瞬時に衝撃波を出そうっていうのがおかしいと思うよ。せめて手のひら全体を使って、そこにエネルギーを溜めるための時間も必要だよね」
わたしのイメージがより具体的になるようにエルさんが「音速を越える」とか「圧力変動が……」とあれこれ難しい話を持ち出して「ソニックブームとはなんぞや」を説明してくれているけれど、何もそこまで大げさなものではなく旦那様をちょっとこらしめる程度でいいんだけどね?
だってそんな魔法をまともに受けたら、旦那様が死んでしまうかもしれないじゃないの。




