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領地に戻った翌日の昼下がり、数日ぶりに会うハットリは相変わらず酒場の二階で寝泊まりし、毎日地図を頼りにソロでダンジョンの低層階を攻略しているらしい。
加入早々ほったらかしで申し訳ないとは思っているが、これが我がパーティーの現状だ。
カリスマ的な存在だったロイさんがいなくなってバラバラになってしまったからだ。
みんなそれなりの手練れであるため、そこそこの階層までならソロか二、三人で十分攻略できる。
召集を呼びかけない限りは、この部屋へは立ち寄らずに直接ダンジョンに行ってそのまま帰るというスタイルになってしまったのだ。
「地下のはずなのに海があったり、日が照っていたり、ダンジョンて不思議だよなあ」
ハットリがクナイの手入れをしながら首を傾げている。
ダンジョンの階層は「地下何階」と表現されているが、実際は地下深くに存在しているわけではなく、異空間なのだろうと思う。
ダンジョン内でのみ使える転移装置や繰り返しリポップする魔物たちをダンジョンの外に持ち出すことはできないし、ダンジョンの外に魔物が出てくるということもない。
ただし、倒した魔物から得られる戦利品や宝箱の中身は持ち出せるという何とも都合のいいシステムになっているのだ。
イカ焼きの原料であるクラーケンは、定期的に冒険者協会が主催してパーティーの枠を超えた討伐隊を組んで倒しに行くのが恒例のお祭りイベントとなっていて、わたしも参加したことがある。
ダンジョンは、今から二百年ほど前に存在した偉大な魔術師ダニエル・ローグが生み出した魔法空間で、各領主の元に『活用していない土地にダンジョンという娯楽はいかがですか』という謳い文句の案内チラシと取扱説明書と共に握りこぶし大の種が送りつけられたのが始まりだと言われている。
ちなみにわたしの実家であるクラリッド男爵家が国王陛下から叙爵と領地を賜ったのは百数十年前のため、残念なことにご先祖様はその「ダンジョンの種」をもらっていないのだ。
いや、もらっていたとしても大半の領主は一方的に送られてきたその種を訝って、土に埋めることなく処分してしまったようだから、うちもおそらくそうしていたことだろう。
マーシェスダンジョンがあるこの周辺の土地は元々、農業にも牧畜にも向いていない乾いた荒れ地が広がっていたようだ。
だからこそ、そこに種を蒔いてみる気になったのかもしれない。
マーシェスダンジョンの場合は樹が大きくなるにつれて土壌も豊かになり、ダンジョン内に次々に新たな階層が生まれて冒険者が集まると街が発展していくという良いことづくめだったわけだが、よその領地では上手く育たないまま枯れてしまった樹も多かったと聞く。
「ダニエル・ローグが自分の魔術の集大成として作った種は無限の可能性を持っていたって言われていて、早い話が何でもありってことみたいね。マーシェスダンジョンは地下50階が最下層みたいだけど、今後さらに拡張される可能性だってあるみたいよ」
実はこういったダンジョンの起源の話は、ダンジョンガイドブックやダンジョンの研究書からの受け売りなんだけれど、ハットリは「へぇ~」と何度も頷きながら聞いていた。
わたしは話をしながら人差し指と親指を立てて拳銃のようにし、「お仕置きドン」のイメトレ中だ。
その様子を見たハットリに何をしているのかと尋ねられたため、愛人を囲っている夫にいつかお仕置きしてやるのだと説明する。
「風魔法になるのかしら。指先からドン! って衝撃波を出して旦那様にお仕置きしてやるんだから!」
「こえーな、おい。つーかさ、俺は火遁の術を使う時に手で印を結ばないと出せないけど、こっちの魔術師も普通は杖を持ったり詠唱したりするもんなんじゃないのか?」
「何言ってるの、わたしの武器は杖じゃなくて大剣よ」
わたしも魔術師といえばローブを着て杖を持って長ったらしい詠唱で強力な魔法を放つものだと思っていた。
実際、高等学院の魔法科の学生たちは、演習場でそうしていたように記憶している。
しかしエルさんからは、何度もイメトレを繰り返せば瞬時にそのイメージ通りの魔法を放つことができると教えられているし、ロイパーティーの魔術師たちはみんなそうだ。
「いやいや、魔術師が大剣を背負ってるってのがそもそもおかしいだろ」
たしかにロイさんの大剣を引き継ぐ前はわたしもそれっぽい物は持たされていた。
魔法を放つ方向をきちんと定めるための指揮者のタクトのような細い棒で、武器としての役割は皆無だったけれど。
「魔術師がそれっぽい恰好をして、それっぽくもったいつけながら詠唱した後にさらにその魔法の名前までご丁寧に宣言して放つっていうのはね、ただのデモンストレーションだから。ダンジョンの中であんな裾を引き摺りそうな服装は動きにくいし、実戦であんな長ったらしい詠唱してたら隙だらけで敵にやられちゃうわよ」
そんなもんなのかとハットリが首を捻っている。
「それは半分正解で、半分ハズレかな」
笑いを含んだ声が背後から聞こえた。
「エルさん!」
振り返った拍子にイメトレ中のままの指をエルさんに向ける形になってしまった。
「ちょっと! その指ダメ!」
エルさんがギョッとした様子で身構えると同時に、トールさんがあり得ない速さで巨体をひるがえして主の前に立ち、庇う態勢をとる。
「人に向けて魔法を放ってはいけませんって教えなかったっけ?」
旦那様もエルさんも、随分ビビリだわ。
ただのイメトレなのに。
怖さを知っているからこそ慎重になるのかもしれないけれど。
とはいえ旦那様は人に向かって魔法を使ったってことよね?
あの人、やっぱり攻撃的で性格が歪んでいるんだわ。
「愛人を囲っている旦那様にお仕置きする時だけは許してもらえませんか。いつか『お仕置きドン』でヒーヒー言わせてやるんだからっ。だから旦那様に気づかれる前に瞬時に放つ必要が…」
そこまで言って、しまったと思って口を噤む。
これでは旦那様が魔法のゆらぎを敏感に察知する人だとバラしてしまったも同然だ。
んんっと咳払いをして話題を変える。
「ところで、さっきの『半分ハズレ』っていうのはどういう意味ですか?」
座っている位置をずらしてエルさんがソファに座れるようにスペースを空けると、「それはね」とにっこり笑って腰を下ろしながら説明し始める。
「詠唱は基本中の基本なんだよ。魔法を会得していく手順は、まず術式化された呪文を覚えてそれを詠唱して発動させるんだ。それができるようになってから応用パターンとしてイメージを膨らませて無詠唱で具現化したり、型通りの呪文ではなくてオリジナリティを加えてみたりするのが上級者ね。
だから、あながちかっこつけてやってる訳でもないんだ。特に広範囲の殲滅系の魔法は詠唱したほうが成功率も威力も高くなるからね。それに、放つ前に名前を言った方がよりイメージが鮮明になるでしょ」
ええっ! そうだったの!?
「わたし、詠唱なんて教えてもらっていませんよね?」
「うん。それは仕方ないよ、すぐ使い物になるように育てろってロイに言われたんだもん」
いやいや、「だもん」って可愛らしく首を傾げられてもね?
「だから基本を飛ばしてイメージ重視の無詠唱を覚えてもらったってわけだよ。ヴィーが優秀な弟子で僕も鼻が高いよ」
ん? ということは。
発動する前に名前を言えばもしかして「お仕置きドン」をマスターできるかも?
「ねえ! ダンジョン行きましょうよ!」
わたしは元気よく立ち上がった。
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