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(3)

 今夜は、筆頭公爵家であるバージェス公爵家の邸宅で行われる王族と高位貴族のみが招待されている夜会らしい。

 旦那様曰く「何かしら理由をつけて酒を飲んで遊びたい大人たちの集会」なんだとか。


 田舎の男爵家出身のわたしは都会のきらびやかな社交パーティーに参加したことがなく、今回が社交界デビューみたいなもので、実はとても緊張していた。

 マーシェス侯爵家の名前に泥を塗るようなことがあってはならない。

 侯爵夫人としての役目を果たしてこその自由があるのだから。


 旦那様は顔見知りと会うたびにわたしのことを紹介し、わたしも精一杯の笑顔で「妻のヴィクトリアです。よろしくお願いします」と挨拶をして回った。

 その挨拶回りがひと段落ついたところで、旦那様がキョロキョロと視線を巡らし始めた。

「エリックが来ているはずなんだけど…」


 そうだった、エリック殿下にはわたしも是非お会いしたい。

 探してくるから椅子に座って待っているようにと言われ、壁際の椅子に腰かけて旦那様の後ろ姿を目で追い続ける。


 離れていく後ろ姿まで秀麗でかっこいいとか、反則だ。

 そんなことを思っていたら、派手なドレスを身に着けた女性が旦那様の腕に絡みつきながら何か囁いている様子が見えて胸がツキンとした。


 もしかして、あの人が旦那様の愛人だったりするんだろうか。

 ダンジョン攻略が順調でオラオラな状態なら余裕の笑みでその様子を見ていられたのかもしれないけれど、何もかも上手くいっていないこの状況では、些細なことが堪える。


 見ているのが辛くなって目を伏せていると「どうされました?ご気分が悪いのなら風に当たりに行きませんか。それとも別室で休憩します?」と声を掛けられた。

 見上げると、目の前に見知らぬ男性が気持ちの悪い笑顔を貼り付けて立っている。


「大丈夫です。お気遣いありがとうございます。ここで待っているように旦那様に言いつけられておりますので」

 はっきりと断っているつもりなのに、相手の男はそれでもしつこく行こうと誘ってくる。

 旦那様の姿を探したが、見当たらない。

 さっきのあの女性とどこかへ行ってしまったんだろうか…。


「ヴィー、どうした。僕と行こうか」

 横から別の声がして、強引に腕を引っ張られた。

 しつこく絡んできた男が邪魔するなとでも言いたげな険しい顔でその人物を睨もうとした…と思ったら、さっと顔色を変えて頭を下げている。


「エリック殿下、ご機嫌麗しゅう存じます」

「堅苦しい挨拶はいらないよ。この子は僕がもらっていくから」


 エリック殿下!?

 驚いているうちに、腰に手を回されて強引にバルコニーに連れ出されてしまった。


「よく化けてるじゃないか。僕でなければ君が誰だかわからないよ、ヴィー。最高にキュートだね」


 いやいや、待て待て。

 こういう軽い口調でにこにこしながらわたしのことを「ヴィー」と呼ぶ男性の心当たりならある。

 でも、まさか…。

 それに容姿が違いすぎる。


「エリック殿下、握手してくださいっ!」

 彼はふふっと笑って手袋をスルッと外し、素手でわたしが差し出した右手を握ってくれた。


 ああ、やっぱり。

 このじんわりと伝わってくる熱さは――。


「エルさん」

「あはっ大正解!さすがだね、ヴィー」


 嘘でしょう。

 わたし、いつも王子様と冒険していたってこと!?


 ふと視線を移すとバルコニーの柱の陰に背の高い近衛兵が立っているのが見える。

 なるほど、あれはトールさんか。


 いやそれより、この人たちBAN姉さんにやられて死にかけたことがあったはずだけど、王子様がそんなことをしていていいの?


 ぐるぐる考えているうちに、エルさんに腕を回されていた。


「ねえ、ヴィーの背中すべすべすぎない?」

「ちょっ、触らないでください、エッチ!」


 体の向きを変えてわたしの背中を撫で撫でしていた手をペチンと叩くと、エルさんは口を尖らせて不満そうな顔をする。

「僕ら、ダンジョンでは抱き合って喜びを分かち合う仲じゃんか」


 いやいや、だからね。

 王子様だなんて知らなかったのよ。


「エルさん、あの変装は詐欺ですよ。犯罪レベルです」

 わたしの知っているエルさんはもっと若く見えるし、髪の色も目の色も違う。ヘタすると体格だって違うんじゃないだろうか。

 とにかく口調と声と手のひらの感触以外はまるで別人なのだ。


「そりゃね、王子だってバレると都合悪いでしょ。にしても凄いなあ、すぐに僕だってわかっちゃうなんて、さすがは僕の愛弟子だね」


 ――っ!

 そうだった。

 エルさんがエリック殿下ということは、この国で一番の魔術師に指導してもらっていたってことよね。


「なるほど、泥パックですべすべなんて、稀代の魔術師の弟子ならそりゃ朝飯前よねえ」

 思わず思っていたことがそのまま漏れて、何の話?と首を傾げられた。


 ドレスアップ前の湯浴みで泥パックをした時にほんの少し魔法を使ったのだという話をしたら、エルさんも「それは売れるね!」と食いついてきた。


「さすがは僕の弟子だなあ。ここだけの話さ、宮廷魔術師なんてやつらはプライドばっかり高い頭でっかちで、魔法をそういうことに使って役立てようっていう発想自体がないんだよ。いいねえ、それ商品化すれば我がパーティーの資金が増えるね!」

 

 それを即座に否定する。

「ダメです。泥パックは嫁ぎ先を離れた後のセカンドキャリアの資金源にする予定なので、ロイパーティーに権利を渡すわけにはいきません」


「待って、ヴィーはもう未亡人になった後の計画を練ってるの?それとも、結婚したばっかりなのにもう夫の暗殺計画でも立てているとか?」

 エルさんの声が若干震えている。


 何言ってるんですか、まったく。

「違いますよう、わたしの旦那様は愛人を囲っているんです。わたし、初夜のベッドで旦那様に拒まれたんですけど、今となってはそれでよかったと思っています。二年たったら白い結婚を証明して離婚する予定ですから、その後は泥パックビジネスで一儲けしようかと。あ!これナイショですよ。情報漏洩禁止ですからね!」


 つい、いつものエルさんと話をするのと同じ感覚で馴れ馴れしく接してしまったが、相手は第二王子なのだ。そのことを思い出してマズいと気づいたのは、バルコニーの手すりにもたれかかって顔を寄せ合うわたしたちの様子を遠巻きに見ていた他の参加者がこちらを指さしながらヒソヒソと何かを言っているのが視界に入ってきたためだ。


 どうしよう。

 エルさんと旦那様とは幼馴染なわけだし、もしここで旦那様と鉢合わせでもしたら、この人は間違いなく「僕、ヴィーと一緒にダンジョン攻略中なんだよ」ってバラしてしまうだろう。


 それとも、最初からわたしがヴィクトリア・クラリッドだと知っていてロナルド・マーシェスとの婚約のお膳立てをしたの…?

 だとすると、お飾り妻を探していた旦那様に、騙されやすいチョロい娘を知ってるとか言ってわたしのことを売ったってことになるけど!?


 考えがまとまらなくなってきたところで、エルさんも瞳を揺らして困惑した様子で聞いてきた。

「待って、ヴィーの旦那さんて、新婚早々浮気してるの?何だよそれ、ちょっとここに連れて来なよ、僕が説教してやるから」


 やめてください。

 話がややこしくなりそうです。


 エルさんにしっかり釘を刺す。

「エルさん、わたしが冒険者だってことを誰にもしゃべらないでくださいね!約束ですよ!」


 その時、視界の端っこに旦那様らしき人影が見えた気がして、わたしは咄嗟に逃げ出すことに決めた。

 これ以上注目を集めることはしたくない。

 さっきエルさんは上手く化けてると言ってくれたけど、それでもすぐにわたしのことに気づいたのだ。

 この会場内に他にも冒険者の知り合いがいて、話しかけられる可能性だってあるのだということに今更気づいた。


 このバルコニーは二階にあって、庭にせり出す造りになっている。

 下は土、だから行ける。

 死角になっているバルコニーの奥へ向かって駆け出し、手すりをひらりと乗り越えて我が身を宙に躍らせた。

 着地するのではなく、まるで足から水に飛び込むようにスルっと土に入り、転移したのはその先に見えていたバラ園だった。




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