夜会に参加しました(1)
明日の夜に開催されるパートナー同伴の夜会に出席しなければならないとうことで、今日旦那様と共に王都へやって来た。
旦那様のご両親と会うのは結婚式の日以来、一か月ぶりだ。
「ヴィクトリアさん、元気そうね。いつになったら王都で同居するのってロナルドにせっついても、仕事が忙しいの一点張りなのよ。ごめんなさいね」
旦那様は王都に着くなり、わたしを屋敷に置いて本人は王城へと行ってしまった。
馬車の中でもずっと資料らしきものを読んでいらしたし、忙しいのは間違いなさそうだ。
お義母様がわたしたち夫婦のことについて旦那様からどういう説明を受けているのかは知らないけれど、申し訳なさそうな口ぶりの中には愛人の件も含まれているんだろうか。
万が一知らなかった場合、病床のお義父様が受ける衝撃を想像すると「わたしと旦那様が王都の家で同居することは今後もないと思いますが」と迂闊なことは言わないほうがいいだろう。
「旦那様にはいつも良くしていただいて、とても感謝しています」
当たり障りのない答え方だけしておくことにする。
良くはしてもらっていないが、感謝していることは間違いない。
この一か月間、ほぼ毎日のようにダンジョンや酒場の二階に行っていたのだもの。
お義父様の病状は、侯爵家お抱えの神官による治癒魔法でどうにか進行を遅らせているものの、それも限界に近いようだ。
ゆっくりと時間をかけて体を蝕んできた病巣の場合、大きく時間を巻き戻さなければならない。
しかも、一か八かのリスクを冒して病巣が完全に消える状態まで治療しても再発する可能性が高い病気のようだ。
病気が判明した時点ですでに体力がかなり低下している状況だったため、負担が大きすぎて返って命を縮めかねないという判断でほんの少しずつ治療しているのが現状で、根本的に病巣を取り除くのは難しいらしい。
そんなお義父様に短時間のお見舞いをした後、お義母様とお茶を飲んだ。
お義母様とゆっくりお話しするのは実はこれが初めてで、旦那様は現在、第二王子のエリック殿下の補佐的な仕事をされているということも初めて知った。
旦那様の幼馴染でもあるエリック殿下は「稀代の魔術師」「彼ならいつかとんでもない時空魔法も使いこなせるようになるだろう」ともてはやされるほどの凄腕の魔術師のようだけれど、その裏ではエルさんの言うように王家の威信を守るための相当なご苦労があったに違いない。
わたしたちの結婚式には公務の都合で参列してもらえなかったエリック殿下だけれど、明日の夜会で紹介してもらえることになっている。
「エリックのヤツが、奥さんに会わせろってうるさくてね」
旦那様はそう言って苦笑していたが、明日の夜会でまたイチャコラの茶番をやらされるのかと思うとこっちは笑えない。
それでもエリック殿下を紹介してもらえるのは少し楽しみでもあった。
エルさんによれば、握手しただけでその人の魔法の力量がある程度わかるものなんだとか。
エルさんはいつも魔法の感覚を掴みやすいようにわたしの手を握って指導してくれていたけれど、彼の魔力だって相当なものだと思う。
エルさんの手は、いつもじんわりと熱かった。
エルさんて、もしかして宮廷魔術師とかなのかしら?
いや、それよりも、エリック殿下の補佐をしているという旦那様だってもしかして…?
「旦那様は、魔術師なんでしょうか」
そういえばわたしは、旦那様のことを何も知らない。
しっかり手を繋いだこともないし旦那様はいつも手袋をはめているから魔力がいかほどのものなのかも知らないし、どんな魔法が得意なのかすら知らない。
「ロナルドは魔法科を上位の成績で卒業しているけど、エリック殿下と比べると足元にも及ばないレベルだと思うわ。今は魔術師ではなくて事務の仕事をしているはずだけど、私も詳しくは知らないの。本人に直接聞いてみてちょうだい」
そしてお義母様は、旦那様のおもしろエピソードを聞かせてくれた。
魔法の鍛錬よりも体を動かす方が好きで、いつもここの庭や領地で剣を振り回していたこと。
高等学院進学の際は、魔法科ではなく騎士科に入学したいとごねて説得が大変だったこと。
女性や結婚に全く興味のない様子だったのに、わたしとの縁談にはものすごく乗り気で絶対にこの話をまとめてもらいたいと言ってきたこと。
いやいや、お義母様。
旦那様が女に興味がないなんて勘違いですわよ。
あの人、愛人を囲っているんですからね!
でも、冷静で落ち着いた雰囲気の旦那様にもそんなやんちゃな頃があったのだとわかって、いい話を聞かせてもらったと思ったのだった。
翌朝、目を覚ますと隣に旦那様が寝ていてギョッとした。
大声を出さなかった自分を褒めたい。
昨晩は馬車旅の疲れもあって旦那様の帰宅を待たずに先に休ませてもらった。
王都のお屋敷でのわたしの寝室は夫婦共用の大きな部屋しかなく、そこに置かれた大きなベッド——そう、あの因縁の初夜のベッドだ——で寝るしかなかった。
まさかいつの間にか同衾していたとは!
しかもどうして旦那様は上半身が裸なんですかっ!?
起き上がってそっとベッドを抜けようとしたところで腕を掴まれて「ひっ」と息を呑んだ。
「おはよう、ヴィクトリア」
「お、おはようございます」
セットされていない栗毛が額にかかる旦那様は普段よりも若く見えて、それでいて寝起きの色気の凄まじさはしっかり大人の男だった。
「そんなに嫌そうな顔をしないでくれ」
嫌そうな顔をしているのではなく、わたしの寝起きの顔はあなたとは違ってこんなもんですよ!と思っているうちに、引き寄せられて旦那様の腕の中に収められてしまった。
魔法科出身の割には筋肉質な腕も硬い胸板も、昨日のお義母様の話を聞けば納得だ。
「母が私たちの仲を疑っているんだ。だから、すまないが我慢してくれ」
抱き寄せられて火照りそうになった頬も高鳴りそうになった心臓の鼓動も、その旦那様の囁きで急降下した。
そういうことね。
返事の代わりに小さなため息が漏れる。
上裸のくせになぜか両手にしっかり革手袋をはめているのはなぜだろう。
素手でわたしに触れたくないということだろうか。
それでも、ご両親までもが愛人とグルではないとわかって、どこかホッとしてもいる。
これが本当に仲睦まじい新婚夫婦の朝なのだとしたら、どんなにくすぐったくて幸せだっただろう。
わたしには、どうやらそれは高望みだったらしい。
旦那様に隠し事をしてダンジョン攻略を最優先にしていた罰が当たったのかもしれない。
しかもそのダンジョン攻略にもつまずいて八方塞がりだ。
白い結婚のまま旦那様と離婚したら、修道院か孤児院に受け入れてもらえないだろうか。
特技は土魔法しかないけれど、泥だんご作りとお花と野菜を育てるのは得意です!ってアピールしよう。
旦那様の腕の中でそんなことを考えているうちに、やっとメイドが我々を起こしにやって来た。
「もうそんな時間か」
わざとらしいことを言いながら半裸の体を起こして額にかかる髪をかき上げる旦那様の様子に、若いメイドの頬が瞬く間に真っ赤に染まる。
旦那様ったら、色気振りまきすぎですってば!
その名演技に思わずクスクス笑ってしまうと、にっこり微笑んだ旦那様に頭を撫でられた。
「もう間もなく朝食の用意が整いますので、お支度をお願いいたします」
メイドが上ずった声でそう告げて去っていった。
きっとすぐに「若旦那様と若奥様ったら、いつの間にかラブラブですうぅぅっ!」と噂されることだろう。




